1999.2
十八羅漢闘悟空(じゅうはちらかんとうごくう)Shi-ba-luo-han-dou-wu-kong

 これからご覧いただくお芝居は、「十八羅漢闘悟空」日本語に直訳しますと、仏の十八人の弟子が孫悟空と戦う、というお芝居です。
 孫悟空のはなし、と言いますと、われわれ日本人は、三蔵法師の弟子となって、猪八戒・沙悟浄らと一緒に天竺までお経を取りにゆく旅を思い浮かべます。が、京劇では日本と反対に、孫悟空が三蔵法師と出会う前、まだ神や仏と戦っていた暴れんぼうだったころの話が多いようです。
 物語は、孫悟空が天の世界で大あばれして、神さまたちに逮捕されたところからはじまります。孫悟空は、天の世界の桃のまつりのときに大暴れした罪で、死刑にされることになりました。しかし孫悟空は、長生きの桃の実をこっそり食べ、また、老子の作った不老不死の薬を盗み食いしていました。そのため孫悟空は不死身のまた不死身になってしまい、死刑にできません。そこで天の神さまは、孫悟空を溶鉱炉でドロドロに溶かし、不老不死の薬の成分を回収することにします。
 こうして、孫悟空は溶鉱炉にほうりこまれますが、逆に、孫悟空は溶鉱炉の中でかえって体をきたえられ、炉の中から飛び出して逃げ出します。
 孫悟空が大暴れしているのを見た西の世界の如来仏(にょらいぶつ)(お釈迦様)は、孫悟空を退治するため、十八人の仏弟子を孫悟空と戦わせます。十八人の仏弟子たちは、それぞれ独特の個性的な武器と戦いかたで孫悟空を苦しめます。
 孫悟空は神通力を駆使して壮烈な戦いをくりひろげたあと、仏弟子たちをうちまかし、最後は自分のふるさとである花果山に凱旋してゆきます。
 それでは、十八羅漢の個性的な立ち回りと、悟空の如意棒さばきの対決、どうぞごゆっくり御楽しみください。

(その1標準版)

 老子が登場します。
 老子は、孔子とならぶ古代中国の偉大な哲学者ですが、いつしか中国の民間信仰の中で神格化されました。京劇に出てくる老子は、哲学者というより、仙人の中の仙人、偉大な魔法使い、といった感じです。
 老子が手に持っている白いハタキのようなものを、払子(ほっす)と言います。京劇では、手にこの仏子を持つことで、その人物が僧侶や仙人など宗教関係者であることを表わします。
 老子はせりふで言います。
「憎むべきかの孫悟空めは、天の神々の世界のおきてをやぶり、桃のうたげの桃を食べ散らかし、わたしの不老不死の薬をぬすみ食いした。孫悟空は逮捕され、わたしの炉の中で溶かされることになった」

老子はうたいます。
「あたるも八掛(はっけ)、あたらぬも八掛、
八掛の八つの元素の力で、孫悟空を焼いてとろかす」

 孫悟空は炉の中から、熱くてかなわん、と言います。

 老子はうたいます。
「七七、四十九日の間
炉の中で孫悟空を焼いて溶かす
さすがの孫悟空も、絶体絶命」

 老子が炉の外でうたったりセリフを言ったりしている間、孫悟空を演ずる俳優は、楽屋で衣装を着替えたり、化粧なおしをしています。

 老子を演ずる俳優は、なおも歌とせりふで、孫悟空を演ずる役者の着替えの時間をかせいでいます。

 孫悟空が、炉の中から飛び出してきます。
 目のまわりが金色に塗られていますね。これは火眼金睛(かがんきんせい)、つまり「火の目・金のひとみ」 といい、炉の中から復活したあとの孫悟空の特徴の一つです。

 老子はあわてふためきます。
 孫悟空は、老子の服をひっぱったり、髭をぬいたりして、さんざん老子をからかいます。

 孫悟空はとうとう、老子をやっつけてしまいます。

 天の神様、玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)が登場します。
 玉皇大帝は、ギリシア神話のゼウスにあたる中国神話最高の神さまで、北極星のあたりに住んでいると信じられていました。
 さすがの玉皇大帝も、孫悟空にはさんざん手を焼かされます。


 ここは西の天界にある、西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)です。
 中心に、釈迦如来(しゃかにょらい)、つまりお釈迦さまがいます。
 お釈迦さまは歌います。
「仏の手の指一本の動きで、天地も揺れ動く。
神は東を、仏は西の世界を治める。
嘆かわしきかな。人間たちは富貴(ふうき)を求めて血眼(ちまなこ)、
輪廻(りんね)がひとめぐりすれば、全て空しくなるものを」
 お釈迦さまは続けて言います。
「仏の光は神々(こうごう)しく輝く。
広大な世界には愚かな衆生(しゅじょう)が満ちている。
この玉座にすわる私は、仏法(ぶっぽう)をつかさどる尊者(そんじゃ)
シャカムニ、如来(にょらい)と、人々は私を呼ぶ。
 いま、あの化けものザル・孫悟空と申す者が、東の天で大暴れしただけではあきたらず、わが、西の西方極楽浄土にまで殴り込みをかけてくる様子。あの妖怪めを退治てくれよう。仏弟子たちよ、あの孫悟空とか申す妖怪めを、ひっとらえよ」

 お釈迦様の十八人の弟子、すなわち十八羅漢は歌います。
「エテ公めが来る、エテ公めが来る
怒りで胸が燃え上がる、ああ!
エテ公め、おまえは、なにゆえ東の天界で暴れたのだ
お釈迦さまは、とっくに御見通しだぞ
おまえの悪行三昧(あくぎょうざんまい)は、もうおしまいだ」

 十八羅漢は、それぞれユニークな武器とわざを持っています。

 酔っ払った羅漢は、千鳥脚(ちどりあし)で悟空の攻撃をぬらりくらりとかわし、酔拳(すいけん)で悟空を翻弄します。

 手足がやけに長い羅漢と、背の低い羅漢は、コンビを組んで悟空と戦います。背の低い羅漢を演ずる俳優は、本当に背が低いわけではなく、ロシアのコサックダンスのように膝を曲げて歩き、背が低いように見せかけているのです。

 羅漢たちの武器は、槍や刀のようなオーソドックスな武器のほかに、鉢(はち)とか、輪っかとか、一見道具とは思えないような奇妙な武器も使います。これらの奇妙な武器は、法具(ほうぐ)と言い、仏教の儀式で使われる道具です。
 輪っかは、仏教の輪廻(りんね)の教えを象徴します。鉢も、「托鉢」(たくはつ)とか「衣鉢」(えはつ)などという言葉があるように、仏教の僧侶が持つ象徴的なアイテムです。また、日本の密教でも使われる「ドッコショ」という法具も、悟空との戦いに使われます。
 普通の妖怪ならば、これらの法具でたちまち退治されてしまうところですが、さすがは孫悟空。羅漢たちの攻撃を、次々とかわします。

 悟空は、十八羅漢たちの攻撃を撃退し、悠々と去ってゆきます。

(完)


(その2簡略版・35分から40分:湖広会館劇場など)

 ここは西の天界にある、西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)です。
 中心に、釈迦如来(しゃかにょらい)、つまりお釈迦さまがいます。
 お釈迦さまは歌います。
「仏の手の指一本の動きで、天地も揺れ動く。
 神は東を、仏は西の世界を治める。
 嘆かわしきかな。人間たちは富貴(ふうき)を求めて血眼(ちまなこ)、
 輪廻(りんね)がひとめぐりすれば、全て空しくなるものを」
 お釈迦さまは続けて言います。
「(詩)仏の光は神々(こうごう)しく輝く。
  広大な世界には愚かな衆生(しゅじょう)が満ちている。
  この玉座にすわる私は、仏法(ぶっぽう)をつかさどる尊者(そんじゃ)
  シャカムニ、如来(にょらい)と、人々は私を呼ぶ。
 いま、あの化けものザル・孫悟空と申す者が、東の天で大暴れしただけではあきたらず、わが、西の西方極楽浄土にまで殴り込みをかけてくる様子。あの妖怪めを退治てくれよう。仏弟子たちよ、あの孫悟空とか申す妖怪めを、ひっとらえよ」

 お釈迦様の十八人の弟子、すなわち十八羅漢は歌います。
「エテ公めが来る、エテ公めが来る
怒りで胸が燃え上がる、ああ!
エテ公め、おまえは、なにゆえ東の天界で暴れたのだ
お釈迦さまは、とっくに御見通しだぞ
おまえの悪行三昧(あくぎょうざんまい)は、もうおしまいだ」

 十八羅漢は、それぞれユニークな武器とわざを持って孫悟空と戦います。
 京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
 立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
 日本の歌舞伎で俳優が「みえ」を切るときは、観客はその役者の屋号などを呼びます。京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
 舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。

 酔っ払った羅漢は、千鳥脚(ちどりあし)で悟空の攻撃をぬらりくらりとかわし、酔拳(すいけん)で悟空を翻弄します。

 手足がやけに長い羅漢と、背の低い羅漢は、コンビを組んで悟空と戦います。背の低い羅漢を演ずる俳優は、本当に背が低いわけではなく、ロシアのコサックダンスのように膝を曲げて歩き、背が低いように見せかけているのです。

 羅漢たちの武器は、槍や刀のようなオーソドックスな武器のほかに、鉢(はち)とか、輪っかとか、一見道具とは思えないような奇妙な武器も使います。これらの奇妙な武器は、法具(ほうぐ)と言い、仏教の儀式で使われる道具です。
 輪っかは、仏教の輪廻(りんね)の教えを象徴します。鉢も、「托鉢」(たくはつ)とか「衣鉢」(えはつ)などという言葉があるように、仏教の僧侶が持つ象徴的なアイテムです。また、日本の密教でも使われる「ドッコショ」という法具も、悟空との戦いに使われます。
 普通の妖怪ならば、これらの法具でたちまち退治されてしまうところですが、さすがは孫悟空。羅漢たちの攻撃を、次々とかわします。

 悟空は、十八羅漢たちの攻撃を撃退し、悠々と去ってゆきます。

(完)


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