鬧龍宮(とうりゅうぐう)Nao-long-gong
これからご覧いただくのは、鬧龍宮、龍宮城で大暴れ、というお芝居です。
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龍宮城の主・龍王が登場して、せりふと歌で自己紹介します。
「わが爪とキバの威力に大海原(おおうなばら)も波立つ
海の猛者(もさ)たちに君臨する龍王は我なり
わしは、太平洋の龍宮城をおさめる龍王である。ここ数日、エビやカニなどヨロイをまとった家来たちを引き連れて、海の中を見回っておった。皆のもの、龍宮に帰るぞ」
孫悟空が登場します。まだ三蔵法師の弟子になる前なので、頭にワッカがついてません。
孫悟空は自己紹介します。
「俺さまは、岩から生まれた孫悟空、修行を積んで神通力を身につけた。花果山(かかざん)の子分たちに武術の稽古をつけてやりたいのだが、あいにく手ごろな武器が無い。いま、ちょいと武器を貸してもらいに、太平洋の底の龍宮城へ行く途中だ。おや、もう太平洋か」
海亀が登場します。
「おい、そこのヒョットコ面したエテ公。サルの分際で、わが龍宮城に押し入ろうとは、カメのエサになる気か」
エビも言います。
「俺のハサミは半端(はんぱ)じゃねえぞ」
カメ、カニ、エビなどは、甲羅や殻におおわれているので、京劇では海の兵隊に見立てられています。
孫悟空は言います。
「俺は用事があって、おまえらの親分に会いてえんだ」
亀は言います。
「龍王様に? おまえはどこの誰だ」
エビと亀にたずねられて、孫悟空は自己紹介します。
「俺の名前は孫悟空、太平洋の島の中の、花果山というところに住んでいる。おまえさんたちとは、ご近所さんという訳だ」
エビと亀は、孫悟空の名前を聞いたことがありませんので、さらに孫悟空の素性を尋ねます。
「俺の名前を知らないのも無理は無い。俺は長いあいだ花果山を留守にして、遠くで武芸を習っていたんだ」
亀は言います。
「武芸って、一体どんな武芸だ?」
エビは言います。
「武芸じゃなくて、無芸大食、ってやつだろ」
孫悟空は歌います。
「いいか、聞いて驚くなよ。
俺様が龍宮城に来た訳は
手ごろな武器を貸してもらいたいからさ
武器を借りたら花果山に持って帰って
子分らと武術の練習をするのさ
宴会を開いてくれる必要はない
酒やご馳走を出してくれる必要はない
立派な武器を差し出してくれれば、それでいい」
カメは言います。
「いいかげんに黙れ。海水が濁ってしまう。結局、何の用だ?」
孫悟空は言います。
「子分たちと武術の稽古に使う手ごろな武器を借りに来たのさ」
エビと亀は、龍宮の中に入り、見知らぬサルが武器を借りにきたことを龍王に報告します。
龍王は、直接、孫悟空を出迎えます。
龍王は、孫悟空の出方をさぐるため、丁寧な言葉づかいで、孫悟空の氏素性(うじすじょう)をたずねます。
孫悟空は、自分が花果山に住むサルの王であること、龍宮城の武器を借りに来たことを龍王に告げます。
龍王は、家来に命令して、倉庫の中から武器をいくつか持って来させます。
家来たちは、重くて強力な武器をいろいろと持ってきますが、孫悟空にとっては軽すぎて、どれも使い物になりません。
龍王は「もう武器はありません」と言います。孫悟空は「武器を貸してもらえないなら、帰らない」と言います。
龍王の子は「定海神針(ていかいしんじん)、海の深さをはかる神の針、という宝物があるじゃないの」と言います。
定海神針とは、その昔、古代中国の「禹(う)」という王様が、海の深さをはかるために使ったという伝説の宝物です。
定海神針は、重さが十万八千斤もあります。龍王は「さすがの孫悟空もこの重い宝物は手にあまるだろう、これで孫悟空もあきらめて帰るだろう」と考えました。
龍王は、孫悟空に定海神針を渡して言います。
「もし、この重い棒でよろしければ、どうぞお持ちください」
孫悟空は、重い定海神針を「如意棒(にょいぼう)」に変え、見事にあつかいます。
龍王は、びっくりして、約束を反故(ほご)にして言います。
「この定海神針は、わが龍宮城の貴重な財産じゃ。よそには貸せぬ」
孫悟空は、龍王が約束を反故にしたので、怒ります。
龍王は家来たちに、孫悟空を捕まえるよう命令します。
はげしい立ち回りが繰り広げられます。
京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。
壮烈な立ち回りのあと、孫悟空は最後に、如意棒を手に、意気揚々と花果山に凱旋してゆきます。
(完)