1999.2
鬧龍宮(とうりゅうぐう)Nao-long-gong

 これからご覧いただくのは、鬧龍宮、龍宮城で大暴れ、というお芝居です。
 孫悟空(そん・ごくう)と言いますと、日本では孫悟空が三蔵法師の弟子になったあとの物語がよく知られていますが、京劇では、孫悟空がまだ三蔵法師の弟子になる前、暴れん坊だったころの物語がよく上演されます。
 岩から生まれた孫悟空は、修行の末、神通力を身につけますが、まだ手ごろな武器を持っていませんでした。そこで孫悟空は、海の底にある龍宮城に行き、龍宮城の主である龍王に、武器を貸してくれるよう頼みます。龍王は内心、孫悟空に武器を貸すのが嫌でした。そこで龍王は、重さが何万斤(きん)もある如意棒(にょいぼう)を出してきて、もし孫悟空がこの重い棒を扱えるなら貸してやろう、と言いました。孫悟空は、重い如意棒を見事に扱います。龍王は後悔し、約束を反故(ほご)にして孫悟空に武器を貸さないと言いだしました。孫悟空は怒って、龍宮城で大暴れしたすえ、自分の根拠地である花果山(かかざん)に凱旋してゆきます。
 まだ誰にも縛られていなかった暴れん坊時代の孫悟空の立ち回りを、お楽しみください。

 龍宮城の主・龍王が登場して、せりふと歌で自己紹介します。
「わが爪とキバの威力に大海原(おおうなばら)も波立つ
海の猛者(もさ)たちに君臨する龍王は我なり
わしは、太平洋の龍宮城をおさめる龍王である。ここ数日、エビやカニなどヨロイをまとった家来たちを引き連れて、海の中を見回っておった。皆のもの、龍宮に帰るぞ」

 孫悟空が登場します。まだ三蔵法師の弟子になる前なので、頭にワッカがついてません。
 孫悟空は自己紹介します。
「俺さまは、岩から生まれた孫悟空、修行を積んで神通力を身につけた。花果山(かかざん)の子分たちに武術の稽古をつけてやりたいのだが、あいにく手ごろな武器が無い。いま、ちょいと武器を貸してもらいに、太平洋の底の龍宮城へ行く途中だ。おや、もう太平洋か」


(梅蘭芳団: 30-35分、湖広会館劇場ではここから)

 海亀が登場します。
「おい、そこのヒョットコ面したエテ公。サルの分際で、わが龍宮城に押し入ろうとは、カメのエサになる気か」
 エビも言います。
「俺のハサミは半端(はんぱ)じゃねえぞ」
 カメ、カニ、エビなどは、甲羅や殻におおわれているので、京劇では海の兵隊に見立てられています。

 孫悟空は言います。
「俺は用事があって、おまえらの親分に会いてえんだ」
 亀は言います。
「龍王様に? おまえはどこの誰だ」
 エビと亀にたずねられて、孫悟空は自己紹介します。
「俺の名前は孫悟空、太平洋の島の中の、花果山というところに住んでいる。おまえさんたちとは、ご近所さんという訳だ」
 エビと亀は、孫悟空の名前を聞いたことがありませんので、さらに孫悟空の素性を尋ねます。
「俺の名前を知らないのも無理は無い。俺は長いあいだ花果山を留守にして、遠くで武芸を習っていたんだ」
 亀は言います。
「武芸って、一体どんな武芸だ?」
 エビは言います。
「武芸じゃなくて、無芸大食、ってやつだろ」

 孫悟空は歌います。
「いいか、聞いて驚くなよ。
俺様が龍宮城に来た訳は
手ごろな武器を貸してもらいたいからさ
武器を借りたら花果山に持って帰って
子分らと武術の練習をするのさ
宴会を開いてくれる必要はない
酒やご馳走を出してくれる必要はない
立派な武器を差し出してくれれば、それでいい」

 カメは言います。
「いいかげんに黙れ。海水が濁ってしまう。結局、何の用だ?」
 孫悟空は言います。
「子分たちと武術の稽古に使う手ごろな武器を借りに来たのさ」

 エビと亀は、龍宮の中に入り、見知らぬサルが武器を借りにきたことを龍王に報告します。

 龍王は、直接、孫悟空を出迎えます。

 龍王は、孫悟空の出方をさぐるため、丁寧な言葉づかいで、孫悟空の氏素性(うじすじょう)をたずねます。

 孫悟空は、自分が花果山に住むサルの王であること、龍宮城の武器を借りに来たことを龍王に告げます。

 龍王は、家来に命令して、倉庫の中から武器をいくつか持って来させます。

 家来たちは、重くて強力な武器をいろいろと持ってきますが、孫悟空にとっては軽すぎて、どれも使い物になりません。

 龍王は「もう武器はありません」と言います。孫悟空は「武器を貸してもらえないなら、帰らない」と言います。

 龍王の子は「定海神針(ていかいしんじん)、海の深さをはかる神の針、という宝物があるじゃないの」と言います。
 定海神針とは、その昔、古代中国の「禹(う)」という王様が、海の深さをはかるために使ったという伝説の宝物です。

 定海神針は、重さが十万八千斤もあります。龍王は「さすがの孫悟空もこの重い宝物は手にあまるだろう、これで孫悟空もあきらめて帰るだろう」と考えました。

 龍王は、孫悟空に定海神針を渡して言います。
「もし、この重い棒でよろしければ、どうぞお持ちください」

 孫悟空は、重い定海神針を「如意棒(にょいぼう)」に変え、見事にあつかいます。

 龍王は、びっくりして、約束を反故(ほご)にして言います。
「この定海神針は、わが龍宮城の貴重な財産じゃ。よそには貸せぬ」

 孫悟空は、龍王が約束を反故にしたので、怒ります。
 龍王は家来たちに、孫悟空を捕まえるよう命令します。

 はげしい立ち回りが繰り広げられます。

 京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
 立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
 京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
 舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。

 壮烈な立ち回りのあと、孫悟空は最後に、如意棒を手に、意気揚々と花果山に凱旋してゆきます。

(完)


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