1999.2
紅線盗盒(こうせんとうこう)Hong-xian-dao-he

 これから見ていただくのは、紅線盗盒、「赤い糸」という名前の女性の豪傑が、世の平和を守るため、黄金の皿を盗む、という芝居です。
 京劇には、男まさりの活躍をする女性がたくさん登場しますが、この紅線という女性もその一人です。
 今から一千年以上前の唐(とう)の時代。田承嗣(でんしょうし)という名前の悪い権力者がいて、自分の領地を広げるため、隣の国に戦争をしかけようとしていました。
 戦争になれば、たくさんの血が流れます。紅線は戦争を未然に防ぐため、夜中にたった一人、田承嗣のやしきに忍び込みます。紅線は、田承嗣の寝室(しんしつ)にあった黄金の皿を盗み出すと、田の追っ手を撃退して、悠々と立ち去ります。
 田承嗣は、相手がその気になればいつでも自分の寝首(ねくび)をかくことができるのだ、ということを思い知り、戦争をあきらめたのでした。
 たったひとりで戦争を未然に防いだ女豪傑(おんなごうけつ)・紅線の活躍を描いた京劇「紅線盗盒」。今日は、紅線が夜中、たったひとり敵陣に忍び込んでゆく場面をお楽しみください。

(青年団20分)
 紅線が登場して、詩とセリフで自己紹介します。
「(詩)三尺(さんじゃく)の剣(つるぎ)を身におびた私は
  お化粧とかお喋りとかとは無縁の女豪傑です
  平和か戦争かの瀬戸際で、男たちは右往左往(うおうさおう)するばかり
  女のわたしが命をかけて平和を守ってみせましょう
 わたしは紅線です。ゆえあって、薛(せつ)様のお屋敷に身を寄せております。いま、地方軍閥(ちほうぐんばつ)のボスで田承嗣という名前の悪い男が、自分の領土を広げようと、戦争の準備をしています。わたしは世の平和のために一肌(ひとはだ)脱ぐ覚悟です」

 紅線は続けて言います。
「見れば、月は明るく夜風はきよらかです。みなが寝静まった夜、わたしは薛(せつ)様のお屋敷から出発します。
(歌)時刻を知らせる鐘が、夜中のときをつげ、月は明るく風は静かです
 きっと月の神も今は静かに物思いにふけっていることでしょう
 その昔、わたしは雲の上の世界で神々を祭る仕事をしていましたが
 失敗を犯して、追放され、薛(せつ)様のお屋敷に身を寄せました
 いま、田承嗣という悪者が戦争をはじめようとしています
 わたくし紅線は、敵の様子を偵察(ていさつ)するため
 電光石火(でんこうせっか)の早業(はやわざ)で 敵の中枢(ちゅうすう)にしのびこみます」

   紅線は、広い川にさしかかりますが、身も軽々と川を渡ります。
「(歌)わたしは大河を、空を飛ぶように身も軽々と渡ります
 夜風が吹きわたり、うすい雲の夜空に、天(あま)の河(がわ)の星々(ほしぼし)がきらめいています
 草原(そうげん)に星はまたたき、声ひとつ聞こえない静けさです
 川のさざなみの奥でひっそりと眠る魚たちと龍が、うらやましい
 わたしは女の身でありながら、冷たい夜露(よつゆ)に濡れつつ苦労しています
 願わくば、国と国とが、領土をめぐる争いをやめ、仲良く貿易をして
 国の民が平和に暮らせるように、わたしは祈ります
 遠くに敵の陣地の明りが見えてきました
 わたしはこのまま前に進み、様子をさぐりましょう」

(完)


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