盗庫銀(とうこぎん)Dao-ku-yin

 これからご覧いただくのは、盗庫銀、倉庫にかくしてあるお金を盗む、という芝居です。
 京劇の芝居は大きく二つにわけて、うた中心の文戯(ぶんぎ)と、立ち回り中心の「武戯」の二つに分かれます。この盗庫銀は、有名な京劇「白蛇伝」(はくじゃでん)のなかの一幕で、立ち回り中心の「武戯」です。

 今から一千年ほど昔の中国。銭[土唐]県(せんとうけん)という田舎の県知事は、とてもたちの悪い政治家でした。この悪い県知事は、人民から徴収した税金をピンハネしたり、賄賂をとったりして、不正に稼いだおかねを、倉庫の中にしこたま隠しこんでいました。
 「白蛇伝」の女主人公・白蛇(はくじゃ)は、この悪い県知事が不正にためこんだお金を、なんとか貧しい人々のために還元したいと考えました。彼女はそこで、自分の妹ぶんである青蛇(せいじゃ)すなわち青いヘビの化身(けしん)を、銭[土唐]県に派遣し、県知事のかくし財産を盗み出させようとします。
 しかし県知事もさるもの。倉庫には、魔よけのお札が貼ってありました。青蛇が倉庫の中の銀を盗み出そうとすると、倉庫のお札の守り神があらわれて、青蛇と戦いになります。
 「女ねずみ小僧」青蛇が勝つか、それても倉庫のガードマンである守り神が勝つか。
 それでは、立ち回りを中心とした芝居「倉庫にかくしてあるお金を盗む」。女性ならではのしなやかな立ち回りを、お楽しみください。

 県知事が登場します。
 この県知事は、いかにも小悪人、といった感じですね。
 県知事は節のついたせりふで言います。
「南の楽園、蘇州・杭州(こうしゅう)のこのあたりは
土地は豊かで風光明媚(ふうこうめいび)
天国みたいな良いところ
民百姓(たみひゃくしょう)はおっとりしてて
いじめ放題 しぼり放題
役人 不正のし放題
裏金(うらがね)づくりも超簡単
空出張(からしゅっちょう)もお手のもの
たまった賄賂(わいろ)は、倉いっぱい
金銀財宝 数えきれない」

 昔の中国では「どんなに清廉潔白(せいれんけっぱく)な役人でも、県知事を三年間やったら、一生寝てくらせるだけの財産がたまる」と言われていました。それだけ、あちこちから付け届けが多かったわけです。でも、この県知事は、特に悪質ですね。

 そこへ、青蛇、すなわち青い蛇の化身が登場します。
 彼女は「白蛇伝」の主人公・白蛇の妹ぶんです。
 青蛇は歌います。
「身には女ものの装束(しょうぞく)を着て、腰には武器をひっさげて
女だてら『ねずみ小僧』のまねごとをします
県知事の金倉のなかは
人民からしぼりとった裏金でいっぱい
わが姉・白蛇は言いました
あの県知事のかくし財産を盗みだし
貧しい人のための病院を作りしょう、と
こよい、私はこっそりと
夜風にのって、月あかりをたどって
やって来たるは、県知事のやかた」

 小役人が、見回りをしています。
 小役人は、ふしのついたせりふで言います。
「金庫のガードは用心が肝心
いまは夜中で人っ子ひとりいない
眠くても ねむっちゃいけない
ねむっても 目をつぶっちゃいけない
目をつぶっても 耳だけ起きてりゃ、まあいいか
おやおや、人の気配がする」

 青蛇は魔法をつかって、あっさり、倉庫の中の財宝を盗みます。

 小役人は言います。
「おい、大変だ、財宝をとられちまった。
県知事さまにご報告!」

 県知事は、命より大切なお金を盗まれて、悲しんで歌います。
「ああ、おっかさん!
驚き 桃の木 サンショの木
天の神さま 仏さま
どっちでもよいから お助けを!
もしも盗まれたお金がもどってきたら
お礼に、たっぷりお供えものをさしあげます
お線香とブタの頭をささげます」

 こんな無茶苦茶なお祈りでも、神さまに通じたようです。
 むかしの日本では、「神仏習合」(しんぶつしゅうごう)といって神社とお寺の区別が曖昧でした。むかしの中国でも、道教の神さまと仏教の神さまを、はっきりとは区別しませんでした。
 県知事のいのりに答えて、倉庫の守り神が登場します。
「こしゃくな妖怪めが、倉の財宝をぬすんだ
県知事の必死の祈りにこたえてやろう」

   倉庫の守り神は、部下の神々を呼び出して、青蛇を捕まえるよう命令します。

 倉庫の守り神は、青蛇に、盗んだ財産を還すように言います。

 青蛇は「これはもともと、悪い役人が人民からしぼりとった不正な財産です。人民のために使うのが当然ではないですか」と言って、お金を還しません。

 青蛇は歌います。
「神や仏も、悪い役人の味方をするのですか。あなたは神のくせに、お線香のけむりで目がかすみ、善と悪の区別さえつかないのですか」

 青蛇は、倉庫を守る神と戦います。そして激しい戦いの末、財産を持ち帰ります。

(完)


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