1999.2
罷宴(ひえん)Ba-yan

 これから見ていただくのは、罷宴、宴会を中止する、という芝居です。
 今から一千年まえ、宋(そう)の時代のこと。総理大臣の寇准(こうじゅん)は、自分の誕生日の豪華な宴会を開くため、家の召使(めしつかい)たちに準備をさせていました。寇准の家に長いあいだ使えてきた女中の劉(りゅう)ばあやは、寇准の母親の教えを引用し、贅沢をいましめます。寇准は感動し、自分の誕生日の宴会を取り止めます。
 身分や地位に関係なく、人は理にかなった言葉には耳を傾けるべきである、たとえ大人になっても親の教えをときには思い出すべきである、という中国人の考えがよくあらわれた芝居です。それでは京劇「罷宴」、どうぞお楽しみください。

(中心:25-30分)

 ここは、総理大臣・寇准のやしきです。
 女中の劉ばあやが登場します。
 彼女は歌とせりふで、あしたこのやしきの主人・寇准の盛大な誕生いわいが行われること、やしきじゅう贅沢に飾り付けられていること、などを説明します。

 召使の陳山(ちんざん)があわてて登場します。
 陳山は、あしたの祝いのため、贅沢な調度品(ちょうどひん)を用意するよう、主人の寇准から命令されました。陳山は大金(たいきん)をつかって、たかさ五尺(ごしゃく)もある珊瑚樹(さんごじゅ)とヒスイの寿星像(じゅせいぞう)という、たいそう高価な宝石細工(ほうせきざいく)の調度品を買いました。しかし陳山はうっかり手をすべらせて、その宝石細工を床に落として壊してしまったのです。
 陳山は、なんとか主人の寇准にとりなしてくれるよう、 劉ばあやに頼みます。
 劉ばあやは、寇准がそれほど高価な買い物をさせていたことを知り、唖然とします。
 警備の者が登場し、「旦那(だんな)さまがお呼びだ」、と陳山を連れてゆきます。

 劉ばあやは言います。
「(歌)なんと、旦那さまは無茶苦茶なことをなさるものだ
(せりふ)ああ、陳山の言葉によると、旦那さまはご自分の誕生日の宴会のために、お金に糸目をつけず、わざわざ陳山を南の蘇州(そしゅう)・杭州(こうしゅう)に派遣して、用意させたとか。こんな贅沢に流れたら、下にいる者たちもまねをして、浪費の気風に流れてしまいます。はてさて、困ったものです。今は亡き奥様は、旦那さまのお母君(ははぎみ)は、ご臨終(りんじゅう)のとき、わたくしに旦那さまのことを託されました。今こそ、亡き奥様の遺言(ゆいごん)をわたくしが果たすときでございます。わたくしは旦那さまに、ご意見もうしあげましょう。黙ってみすごしていたら、亡き奥様に対して、会わせる顔がございません」

 劉ばあやは、寇准のところに行くことにします。
 劉ばあやは廊下を歩いていて、足をすべらせて、ころんでしまいます。
 劉ばあやが良く見ると、床に溶けたロウが油のように流れています。廊下に高価なロウソクをあまりにもたくさん並べたため、灯(ともしび)の熱でロウソクが溶けて、油のように床のうえを流れ、床板をツルツルにしていたのでした。
 劉ばあやは「旦那さまはすっかり清貧(せいひん)の精神を忘れてしまわれた」と、涙を流して悲しみます。


 警備の者が登場し、劉ばあやに「旦那さまはいま、ご機嫌が悪い。泣くな」と言います。
 劉ばあやは泣きやみません。
 寇准がやってきて、劉ばあやに、泣いている訳をたずねます。
 劉ばあやは言います。
「わたくしが泣いているのは、床をすべったからです。貴重品であるロウソクを惜しげもなく廊下にならべ、ロウソクが油のように溶け出したのです。わたくしはふと、昔、奥様が生きていらしたときのことを思い出し、涙を流したのでございます」

 劉ばあやは歌います。
「むかし、大旦那(おおだんな)さまは不幸にして早くに亡くなり
 奥様は家計のやりくりに大変苦労なされていました
 そのうえ困ったことに、ひでりで農作物の出来が悪く
 奥様は、大旦那様には亡くなられ、食べ物は手に入らず、苦しみぬいたのでございます
 当時はロウソクはもちろん、灯(ともしび)の油を買うお金もありません
 しかたなく、山にのぼって
 松ヤニを取り、油のかわりにして、しのいだのでございます
 そんなに苦労して夜の灯を用意したのも、みんな、まだ幼かった旦那さまの受験勉強のため
 奥様は光の射ささない暗がりに甘んじていらしたのです」

 寇准は歌います。
「劉ばあやは、昔のことをわたしに話している
 わたしの亡き母上は、わたしのために苦労された
 母上は、あかりの松やにを取りに険しい山にのぼったため
 風邪をひいて、長いあいだ病気になられた
 かわさいそうな母上!
 いま、不肖(ふしょう)の息子はこうして総理大臣になったけれど
 亡き母上は、生前、一度も良い目をみることはなかった」

 寇准は「もし母上がいま生きていらしたら、今のわたしの贅沢な暮らしを見て、きっと喜んでくださるはずだ」と、劉ばあやに言います。

 劉ばあやは、歌とせりふで「もしお母上が生きていらしたら、むしろ贅沢をいましめ、質素倹約(しっそけんやく)な生活をおすすめになるはずです」と言います。

 劉ばあやは言います。
「旦那さま。お母上は御臨終のとき、わたくしに一枚の絵を残されて言われました。『あなたの小さな主人は、子供のときから愛情いっぱい甘やかされて育ちました。もし彼が今後、道をあやまりそうになったとき、この絵を見せてあげてください』」

 寇准は「早くその絵を見せてくれ」と言います。
 劉ばあやは自分の部屋から、その絵を持ってきます。

 寇准は絵を見て、亡き母親のありし日を、しみじみと思い出します。
 絵には漢詩が書いてあります。
「(詩)暗いあかりのもと、苦労して勉強して
  天下万民(てんかばんみん)のために、立派な人間になってください
  質素倹約の初心をいつまでも忘れずに
  出世したあとも、贅沢に流れないでください」
 寇准は感慨にふけります。


 警備の者がやってきて「王侯貴族のみなさまが、豪華なプレゼントをお持ちになり、おいでです」と報告します。
 寇准は「誕生日の宴会は中止する。その旨、みなさんに伝えてくれ」と言います。

 劉ばあやは「陳山の粗相(そそう)も許してあげてください」と寇准に頼みます。
 寇准に陳山を呼び出し「以後、気をつけなさい」と注意して、今回の失敗を許します。

 こうして、いたずらにお金を浪費するだけの宴会は中止となりました。
 寇准は自分の目をさましてくれたことを劉ばあやに感謝します。

(完)


[「京劇実況中継」目次に戻る]