売水(ばいすい)Mai-shui
これからご覧いただくのは、売水、「水を売りあるく」というお芝居です。
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舞台に侍女が登場します。
この侍女は、名前を梅英(ばいえい)、日本語に直訳すると「梅の花」という名前です。
侍女は、これまでのいきさつを観客に説明します。
「わたくしは、このお屋敷につかえている女中です。わたくしがおつかえしているお嬢様は、子供のときから、李の家のお屋敷の若旦那さまと結婚の約束をしていました。といっても、もちろん御当人の意思ではありません。中国では、結婚は当人どうしではなく、親が決めるのですから。
不幸なことに、お嬢様の婚約者である李(り)の家は、政治闘争にまきこまれ、無実の罪なのに没落してしまいました。そのため、お嬢様のお父さまは、一方的に婚約を破棄してしまわれました。まったくひどいお父さまです。
お嬢様は、李の家には何の罪もないのだから、婚約を破棄するのはよくないと、お父さまに何度も意見を申されました。しかし、お父さまは世間体ばかり気にして、李の家をお見捨てになったのです。
かわいそうなのはお嬢様。婚約の相手だった若旦那さまに、申し訳ないやら、残念やらで、お嬢様は食事も喉を通らぬありさま。わたしもホトホト困り果ててしまいました。
ところが昨日のことです。私が買い物に出たところ、花園の門の外でばったりと、お嬢様の元婚約者に出会ったのです。彼はおちぶれて、花園の門のところで水を売っていました。私が声をかけようと思って近寄ると、彼は水おけをかついで逃げ出しました。
そこで私は考えました。お嬢様をさそって、またあの場所に行きましょう。そこで二人を再会させて、お嬢様の心の中のわだかまりを取り除きましょう、と。こんなとき、主人のために一肌ぬぐのが、わたくしども侍女の生きがいなのです」
侍女は、自分の主人であるお嬢様を呼び出します。
お嬢様が登場します。心の中は、悩みでいっぱいです。
侍女は言います。
「お嬢様。日がな一日、ため息ついてばかりでは、お身体によろしくありません。今日はちょっと外に出て、花園に散歩に行きましょう」
お嬢様は、花を見ても愁いに沈んだ心はとけぬ、と、首を横にふります。
お嬢様の悩みの理由は、自分の父親が勝手に婚約を破棄してしまったことです。お嬢様は、相手には何の罪もなかったのに、世間体のために婚約を破棄してしまうとは、たいそう申し訳ないことをしてしまった、とため息をつきます。
侍女はお嬢様に、花園で美しい花を見て憂いをはらすことを、再度すすめます。実は、花園の近くでお嬢様の元婚約者が水を売っているのですが、侍女は今の段階では余計なことは言いません。
場面はかわって、二人は花園にやってきます。
まわりには、きれいな花や、さえずる小鳥、うららかな日差し。
しかし、そんな奇麗な風景も、お嬢様の心の悩みをとくには至りません。
侍女はここで、偶然をよそおい、お嬢様と元婚約者を再会させる魂胆でした。しかし、肝心の元婚約者は、まだここに水を売りに来ません。
侍女は間をもたせるため、花園に咲いている花にちなんで、四季折々の花の名前と花言葉をよみこんだ即興の歌を、延々と歌い続けます。
「一月の花は、二月の花は、三月の花は、・・・」
侍女は、元婚約者が来るまで間をもたせねばと、延々と歌をうたいつづけます。
春の花、夏の花、秋の花まではよいのですが、冬には花はありません。花のかぞえ歌が、冬の花に入るまえに、なんとか水を売る若者に登場してほしいところです。
水を売る若者は、まだあらわれません。
侍女の歌は、とうとう、十月、十一月、十二月の花にさしかかります。こんな時期、花は咲いていませんから、侍女の花の数え歌は、次第に、こじつけだらけの苦しい歌になります。
やっと、水売りの若者が登場します。
侍女は、お嬢様に言います。
「あの水売りの若者は、元婚約者である李の若旦那ですよ」と。
昔の中国では男女関係がきびしく制限されていて、結婚前は、婚約者といえども互いの顔を見ることができませんでした。お嬢様も、李の若旦那の顔を良く知らなかったのです。
お嬢様は、いきなり元婚約者があらわれたので、動転します。
侍女はお嬢様に「今日はさいわい、お父さまがお留守なのですから心配いりません。会ってお話しなさい」と勇気づけます。
侍女は、水売りの若者に、お嬢様に会うよう頼みます。
李の若旦那は、お嬢様が自分のことを捨てたのだ、と誤解し、お嬢様を恨んでいました。李の若旦那は、水おけをかついで帰ろうとします。
侍女は、李の若旦那の誤解をときます。
「お嬢様は、ずっとあなたのことをお慕いなさっているのですよ。婚約破棄は、お嬢様のお父さまのご一存。お嬢様は、お父さまと喧嘩をなさってまで、あなたさまとの結婚の約束を守り通そうと努力なさったのです。そして、あなたさまのことが忘れられず、毎夜、神さまにお祈りしていたのですよ」
李の若旦那の誤解はとけました。
侍女は、あちらでお嬢様がお待ちです、どうか言葉をお交しください、と、李の若旦那にたのみます。
しかし、昔の中国は、礼儀作法が厳しい国。未婚の男女が人目のないところでこっそり会うのは、ごはっとでした。
侍女は「今日はさいわい、お嬢様のお父さまは留守なのだから、あなたも勇気を出してください」と、李の若旦那をうながします。
李の若旦那は、お嬢様が待つ花園の中のあずま屋に駆けてゆきます。
侍女は最後にタンカをきります。たとえ無理解な親がどんな横車をおそうと、恋する若者たちを引き離すことは決してできないのだ、と。
(完)