1999.2
釣金亀(ちょうきんき)Diao-jin-gui

 これから見ていただくのは、釣金亀、黄金の亀(かめ)を釣(つ)りあげる、という芝居です。
 京劇には、年老いた女性を主人公にした名作がたくさんありますが、この釣金亀もその一つです。
 今から一千年まえの宋(そう)の時代のこと。康(こう)という未亡人がいて、二人の息子がいました。しかし、長男は数年前に都(みやこ)にのぼったまま音信不通になりました。彼女は、次男の張義(ちょうぎ)とふたりで貧しい暮らしをしていました。
 張義は毎日川に行き、魚をつって暮らしていました。ある日、張義は偶然「黄金の亀」をつりあげます。母親は、もうこれで貧乏暮らしをしなくてすむ、と喜びます。
 しかし息子の張義は「お母さんは今まで、兄貴のほうばかりかわいがってきた」と母親にうらみごとを言い、これからはもう一緒に暮らさない、と言い出します。
 息子の背中にせつせつと歌いかける、年老いた母親の絶唱(ぜっしょう)が聞きどころの芝居です。
 それでは、京劇「釣金亀」、どうぞお楽しみください。

(中心:30分)

 主人公の未亡人が登場し、詩とせりふで自己紹介します。
「(詩)家には明日の食料も無く
  寒さとひもじさで苦しんでいます
  年老いた身は幸運もなく
  まるで道ばたにはえる雑草のようです
  いまは秋もなかばをすぎました
  冬を越せるか心配です
 わたくしは康氏(こうし)と申します。夫・張世華(ちょうせいか)にとつぎ、二人の息子を生みました。長男の張宣(ちょうせん)は、都にのぼったまま行方がわかりません。次男の張義は、親孝行で、毎日、孟津河(もうしんが)の川べりで魚を釣り、わたくしを養ってくれています。次男は朝はやく家を出たのに、まだ帰ってまいりません。まこと『貧しい家だから孝行息子が生まれる、混乱した国にこそ忠臣(ちゅうしん)があらわれる』ということわざどおりでございます」

 息子の張義が帰ってきます。
 張義は顔のなかを白く塗っています。これは彼が、道化役(どうけやく)であることを表わします。
 張義は母親に「今日は魚じゃなく、宝物が釣れたよ」と報告します。
 母親の康氏は「おまえ、ひょっとして、ひとさまの宝物をぬすんで来たんじゃなかろうね」と心配します。
 張義は「ぬすんだのではなく、釣り上げたんだ」と言います。

 康氏が「早くその宝物を見せておくれ」と言うと、張義は「見せるとお母さんは怒るから」と、なかなか見せようとしません。

 張義はやっと、釣り上げた宝物を康氏に見せます。なんとそれは、亀でした。
 孟津河(もうしんが)の川では、亀は釣ってはいけないきまりになっていました。しかも獲物が亀では、人に売ることもできません。康氏は怒ります。

 張義は説明します。
「これはただの亀じゃないよ。伝説の『黄金(おうごん)の亀』なんだ。この亀は、尻から金の糞(ふん)を出し、銀の尿(にょう)をもらし、錫(すず)のおならをするという、伝説の亀を、俺は釣りあげたんだ」

 張義はためしに、亀の体をたたきます。
 たたかれた亀は、本当に黄金の糞を出しました。
 母と息子は喜んで、ふたり一緒に笑います。

 康氏は歌います。
「天の神さまから、見放されてはいませんでした
 これで、わたしたち親子は、どんぞこから抜け出すことができます
 張義の親孝行な気持ちが『養老(ようろう)の滝(たき)』のような奇蹟(きせき)を呼んだのでしょう
 もう貧乏生活をぬけだし、ぜいたくな暮らしができます
(せりふ)息子よ、この黄金の亀さえ持っていれば、もう二度と飢える心配はないよ」

 張義は「お腹がすいた、お祝いに何かごちそうを食べよう。町へ行って買ってくる」と言います。
 康氏は「買うときは、たきぎとお米をたくさん、おかずは少なめに買いなさい」とアドバイスします。貧乏生活が身にしみてしまっているのです。

 張義はふと、もう一つうれしいニュースがあることを思いだし、母親に報告します。
「そういえば、行方不明だった兄貴(あにき)の消息がわかったよ。兄貴は都(みやこ)で役人になる試験を受けて合格し、出世して、いまは祥符県(しょうふけん)の役所の所長をやってるんだってさ」
 昔の中国では、役人になることが一番の出世でした。康氏は喜びます。

 康氏は張義に、その話を誰から聞いたのか、とたずねます。
 張義は「周(しゅう)じいさんがそう言ってたよ」と答えます。
 康氏は息子を周じいさんの家に行かせ、たずねさせます。


 張義は、周じいさんの家にやってきて、周じいさんにさっきの話を確かめます。
 周じいさんは言います。
「本当だよ。おまえの兄さんは出世して、立派なお役人さまになったんだよ。兄さんは手紙をよこして、おまえさんたち親子を呼ぼうとしたんだが、あいにく、手紙を運んできた人夫(にんぷ)が間違えてな。その手紙を、おまえの義理の姉さんのところに持っていってしまったんだよ」
   張義の兄の妻、すなわち義理の姉は、勝手に手紙をあけて内容を盗み読みました。そして、義理の母親と弟には内緒で、自分だけ夫のところに出発していったというのです。

 周じいさんは言います。
「おまえの義理の姉さんは、おまえさんたちのことを『あばらやで勝手に凍(こご)え死(じ)ぬがいい』と言い捨てていったよ」
 張義は、義理の姉のやりかたがあまりにひどいので、涙をながして腹を立てます。


 張義は家に帰ってきて、兄はたしかに出世していたのに、その知らせを兄嫁がにぎりつぶしていたこと、『あばらやで勝手に凍(こご)え死(じ)ぬがいい』と捨てぜりふを残してひとりで兄のところに引っ越して行ったことを告げます。
 康氏も怒って歌います。
「(歌)子供を育てて老後(ろうご)にそなえるつもりだったのに
 ザルで水をすくうような無駄な努力でした
 兄さんは自分が出世したのに、年老いた母親を見捨てました
 これからは、張義、おまえだけがたよりだよ」

 張義は言います。
「今になって、俺だけがたよりだなんて、よしてくれよ。昔から、母さんは兄貴のほうばかり可愛がってきたじゃないか。おいしいもんはみんな兄貴に食わせ、服も俺は兄貴のおさがりのボロばかり。兄貴は学校に行ったのに、俺は川で毎日魚釣り。兄貴は嫁までいるのに、俺はまだ独身。それなのに、最後は俺がたよりだなんて、ちゃんちゃらおかしいよ」

 康氏が「本気かい」とたずねると、張義は「本気だよ。役人になって立派に出世した兄貴の方が、本当の息子なんだろ」と言います。

 康氏は歌います。
「張義よ、お母さんの言葉を聞いておくれ
 わたしが言うことばを、よく聞いておくれ
 お父さんは不幸にも早くになくなり
 残されたわたしたち親子は、生活の途方にくれました
 ひとから再婚をすすめられても、小さい子供たちのことをかんがえて
 わたしは再婚しませんでした
 再婚したら、あの世で夫にあわせる顔もありません
 わかってください、息子よ」

 張義は「そんな泣き落しをしようとしてもダメだよ。俺は独立するよ」と言います。

 康氏は歌で、昔の中国の二十四人の親孝行者たちの物語をうたいます。
 張義は「そんな泣き落しをしようとしてもダメだよ。俺は独立するよ」と言います。

 康氏は歌で、今度は昔の中国の親不幸者たちの物語をうたいます。
 中国では、親不幸はたいへん重い罪であると考えられていました。
 張義は「母さんが何を言ってもダメだよ。もう俺は独立することに決めたんだ。母さんも、町に出て乞食(こじき)をすれば食べてゆけるだろうよ。母親が乞食だなんて、役人になった兄貴の顔はまるつぶれだろうが、俺はただの魚釣り、人の噂(うわさ)なんかカエルのつらにションベンさ」と言います。

 康氏は「これだけ言っても、わかってくれないのならば仕方ない。町に出て、乞食になりましょう。ああ、わたしの息子よ」と歌い、家を出ようとします。

 張義は「お母さん、もどっておいでよ。今までのは冗談だよ。俺が母さんを見捨てるわけないじゃないか」と言います。
 康氏は喜んで、もどってきます。

 張義は言います。
「俺はどうしても、義理の姉さんのやりかたが許せない。これから、兄貴のいる祥符県に行って、白黒(しろくろ)はっきりさせてやる」
 康氏は心配しますが、張義は兄嫁のところに行く決意をかためていました。

 張義は兄嫁に、文句を言うために出発します。
 康氏はその後ろ姿を見送りながら「あの兄嫁は悪い心を持っている。張義の身に、なにか悪いことが起きなければよいが」と心配します。

(不幸にして康氏の予感は的中し、張義はこのあと兄嫁に殺されてしまうのですが、それはまた別の芝居の物語になります。)
(完)


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