劉金定殺四門(りゅうきんていさつしもん)Liu-jin-ding-sha-si-men

 これから見ていただくのは、劉金定殺四門、劉金定(りゅうきんてい)という女武者(おんなむしゃ)が東西南北よっつの城門で大奮闘する、というお芝居です。
 宋(そう)の初代皇帝・趙匡胤(ちょうきょういん)が、まだ国内統一のための苦しい戦いを戦っていたころのものがたり。
 趙匡胤の軍隊は、優勢な敵に包囲されて孤立し、寿州(じゅしゅう)の城にたてこもり、苦しんでいました。女武者・劉金定は、趙匡胤の部下であるいいなづけの身の上を案じて、寿州の城に救援に駆けつけます。そして城の東西南北の門を外から攻めている敵を、見事な武術のわざで次々と倒します。こうして彼女は、趙匡胤と自分のいいなづけの命を救ったのでした。
 京劇には男まさりの女武者が数多く登場しますが、その中でも、自分の恋人のために命をかける劉金定は異色の存在です。小説家・芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)もその著書の中でわざわざ京劇の劉金定に言及しているほどです。
 それでは、女武者の華麗な立ち回りの京劇「劉金定殺四門」どうぞごゆっくりお楽しみください。

(その1: 京劇団「中心」版、上演時間35分から45分)

 趙匡胤が登場して歌います。
「天下の政治をとって、十数年、
 わたしは都で皇帝の玉座にすわってきた。
 余(よ)は、趙匡胤である。にっくき李恵王(りけいおう)めの悪だくみにはまってしまい、余は、この城で囲まれて孤立し、苦しんでおる。城の中には食料もなく、城の外には味方の軍隊の影も見えず、この困難な状況のもと、さいわい、ひとりの勇敢(ゆうかん)な武将、高俊宝(こうしゅんほう)が敵のかこみを突破して、この城の中に救援にかけつけてくれたが、その彼も、病(やまい)の床(とこ)に伏してしまった。余はしかたなく、城の東西南北よっつの門を、みずから見回りに行くことにする。
 者ども、これより城の中を見回りに行くぞ」

 趙匡胤は歌います。
「むかし酒に酔った勢いで、有力な部下を殺してしまった
 そのツケがまわって、家来ともどもこの難局に苦しんでいる」


 場面はかわって、こちらは城の外です。(湖広会館劇場では、ここから始まります)
 馬ひきの若者が登場します。
「女主人の命(めい)をうけ
 つぶよりの兵士を召集(しょうしゅう)し
 千里(せんり)の馬をかきあつめ
 城を救いに出陣する。
 姫さま、どうぞ御乗馬(ごじょうば)ください」

 りりしい女武者(おんなむしゃ)、劉金定(りゅうきんてい)が幕の中で歌います。
「馬ひきの若者に命令し、騎馬軍団(きばぐんだん)を召集させ、これからいそぎ出陣しよう」

 劉金定が登場します。
 京劇では、きぐるみの馬はつかわず、俳優のしぐさや小道具によって、登場人物が馬に乗っていることを表現します。
 劉金定は、勇ましい心を、いろいろなしぐさで表現します。

 劉金定は歌います。
「オオトリの羽かざりは風を切り、銀の兜(かぶと)は光りかがやく。
 私の夫も皇帝陛下といっしょに敵に包囲されて苦しんでいるのです」

 劉金定はみごとな手綱(たずな)さばきで馬をあやつり、戦場にむかいます。


 場面はかわって、こちらは城を包囲している敵の軍隊です。
 敵の武将、搬不倒(はんふとう)が登場します。
「大将軍は威風堂々。でも、したっぱの将軍は全然、威厳がない。
 俺は大将の搬不倒だ。王様の御命令で、この東の城門を守っている。偵察(ていさつ)に出した部下の報告によれば、劉金定が軍隊をひきいてこっちに向かってきているとのこと。飛んで火に入る夏の虫。者ども! 迎え討ちにゆくぞ」

 劉金定は言います。
「そこの武将、名を名乗れ」
「俺は大将の搬不倒だ。ちょこざいな女武者め、名を名乗れ」
「わたしの名は劉金定」
「劉金定よ、劉金定 !  けっこう若くて美人じゃないか。どうだ、馬をおりて、俺の女になれ」
「おふざけはよしなさい。わが槍(やり)を受けてみよ」

 劉金定と搬不倒は、馬に乗ったまま、槍で戦います。(約1分)

 搬不倒はとうとう、劉金定に負けてしまいます。

 劉金定の軍隊は、東の城門に到着しました。しかし、ちょうど折わるく、皇帝は城の南の門の方に見回りに行ったところでした。
 劉金定は部下をひきつれ、敵と戦いながら、皇帝のあとを追って城の南の門にむかいます。


 劉金定の軍隊は、とうとう城の南の門に到着します。
 敵の将軍、雷顕(らいけん)が、劉金定に戦いを挑んできます。劉金定は槍で、敵の将軍を殺します。

 せっかく城の南の門に来たのに、折わるく、皇帝は城の西の門の方に見回りに行ってしまったあとでした。
 劉金定は、今度は西の門にむかうことにします。
 彼女は歌います。
「寿州(じゅしゅう)の城の外で、勝利をおさめ、
 敵の武将をつづけざまにうち倒し、わが心は喜びにおどる。
 されど、なにゆえに皇帝陛下はあちこち移動なさっているのか、
 なにゆえに、私の恋人の姿も見つけることができないのか。
 しかし今は戦場にある身、考えるいとまもあらばこそ、
 ただ、味方を救うために、わたしの命をささげましょう。
 さあ、これから西の門に戦いに行こう」

   劉金定は見事なやりさばきを披露しながら、馬を走らせ、西の城門にむかいます。


 場面かわって、城の中を見回っている趙匡胤が登場して、歌います。
「思えば、余が今までしてきたことは間違いばかり。
 悔(く)ゆとも詮(せん)無(な)し、むかし余は野あそびにうつつをぬかし、
 酒に酔ったいきおいで、無実の部下をひとり殺してしまった。
 彼の妻は、女だてら自分の軍隊をひきつれて、宮殿におしかけてきた。
 余は、自分の着ていた皇帝の服を宮殿から下に落とし、彼女に与えた。
 彼女は私の体のかわりに、私の服を切り裂き、ようやく気が済んで軍隊をひきあげた。
 そのあと、にっくき李恵王(りけいおう)めが、余をおとしいれるために、
 余をわなにはめて、この寿州の城で余を味方から孤立させた。
 敵に包囲された城の中で、もう食料も尽きた。余ももはや、これまでか」


 場面かわって、こちらは城の外です。
 劉金定が登場し、城の西の門を外から封鎖している敵の将軍・林文豹(りんぶんぴょう)と戦います。
 劉金定は刀(かたな)で林文豹を倒します。(約3分)
 やっと西の門の敵を倒したのに、城の中の皇帝は、折あしく北の城門の方にむかっていました。
 劉金定は、軍隊をひきつれ、自分も北の門にむかいます。


 場面変わって、こちらは城の北の門の中です。
 趙匡胤が歌います。
「山河を打ち震わす、ときの声が聞こえる。
 敵の余洪(よこう)めが、攻め寄せてきたにちがいない。
 余は城の高いところにのぼり、敵の様子を見ることにしよう。
 敵のいきおいは、一体、どのくらいであろうか」

 劉金定が登場し、見事な馬さばきの技を披露します。(約2分)
 馬ひきの若者が、城の中にむかって呼びかけます。
「われらは、城の中の味方を救援にかけつけた者です。一門、一門、また一門と、外から城の門を封鎖している敵を殺してまいりました。はやく城門をおあけください」

 趙匡胤はその声を聞き、はじめは疑いますが、自分自身の目で、相手が劉金定であることを確かめます。

 劉金定は、四番目の城門で、ようやく皇帝と会うことができました。
 彼女はたずねます。
「皇帝陛下。救援が遅れましたことを、深くおわび申し上げます。して、わが夫・高俊宝はいまいずこにおりますでしょうか」
 趙匡胤は、高俊宝がいま病の床に伏せっていることを伝え、劉金定とともに見舞に行くことにします。

 趙匡胤と劉金定のふたりは、最後に決めのせりふを言います。
「今日、劉金定がわが軍に加わった」
「余洪(よこう)めが百万の兵で攻めてこようとも、もう安心です」

(完)


(その2: 京劇団「青年団」版・上演時間約25分)

 りりしい女武者(おんなむしゃ)、劉金定(りゅうきんてい)が幕の中で歌います。
「馬ひきの若者に命令し、騎馬軍団(きばぐんだん)を召集させ、これからいそぎ出陣しましょう」

 劉金定が登場します。
 京劇では、きぐるみの馬はつかわず、俳優のしぐさや小道具によって、登場人物が馬に乗っていることを表現します。
 劉金定は、勇ましい心を、いろいろなしぐさで表現します。(3分)

 劉金定は歌います。
「オオトリの羽かざりは風を切り、銀の兜(かぶと)は光りかがやく。
 私の夫も皇帝陛下といっしょに敵に包囲されて苦しんでいるのです」

 劉金定はみごとな手綱(たずな)さばきで馬をあやつり、戦場にむかいます。(3分)

 劉金定は、槍で敵を倒します。
 彼女は歌います。
「敵と戦い続けて、心はますます高ぶる。
 南の門を片付けて、今度は西の門。
 なにゆえ、城の中の味方の姿が見えないのでしょう。
 もしや、わが夫・俊保(しゅんほ)の身に何かあったのでは。
 馬かいの若者よ、わが馬をしばしとどめよ。
 私(わたし)はこの槍ひとつ、これから西の門に突入します。
 皇帝陛下と、いとしきわが夫の命のためなら、死ぬのもこわくありません。
 私は東西南北、四つの門を、すべて制覇してみせましょう。

 劉金定は、みごとな槍さばきの技を披露します。

(完)


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