21世紀のNHK

 

野辺地悠子
古橋晃人
香山直正

はじめに
 1995年に阪神淡路大震災注1)が発生した。その際に被災者に対し適切なライフライン注2)情報が提供されなかった。公共放送として社会的役割を果たすべきNHKがこうした緊急災害時における情報伝達を担うべきでではないだろうか。また、21世紀に向かい新たな放送文化に挑戦し、新しい時代を切り開いて行く先駆者として、直前に控えているデジタル多チャンネル時代注3)も視野に入れて、より良いサービスを提供してもらいたい。以下本文ではこれらに加え、NHKの歴史、財務体質についても述べることにした。
 
  第1章 歴史
 
 まず、『http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/2000/2000.htm』(放送文化研究所/歴史)を参照し、NHKの今日に至るまでの概要を示す。
 NHKの前進である社団法人東京放送局は1925年、東京芝浦の仮放送所からラジオ放送の仮放送を始めた。この時のラジオ放送受信許可数は3500件であった。
 その翌年、1926年には仮放送から本放送へと移行し、また同年には、社団法人日本
放送協会が設立された。
 続いて1930年、技術研究所設立によりテレビ放送の研究がなされた。この間、ラジオ放送聴取契約数は、10年に満たない間に300倍近くの増加をみせていた。そしてその研究の元に、1953年に東京テレビ局において本放送開始となったのである。その時の受信契約数は866件だったが、5年後の1958年には100万件、その4年後には1960年のカラ?テレビの本放送開始も影響し、1000万件を突破するという驚異的な普及率を示した。
 1969年にはFM放送注4)が開始され、1978年には郵政省の指導のもと、実験用放送衛星の打ち上げを行った。1986年には衛星放送、1989年にはハイビジョン定時実験放送が開始され、現在、放送のデジタル化という大きな流れを迎えようとしている。
 
   第2章 財務
 
 NHKは半官半民の非営利団体である。そうした中での財務はどのようになっているかNHKの主な収入源は物品を販売して得るものではなく、公共放送としての番組を放映する事により、その受信料を徴収するという形式をとっている。
 では、その内容に触れてみる。以下本章は『NHK年鑑』(日本放送出版社/1989?1998年)に主に依拠する。
 NHKの1998年度の収支予算から見てみる。すると、事業収支は受信料を中心に6,259億円(前年度比+2,2%)事業支出は6,156億円(前年度比+0,8%)であり、収支差金は90億円の赤字となった。
 これに対し、1998年度の決算は、事業収入6,259億円(前年度比+2%)で予算に対し12億円の増収となった。これは,副次収入及び雑収入などの増加によるものであった。事業支出は6,092億円(前年度比+0,1%)で64億円の予算残となった。これは,効率的な業務運営による経費の節減や,予備費の全額未使用などによるものであった。これにより一般勘定の事業収支差金は予算に対し76億円改善し,167億円となった。これから資本充当金90億円を差し引いた77億円は,翌年度以降のの財政安定ののため使用を繰り延べ,結果的に533億円の繰越金を生み出した。
 このように,NHKの1998年度の財政はいたって健全であろう。1989年度と1990年度においては事業収支剰余金を生み出せなかったものの、過去10年間の事業収支差金の推移を見てみると,黒字決算の連続である。しかし,黒字決算に転じた1990年以降,およそ160億円もの慢性的な受信料未収金が見られる。また,事業収支差金も黒字を保ちつつも,右肩下がりにグラフを描くように推移している。この状況を打破するための大きなポイントとなるのが受信料である。1998年度の受信料はおよそ6,240億円であり,そのおよそ40%の2,480億円が国内放送費及び国際放送費として使用されている。こうした番組制作に関わる費用は結局、国民により良い番組といった形で還元される。そして視聴者の支持が得られたのならば,NHKの信頼度が上昇し,受信料の回収にも影響してくるというサイクルが成り立つ。よって後でも示すように,いかに放送費といった番組制作に関わる部門に重きを置けるか,またその莫大な資金を投入して作り出した、NHKの顔とも言える番組が視聴者の支持を得られるかが大きなポイントとなる。
 支持を得られ,受信料の回収が進めば,今後のデジタル放送の開始や一層改善された番組制作,はたまた優秀な社員の育成までに及ぶ、大きな進歩を得られるであろう。
   
   第3章 業界シェア
 
 テレビ番組の視聴率に着目し、分野別に比べてみる。全体的には、超人気番組を除いて1日を通して、総合、教育テレビともに、平均的な数字である。以下本章では、『TV 視聴率トピックス Video Resaerch Ltd』(ビデオリサーチ社ホームページ 1999年 9月30日現在)、『NHKに明日はあるか』(小田桐 誠/著 三一書房/1996)、その他各新聞各雑誌のテレビ番組批評に主に依拠する。
 テレビ番組中において、日本唯一の公共放送であるNHKは、特に高年齢層に信頼性が高く、ニュース、天気、緊急災害時における特別番組の視聴率が民放各局より高い。NHKは約1時間おきに24時間体制でニュースを配信しており、国民のニーズにこたえている。なかでも特に、「ニュース7」「NHK9時のニュース」はともに高視聴率を誇っている。1999年10月より23時台のニュースを22時台に移行し、テレビ朝日の人気番組「ニュースステーション」と競争させ、より多くの視聴者の獲得を目指している。朝の時間の枠に限っては、日本テレビの「ジパング朝6」「ズームイン朝」に1995年以降、視聴者を奪われていたが、人気キャスターの登用、番組内容の大幅な改変をすることによって、「NHKニュースおはよう日本」が数字を取り返すことに成功した。また、子供の教育番組の一環として制作した「週間こどもニュース」が一般のニュース番組を判った顔して観ている大人たちまでも取り込み、意外にも高視聴率を獲得している
 音楽部門では長寿番組である「のど自慢」「歌謡コンサート」が変わらぬ人気があり、最近では「2人のビッグショー」「ポップジャム」「青春のポップス」などが多少ゲストによって変化があるものの、幅広い年齢層から支持を集めている。BS2注5)でのコンサ?トの放映も好評である。
 ドラマ部門においては、やはり大河ドラマ(現在では「元禄繚乱」)、朝の連続テレビ小説「すずらん」が目玉であり、それぞれ高い視聴率をほこっている。一時期大河ドラマの低視聴率化が進んだことがあったが、テ?マ、内容の改善により現在は挽回したといえる。単発ドラマにおいても、時代に流されない親しみやすさがあり世代を問わず好評である。米国から輸入している「ビバリーヒルズ青春白書」「ER 緊急救命室」「フルハウス」は民放にはない魅力があり、特に中、高校生の間で人気がある。          
 バラエティー部門においては、「コメディーお江戸でござる」「ためしてガッテン」「クイズ日本人の質問」などがある程度視聴率を集めているが、民放の番組ほどの勢いが感じられない。それは娯楽番組に全般においても同じことが言える。しかし、エンタ?テイメント性の中にも教養をとりこんでいく一貫した内容は40代以上の年齢層には好評である。 
 こども番組においては、17時台を小学生以下向き、18時台を小学生向きと区別することにより視聴者を増やした。中でも、「天才テレビくん」「おかあさんといっしょ」は長く高視聴率を持続している。また、アニメの「おじゃる丸」「忍たま乱太郎」も同様のことがいえる。
 その他では、スポーツ番組、NHK教育でやっているような教養番組、BS1注6)、BS2で放映している番組などは視聴率という点で見れば低いが、それぞれに固定視聴者がいる。なかには大相撲中継などの超高視聴率番組もある。

第4章 番組制作
 
 NHKは公共放送であり、国民から受信料を取って番組制作を行っているため、全国民が満足できるサ?ビスを提供しなければならない。
    
第1節 理念
 21世紀を迎える今、社会経済秩序の再構築そして、新しい価値観やモラルの創造をしていき、新たな生き方や活力のある社会を作っていきたい。NHKはこうした時代状況に真正面から向き合い、判断の指針となる情報を的確に伝えることに力をそそぎ、また同時に人々の心の支えや議論の場となり、公共放送として幅広い情報を独創的に、そしてダイナミックに、新たな放送文化への挑戦し、総合テレビをはじめ各波で新しい時代を切り開いていく役割を積極的に担う必要がある。
 また最近では、犯罪の低年齢化などに代表されるように10代の教育のあり方が問題視されている。21世紀の担い手である次世代に経験を継承し、育成していく必要がある。そのためには周囲と断絶しがちな10代の心の世界をしっかりと受け止めなくてはならない。そのためにも、NHKは若者たちにとって身近な公共放送となることを目標に、少年少女をめぐる諸問題の本質にせまる番組を制作し、またナイーブな感受性を持つ世代に夢と感動を与え、心を豊かにする番組を、教育テレビをはじめ各波で視聴好適時間に意欲的に編成していくべきである。
 NHKは、テレビだけでも地上波2波、衛星波2波の計4波を所有している。映像・音声各メディアの特性を十分に活かし、地上波は人々の生活に不可欠なサービスを提供する中核メディアとして、また衛星波は価値観の多様化に応えるメディアとして、4波のテ?マが重複することなく、さらに充実・強化を図るべきである。たとえば、衛星波を使い、公共放送として海外発信をより積極的に行ってみる。現在1300万人が海外へ行き、70万人を超える邦人が暮らしている時代注7)だから、ニ?ズがあるのではないか。逆に、東南アジアでは日本語への学習ニ?ズが強い。メインを日本語、サブで各国の言葉を使って、世界中で流したらどうだろうか。
    
第2節 現状
 NHKは、民放とは異なり、視聴率本位の番組制作を行っていない。特に教育テレビでは、作り手が視聴者を意識して、視聴者も利用の仕方をわきまえている。表面的に視聴率だけを評価するのではなく、視聴者からの電話や手紙などでの意見を大切にし、クオリティの高い番組の制作に邁進している。全般的には、10代?30代半ばまでの視聴者が少ない注)。そこで、そうした年齢層を対象とした民放のようなドラマやバラエティーを制作するという案もある。しかし、クオリティの低い多角化を目指すのではなく、少数の視聴者でも大切にする姿勢を貫いている。あくまで視聴者本位の、より開かれたサ?ビスを目指し、現在から未来へ、以下の改革を行っている。
 本節は『http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kihon/index.htm』(NHKホームページ1999年9月13日更新)を主に依拠する。
 ニュース・情報番組の強化と緊急報道への的確な対応をする為に総合テレビ土曜朝のニュース番組の放送時間を早めるとともに、午前に1週間の出来事をまとめてわかりやすく伝えるニュース番組「NHK週刊ニュ?ス」を新設し、土曜朝には、BS1でもニュース番組を新たに拡充するほか、さらにラジオ第1でもスポーツ情報番組を新設し、各波にわたり週末朝の情報ゾーンを強化している。またデジタル時代を睨んで必要な情報を常に迅速に伝える取材・制作体制を整え、激動し混迷する現代社会の動きを的確に伝えることで、視聴者の信頼と期待に応え、さらに選挙放送に万全を期すとともに、地震、台風など災害報道にあたっても、公共放送の使命として迅速・適切に必要な情報を必要な地域に伝え、国民の生命・財産を守る努力をしている。
 幅広い視聴者層に向けた多彩な番組の充実と開発として、特に総合テレビの番組は、曜日ごとや時間帯ごとの視聴者の生活態様を意識し、平日夜間に個性豊かで多彩な企画を開発し、番組内容の刷新を行っている。週末午前・午後は生放送番組の大幅拡充を中心に家族でいっそう楽しめる編成として「土曜ほっとワイド」「日曜ファミリータイム」また様々な分野における今世紀の歩みを総括しつつ、21世紀を前に人類的な課題を展望する大型シリーズ「NHKスペシャル 世紀を超えて」2か年にわたって編成するなど、公共放送の真髄を示す番組を開発している。全体として、総合テレビを中心とした編成を2か年以内に大幅に刷新することを視野に入れ、より幅広い視聴者層から親愛感を獲得する番組を意欲的に開発し、公共放送としての存在感を高めている。
 教育テレビの番組の充実と展開として、少年問題の深刻化、少子高齢化社会の進展、知的関心の高まりなど社会状況が変化するなか、豊かな心を育て、人生を豊かにし、文化を育む波として、「ETVカルチャースペシャル」「サイエンスアイ」など青少年の健全な育成に資する番組を拡充している。またデジタル時代に向けてコンテンツを蓄積し、視聴者との双方向番組を強化するなど、新たな教育テレビ像の確立をめざしている。
 地域放送サービスの拡充として、デジタル多チャンネル時代にあっても身近な公共放送注7)を追求していく視点から、総合テレビの地域放送サービスで地域の課題に向き合うなど一層の充実を図っている。1998年度に拡充した首都圏サービスの実績を土台に、全国各地でそれぞれの風土に合った、きめ細かい地域サービスを推進し、また地域からの全国発信番組の充実とあわせて、教育テレビでも、各都道府県の今世紀の歩みを視聴者から収集した貴重な素材をもとに構成する年間シリーズ番組を編成し、映像ライブラリーとして未来に永く保存している。衛星放送でも各都道府県の独自の文化・県民性を、地域と一体となって長時間・生放送で伝える特集を編成している。
 デジタル時代を見据えた衛星波の個性的番組の開発として、デジタル多チャンネル時代を前に、BS1000万契約に至るこれまでの蓄積を生かし、ハイビジョン時代を強く意識した個性的な番組を積極的に開発している。開発にあたっては、地上波も含めた総合力を効果的に発揮し、効率的な体制を追求し、また、衛星放送開始10年のイベントと連動した大型キャンペーンを実施するなど衛星放送ならではのダイナミックな編成を展開し、いっそうの普及促進を図っている。
 視聴者と密着する公開参加番組・広報番組の積極展開として、視聴者に親しまれる公共放送をめざし、BS2に「のど自慢」の子ども版を新設するほか、総合テレビでは若者向け歌番組「ポップジャム」の一部を各地で公開収録するなど、視聴者が番組とふれあい、交流する機会をふやしている。また総合テレビ週末に公開生放送でワイド広報番組「土曜スタジオパ?ク」を新設するほか、魅力的な番組先物情報をPRするミニ番組「NHKプレマップ」を地上波中心に多角的に編成、さらにはNHK主催の事業・催し物を周知する番組を週末に定時化するなど、広報番組の積極的な展開を図り、視聴者に支えられる公共放送として、双方をつなぐ回路をいっそう強固なものとする努力を重ねている。
 障害者などに向けた放送サービスの充実として、教育テレビで1998年度に開始した字幕放送のいっそうの充実を図るとともに、各波ごとの字幕放送、解説放送、手話関連番組等の障害者向けサービスを多様に展開し、視聴者への一層の利便を図っている。あわせて在日外国人向け2か国語放送などを積極的に編成し、公共放送として視聴者の付託に応えている。存在感ある音声波をめざした新たな展開として、音声波でもデジタル多チャンネル時代を睨み、この2年間をラジオ新時代注9)へのステップと位置づけ、音声3波それぞれのチャンネルコンセプトを明確にし、ラジオ第1注10)、ラジオ第2注11)、FM放送各波の特性を活かした存在感ある編成を目指している。

     第5章   緊急災害対策

 1995年1月17日未明に突然、阪神・淡路地方を襲った大震災は5500余名の死者を出しただけでなく、家屋の倒壊、ライフラインの遮断、交通・通信網の途絶などをもたらし、都市機能を崩壊させ、住民の日常生活を瓦解させた。この事例を挙げ、今回の反省をもとに、NHKが緊急災害時にどのような行動をとることが最も望ましいのかについて検討してみることにする。加えて、地方自治体とのリンクも考えたいと思う。
  この際、分析の視点は、今回の緊急時のシステムが「いかに悪いものだったのか」という点からではなく、現在及び将来の同社の情報通信システムを「どのように使用すれば、さらに緊急災害対策全体に効率性を招来することができるのか」という視点を採用したい。

第1節 NHKの義務
 NHKは、放送法注12)において、「災害が発生し、または発生のおそれがある場合には、その発生を予防し、またはその被害を軽減するために役立つ放送をする」ことが義務づけられているとともに、「災害対策基本法」注13)、「大規模地震対策特別措置法」注14)で指定公共機関注15)に指定されている唯一の報道機関である。
  1999年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」において、NHKは、迅速・的確な対応に努め、公共放送の使命、指定公共機関としての責務を全うしたが、一方で放送局機能もかつてない打撃を受け、対策上、さまざまな見なおすべき問題や新たな課題が浮き彫りにされた。NHKに対する電話インタビューによれば、(9月10日午前10時05分、NHK広報部小池氏へ行った。)その経験と教訓を踏まえて、災害対策マニュアルなどの見直し、放送および通信連絡設備・機器の整備、局舎の耐震対策とライフラインの確保、実践的な教育訓練の実施などをすすめてきたということである。マニュアルについては、「本部非常災害対策ハンドブック」の全面的な見直しを進めるとともに、本部各部局、全面各放送局ごとに行動マニュアルやハンドブックを改めた。
 なかでも緊急報道に関する見直しの主な点としては、大災害発生時の各放送波の役割分担の明確化、従来の津波警報、大津波警報だけでなく、震度6以上の地震についても直ちに速報できる体制にした点、気象庁の「新地震・津波情報システム」の運用開始に伴う初動体制の見直しなどがあげられる。
 放送設備の機材の整備ではスキップバックレコーダー注16)の整備や、通信衛星を利用した連絡設備「スカイホン」等の導入、配備を進めた。
 また全国の放送会館注17)の耐震診断を実施し、一部会館については必要な補強策を講じた。
 ライフライン等については、放送センターの震力・燃料・水などの確保策を講じるとともに、長期保存に耐え得る食料の備蓄や断水時用の非常用のトイレなど災害対策物品の整備を行った。
 教育訓練については、各ブロックにおいて阪神大震災を踏まえた都市型大地震による放送局の被災を想定しての、実践的な総合訓練を実施するとともに、あわせて中継リポート等の実地訓練や震災の経験を伝える講演会等各種研修会を実施し、職員の防災意識の高揚や若手の育成、対策ノウハウの継承に努めた。
 これらの災害対策活動においては、国土庁郵政省、都道府県などの防災行政機関・団体との密接な関係を図ることに努めて実施した。

第2節 災害情報
 被災直後からの情報空白は深刻なものだった。ある調査においても、情報のないことが不安や恐怖感すら引き起こし、もっと情報を住民に伝えるべきであるという行政に対する強い不満や要望が見出されている。自分のおかれた状況が同定できないことによる不安感ばかりでなく、見通しが立たないことによる行動の選択不能状態、たとえばライフラインの復旧が1週間なのか1ヶ月なのかで、自分や家族の生活にかかわる選択肢は全く異なるものになる。自宅でがんばるか避難所へ行くか、親類を頼るか、どうしたらいいかが不明なままになってしまう。水と情報は災害時の最重要課題である。
 一体、どんな情報を何から得ていたのか。ある調査によるとマスコミ注18)から得た情報の多くは「地震被害全体の様子」「自衛隊や政府の対応」「経済全体への影響」「首都圏でおきた場合」についてであったが、これらは広域情報であるとともに、住民の状況定義にかかわる点に注意する必要がある。これらは被災地にはとりあえず不必要な情報だった。
「交通機関の復旧」「電気・ガス・水道の復旧」「学校の再開、受験」などもマスメデイア中心の受容行動だった。生活関連の中でもこうした広域性をもつものにたいしてはマスメデイアも一定の機能を果たしたと言えるだろう。しかし、同時に、これらも状況定義にかかわる点に注意する必要がある。つまり被災地の住民の行動を条件づける情報であるにもかかわらず、マスメデイアのみからしか受容できなかったという世帯が、ライフラインの復旧情報でさえ半数に達している。しかしこの情報は自宅のライフラインの復旧が具体的にいつなのかを示してはいないので、状況のあいまいさを減少させることができない。そのため、行動の選択不能状況がそれほど改善されないままだったとかんがえられる。「余震」情報は速報性を活かした放送メデイアの独壇場といえる。
 他方、主にマスメデイア以外からしかできなかった情報は、「家族・親戚・知人の安否」「救援物資」「給水車・水」「仮説トイレ」「町内の被害の様子」「ゴミの処理」などである。安否情報については2つの点で転換期をむかえたと考えられる。その第1はNHKでは教育テレビとFM放送で全国向けに集中的にとりくんでいたが、放送できたのは受けつけ件数の54%にとどまったことである。今後安否情報は活字媒体中心に移行し、放送メデイアは一過性のメデイアであることに留意しつつ速報性を重視した方向に転換していく必要があることを示唆している。第2に、従来は「自分は無事だ」という被災地外への発信が中心であったが、今回は「ooさんは無事でしょうか」という被災地内への発信に変化した点である。従来の方向は、被災地外が被害状況を認知し、災害対応システムの作動を換起するという点で、一定の機能を果たすが、この逆の流れは、誰が心配しているかがわかるだけであり被災地内にとってあまり意味のないものとなった。とくに発災後数日にわたって安否を中心とした被害状報に集中したことが、被災地における多くの住民に生存に必要な情報の空白をもたらす一因となったと考えられる。また、家族や知人の安否、町内被害の様子は緊急性の高い状況定義情報であり、そのほかの生活関連情報も生活を直接左右する情報といえる。つまり、生活関連度の高い情報はマスメデイアからは受容していないのである。また、「仮設トイレ」や「救援物資」に関する情報は当てになるものがなかったとする回答が3割をこえている。本調査における自由回答でも、自分の足で情報を探すよりなく、聞いて行ってみれば、給水車はもういなかった、という類の記述が少なからず見られ、情報探索行動に時間を要した結果、実際の行動が手遅れになることがあったようである。
 当然のことではあるが、テレビや行政の広報は在宅者のメデイアであり、口コミや避難場所の掲示板は移動者のメデイアであることがわかるだろう。在宅者は全体の様子は分かるが近所のデイテール情報の受容が遅れ、家をはなれた人たちは避難所近辺のことはわかるが、全体の様子がわからないという偏りが生じていたといえるだろう。
 年齢層の相違によっても情報受容に差のあることを指摘できる。「給水車・水の情報」を例にとると、全体で63%がマスメデイア以外から得ていたとする回答だったが、高齢層になるほどその傾向が強く表れている。病院・銭湯・開店関連の情報では、全体で55.7%がマスコミから入手しているが60代では5割をきり、70代ではむしろ「マスメデイア以外」の方が多くなっている。仮設住宅の申込みに関する情報も全体で58.8%がマスコミからの入手だが、高齢層になるほど「マスメデイア以外」と答える比率が高くなっている。新聞の活字の小ささ、ラジオは音声だけ、テレビのスピードの速さなどもそもそもマスメデイアは高齢者向きでないこともあろうが、高齢者に対する情報伝達の方策を必要とすることが示唆される。

第3節   今後の課題
今現在、各テレビ局はデジタル化時代の到来に向けて着実に準備を進めている。もちろんNHKも例外ではない。しかし、我々が現在使用しているテレビを買い換えたりと、すぐにここ何年かでいきなりデジタルに変化するかというとそうではなく、デジタル化が進行していくに際してはアナログからデジタルへの移行期間として両者の併存期間が何年かの間続いていくことは周知の事実である。デジタル化への移行にはまだ時間がかかるということは、アナログの段階での緊急災害対策の徹底した確立が最重要課題としてあげられる。
今回の震災でのマスコミが果たした責任についてはまだ多くの疑問が残る。過去の災害時においても、被害を追い、悲惨な事例を集め、次に活躍している「ヒーロー」の武勇談を追うという順での報道が多く行われていたが、今回もこの点においては、類似していた。しかし、この報道姿勢には、防災機関の一員であるという自覚の不足を感じざるをえない。マスメデイアのみからの情報受容行動が、被災地内部においても少なくないという点を考えれば、今後はニーズに沿った被災地内部への情報提供を意識した取材・報道体制の構築が望まれる。我々が払う受信料をもっと有効に使ってほしいものである。
そして今回の震災で感じたことは各機関の連携がとても重要だったということである。NHKだけでもその役割には限界が存在するし、地方自治体であっても消防であってもどの機関であってもそれは同様である。しかし、それぞれに重要な役割が与えられていることは明らかである。つまり、一つ一つの機関がうまく情報を伝達することを可能にすればいいのである。この点に関して今回は十分に連携がとれていなかったため非常にたくさんの無駄が生じてしまった。この反省を生かし、緊急災害時の各機関の徹底した連携構造を構築するべきである。例えばまず緊急災害が発生したらNHKとNTTが協力し、NHK地方地上局内に情報収集センターを設置する、そして、光ファイバーを使用して政府や自衛隊軍や警察や救急などの機関に情報を伝達する。そこでこれらの機関は情報を分析し対策を構築し、また光ファイバーを使用して本局に送るのである。そしてこんどはこれをデータ化して地方地上局に流すのである。被災地には街頭モニターなどを設置しそれにさきほどデータ化した情報を流すのである。これらの情報には避難場所の指示や給水場所などのライフライン情報が中心となる。もちろん、このようなシステム構築のためには、NHK一社の力量を遥かに超える予算、法的整備が必要であろう。そのシステム構築のイニシアチブは、自治省や政府のリスクマネジメント、ダメージコントロールに関わる諸機関がとるべきなのかもしれない。だが、いまこそ、「災害が発生し、または発生のおそれがある場合には、その発生を予防し、またはその被害を軽減するために役立つ放送をする。」であるべきNHKを中心として、各機関が協力し徹底した緊急対策時用の一つの機関を作り上げるための基礎研究に着手すべきでは無かろうか。これが実行されれば、情報の空白に苦しむ人も減少するだろうし、いろんな情報に惑わされることもなくなるであろう。いずれにせよ忘れてはならないことは人間の生命の重みそして大切さである。我々はどんなことがあろうといままでのような多くの生命を犠牲にしてはならないのである。

      第6章 デジタル多チャンネル時代に向けて
 
 テレビ業界では、本格的なデジタル多チャンネル時代が訪れている。NHKでは、2000年末に予定されているBSデジタル放送の開始、2003年以降にはさらに、地上デジタル放送が予定されている。他方でインターネットに代表される通信サービスの発達で放送と通信の融合も急ピッチで進んでいるため、情報競争が盛んである。 例えば、ソニ?は、ソニーコミュニケーションネットワーク(以下SCN)を1996年1月にソニーグループのプロバイダーとしてインターネットサービスを開始して以来、インターネット利用者にとって満足度の高いサービス注19)を提供し、インターネット利用者を急速に増やし続けている。注20)
 今日、デジタル放送が中核となる時代に向かっている。その中にいるNHKは、ニュースのハイビジョン化21)をはじめ、ハイビジョン化にふさわしい番組の開発を進めている。またデジタル放送の特色を生かしたデータ放送サービスの開拓などデジタル時代に向けた基盤整備に大胆に着手し、唯一の公共放送として、既存民放に先駆けて注22)、最新のデジタル技術の恩恵を視聴者の豊かな暮らしに役立たせる多彩な放送を確立して放送サービスと技術革新の両面にわたって、先導的な役割を力強く果たしていくはずである。

おわりに
  以上、公共放送としての社会的役割について現状と問題点をみてきた。そして独自に行った電話インタビューにおいて、阪神大震災以後、緊急災害対策というものがどのように構築されてきたのか、現在どのようなものとなっているのかについて知ることが可能となった。しかし、これらの緊急災害対策において、我々にはあまり情報が浸透していないというのが現状ではなかろうか。この点については、もっと積極的に情報を伝達するべきである。我々が、普段ニュースを見るのと同様に緊急災害対策についても容易に情報を入手できる手段を構築するべきである。いずれにせよ、放送と我々は切り離すことができないのである。これから迎える21世紀において、この関係がより密接なものとなっていくことは明らかである。これからは今まで以上に我々のニーズにあったサ?ビスが求められていくであろう。
<注釈>
1. 1995年1月17日未明に阪神淡路地方を襲い、5500余名もの死者をだした大震災。
2. 生命線。電気、ガス、水道、電話、食料流通など生命、生活を支えるシステム。一箇所が破壊されると、広い範囲で機能が麻痺する。
3.デジタル圧縮技術を利用して、周波数を有効に利用することにより、多数のチャンネルを持つようになること。
4.ラジオ放送。音波の形に応じて、電波の周波数を変化させる方式。AMの対称。
5.衛星第2放送。
6.衛星第1放送。
7.『NHKに明日はあるか』小田桐誠/著 三一書房 1996年 より。
8.NHKが掲げているスローガン。
9.NHKが掲げているスローガン。
10.NHK第1チャンネル。主に総合ラジオ。
11.NHK第2。主に教育ラジオ。
12.ネットワークを通じてコミュニケーションをすること。ほしい情報や物を手に入れ   
      ること。
13.国民生活に大きな影響力を持つ放送が健全な発達をとげることができるよ
      うにする目的で、放送番組、放送運営の全般を規律するもの。1950年春の国会
      で制定され、国民的基盤に立つ公共的な放送機関としてのNHKの設立、運営、財
      政、番組、監督などについて定められている。
14. 1961年に制定され、日本の災害対策の根本となる法律。
15. 1978年に施行された法律。大規模地震の予知情報に基づいて、総理大臣は地震防災対策強化地域を指定し、地震災害軽減につとめることになっている。
16. 災害対策基本法の中で定められている、防災対策のために重要な役割を果たすべき機関のこと。
17. 常時、最新の10秒間のカラー動画映像・音声を記録するRAM[ランダム・アクセス・メモリー]があり、地震発生と同時にVTRを作動させ、そのRAMに記録された10秒前の映像から録画を開始する装置。1993年5月にNHK大阪支局が開発したが、このシステムがはじめて使われたのは今回である。従来は、たまたま撮影をしていないかぎり、地震発生以前の映像を見ることはできなっかったが、このシステムの登場により、発生以前から発生当時の状況を見ることができるようになった。
18. 長野・大阪・大分など建設計画のある放送局を除く。
19. この場合は新聞・ラジオを含む。
20.『http://www.so-net.ne.jp/corporation/profile.html』(ソネットホームページ)より。
21.NHKが開発し、現在放送中。アナログ方式のこと。
22.民放各局もデジタル多チャンネル化を推し進めている。

<参考文献>
『NHKに明日はあるか』小田桐誠/著 三一書房 1996年
『知られざる王国NHK』大下栄治/著 講談社 1995年
『NHKの内幕』石井清司/著 三一書房 1993年
『NHK年鑑』日本放送協会/日本放送出版 1988年?1998年
『東京中日スポーツ』(9月6日付)
『中日新聞』(9月9日付)
『日経エンターテイメント』(7月号)
 TV視聴率トピックス『Video Research Ltd』ビデオリサーチ社(1   999年9月30日現在)
『21世紀の放送とマルチ・メディア化』島崎哲彦/著 学分社 1995年
『阪神大震災と自治体の対応』高寄昇三/著 学陽書房 1996年
『都市防災』吉井博明/著 講談社現代新書 1996年
『大阪読売』 阪神大震災 特別縮刷版』1995年
『放送革命』日刊工業新聞社 1995年
『阪神・淡路大震災に学ぶ ―情報・報道・ボランティア―白桃書房1998年
『阪神・淡路大震災の社会学』昭和堂1999年
『http://www.so-net.ne.jp/corporation/profile.html』(ソネットホームページ)
『http://www.tbs.co.jp/shahou/tanpatsu/676-2.html』(TBSホームページ)
『http://www.nhk.or.jp』(NHKホームページ)