李逵探母(りきたんぼ)Li-kui-tan-mu

 これからご覧いただくお芝居は、『水[水許]伝』(すいこでん)の中の一節、李逵探母、乱暴者の李逵(り・き)が母親を迎えに故郷に帰ってくる、というお芝居です。
 李逵は梁山泊(りょうざんぱく)に身を投じたあと、故郷に残してきた母親のことが気掛かりでした。李逵は、頭目の宋江の許可をもらい、故郷の母親を迎えに帰ってきます。李逵が家を出たあと、李逵の兄が家に残っていましたが、李逵の兄は母親をないがしろにしていました。
 李逵は家に帰ると母親に「苦労をかけたけど、これからうんと楽をさせてあげるからね」と言い、母親を背負い、梁山泊へと帰って行きます。
 それでは母子の再会の喜びを歌で表現した、李逵探母、どうぞ御楽しみください。

 母親が登場し、せりふと歌で自己紹介します。
「ああ、かわいい息子の李逵よ、いまおまえはどこにいるのだい? 家に残ったもう一人の息子の李達は、博打(ばくち)と酒に明け暮れて、私に、満足なご飯も食べさせてくれない。李逵よ、早く帰ってきておくれ。私はおまえを思い、毎日涙を流して泣き暮らしたので、もう両方の目が見えなくなってしまったよ」

 京劇では、年をとった女性を演ずる役柄を「老旦」(ラオダン)と言います。若い女性の役柄よりも、声が低いですね。

 李逵の兄、李達が帰ってきます。
「ツキに見放され、ゆうべ博打で有り金を全部すっちまった。しかし俺もいっぱしの男、ここで尻尾を巻く訳にはいかねえ。はやく家に帰って、おふくろのボロい着物を質草(しちぐさ)に入れて、今夜の博打の元手を作ろう」

   李逵の母親は、自分の身のうえを思い嘆いています。
 李達は、俺が博打で負けちまったのは辛気(しんき)くさいおふくろのせいだ、おふくろが毎日メソメソしてるからツキに逃げられてしまうんだ、と、母親を逆恨みします。

 母親は、おまえの弟の李逵はいつ戻ってくるのだろうか、とため息をつきます。
 李達は「あいつは今や天下のおたずね人だ。おめおめ帰ってきちゃあ来れまいよ。また、帰ってきてもらっちゃ困る」と言います。

 李達は、母親が弟の李逵のことばかり思っているので、腹をたてて母親に言います。
「そんなに李逵が恋しければ、この家を出てって、自分で李逵を探してもいいんだぜ」

 李逵が家を出てからというもの、李達は、母親に満足な食事も与えず、わずかなお金もみな博打につぎ込んでいたのです。

 母親は李達を、親不孝者、となじります。
李達は「そんなことより、今夜また博打に行くから、質草に入れるボロ着をくれ」と答えます。

 母親は李達に「おまえがみんな博打のカタに持っていってしまったから、もうこの家には、何にもないよ」と断わります。

 李達は、母親が着ている着物を引き剥がそうとします。
 李達は言います。「ちょっと、このボロ着を貸してくれ。博打でもうけたら、新しい着物を買ってかえすからさ」

 母親は怒りに体をふるわせます。

 李達は、知り合いにお金を借りるため、外に出ます。

 母親は、ますます李逵のことを思います。

 李逵が登場します。
「人目を避けて夜通し歩いてきたが、もう夜が明けた。久しぶりに見るわが家は、柱はまがり、屋根はくずれ、鳥が巣を作って、もはやボロボロ。俺はおたずね者だから、小さな声で呼びかけよう。お母さん、お母さん。李逵が帰ってきましたよ」
 返事がないので、李逵は家の中に入ります。

 母親は「この、親不孝者の李達め」と怒ります。
 李逵は「李達じゃないよ、俺は李逵だよ。鉄牛(てつウシ)だよ」と言います。
 鉄牛、というのは、李逵のあだ名です。李逵は子供のころから、鉄のように真っ黒で、牛のように大きな体をしていました。

 親子は、久しぶりの再会を喜びます。

 母親は、李逵に髭(ひげ)が生えているので、おどろきます。
 李逵は「もう家を離れて十年以上にもなるのだから、髭くらい生えるさ」と言います。

 李逵は、母親の目が見えなくなっていることに気がつき、愕然(がくぜん)とします。

 李逵は、自分の顔を見ることができない母親のために、自分が自分であることを証明しようとします。
「お母さん、俺の頭をなでてくれ。五歳のとき、木の上から落っこちて、頭を地面にぶつけた時の傷があるだろう? そうそう、それから、俺が子供のころ、お母さんがすごい怒ったことがあって、俺はお母さんをなだめるために歌を歌ったことがあったろう。ええと、あの歌はたしか・・・『もういくつ寝ると、お正月、お正月にはタコあげて・・・』」

 母親は、帰ってきたのが、本物の李逵であることを知り、喜びます。

 母親は歌います。
「母さんは、おまえがいなくなってから、毎日、毎晩、泣き暮らしていた。あんまり涙を流しすぎて、涙がかれ果てて、目も見えなくなってしまった。ようやく息子が帰ってきたというのに、顔も見られないとは」

 母親は続けて歌います。
「この何年間、誰がおまえの面倒を見てくれていたんだい。
荒くれ者だったおまえが、この母親を思い出してくれるほど優しくなるとは、一体、どなたがおまえを教え導いてくれたんだい。
母さんは目が見えなくなったけど、おまえに出会えてとても嬉しい」

 李逵は歌います。
「お母さん、ごめんなさい。
みんな、俺のせいだよ。俺は暴力沙汰を起こしたために、
故郷を逃げだす羽目になった。
不幸中の幸い、俺は良い仲間たちとめぐりあい、
生まれついての兄弟同然に意気投合して、一緒に仕事をしている。
母さんを、目が見えなくなるまで悲しませた俺は、本当に悪い息子だ。
でも、これからは俺が母さんの面倒を見る。もう二度と苦労はかけない。
さあ、俺と一緒にこの家を出よう」

 母親は李逵に「おまえの兄さんは、おまえが天下のおたずね者になっていると言ったが、本当か」とたずねます。
 李逵は内心、ギョッとしますが、それはきっと兄さんの聞き間違いだよ、と否定します。
 母親は、李達はまた私にウソを言ったのだね、と納得します。

 母親は李逵に、今までどこに居たのかをたずねます。

 李逵は、自分が山賊になったと本当のことを答えるにしのびないので、ウソをつきます。
 李逵は、ここ何年かのあいだに、たくさんの良い仲間たちと知り合い、兄弟同然の共同生活を送っている、と答えます。

 母親はさらに、李逵の職業をたずねます。李逵は仕方なく、自分は役人になった、とウソをつきます。
 昔の中国では、庶民にとって、役人になるというのは最高の出世でした。

 母親は喜んで、李逵に、どんな地位の役人になったんだい、と、たずねます。

 李逵は、自分は3番目に偉いんだ、と言います。たしかに李逵は、梁山泊の山賊たちの中ではナンバー3の地位にありました。

 母親は李逵に、給料をたずねます。李逵は、給料は三千貫ももらっているよ、と答えます。三千貫と言えば大変な金額です。
 母親は、自分の息子は大出世したものだと喜びます。

 母親は、もう結婚したのか、嫁はいるのか、と尋ねます。
 李逵は、まだ結婚していないよ、と答えます。
 母親は、おまえは偉くなったんだから、早く結婚して、わたしに孫を抱かせておくれ、と言います。
 李逵は、俺にはまだ結婚は早いよ、と答えます。

 李逵は、兄貴の姿が見えないが、どこにいるんだ、と尋ねます。

 母親は「おまえの兄貴はひどい親不孝者だ、雇われ仕事に出かけると、たまにしか家に帰ってこない。おかげで私はいつもお腹をすかしている」と答えます。

 李逵は兄をかばって言います。
「母さん。兄貴だって、牛や馬みたいに人にこき使われて、苦労しているんだよ。俺がお金を出して、兄さんにも自分で商売をしてもらおう」
 母親は、李逵の優しい気持ちを喜びます。

 李達が帰ってきます。李達は、李逵が帰ってきているのを見て、ギョッとします。一つには、李逵は天下のおたずね者であること。二つには、自分が今まで母親を虐待してきたことを弟に知られるのが怖かったからです。

 李逵は兄に、母さんはお腹をすかしている、と言います。
 兄は「お母さんは年をとってボケはじめていて、いま食べたばかりでも、すぐお腹をすかせるんだ」と言い逃れします。そして「酒を買ってくるから」と逃げるように家を立ち去ります。

 母親は李逵に、李達がずっと親不孝だったこと、李達はいつも李逵の悪口を言っていたことを告げます。

 李逵は、もはやこの家に長居は無用、人目につかないうちに、母親を連れて梁山泊に帰ることにします。

 李逵は、隣の村に着いて馬を雇うまで、 とりあえず母親を背中におぶって行くことにします。

 李逵は、兄がいつか目を覚まし、自堕落(じだらく)な生活から抜け出すことを信じて、兄にもお金を沢山残して行くことにします。

  (完)


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