[KATO Toru's HOME]>[授業教材集]>この頁
※このhtml文書版(拡張子は「.htm」)は「副」版です。ネット検索のための、「文字化け」や「レイアウト崩れ」を覚悟の簡易版です。
弊サイトにupしてある「正」版(PDF、一太郎、Word、等)も御覧ください。
2013年5月25日〜6月8日 中国国家京劇院 来日公演
京劇三国志「趙雲と関羽」解説
2013.5.28作成 明治大学教授 加藤 徹 KATO Toru
☆主人公の名前
姓 趙(ちょう) 名 雲(うん) 字 子龍(しりゅう) 姓 関(かん) 名 羽(う) 字 雲長(うんちょう)

この資料の写真は、(c)楽戯舎 http://www.rakugi.net/play201305/
趙雲も関羽も実在の人物で、劉備(後の蜀漢の初代皇帝)の武将。
☆ 物語の背景 覇(は)道(どう)vs王(おう)道(どう)の戦い
西暦208年(後(ご)漢(かん)・建安(けんあん)十三年)。当時の日本は邪(や)馬(ま)台(たい)国(こく)の卑(ひ)弥(み)呼(こ)の時代。
九月 長坂(ちょうはん)の戦い(現在の湖(こ)北(ほく)省当陽(とうよう)県)。曹操側の劉備側に対する戦術的勝利。

十一月
赤壁(せきへき)
の戦い。曹操軍、敗走。劉備側の勝利。
【物語の内容】(史実と違う部分もある)
曹操(後の魏の武帝)の大軍が南方に侵攻。劉備軍団は逃げる。
劉備軍団の逃げ場所を確保するため、関羽・諸葛孔明は「先発隊」として別行動。
劉備の徳をしたう民衆が足手まといとなり、劉備軍団の歩みは遅く、長坂の地で曹操軍に追いつかれる。
趙雲と張飛(写真)の奮戦のおかげで、なんとか劉備は逃げきることに成功。
別働隊の関羽の軍隊も駆けつけて、曹操軍の追撃をストップさせる。
劉備は負けたが、彼が最後まで民衆を見捨てず、彼の武将たちが勇敢に戦ったおかげで、劉備の人望はかえって高まった(これに続く赤壁の戦いでは、今度は曹操側が敗走)
☆ 登場人物表(階層別) ( )内は、今回の舞台に登場しない人物の名前。
|
【善】劉備軍団=後の蜀(しょく) |
【悪】曹操軍団=後の魏(ぎ) |
|
リーダー |
指導者 |
劉備 |
曹操 |
スタッフ |
参謀 |
(諸葛孔明) 簡雍(かんよう) |
徐庶(じょしょ) (荀ケ) (賈?) (楊修) |
ライン
|
管理職
(部将) |
関羽 張飛
糜(び)竺(じく) 糜(び)芳(ほう) |
曹洪(そうこう) 夏(か)侯(こう)惇(とん) 張(ちょう)遼(りょう) 張(ちょう)?(こう)
文(ぶん)聘(ぺい) 李(り)典(てん) 楽(がく)進(しん) 許(きょ)?(ちょ) |
フロント |
実戦部隊 |
趙雲 馬童 兵士 |
夏侯恩(おん) 夏侯傑(けつ) 兵士 |
劉備の妻子 |
糜夫人 甘夫人 阿斗(あと) |
※徐庶は劉備の元部下で正義の人。 |
夏侯恩・夏侯傑は架空の人物。
☆ことわざ「髀(ひ)
肉(にく)
の嘆(たん)
」
実力を発揮する機会に恵まれぬ不運を嘆く。長坂の戦いの直前の劉備(右の写真)の故事から。
☆京劇について
約二百年の歴史をもつ伝統音楽劇。能楽と同様、本来は舞台装置を使わない。
「一(いっ)卓(たく)二(に)椅(い)」 → 「実写ノイズ」からの自由
「不像不成戯、真像不是芸。」
それらしくなきゃ芝居じゃない。そのまんまなら芸じゃない。
「台上三秒鐘、台下三年功。」
舞台上の三秒の演技は、舞台の下の三年間の練習によって支えられる。
☆京劇の演技の特徴 まず善玉と悪玉を見分けよう
演技の象徴性:手に「鞭」をもつ、馬にまたがる動作をする→馬に乗っている。
大道具の欠如:椅子(布や板を張ることもある)→山や橋、井戸にも見たてる

人物の善悪や性格:顔の化粧の色あい、服装、声色などではっきりと示す。
※関羽の赤い顔→「赤誠」の人。関羽は神様なので、目をつむり、俳優は顔に「関羽ダッシュ」であることを示すためわざと墨で「破」を描く。色彩は「五行思想」とも関連。
※曹操の白い顔(写真)→酷薄な悪役なので、顔は非人間的なほど真っ白。丞相なので衣装は豪華。
☆京劇の楽器 文場(旋律楽器)と武場(打楽器)
文場の「四大件」・・・京(きょう)胡(こ)、京二(に)胡(こ)、月(げっ)琴(きん)、三(さん)絃(げん)。その他、大(たい)阮(げん)、民二胡、?(さ)吶(とつ)、等。
武場の楽器・・・鼓板(単皮鼓+檀板)、大鑼、鐃?(にょうばち)、小鑼。その他、堂鼓、等。