1999.2
白水灘(はくすいたん)Bai-shui-tan

 これから見ていただくのは、白水灘、白水という川の岸辺(きしべ)、という芝居です。
 許世英(きょせいえい)と、妹の許佩珠(きょはいじゅ)は、自称・山に立てこもる反政府ゲリラ、実際には山賊の兄妹(きょうだい)でした。兄の許世英は、酒に酔ったところを逮捕され、政府軍の武将・劉仁傑(りゅうじんけつ)の手で連行されることになりました。妹の許佩珠は、逮捕された兄を救うため、劉仁傑たちの一行に襲いかかります。たまたまそこを通りかかった穆十一郎(ぼくじゅういちろう)は劉仁傑に加勢して戦い、ゲリラの兄妹を撃退します。
 それでは、京劇ならではの華麗な立ち回りを、どうぞお楽しみください。

(一団:30-35分)

 山賊(さんぞく)の手下が馬にのって登場します。
 京劇では、馬のきぐるみは使わず、俳優の演技や手に持っている小道具によって馬に乗っていることを表わします。
「(幕のなかで)馬をひいてこい!!
 (舞台に出てきて)おいらは「虎の爪(つめ)」というもんだ。おいらの親分は酒を飲んでよっぱらって、寝ているところを、パクられちまった。親分の妹さんに早く知らせなきゃ。さあ、馬にムチをあて道を急ぐぞ」

 場面かわって、ここは山のなかのとりでです。
 親分の妹、許佩珠が登場し、歌います。
「(歌)森の奥に義兄弟たちが集まり
  弱きを助け、強きをくじく
  気概は空の雲をつらぬいて
  わざを尽くして
  政府の悪者たちを一掃(いっそう)しましょう
  兄と妹ふたりで山にこもり
  反政府ゲリラ部隊を組織し、独裁政府に抵抗します
  兵隊も馬もつわものぞろい
  さあ戦場に行きましょう
(せりふ)わたくしは、許佩珠と申します。わが兄・許世英は、酒に酔って、山をおりてしまいました。兄が心配でなりません。手下の「虎の爪」に兄の行方をさがしに行かせましたが、まだ、帰ってきません」

 虎の爪が帰ってきて、報告します。
「大変です。親分は酔っぱらって、青石板(せいせきばん)のうえで倒れて寝ているところを、政府軍の夏(か)副将軍に逮捕(たいほ)され、政府軍の司令部に連れて行かれました」
 許佩珠は、兄が政府軍の将軍につかまったと聞いて、驚きます。
 許佩珠はすぐさま、兄の身柄を奪いかえすため、手下たちに出動を命令します。


 場面かわって、こちらは道のうえです。
 逮捕された許世英が、政府軍によって連行されてゆきます。
 反逆者・許世英を連行する役目を言いつかったのは、劉将軍の息子・劉仁傑(りゅうじんぎ)です。顔にくまどりをしているのは、夏副将軍です。
 政府軍は、司令部をめざして進んでゆきます。


 場面かわって、穆十一郎(ぼくじゅういちろう)が登場します。
「(歌)豪傑は意外と不運なもの
  雲がなければ龍も天には昇れない
(せりふ)俺は、穆十一郎。義兄弟十一人のうち一番末だから、人呼んで十一郎という。昔みんなで、お師匠さまについて武芸をならった。その後、他の兄弟たちはそれぞれ国のために働いているのに、俺だけはうだつがあがらず、人に使われる身分になってしまった。いま、主人の言いつけで、お祝いごとのために隣の村に行く途中だ。ああ、むなしいなあ。
(歌)いったん良い日がめぐってきたら
  俺もフェニックスのように空のうえまで飛んでやる」


 場面かわって、ふたたび道のうえ。
 まず、許世英を連行する政府軍の部隊が行きます。
 そのあと、妹の許佩珠たちのゲリラ部隊が登場し、政府軍のあとを追いかけてゆきます。

 許佩珠たちのゲリラ部隊は、政府軍をさきまわりし、白水灘(はくすいたん)という場所に到着します。
 白水灘の白水というのは、「透明な水が流れる川」という意味です。白水灘のタンの字は、日本語では「灘(なだ)」と読み波があらい海のことですが、中国では川や湖の波があらい場所をさします。
 許佩珠たちのゲリラ部隊は、白水灘にかくれ、政府軍を待ち受けることにします。

 劉仁傑ひきいる政府軍の部隊がやってきます。
 待ち受けていたゲリラ部隊は攻撃をしかけ、激しい戦闘になります。

 京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
 立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
 日本の歌舞伎で俳優が「みえ」を切るときは、観客はその役者の屋号などを呼びます。京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は、「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
 舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。

 はげしい戦いのすえ、結局ゲリラ部隊が勝ち、政府軍部隊をひきいていた劉仁傑は逃げます。


 穆十一郎が登場します。
「おかしい、人が戦う声がするぞ。高いところにのぼって、様子を見てみよう」
 穆十一郎が見ると、ゲリラ部隊が、劉仁傑たちを追いかけているところでした。
 穆十一郎は「事情はわからないが、ともかく、殺されそうになっている人間を見殺しにはできない」と思い、負けて逃げている方を助ける決心をします。

 穆十一郎は戦闘にとびこんで、政府軍部隊に加勢します。
 ゲリラ部隊との戦いは、ますます激しくなります。
 政府軍部隊の夏副将軍は、敵に殺されてしまいます。
 劉仁傑は危機にさらされましたが、穆十一郎のおかげで、なんとか命は助かりました。

 ゲリラ部隊の許世英は「突然、すごい男がとびこんできて、戦いの流れを変えてしまった。本当にすごい男だ」と感心します。
 許世英は、妹と手下たちを連れて、山に帰ってゆきます。

 劉仁傑と穆十一郎のふたりは、互いに名前を名乗りあいます。
 劉仁傑は穆十一郎に、命を助けてくれたことを感謝します。
 ふたりは酒を飲みながら語ることにし、舞台から立ち去ります。

(完)


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