1999.2
打漁殺家(だぎょさっか)Da-yu-sha-jia

 これから見ていただくのは、打漁殺家、魚をとる漁師が悪いやくざに殴り込みをかける、という芝居です。
 『水滸伝』(すいこでん)のその後のものがたり。梁山泊(りょうざんぱく)の英雄の生き残りのひとり・阮小二(げんしょうじ)は、ヤクザ稼業(かぎょう)から足を洗って、名前を蕭恩(しょうおん)と変えて魚を取る漁師になり、娘の桂英(けいえい)とふたりで暮らしていました。ある日、梁山泊時代の仲間・李俊(りしゅん)が倪栄(げいえい)を連れて、蕭恩をたずねてきます。蕭恩たちは、昔話に花を咲かせて酒を飲みました。そのとき、地元の親分の手下が、魚を取るみかじめ料を払え、と無理なことを言いに来ます。地元の親分の手下は、もと梁山泊の英雄豪傑たちに一喝(いっかつ)され、逃げ返ります。
 地元の親分は、今度は用心棒であるカンフーの「大先生」を蕭恩のもとによこしますが、この用心棒も、蕭恩にこてんぱんにやられてしまいます。
 その後、蕭恩は地元のやくざのせいでひどい目にあい、夜、娘の桂英をつれてなぐりこみをかけます。
 『水滸伝』のファンにはたまらないお芝居です。それでは京劇「打漁殺家」、今日はその前半の場面までをお楽しみください。

 梁山泊(りょうざんぱく)の英雄の生き残り・李俊が、弟ぶんの倪栄と連れだって登場します。
 ふたりは今日はひまなので、川辺を散歩することにします。

 この芝居の主人公・蕭恩と、娘の桂英が登場します。
 蕭恩は、今はかたぎの漁師になっていますが、むかしは梁山泊の主要メンバーのひとり・阮小二でした。
 蕭恩と、娘の桂英は、歌をうたいながら、魚を取ります。
 京劇は舞台装置や道具をあまり使いません。父と娘のふたりは、船にのって、網で魚を取るという設定ですが、船は使わず、俳優の演技力によって、まるで本当に波や船がそこにあるように観客に感じさせるのです。

 桂英は、魚をとる仕事がつらい、と言います。
 蕭恩はなぐさめます。
 ふたりは船を岸につなぎます。岸も船も、舞台装置や大道具を使うことなく、すべて俳優の演技によってあらわします。

 李俊たちが登場します。
 蕭恩は、あいさつをします。
 蕭恩は、倪栄と会うのは初めてでした。倪栄はあいさつするふりをして、蕭恩の腕の力をためします。一見、ひよわそうに見える蕭恩は、実は大変な力持ちでした。倪栄はほめます。

 蕭恩は、娘の桂英をふたりに紹介します。桂英は数えどしで十六歳の少女です。
 蕭恩は娘に酒の用意をさせ、ふたりと酒を飲み始めます。

 道化(どうけ)役の葛先生が登場します。
 葛先生は、桂英が絶世の美女であるのを見て、こっそりとぬすみ見ます。
 蕭恩は葛先生を見とがめます。葛先生は「丁(てい)の旦那の屋敷はどこでしょうか」と道をたずねるふりをしてその場をつくろい、逃げます。

 地元の丁親分の手下、丁郎(ていろう)が登場します。この丁郎も道化役です。
 丁郎は蕭恩に、はやく漁業税を払うよう、うながします。
 蕭恩は「最近は魚がさっぱり取れないので、少しお待ちください。今度、漁業税を払いに行きます」と言います。
 この漁業税というのは、国の正式の税金ではなく、この地方の県知事が勝手に課税した税金でした。名目上は税金でも、実際は、地元の親分の丁(てい)が、合法的にみかじめ料を取るために、県知事とグルになって課税しているのです。

 李俊と倪栄のふたりは、丁郎を叱りつけます。丁郎は相手がただものではないことを知り、逃げようとします。しかし、李俊たちに呼び戻され、その都度なかなか逃げられません。
 コミカルなやりとりが続いています。
 最後に丁郎はやっと逃げ出します。

 李俊と倪栄のふたりは、蕭恩に別れを告げて、去ってゆきます。
 桂英は蕭恩に、あのふたりの素性(すじょう)をたずねます。蕭恩は正直に答えます。
 桂英は、腐った官僚よりも、自由に生きる彼らの方がすばらしい、と感動します。


 場面は変わって、こちらは丁(てい)親分(おやぶん)のやしきです。
 さっきの葛先生と、丁親分のふたりが雑談していると、手下の丁郎が帰ってきます。
 丁郎は、蕭恩から漁業税を取り損ねたこと、蕭恩のところにふたりの体のデカいヤクザがいて「税金でないものを、税金として徴収するのはけしからん」と怒られた様子を、身ぶり手ぶり入りで解説します。
 丁親分は腹をたて、自分みずから蕭恩のところに行き、漁業税を取ろうとします。
 葛先生は「わざわざ丁親分が行かれるまでのことはありません、わたくしにおまかせください」と言います。

 葛先生は、用心棒のカンフーの大先生に頼むことにします。
 葛先生は、大先生の弟子たちを呼び、大先生を呼び出してもらいます。
 カンフーの大先生が登場します。この大先生も道化役です。
 葛先生は、大先生に蕭恩から漁業税を取るよう頼みます。大先生は承知し、弟子たちに「明日、蕭恩のところに漁業税を取りにゆく。今夜もじゅうぶん訓練しておけ」と命令します。


 場面かわって、翌朝。蕭恩と桂英が登場し、魚を取る仕事はつらいが、生活のためしかたがない、という内容の歌をうたいます。
 蕭恩は、娘が漁師の仕事着を着ている姿を見て、憮然(ぶぜん)とします。

 大先生が、弟子たちを連れて登場します。
 大先生は、なかなか蕭恩の家のとびらをノックしようとしません。弟子たちにノックさせようとしたり、とびらが閉まっているから蕭恩はきっと留守にしているのだ、とか、あれこれ言い訳をします。
 大先生は弟子の手前、かっこつけていますが、どうも本心は蕭恩のことを怖がっているようです。
 大先生は弟子たちにうながされ、蚊の鳴くような小さな声で「蕭恩、蕭恩、出てこい」と言います。
 弟子たちはもっと大きな声で言うよう、大先生にうながします。
 大先生は弟子たちに向かい「家の中から人を呼び出すのにも、いろいろと秘伝がある。これから模範を見せてやるから、しっかり見ておけ」と変なことを言い、時間をかせぎます。
 そうこうしているうちに、蕭恩が出てきます。
 蕭恩がちょっと大先生の腕をさわっただけで、大先生は「イタタ・・・」と言います。この大先生は、本当はものすごく弱いようです。
 大先生はたじろぎ、馬鹿丁寧な言葉づかいで「おはようございます。ご機嫌いかがですか。もしよろしければ、漁業税をいただけたらいいなあ、なんて思ってます」と言います。
 蕭恩は、ここ数日間、さっぱり魚が取れないので、漁業税はあらためて後日お支払にうかがう、と言います。
 蕭恩は軽く大先生の胸を指でつつきます。大先生は「秘孔(ひこう)を突かれた」と言い、よろめきます。

 大先生は武術について長々と能書きをたれますが、口ばかりで、結局あっさりと蕭恩にやっつけられてしまいます。

 蕭恩は、丁親分の不当な税金徴収を役所に訴えに行くことにします。

(完)


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