断橋(だんきょう)Duan-qiao

 これからご覧いただくのは、「断橋」、断ち切れた橋、という芝居です。
 『白蛇伝』の一節。白蛇(はくじゃ)と妹ぶんの青蛇(せいじゃ)は、法海和尚(ほうかいおしょう)に連れ去られた夫・許仙(きょせん)を取り戻すため金山寺(きんざんじ)で戦いました。しかし、さんざんに負け、命からがら、杭州(こうしゅう)の西湖(せいこ)にまで逃げてきました。
 西湖は、昔、白蛇が夫と最初に出会った思い出の場所です。白蛇が感慨にふけっていると、そこへ、許仙が追いかけてきました。許仙は、金山寺を抜け出してきたのです。青蛇は怒って許仙を殺そうとしますが、白蛇は許仙を許します。
 三人は、法海和尚の追っ手を逃れるため、一緒に落ちのびるのでした。
 それでは、夫婦の心の揺れ動きを歌によって表現する「断橋」、どうぞお楽しみください。

 白蛇が登場して歌います。
「金山寺での激しい戦いが済んだあと
ただうらめしきは、わが夫
夫は、法海和尚の中傷をうのみにしました
私は疑われ、捨て去られてしまったのです」

 白蛇は、お腹に臨月の子供を宿しています。歩くのもつらそうです。
 妹ぶんの青蛇が、心配します。

 白蛇は、断橋の変わらぬ景色を見て、感慨にふけります。
 ここは、夫の許仙と最初に出会った思い出の場所でした。「断橋」、断ち切れた橋、というその名のとおり、夫婦の心のきずなも断ち切れてしまったのです。
 白蛇は、その感慨を、歌でしみじみと表現します。

 青蛇は「もし許仙に会ったら生かしてはおかない」と怒ります。

 白蛇は「悪いのは夫ではありません。みな、夫にあれこれと吹き込んだ法海和尚のせいなのです」と青蛇をたしなめます。

 青蛇は、白蛇があくまで許仙をかばうので、あきれます。

 青蛇は「許仙はもう昔の許仙ではないのですよ」と、あくまで許仙をゆるしません。


 許仙が登場します。
 彼は、年若い男性を演ずる「小生」(シャオション)という役柄なので、京劇の約束ごとにしたがって甲高(かんだか)い声で歌います。
「ひたすら故郷に帰りたい気持ちで一杯。
妻にわびたい気持ちで一杯。
見れば、断橋のあたりに、妻と青蛇の姿が見える。
青蛇は腰に剣をさげ、
怒りに燃える目で私をにらんでいる、
恨まれて当然、殺されても文句は言えぬ。
それでも一言、妻と言葉をかわしたい」

 青蛇は、許仙を殺そうとします。白蛇は、青蛇を止めます。

 白蛇は夫に、うらみ言を綿々と歌います。
「私はこれまで、あなたにずっと尽くしてきました。
どうしてあなたは私を捨てて、
法海和尚の言葉をうのみにし
金山寺に隠れていたのですか。
私が、法海和尚と戦って、もしも殺されていたら、
お腹の子供も命はないのだと、あなたは考えなかったのですか。
金山寺での戦いのあいだ、ずっと隠れていたあなたが、
今になって、どんな顔をして妻に会いに来るというのですか」

 許仙は歌います。
「妻の恨み言は耳につきささる。
目からは涙が止まらない。
法海和尚のところから、
逃げ出したくても逃げ出せなかったのだ」

 青蛇は「ならば、なぜ今になって逃げ出せたのか。きっと法海和尚の手下となって、私たちを追跡してきたのだろう」と疑います。

 許仙は、自分が金山寺を抜け出せた理由を歌で説明します。
「私は、ずっと夜も昼も、妻のことを思っていた。
しかし法海和尚は、妻に会うことを許してくれない。
とうとう妻が、私を救い出しに寺にやって来た。
そのとき寺の小坊主(こぼうず)さんが、私に同情して
こっそり裏から私を逃がしてくれた。
寺を出てからは無我夢中、ずっと妻を追いかけてきた」

 青蛇は怒って歌います。
「いまさら、そんな塩らしい口を聞いてももう遅い
わたしたちが法海和尚と戦っているとき、
ずっと法海和尚の後ろにかくれていた裏切り者め。
いますぐ、この剣のサビにしてくれる」

 白蛇は歌います。
「妹よ、剣をサヤにおさめておくれ。
夫よ、妻の言葉を恐れずに聞いてください。
私はたしかに、人間の女ではありません。
四川省(しせんしょう)の峨嵋山(がびさん)に住む蛇の精です。
人間のような恋愛にあこがれて、
妹の青蛇と一緒に山をおり、
雨にけむる西湖であなたと出会いました。
あなたと一緒に船に乗り、
雨傘を借りたのが、二人のなれそめでした。
その後、夫婦で薬屋をはじめ、
あなたが私の正体を見て倒れたときは、
私は、魔法の薬草を取るために戦いました。
ところがあなたは心変わりして、
法海和尚と金山寺に籠ってしまった。
待てども待てども、あなたは帰ってこない
毎夜、朝まで眠れずにあなたを待つ
私の枕は涙で濡れそぼり、
束の間眠れても、みる夢はあなたと再会する夢ばかり。
夢がさめれば、寂しさは一層つのります。
思いあまって、金山寺におしかけたのも、
もう一度、あなたとやり直せれば、と思ってのこと。
もし青蛇が命をかけて戦ってくれなければ、
今ごろ、お腹の子供も死んでいたでしょう。
青蛇が怒るのも無理ありません。
どちらが悪(あく)でどちらが正義か、自分の心に聞いてください」

 青蛇は許仙に「命だけは助けてやる。とっとと法海和尚のもとに帰りなさい」と言います。

 許仙は歌います。
「自分はようやく目がさめた。人間であろうとなかろうと、夫婦の愛に変わりはない」

 青蛇はなおも、許仙のことを許しません。

 白蛇は許仙のことを許します。
 青蛇は、二人が仲直りしたのを見て、もう自分は邪魔者になったと思います。
 青蛇は白蛇に言います。「私はどうしても、許仙さまのことが許せません。おふたりが仲直りされた以上、私がここにいてはお邪魔でしょう。おいとま致します。どうぞ、お元気で」

 白蛇は青蛇を止めます。青蛇も、心の中では、立ち去りがたいのです。
 青蛇は許仙に向かって歌います。「もし、ふたたび、お姉様を裏切ったら、今度こそこの青蛇が許しませんよ」と。

 許仙は「もう二度と妻と離れない」と誓います。

 三人は、法海和尚の追っ手の追跡をくらますため、許仙の姉の家にかくれることにします。

 仲直りした三人は、思い出の西湖をあとに、落ちのびてゆきます。

(完)


[「京劇実況中継」目次に戻る]