赤桑鎮(せきそうちん)Chi-sang-zhen
これからご覧いただくのは、赤桑鎮、赤いクワの木の村、という名前の芝居です。
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舞台に役人が登場します。
「わたしの名前は王朝(ワン・チャオ)。わが上司・包拯さまは、ご自分の甥ごさまを、首切りの刑に処せられた。わたしはこれから包拯さまの手紙をもって、甥ごさまの母上のもとに、ご報告に参る」
この役人は、手に鞭をもっています。これは、彼が歩いているのではなく、馬にのっているのだ、ということを示します。みなさんの想像力で、馬のイメージをおぎなってみてください。
主人公の老婦人が登場します。
「もう人生も残り少ないが、いまはとても幸せです。夫には早く死なれたものの、ひとり息子は親孝行をしてくれる。わたしのひとり息子は、もと、地方の役人でした。しかし、どういう理由かは聞いてませんが、役人の職をやめさせられ、ふるさとのこの家に帰ってきておりました。亡き夫には弟がいて、いまは都の高い官職についております。義弟が公務で地方に出てきたという知らせを聞き、わたしは息子を、義弟のところに挨拶に行かせました。いまごろは、おじとおい、二人でなつかしい親戚の対面をしていることでしょう」
そのとき、手紙をもった役人が、老婦人の屋敷に到着します。
役人は、自分の上司の義理の姉に対して、まず型通りの挨拶をします。
老婦人はまだ、自分の息子が死刑になったことを知りません。
役人は、なんとか相手の老婦人にショックをあたえないよう、苦慮しています。
老婦人は、渡された手紙を読んで絶句します。
手紙は、息子のおじ、つまり、老婦人の義理の弟からのものでした。その内容は、老婦人の息子が、地方の役人となっていたのに、賄賂(わいろ)をとって悪い政治を行い、人民を苦しめたので、首切りの刑にした、と書いてありました。
老婦人は車を用意させ、すぐさま義弟に会いに行くことにします。
場面は変わって、包拯が登場します。
包拯が頭にかぶっているのは、官僚のかんむりです。また、彼の顔はまっくろで、おでこに三日月が描いてあります。こういうお化粧を「くまどり」と言います。顔が黒いのは、性格が地味でまっすぐであることを表わす京劇の約束ごとです。おでこに三日月が描いてあるのは、普通の人間を超えたすぐれた能力を持っていることを表わします。歴史に実在した包拯が、そのような顔をしていた訳ではありません。
包拯は歌います。
「無念のきわみ。わが愚かなるおいは、役人となり、賄賂をとって不正をおこなった。
わたしは国家の法律に照らして、おいを死刑にした。
姉上は、それを知ったら、どんなに悲しむことであろうか」
老婦人が包拯のところにやってきました。
彼女は歌います。
「このひとでなしめ!
わたしは息子をおまえのところに挨拶に行かせたのに
それを死刑にしてしまうとは。
あの子の命を還しておくれ」
包拯は歌います。
「姉上。あの子は、地方の役人になったとき、賄賂をとって法をねじまげ、悪い政治を行い民を苦しめました。
親戚といえども、法律どおり死刑にせざるをえなかったのです」
彼女は歌います。
「おまえは、権力のある高級官僚なのだから、手加減くらい簡単にできたろうに。
おまえは兄の子を殺したのだ。
これで兄の家はあとつぎが絶えてしまった。
わたしたちが、おまえに何をした。
子供のころ、おまえの母親がわりにおまえの面倒をみたのは、この私ではないか。
おまえが受験勉強して、国家公務員の上級試験に合格して、今やりっぱな裁判官になれたのも、いったい誰のおかげなのか。
それなのに、血のつながったあの子を死刑にしてしまうとは」
包拯は歌います。
「たしかに血は水よりも濃いですが、
公私混同はいけません。
法律の前では万人が平等、
罰を受けるのに例外があってはならないのです」
包拯は京劇の歌で、言葉を尽くして兄よめの理解をもとめます。
「ねえさん。子供だった私を親がわりに育ててくれたのは、ねえさんです。
そのご恩は、今も決して忘れてはおりません。
しかし、私は国家の法律を守る裁判官です。
わたしが子供のとき、ねえさんが教えてくれました。
歴史に名を残した偉大な政治家たちのこと。
滅私奉公、自分のことを犠牲にしても、みんなのために頑張った人々のこと。
ねえさんが、子供のわたしに教えてくれたのです。
そして私は、ねえさんに教えられた理想を目標にがんばり、裁判官になりました。
被告が自分のおいだからといって、特別あつかいはできません。
そんなことをしたら、子供のとき、ねえさんから教わった政治の理想をねじまげることになります」
包拯の歌を聞いて、老婦人の心も次第に開いてきます。
「たしかに、弟の言いぶんにも一理ある。
大義、親(しん)を滅(めっ)す。公平さこそ、政治の正義。
悪いのは、わたしの息子なのだから、
死刑になっても当然だった。
ならば、私は自殺しよう。
たったひとりの息子を失って、生きていても仕方がない」
老婦人は自殺をはかり、自分の頭を固い壁に打ちつけようとします。近くの役人が、あわててとめます。
老婦人は、死刑になった息子を思って泣きつづけます。
包拯は、自分が、死刑にしたおいの代わりに老婦人の面倒を見ることを誓います。
老婦人は包拯を許します。包拯は、これからまた、あらたな任務のため遠い地方に出張に行きます。その任務とは、飢えで苦しむ地方の人々に公平に食料を分配する、という重要なものでした。
老婦人は、もう私のことなど気にかけず任務に専念してほしい、と、包拯を激励します。
包拯は老婦人に深く礼をいい、新しい任務にむかいます。
(完)