十八羅漢闘悟空(じゅうはちらかんとうごくう)Shi-ba-luo-han-dou-wu-kong
これからご覧いただくお芝居は、「十八羅漢闘悟空」日本語に直訳しますと、仏の十八人の弟子が孫悟空と戦う、というお芝居です。
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老子が登場します。
老子は、孔子とならぶ古代中国の偉大な哲学者ですが、いつしか中国の民間信仰の中で神格化されました。京劇に出てくる老子は、哲学者というより、仙人の中の仙人、偉大な魔法使い、といった感じです。
老子が手に持っている白いハタキのようなものを、払子(ほっす)と言います。京劇では、手にこの仏子を持つことで、その人物が僧侶や仙人など宗教関係者であることを表わします。
老子はせりふで言います。
「憎むべきかの孫悟空めは、天の神々の世界のおきてをやぶり、桃のうたげの桃を食べ散らかし、わたしの不老不死の薬をぬすみ食いした。孫悟空は逮捕され、わたしの炉の中で溶かされることになった」
老子はうたいます。
「あたるも八掛(はっけ)、あたらぬも八掛、
八掛の八つの元素の力で、孫悟空を焼いてとろかす」
孫悟空は炉の中から、熱くてかなわん、と言います。
老子はうたいます。
「七七、四十九日の間
炉の中で孫悟空を焼いて溶かす
さすがの孫悟空も、絶体絶命」
老子が炉の外でうたったりセリフを言ったりしている間、孫悟空を演ずる俳優は、楽屋で衣装を着替えたり、化粧なおしをしています。
老子を演ずる俳優は、なおも歌とせりふで、孫悟空を演ずる役者の着替えの時間をかせいでいます。
孫悟空が、炉の中から飛び出してきます。
目のまわりが金色に塗られていますね。これは火眼金睛(かがんきんせい)、つまり「火の目・金のひとみ」
といい、炉の中から復活したあとの孫悟空の特徴の一つです。
老子はあわてふためきます。
孫悟空は、老子の服をひっぱったり、髭をぬいたりして、さんざん老子をからかいます。
孫悟空はとうとう、老子をやっつけてしまいます。
天の神様、玉皇大帝(ぎょっこうたいてい)が登場します。
玉皇大帝は、ギリシア神話のゼウスにあたる中国神話最高の神さまで、北極星のあたりに住んでいると信じられていました。
さすがの玉皇大帝も、孫悟空にはさんざん手を焼かされます。
ここは西の天界にある、西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)です。
中心に、釈迦如来(しゃかにょらい)、つまりお釈迦さまがいます。
お釈迦さまは歌います。
「仏の手の指一本の動きで、天地も揺れ動く。
神は東を、仏は西の世界を治める。
嘆かわしきかな。人間たちは富貴(ふうき)を求めて血眼(ちまなこ)、
輪廻(りんね)がひとめぐりすれば、全て空しくなるものを」
お釈迦さまは続けて言います。
「仏の光は神々(こうごう)しく輝く。
広大な世界には愚かな衆生(しゅじょう)が満ちている。
この玉座にすわる私は、仏法(ぶっぽう)をつかさどる尊者(そんじゃ)
シャカムニ、如来(にょらい)と、人々は私を呼ぶ。
いま、あの化けものザル・孫悟空と申す者が、東の天で大暴れしただけではあきたらず、わが、西の西方極楽浄土にまで殴り込みをかけてくる様子。あの妖怪めを退治てくれよう。仏弟子たちよ、あの孫悟空とか申す妖怪めを、ひっとらえよ」
お釈迦様の十八人の弟子、すなわち十八羅漢は歌います。
「エテ公めが来る、エテ公めが来る
怒りで胸が燃え上がる、ああ!
エテ公め、おまえは、なにゆえ東の天界で暴れたのだ
お釈迦さまは、とっくに御見通しだぞ
おまえの悪行三昧(あくぎょうざんまい)は、もうおしまいだ」
十八羅漢は、それぞれユニークな武器とわざを持っています。
酔っ払った羅漢は、千鳥脚(ちどりあし)で悟空の攻撃をぬらりくらりとかわし、酔拳(すいけん)で悟空を翻弄します。
手足がやけに長い羅漢と、背の低い羅漢は、コンビを組んで悟空と戦います。背の低い羅漢を演ずる俳優は、本当に背が低いわけではなく、ロシアのコサックダンスのように膝を曲げて歩き、背が低いように見せかけているのです。
羅漢たちの武器は、槍や刀のようなオーソドックスな武器のほかに、鉢(はち)とか、輪っかとか、一見道具とは思えないような奇妙な武器も使います。これらの奇妙な武器は、法具(ほうぐ)と言い、仏教の儀式で使われる道具です。
輪っかは、仏教の輪廻(りんね)の教えを象徴します。鉢も、「托鉢」(たくはつ)とか「衣鉢」(えはつ)などという言葉があるように、仏教の僧侶が持つ象徴的なアイテムです。また、日本の密教でも使われる「ドッコショ」という法具も、悟空との戦いに使われます。
普通の妖怪ならば、これらの法具でたちまち退治されてしまうところですが、さすがは孫悟空。羅漢たちの攻撃を、次々とかわします。
悟空は、十八羅漢たちの攻撃を撃退し、悠々と去ってゆきます。
(完)
ここは西の天界にある、西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)です。
中心に、釈迦如来(しゃかにょらい)、つまりお釈迦さまがいます。
お釈迦さまは歌います。
「仏の手の指一本の動きで、天地も揺れ動く。
神は東を、仏は西の世界を治める。
嘆かわしきかな。人間たちは富貴(ふうき)を求めて血眼(ちまなこ)、
輪廻(りんね)がひとめぐりすれば、全て空しくなるものを」
お釈迦さまは続けて言います。
「(詩)仏の光は神々(こうごう)しく輝く。
広大な世界には愚かな衆生(しゅじょう)が満ちている。
この玉座にすわる私は、仏法(ぶっぽう)をつかさどる尊者(そんじゃ)
シャカムニ、如来(にょらい)と、人々は私を呼ぶ。
いま、あの化けものザル・孫悟空と申す者が、東の天で大暴れしただけではあきたらず、わが、西の西方極楽浄土にまで殴り込みをかけてくる様子。あの妖怪めを退治てくれよう。仏弟子たちよ、あの孫悟空とか申す妖怪めを、ひっとらえよ」
お釈迦様の十八人の弟子、すなわち十八羅漢は歌います。
「エテ公めが来る、エテ公めが来る
怒りで胸が燃え上がる、ああ!
エテ公め、おまえは、なにゆえ東の天界で暴れたのだ
お釈迦さまは、とっくに御見通しだぞ
おまえの悪行三昧(あくぎょうざんまい)は、もうおしまいだ」
十八羅漢は、それぞれユニークな武器とわざを持って孫悟空と戦います。
京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
日本の歌舞伎で俳優が「みえ」を切るときは、観客はその役者の屋号などを呼びます。京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。
酔っ払った羅漢は、千鳥脚(ちどりあし)で悟空の攻撃をぬらりくらりとかわし、酔拳(すいけん)で悟空を翻弄します。
手足がやけに長い羅漢と、背の低い羅漢は、コンビを組んで悟空と戦います。背の低い羅漢を演ずる俳優は、本当に背が低いわけではなく、ロシアのコサックダンスのように膝を曲げて歩き、背が低いように見せかけているのです。
羅漢たちの武器は、槍や刀のようなオーソドックスな武器のほかに、鉢(はち)とか、輪っかとか、一見道具とは思えないような奇妙な武器も使います。これらの奇妙な武器は、法具(ほうぐ)と言い、仏教の儀式で使われる道具です。
輪っかは、仏教の輪廻(りんね)の教えを象徴します。鉢も、「托鉢」(たくはつ)とか「衣鉢」(えはつ)などという言葉があるように、仏教の僧侶が持つ象徴的なアイテムです。また、日本の密教でも使われる「ドッコショ」という法具も、悟空との戦いに使われます。
普通の妖怪ならば、これらの法具でたちまち退治されてしまうところですが、さすがは孫悟空。羅漢たちの攻撃を、次々とかわします。
悟空は、十八羅漢たちの攻撃を撃退し、悠々と去ってゆきます。
(完)