豆汁記(とうじゅうき)Dou-zhier-ji

 これからご覧いただくのは豆汁記、まめスープの物語、というお芝居です。
 豆汁、つまりまめスープは、中国では非常に値段のやすい食べ物です。豆汁の味は非常にくせが強く、独特の強烈なにおいがするため、普通の中華料理屋ではメニューに入れていないほどです。そのクセの強さは、日本の食べ物でいうと、クサヤの干物に匹敵するでしょう。
 この豆汁記は、京劇の数ある演目のなかでも、ユニークな喜劇です。
 登場人物は、町でものごいをする乞食であったり、道端で行き倒れになっている貧乏学生であったり、みな庶民的な人物です。また、うたが少なく、せりふが多いことも特徴です。
 物語は、ある寒い冬の日、雪のふる町かどで、貧乏学生が行き倒れになるところから始まります。
 お腹がすいて倒れていたこの貧乏学生を助けたのは、町の乞食の娘、金玉奴(きん・ぎょくど)でした。彼女は、町の乞食たちをたばねる乞食の大親分のひとり娘でした。金玉奴は、貧乏学生を自分の家につれてかえり、命を助けてやります。金玉奴の父親で、町の乞食をたばねる大親分は、はじめこの貧乏学生を嫌いますが、結局、この貧乏学生を自分の娘である金玉奴と結婚させます。
 のち、この貧乏学生は受験勉強に成功して、出世します。出世した夫は、妻が乞食出身であることを恥じて、妻と父親を追い出してしまいます。恩知らずのこの学生は、最後に、金玉奴とその父親から、手痛いしかえしを受けます。
 それではコメディ・タッチの京劇「まめスープの物語」、どうぞごゆっくりお楽しみください。

 貧乏学生が登場します。
 いまは寒い冬、あたりには大雪が降っています。
 この学生は、自分の境遇をせりふで言います。
「私は両親に早く死なれたうえ、自分の家が火事で焼けてしまい、ホームレスになりました。頭の中には勉強した知識がいっぱいあるけど、お腹の中には何もありません。いったい、いつになったら、ぼくにも運がむいてくるだろうか」と。

 貧乏学生は「おなかがすいた、すいた」と歌います。

 主人公の金玉奴が登場します。
 彼女は数え年で十六歳、満年齢では十四歳か十五歳です。昔の中国では、ちょうど結婚適齢期の年ごろです。

 彼女は自分の境遇を、せりふと歌で説明します。
「わたしは金玉奴といいます。父は、この町の乞食たちをたばねる乞食の親分です。母は、早くに亡くなりました。今朝、父はお祝いごとのお手伝いの仕事で、外出したきり、いまだに帰ってきません。外はこんなに寒いのに、父が帰ってこないのが心配で、こうして家の外に出て父の帰りを待っています」

 金玉奴は、みちばたに、誰か人間が行き倒れになっているのを見つけます。

 貧乏学生は、自分は何も食べておらず、行き倒れになったのだ、と説明します。

 金玉奴は貧乏学生を家に連れて行ってやろうとします。学生は足がこごえて、立って歩くことさえできません。

   昔の中国は道徳的にきびしい国でした。男女が手をにぎるのもダメ、ましてや、倒れている男を女性が抱き起こすなど、道徳的に許されないことでした。
 貧乏学生はしかたなく、ワニのように這って、家の中に入ります。

 やっと、父親が帰ってきます。
 父親は、うたで自己紹介します。
「わたしは乞食の大親分、人様ののこりものをいただいて日々をおくるしがない渡世。外でつらい目にあっても、家に帰ってひとり娘の顔をみりゃ、心がなごむ」

 父親は、家の中に見知らぬ男がいるので、ギョッとします。
 学生は「怪しいもんじゃありません。ぼくは行き倒れのホームレスです」と自己紹介します。

 父親は「ドアの中にはいってきて乞食をするとはルール違反だ」と、叱ります。

 学生は「あなたのお嬢様が中に入れてくださったのです」と答えます。

 父親は、事情をきくため娘を呼び出します。

 父親は「どうして男なんぞくわえこみやがった」と、娘を叱ります。

 父親は怒ります。
「わしがお祝いごとの手伝いの仕事に出ていた少しのあいだに、こんなヒョーロクダマを家の中にくわえこむとは。そんなあばずれ女に育てた覚えはないぞ」と。

 娘は、自分の潔白を説明します。
「お父さんが仕事に出て、なかなか帰ってこないので、心配になってドアの外に出て待っていました。ドアの外に出てみると、この人が道端で、お腹をすかせてこごえてました。ちょうど、うちには豆スープがあったので、この人を家の中に入れ、まめスープを飲ませてあげることにしたのです」

 父親は、自分が娘を誤解していたことを悟りました。

 父親は、自分も豆スープを飲むことにします。
 この豆スープ、中国語で「ドウジル」というのは、値段が安く栄養価の高い食べ物です。しかし、強烈なクセのあるにおいがするため、普通の中華料理屋さんではメニューとして置いていません。
 外国人が、この、まめスープを飲むことができたら、それは本当に中国の通になった証拠、と言われます。

 貧乏学生は、まめスープを飲み干します。

   貧乏学生は、おかわりを要求します。しかしもうスープはありません。

 貧乏学生は、いかにもインテリらしいあらたまった言葉で、お礼をいいます。
「小生を轍鮒(てっぷ)の急よりお救いくださり、まさに九死に一生でございます」
 父親は、難しい言葉がわかりません。てっきり貧乏学生が自分のことを馬鹿にしているのだと勘違いし、なぐりかかろうとします。
 父親は、貧乏学生が使った難しい言葉「九死に一生」を「今日死ね畜生」と聞きまちがえたのです。

 娘が二人のあいだに入って、とりなします。父親は娘の説明をきいて、やっと自分の聞き違いであったことを知ります。

 父親は貧乏学生に「もう腹はいっぱいになったな」と確認します。
 貧乏学生が「もうお腹いっぱいです」と答えると、父親は「じゃあ、あばよ」と学生を追い出そうとします。
 しかし娘は、学生を呼び戻します。

 娘は、内心、この学生と離れたくないのです。しかし、父親の手前、彼女はウソをつきます。
「この学生さんは、私にまだお礼を言ってないから呼び戻したの」と。

 娘は「あの学生さんは、なぜ乞食なんかしているのか」と不思議がります。父親は、娘にかわって学生に、ホームレスになったいきさつをたずねます。

 学生は「自分はもともと、国家試験受験資格をもつ秀才だった」と答えます。

 父親がさらにたずねると、学生は難しい言葉で答えます。
「小生の父母は早くにみまかり、また、拙宅は火災にあいて烏有(うゆう)に帰したれば、かくも凍(い)てつく大雪の巷(ちまた)に、ものごいしつつ口をノリするなり」

 娘は、学生に同情して涙を流します。かわいそう、という同情は、恋愛感情のはじまりでもあります。

 娘は「この学生を家に置いてあげましょうよ」と言います。父親は最初しぶりますが、最後は娘の熱意に折れます。

 学生は、またまた呼び戻されます。

 父親は、内心やっかいなことになったな、と思いながら、あらためて学生の素性をたずねます。
 学生は自己紹介します。
「小生は、姓は莫(ばく)、名は稽(けい)と申しまする」
   父親は、くだけた庶民の言葉を使います。
「おい、じゃあ今度は、おめえが聞く番だろうが。とっとと、俺の名前をたずねてくんな」

 父親は、自分の姓は金、名前は松(しょう)、と答えます。

   父親は、自分はフリーアルバイターをたばねる組織のコーディネーターだ、と自己紹介します。しかし、貧乏学生にはわかりません。

 父親は、要するに乞食の親分だよ、と言います。

 学生は父親に「そちらはご令嬢ですか」とたずねます。
 父親は「ご令嬢なんてタマじゃねえ、うちの小娘だ」と答えます。

 学生は、彼女の名前が金玉奴、年齢は数えどしで十六歳、現在の満年齢ですと十四、五歳であることを、父親から聞きます。

 父親は内心、こいつは世間知らずの秀才バカだ、と学生を馬鹿にします。
 しかし、世間知らずの学生とはいえ、知識人であることは間違いありません。父親は思いなおし(この貧乏学生を、自分の娘のむこに迎えよう)と考えます。

 父親はあらたまって、学生に、結婚の話を切り出そうとします。しかし、結婚の話をなかなか切り出せず、同じ言葉を何度も言って、話はどうどうめぐりしてしまいます。

 父親はやっと「うちの娘と結婚してくれ。いいかい」とたずねます。

 学生は内心、困ります。自分は乞食に落ちぶれているとはいえ、インテリ階級。乞食の娘を妻にむかえるのは世間体が悪い。しかし今、結婚を断われば、また寒い町かどに出て行き倒れになるかもしれない。
 学生は、とりあえず結婚を承諾することにします。

 学生は、自分は貧乏なので結納の品はもちあわせていないが、と言います。
 父親は、まあ気は心だ、と答えます。

 貧乏なふたりは、ここに贅沢な結納の品があるつもりで、会話を続けます。
 貧乏学生は言います。
「これは宝石をちりばめた一億円のかんむりです、これは最高級シルクの一億円のドレスです。ほかに金銀宝石が十億円ほど、これをすべて結納の品として差し上げます」と。
 父親も、悪ノリして答えます。
「わしも超豪華な嫁入り道具を用意してある。象牙のベッド。豪華絢爛、キンランドンスのシーツ百枚。持参金十億円」

 最後に父親は、町の道端で乞食をするときの道具を、学生に見せます。
「これは、わが家に代々伝わる家宝の乞食杖だ。わしが死んだら、そなたが後継者だ。」

 ちょうどそこへ、乞食の仲間がやってきました。父親は、
「みんなよく来た。いまちょうど、娘のムコが決まったところだ」と言います。
 乞食の仲間たちは「おめでとう」と言います。

 仲間の乞食たちは「どうせなら、今日、結婚式もしてしまおう」と言います。
 仲間たちは、父親に婚礼のお祝いの品を渡します。みな粗末なものですが、仲間はそれぞれ縁起が良い品なのだ、と、中国語のダジャレを使ってこじつけます。

 このあたりの会話は、中国語のダジャレによるギャグが続いています。

 乞食の仲間たちは、父親に、娘さんの結婚おめでとう、と、祝いの言葉を述べたあと、帰ろうとします。父親は、帰ろうとする仲間たちを引き留めて言います。
「婚礼のごちそうのかわりに『残飯のごった煮・中華風』を食べていってくれ、遠慮はいらねえ」
 みんなは喜んで、ごちそうになることにします。

   金玉奴は貧乏学生と、夫婦の最初のあいさつをします。
 彼女は貧乏学生をはげまして言います。
「今年はちょうど、三年に一度の国家試験がある年。ぜひ都にのぼって、受験してください」
 貧乏学生は答えます。
「もう受験勉強はしない。国家試験を受けるのをやめても、将来の人生設計は、別にちゃんとしてある」

 貧乏学生は言います。
「お父様の次は、ぼくが乞食杖をひきついで二代目になる」と。
 金玉奴は、あきれます。

 彼女は夫をはげまして歌います。「わたしも全力を尽くしてあなたをささえますから、どうかあなたも、最初の志を忘れず、受験勉強を頑張ってください」

 貧乏学生は、妻の言葉を聞いて、もう一度、国家試験を受ける気持ちを固めます。ただし、受験のために都にのぼるあいだ、妻と離れるのはがまんできない、と言います。

 結局、ふたりは、夫婦いっしょに都にのぼることにします。
 金玉奴は、父親に、自分も夫の受験につきそって都にのぼってよいかどうか、と許可を求めることにします。
 金玉奴は父親に言います。
「この人を都にのぼらせて、試験を受けさせたい」と。
 父親も賛成します。

 金玉奴は続けて
「でも私たちは新婚なので離れたくありません、私も彼の受験についてゆきます」
と言います。
 父親は「妻同伴の受験生なんて、聞いたことがない」とあきれます。

 父親は、ふたりが一緒に都にのぼってしまったら、あとに一人残される自分はとても寂しくなるだろう、と、心配になります。

 父親は言います。「おまえたち二人が行くなら、わしもついて行く。道中の宿代や食事代は、わしがかせいでやるから心配いらなくなる。どうだ、よい考えだろう」と。

   新婚旅行に父親がついてくるとは、鬱陶(うっとう)しい話ですね。夫婦は嫌がりますが、父親は、自分もついてゆく、と言ってききません。

 父親は、仲間の乞食たちを呼び集め、自分のムコが受験のために都にのぼることになった、ついては、娘もムコの付き添いで都についてゆくことになった、と説明します。
 乞食たちは「受験生に妻が付き添うなんて聞いたことがない」とあきれます。

 父親は続けて、ふたりだけ都に行かせるのは心配なので、自分もゆくことにした、と言います。
 乞食たちは、ずっこけます。

 父親は乞食仲間の一人に、ぎょうぎょうしい調子で頼みます。
「わが兄弟よ、この町を留守にするあいだ、乞食を束ねる親分の役をよろしく頼む」と。

 金玉奴たち三人は、乞食の仲間たちと別れを惜しみつつ出発します。

 金玉奴の父親からあとを頼まれた乞食仲間のひとりが、ぎょうぎょうしく「乞食の心得」を訓示します。

(完)


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