1999.2
借東風(しゃくとうふう)Jie-dong-feng

 これから見ていただくのは、借東風、東から神風(かみかぜ)が吹くように祈る、という『三国志』(さんごくし)の芝居です。
 主人公は、みなさまよくご存じの諸葛孔明(しょかつこうめい)です。
 史上名高い「赤壁(せきへき)の戦い」の最後の場面。諸葛孔明たちは、曹操の大軍の船を火で焼き払うという作戦を立てました。諸葛孔明は、火攻めを成功させるため、風が吹くよう天に祈ります。
 一方、呉の周瑜(しゅうゆ)は、諸葛孔明の才能に嫉妬し、将来、呉の敵になることを恐れていました。周瑜は、風が吹いたらすぐ諸葛孔明を殺すよう、暗殺部隊に命令します。しかし、周瑜の心の中などお見通しだった諸葛孔明は、風が吹いたあと、すぐに姿を消したのでした。
 諸葛孔明の歌が聞きどころの芝居です。それでは三国志の名場面を、どうぞこの京劇の舞台で御堪能ください。

(一団)

 ここは、長江(ちょうこう)の大河(たいが)を見下ろす小高い丘です。
 諸葛孔明が、幕のなかで歌います。
「大自然の法則も、戦争の作戦も、わたしは完全に知り尽くしている」

 諸葛孔明が、部下たちを連れて登場します。一同は、北斗七星の旗を持ち、易(えき)のうらないの図をあしらった服を着ています。これから、風を祈るための魔法陣(まほうじん)を作るのです。
 諸葛孔明は歌います。
「魔法陣を作って東から神風が吹くのを天に祈り、周瑜(しゅうゆ)の火攻めの作戦を援護してやろう。
 曹操(そうそう)は、天の時を得て、多数の軍隊を手に入れた
 曹操はいま大軍をひきいて江南(こうなん)にくだり、長江(ちょうこう)の大河に大船団を停泊させている
 最初、呉(ご)の孫権(そんけん)は、曹操の大軍団を前にして途方にくれた
 孫権の家来は二つに分かれ、文官は無条件降伏を主張し、武官は戦うことを主張した
 魯粛(ろしゅく)どのは、江夏(こうか)の地に来て、状況を見定めたあと
 わたくし諸葛孔明に、一緒に曹操をやぶるため共同作戦を行おうと頼んできた
 [广>龍]統(ほうとう。[广>龍]はマダレのなかに龍と書く一文字の代わり)がたてた「連環(れんかん)の計(けい)」という作戦は、九割がた完成した
 あとは曹操の船を火で焼くだけだが、火攻めの成功は風だのみなので、周瑜は心配しておる
 わたしの計算によれば、甲子(きのえね)の日には必ず東から風が吹く
 南屏山(なんへいざん)に魔法陣をもうけ、足で魔法のステップを踏み
 手に魔法の剣を持って、北斗七星の魔法陣にのぼる」

 諸葛孔明は、風を祈るため、小高い魔法陣のうえにのぼります。

 諸葛孔明は続けて歌います。
「わたしは魔法陣のうえから、四方を見下ろす
 長江の北の方に、曹操の大船団がそれぞれ鎖でつながれながら密集して停泊しているのが見える
 このあと、東の風が吹いてきて曹操の船が燃え始めたら
 曹操の兵隊たちは、逃げ場のない炎の中を逃げ回るだろう
 その時がくれば、誰も張りめぐらされた網の中から逃れられないのだ
 わたしはこの魔法陣のうえで、天に風を祈ろう」

 諸葛孔明は、風が吹くように天に祈ります。やがて風が吹いてきます。

 諸葛孔明は歌います。
「(歌)東から風が吹いてくる音が聞こえてきた
  このすきに、わたしは夏口(かこう)の地に逃げもどろう
(せりふ)さて、火攻めに絶好な東風が吹いてきた。これで曹操の大船団は全滅まちがいなし。わたしはこのすきに、呉(ご)の地をはなれて夏口にもどり、劉備さまのために働こう。わたしが逃げおおせたのを知ったら、周瑜のやつは、きっと歯がみして悔しがるだろう」

 諸葛孔明は、風を祈る祈祷(きとう)の助手をつとめる少年を呼びよせ、自分の服を少年に着せて即席の「影武者」(かげむしゃ)にします。

 諸葛孔明は、一同にむかい、目をとじるよう命令します。
 一同が目をとじているすきに、庶民の姿に変装した諸葛孔明は、悠々と逃げます。

 周瑜の命令を受けた暗殺者たちがきたときには、諸葛孔明の姿はどこにもありませんでした。

(完)


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