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日本人の漢詩 11首

最初の公開2012-11-3 最新の更新2012-11-3
洋泉社MOOK『楽しい漢字』の「漢字力(漢文力)のあった日本人たち」のために選んだ11首の漢詩。

◆長屋王  千の袈裟の刺繍
山川異域
風月同天
寄諸仏子
共結来縁
山川、域を異にすれども
風月、天を同じうす
諸の仏子に寄せて
共に来縁を結ばん
サンセン、イキをコトにすれども
フウゲツ、テンをオナじうす
モロモロのブッシにヨせて
トモにライエンをムスばん
【大意】日本と中国の国土は離れていますが、大空の風や月に国境はありません。同じ仏教を信ずる皆さん。いっしょに未来のご縁を結びましょう。
※『唐大和上東征伝』に載せる鑑真の言葉(原文は漢文の白文)。 「聞くならく、日本国の長屋王、仏法を崇敬し、千の袈裟を造り来りてこの国の大徳衆僧に施す。その袈裟の縁の上に四句を繍着していわく 『山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁』と。此をもって思量するに、誠にこれ仏法興隆し有縁の国なり(以下、省略)」

◆菅原道真  九月十日
去年今夜待清涼
秋思詩篇独断腸
恩賜御衣今在此
捧持毎日拜余香
去年の今夜 清涼に待す
秋思の詩篇 独り断腸
恩賜の御衣は今此こに在り
捧持して 毎日余香を拝す
キョネンのコンヤ、セイリョウにジす
シュウシのシヘン、ヒトりダンチョウ
オンシのギョイはイマ、ココにアり
ホウジしてマイニチ、ヨコウをハイす
【大意】去年の今夜、天皇がいらっしゃる清涼殿におりました。秋の思い、というテーマで貴族たちと漢詩を詠み、私の作品が一番感傷的でした。その時、天皇からご褒美としていただいた衣服は、今もここにございます。毎日、その衣服を捧げ持ち、かすかな余香を感じつつ、ご恩に感謝いたしております。

◆一休
秀句寒哦五十年
愧泥乃祖洞曹禅
秋風忽洒小時涙
夜雨青燈白髪前
秀句 寒哦す 五十年
愧ずらくは乃祖 洞曹の禅に泥みしことを
秋風に忽ち洒ぐ小時の涙
夜雨青燈 白髪の前
シュウク カンガす ゴジュウネン
ハずらくはダイソ、トウソウのゼンにナズみしことを
シュウフウにタチマちソソぐショウジのナミダ
ヤウ セイトウ ハクハツのマエ

【大意】気のきいた言葉を、さもわかった風に口ずさんで、五十年。祖師の禅にどっぷりつかり、そこから抜け出せぬ自分が、情けない。秋風に吹かれ、子供の時分を思い出し、涙がこぼれた。雨の夜、消えかけた暗い灯火の前で、俺の髪はもう真っ白だが。

◆武田信玄  旅館聴鵑  旅館に鵑を聴く
空山緑樹雨晴辰
残月杜鵑呼夢頻
旅館一声帰思切
天涯瞻恋蜀城春
空山の緑樹 雨 晴れし辰
残月の杜鵑 夢を呼ぶこと頻り
旅館の一声 帰思 切にして
天涯に瞻恋す 蜀城の春
クウザンのリョクジュ アメ ハれしトキ
ザンゲツのトケン ユメをヨぶことシキり
リョカンのイッセイ ジョウシ セツにして
テンガイにセンレンす ショクジョウのハル
【大意】旅館でホトトギスを聞く
静かな山。雨に洗われた新緑が、朝日に輝く。空には、うっすらと明け方の月。旅館でまどろむぼくの夢の中に、ホトトギスの鳴き声が聞こえてくる。ホトトギスは漢字で「蜀魂(蜀の帝王の魂)」とか「不如帰(帰るにしかず=帰るのが一番だ)」などと書く。旅先でホトトギスの声を聞くと、帰りたくてたまらない。鳥になった蜀の帝王の魂と同様、ぼくの孤独な魂も、はるかな故郷をなつかしむ。

◆伊達政宗  酔余口号
馬上少年過
時平白髪多
残躯天所赦
不楽是如何
馬上 少年過ぐ
時 平かにして白髪多し
残躯 天の赦す所
楽しまずんば是れ如何せん
バジョウ ショウネン スぐ
トキ タイらかにして ハクハツ オオし
ザンク テンのユルすトコロ
タノシマズンバ コれ イカンせん
【大意】酔った勢いで口をついて出てきた詩。
私の青春時代は、軍馬の上で過ぎ去った。今は平和の世。白髪が増えた。乱世を生きながらえたポンコツのこの老身は、天が許してくれたもの。せいぜい余生を楽しむことにしよう。

◆頼山陽  題不識庵撃機山図  不識庵、機山を撃つの図に題す
鞭声粛粛夜過河
暁見千兵擁大牙
遺恨十年磨一剣
流星光底逸長蛇
鞭声 粛粛 夜河を過る
暁に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨なり十年 一剣を磨き
流星 光底 長蛇を逸す
ベンセイ シュクシュク ヨル カワをワタる
アカツキにミる センペイのタイガをヨウするを
イコンなりジュウネン イッケンをミガき
リュウセイ コウテイ チョウダをイッす
【大意】上杉謙信が武田信玄に一撃を与える絵図に書き付けた詩
 夜の闇の中、上杉軍は、兵も馬も粛々と声をひそめ、川を渡った。時折、馬に鞭をあてる音だけが聞こえてくる。夜が明けた。目の前に、武田軍の本陣の旗指物を守る数千の敵兵が見える。この十年の間、積もり積もった恨みを、今日のこの一撃にこめる。流れ星のような奇襲攻撃。すんでのところで、信玄を討ち漏らした。

◆高杉晋作  題焦心録後  焦心録後に題す
内憂外患迫吾州
正是存亡危急秋
唯為邦君為家国
焦心砕骨又何愁
内憂外患 吾が州に迫る
正に是れ 存亡危急の秋
唯 邦君の為 家国の為
焦心砕骨 又何ぞ愁えん
ナイユウガイカン ワがシュウにセマる
マサにコれ ソンボウ キキュウのトキ
タダ ホウクンのタメ カコクのタメ
ショウシン サイコツ マタ ナンぞウレえん
【大意】焦心録の末尾に書き付けた詩  国内の問題と外国の脅威が、わが国に迫っている。今は、まさに危急存亡のときである。私はただひたすら、主君のため、また家や国のために、燃えるような悩みを抱え、粉骨砕身の苦労も、全くいとわない。

◆福沢諭吉
曾是英雄手裏軽
南洋風雨幾回驚
士魂空寄宝刀去
三尺芒光今尚明
曾て是れ英雄の手裏に軽し
南洋の風雨、幾回か驚く
士魂 空しく宝刀に寄せ去り
三尺の芒光、今 尚ほ明かなり
カツてコれ エイユウのシュリにカロし
ナンヨウのフウウ イクタビかオドロく
シコン ムナしくホウトウにヨせサり
サンジャクのボウコウ イマ ナおアキラかなり
【大意】この「妖刀村正」は、その昔、南国土佐の名将、長曾我部盛親が所有していたもの。盛親がこの刀を軽々と振り回して挙兵すると、土佐の地から天下に何度も激震が走った。江戸時代、村正は、徳川家にあだをなす妖刀として、恐れられた。武士の魂が日本刀にこもると信じられた時代は、すでに終わって久しい。しかし、目の前のこの三尺の剣は、今も昔のまま輝いている。
※元の詩に「村正(むらまさ)の刀(かたな)、銘(めい)に「長曾我部(ちょうそかべ)盛親(もりちか)之(これ)を帯(お)ぶ」の八字(はちじ)有(あ)るを得(え)たり」とある。

◆夏目漱石  (「思い出す事など」より)
仰臥人如唖
黙然見大空
大空雲不動
終日杳相同
仰臥して 人 唖の如し
黙然として大空を看る
大空 雲 動かず
終日 杳として相同じ
ギョウガして ヒト オシのゴトし
モクネンとして タイクウをミる
タイクウ クモ ウゴかず
シュウジツ ヨウとしてアイオナじ
【大意】病気になり、あおむけに寝る私は、まるで口がきけぬかのように、終日、押し黙って大空を見上げる。大空のほうも、雲ひとつ動かない。まるで、私と大空の、がまんくらべ。お互い、暗く沈んだまま変化しない。

◆乃木希典
 爾霊山
爾霊山嶮豈攀難
男子功名期克艱
銕血覆山山形改
万人斉仰爾霊山
爾霊山 嶮なれども 豈に攀ぢ難からんや
男子の功名 克艱を期す
鉄血、山を覆ひて 山形改まる
万人 斉しく仰ぐ爾霊山
ニレイサン ケンなれども アにヨじガタからんや
ダンシのコウミョウ コクカンをキす
テッケツ ヤマをオオいて サンケイ アラタまる
バンニン ヒトしくアオぐ ニレイサン
【大意】二○三高地の傾斜は急だが、どうして登れぬことがあるものか。  今こそ、男として功名をあげる時。命をかけて目的を遂げるのだ。  激戦。銃砲弾と血しぶきが二〇三高地を覆いつくす。山の形が変わった。  戦争が終わった今、人々は敵も味方もなく、黙々と「二〇三」=「爾霊山(なんじの霊の山)」を仰ぎ見る。

◆大正天皇  葉山南園与韓国皇太子同看梅   葉山南園にて韓国皇太子と同に梅を看る
不管春寒飛雪斜
喜君来訪暫停車
葉山歓会興何尽
共賞園梅幾樹花
管せず 春 寒くして 飛雪 斜なるを
喜ぶ 君の来訪して暫く車を停むるを
葉山の歓会 興何ぞ尽きん
共に賞せん 園梅 幾樹の花
カンせず ハル サムくしてヒセツ ナナメなるを
ヨロコぶ キミのライホウして シバラく クルマをトドむるを
ハヤマのカンカイ キョウ ナンぞツきん
トモにショウせん エンバイ イクジュのハナ
【大意】葉山の御用邸の南の庭で、大韓帝国の皇太子といっしょに梅の花を見る
早春の雪が風で斜めに降っているが、そんな寒さも気にならない。 君がこの葉山の地に来訪し、逗留してくれて、とても嬉しい。 君と会い、心をかよわせると、時を忘れるほど楽しい。 さあ、一緒に愛でよう。庭の中の何本かの梅を。
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