廉錦楓(れんきんふう)Lian-jin-feng

 これからご覧いただくのは、廉錦楓、という名前の少女を主人公としたお芝居で、京劇には珍しく海を舞台にしています。
 唐(とう)の時代。科挙の試験に失敗した浪人生たち三人組は、外国へ旅に出ます。三人組が「君子(くんし)の国」にきたとき、そこには廉錦楓という親孝行な少女がいました。廉錦楓は、病気の母親に好物のナマコを食べさせるため、海にもぐってナマコを取っていました。ある日、彼女は海に出ていて、ある漁師夫婦の網にかかってしまいます。漁師夫婦は、廉錦楓を魚と一緒に売りとばそうとしますが、そこで三人組に助けられます。
 廉錦楓は、お礼に、海にもぐってナマコと真珠を取り、プレゼントします。
 京劇にこのような演目があるところから見ると、「海女」(あま)という風習は、昔の中国人の目にはよほど珍しく映ったのでしょうね。
 それでは、海を舞台にした舞劇「廉錦楓」。今日は、その中から少女が海で泳ぐ場面をお楽しみください。

(完)


(その1:青年京劇団/和志莉版 約15分)

 ここは広い海のなかです。蟹(かに)の精(せい)と、魚や海老(えび)が登場し、つづいて大きな貝(かい)の精が登場します。

 幕の中で、廉錦楓がゆっくりとうたいます。
「お母さんのためなら、わたしは自分の命も惜しくありません」

 廉錦楓が舞台に登場し、歌います。
「背中にこの青い刀をせおって、海の底を泳いでゆきます。
 海の生き物たちが、たくさん群れをなして泳いでゆきます。
 みずちや、大(おお)ウミガメの珍しい姿も見えます。
 エビのヒゲを釣糸(つりいと)にしてつかまえてしまいたい。
 クジラの背びれにつかまって、海の波をおしわけて進みます。
 体をくねらせて、岩によりかかります。
 なんとかこの手でナマコをつかまえて、お母さまに食べさせてあげたい。
 ふと見ると、あちらに不思議な光が見えます。
 私は前に泳いでゆき、見てみることにします」

 廉錦楓はセリフで言います。
「あちらに巨大な貝が見えました。きっと、貝のおなかの中にはすばらしい真珠(しんじゅ)があるにちがいありません。私はこれからその真珠をとって、私を助けてくれた恩人(おんじん)にさしあげることにしましょう」
 廉錦楓は歌います。
「青い刀を手にとって、これからあの貝を取ります」

(完)


(その2)

 幕の中で、廉錦楓がうたいます。
「着物をきがえて、外に出てきました」
 廉錦楓が舞台に登場。自己紹介の歌をうたいます。
「むかしのことを思い出すと、心がいたみます。
 わたしの父は、不幸にも、旅先の土地で亡くなりました。
 家にのこされたのは、年おいた母と、娘のわたしのふたりきり。
 そのうえ母は、虚弱体質で病気がちなので、
 母に海のナマコを食べさせて、精をつけてもらいたいのですが、お金がありません。
 不幸中の幸い、わたしはいささか武芸(ぶげい)に通じ、泳ぎができますので、
 こうして毎日、海べにナマコを取りにきております。」

 廉錦楓はせりふを言います。
「母のために、今日もナマコを取りにまいりました。まわりの景色を見てみれば、ゴツゴツした磯(いそ)の岩場に白い波しぶきが打ち砕け、まったく海らしい景色でございます」

 廉錦楓は続けて歌います。
「海の景色は見わたすかぎり海ばかり
 磯には荒い岩がゴツゴツところがっています
 青い空と青い海の境目ははっきりとせず
 ただ、漁船の白い帆影が、いくつか見えるばかり
 足元の岩のあいだをさがしてみましょう
 なんとかしてナマコをとって、お母さんに食べさせてあげたいです」

 彼女は言います。
「あちらの遠くにある岩のしたには、きっとナマコがいるはずです。あっちに行って、さがしてみることにしましょう。」

 彼女は歌います。
「大きな岩かげに体を寄せてバランスを取り
 カギを使い、ナマコがいるかどうか、さぐります」

 彼女は言います。
「服をぬいで、海にもぐってナマコをさがしてみましょう」

 廉錦楓は歌います。
「着物をぴっちり体にまといつけ
 海の中にとびこみます」


 ここは海の中です。
 廉錦楓が幕の中で歌います。
「お母さまのためなら、この身も命もおしくありません」
 廉錦楓が舞台に登場して、歌いながら踊ります。
「背中にかねのもりを背負い、海の底を進みます。
 海の魚たちが群れをなして泳いでゆきます。
 イルカやサメや、そのほか名も知らぬ大きな魚たち、
 エビのヒゲを釣糸にして、つかまえてしまおうかしら。
 わたしはサメの背びれにつかまって、波をおしわけて進みます。
 わたしは体をかたむけて、岩場に体をよせます。
 カギをつかってナマコをとり、お母さんに食べさせてあげたい。
 おもむろにあたまをあげると、銀色の光が揺れています。
 このまま泳いでゆき、あの光の正体をさぐってみましょう。」

 廉錦楓はせりふで言います。
「巨大な貝(かい)が、あやしい光を放(はな)っています。きっと、貝のなかにすばらしい真珠(しんじゅ)が入っているに違いありません。わたしはその真珠をとって、海のうえにあがり、わたしの命をすくってくださった三人の恩人へのお礼の贈り物にしましょう」

 廉錦楓は「真珠が取れるかどうか、この刃(やいば)しだい」と歌い、貝をこじあけます。

(完)


(その3)

 幕の中で、廉錦楓がうたいます。
「着物をきがえて、外に出てきました」
 廉錦楓が舞台に登場。自己紹介の歌をうたいます。
「わたしの家は貧しく、年おいた母も病気というつらい身の上です
 わたしの父は、旅先で亡くなったので
残されたのは、母ひとりと、わたくし娘ひとりです」

 彼女は続けて、せりふで自己紹介します。
「わたくしは廉錦楓と申します。わたしの父は、不幸にして旅先で身まかりました。
 母は、病(やまい)の床(とこ)に臥しております。病身の母には、好物のナマコを食べさせてあげるのが何よりの良薬(りょうやく)です。しかし、あいにくとナマコを売っている店はありません。そこで、わたくしは泳ぎをまなび、自分でナマコを取るために、毎日この浜辺に通っております。
 まわりの景色を見てみれば、ゴツゴツした磯(いそ)の岩場に波しぶきが打ち砕け、まったく海らしい景色でございます」

 廉錦楓は歌います。
「荒海の磯には、岩がゴツゴツしております
青い空と青い水平線の境目は、ごく曖昧です
ただ、漁船の白い帆影が、いくつか見えるばかり
白いカモメが青い沖にくっきりと浮かんで見えます
手にしたカギで、ナマコがいるか、足元をさぐってみましょう
うまくナマコが取れて、母に食べさせてあげられるとよいのですが」

 彼女は言います。
「探しても探しても、どこにもナマコは見つかりません。今度はあっちを見てみましょう」

 彼女は歌います。
「すべりやすい岩場だけれども、母のためを思い
ナマコをさがして岩場をすすみます
大きな岩かげに体を寄せてバランスを取り
カギを使い、ナマコがいるかさぐってみましょう」

 彼女は言います。
「さて困りました。浅瀬をあちこち探しましたが、ナマコは一匹も見つかりません。今日は風と波が荒いので、ナマコも海の深いところに逃げてしまった様子。これから海の底にもぐって、ナマコをさがしましょう」

 廉錦楓は歌います。
「着物をぴっちり体にまといつけ
海の中にとびこみます」

 このあと、海中を人魚のようにゆったりと舞う、廉錦楓の踊りが続きます。

(完)


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