表題:21世紀のビッグ・ビジネス
           ―JT・多角化の現状と未来―

商学部3年
                     池 沙世里  山田 誠一朗
                     岡本 俊孝  進藤 展洋

序章

 現在、いわゆる「ビッグ・ビジネス」と呼ばれるものは実に多数存在する。それらの多くは、基本的に単一事業の展開により成長してきた。今回、我々が研究対象として選んだ日本たばこ産業株式会社(以降JT)は、過去の経歴として、政府から日本唯一のたばこ製造企業として認められていたという点ではある種特異なものを持っているとはいえ、そういった「ビッグ・ビジネス」の典型のひとつである。
 しかし現在、それら「ビッグ・ビジネス」が軒並み直面している問題がある。市場の成長限界である。JTが関わっている市場、たばこ市場も例外はなく、市場の成長限界を迎えつつある。そして、このような時代の流れの中、「ビッグ・ビジネス」たちが採る選択の多くが多角化戦略である。        
JTを例にとると、同社は現在医薬・食品事業を柱とした計5部門の多角化事業を展開しており、今後も多角化事業の伸長を図っている。
 単一事業による事業の拡大成長の限界は今後ますます進み、今後また、より多くのビッグ・ビジネスたちが多角化経営に踏み切っていくことであろう。我々は本稿において、JTの分析を通じ、今後主力製品マーケットの縮小を運命づけられたビッグ・ビジネスの多角化戦略の将来図を描いてみたいと思う。
 尚、本稿では諸文献、諸参考資料の他に、1999年8月12日に虎ノ門JT本社にて行ったJT広報部主任・向井芳昌さん、浜詰文子さんに対するインタヴューに主に依拠するものとする。

第1章 JTの歩み

日本にたばこが伝わったのは今から約400年前の17世紀初頭、徳川家康時代にスペインのフランシスコ会が日本に来た際に持ち込まれたのが始まりである、と言われている 。
その後、日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦と続いた帝国主義戦争によって、日本は極度の財政難に直面していた。政府は、たばこを製造、専売する事で軍事費をカバーする目的で1898年、「葉たばこ専売法」を制定し、大蔵省に専売局を置いた。それによって第2次世界大戦後の1945年には、たばこによる税収は税収全体の20%にもなったと言われいている 。1949年、JTの前身の日本専売公社がたばこと塩の専売事業を主に推進する目的で設置され、大蔵省内の事業を引き継いだ 。
この日本専売公社の推進した事業では、ただたばこを売るだけではない効率的な事業開発が進められた。例えば、製造したたばこを直接販売店に配送する組織を整えたり 、より品質の高い製品を作るために煙を少なくしたり、低タール化したりと研究開発したり 、設備投資や費用削減のための人員削減をはかった。(図1)これが功を奏して、1965?1975年代のたばこの消費率は5%程上昇した。しかし一方では高度経済成長の中、農村の過疎化がすすみ葉たばこ耕作面積が減少した。(図2)
こうした中、日本に海外たばこが数多く輸入されるようになった。専売公社はこれに対抗すべく、1981年には海外たばこと国産たばことの価格差を100?110円ほどつけたり、海外たばこの返品コストはその海外たばこメーカーに負担させたりした。そして今度は国産たばこを海外に広めるべく?日本たばこインターナショナル を1984年に設立した。輸出先は東南アジア・中国・アメリカであり、人気のブランドはマイルドセブンシリーズであった。
このようにして国内外で活躍してきた日本専売公社は1985年4月、当分の間は株式の3分の2以上を政府が保有するのを条件に日本たばこ産業株式会社 として生まれ変わったのである。
 
第2章 JTの財務分析

 1998年度のJTの売上高は、たばこ事業は2兆6522億円、前期比935億円の増収となり、(図3-1)多角化事業(医薬、食品、アグリ、不動産、エンジニアリング)は1047億円、前期比418億円の増収で一昨年度(1996年度)からの112億円増から約3.7倍の収入だった。(表1)
 
(表1)セグメント別売上高推移
年度 1985 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998
たばこ事業 26,685  26,591  26,765  26,478  26,129  26,836  25,587  26,522
多角化事業合計 1  295  352  402  478  517  629  1,047
(注)JT会社概況公開資料より

表を見ると、JTが年々多角化事業に力を入れてきていることが分かる。医薬事業では坑HIV剤(名称:ビラセプト)の発売のロイヤリティー収入、ライセンス料が主要であり、食品事業では主に飲料水を中心に売上が増加 している。
 しかしJTの主要な収入源はやはりたばこ事業である。セグメント別売上高推移を見てみても全売上高の96%はたばこ事業で、多角化事業は全体の4%にしか過ぎない。世界のたばこメーカーでJTはPhilip Morris Cos. Inc.(米国、以下PM)、BAT Industries pl.(英国、以下BAT)に次ぎ、世界で第3位のマーケットシェアを占めているが、日本にも海外のたばこメーカーが続々入ってきている。このような状況の中、JTには世界マーケットを分割する前述2大企業に真っ向から立ち向かう力があるのかどうかを、PM、BATの2大企業との財務に関する比較分析、市場の動向、を考察することで類推してみる。

 第1節 収益性の分析

 JT(日本たばこ産業株式会社)は従業員2万509人、その平均年齢は42.2歳、総資産は1兆8069億円である。日本で唯一のたばこメーカーであり、消費者の多様なニーズに幅広くこたえるため、市場特性に応じた積極的な販売促進活動を行うとともに、各種新製品のタイムリーな開発・投入に取り組んでいる。輸出、海外事業に関して言えば、現在、マイルドセブンをはじめとしたJTの製品は、100%出資子会社のJTインターナショナル?を通じてアジアを中心に世界約40以上の国や地域に直接輸出している。また英国に100%出資子会社MTC(マンチェスター・タバコ・カンパニー)の新工場を完成させるなど現地製造、資本参加、ライセンス提供などの様々な方法でも世界のマーケットに進出している。1998年度のJTの売上高、2兆7570億円に対し、その営業利益は1466億円であり、売上高営業利益率は5.30%となっている。また企業が事業活動に投下した使用総資本(=総資産)に対する収益の水準を表す総資産事業利益率(ROA)は6.94%である。(図3-2)世界たばこメーカーのPMの売上高は545億5300万ドル(1ドル=110円以下同様、6兆8億3000万円)、営業利益は13460百万ドル(1兆4806億円)、売上営業利益率は24.67%、ROAは24.53%とJTの約3.5倍である。世界第2位のBATは売上高244億7200万ポンド、営業利益は134億6000万ポンド、売上営業利益率は10.64%、ROAは5.55%である。

   (注)JT会社概況公開資料より

 活動性についてみると、例えば棚卸資産回転期間は1.87ヶ月である。過去3年間の平均1.83ヶ月と比べるとあまり変わりはない。この指標は短いほうが好ましい。販売不振や不要な原材料の購入は回転期間を延ばすことにつながり、その分資金が企業内に滞留することになる。経済活動を行うための資産(固定資産)が売上高によって1年間に何回入れ替わるのか、資産の効率性をあらわす指標である総資本回転率は1.44回となっている。

  (注)『週間東洋経済臨時増刊DATA・BANK会社財務カルテ’99』より
 続いて株主資本当期純利益率は(ROE)であるが、JTの場合4.35%である。この指標は株主の持分である株主資本に対する当期純利益の割合であり、株主から広く資本を募って事業活動を行うのが株式会社制度の本旨であるためROEの向上は企業にとって重要な目標といえる。JTに関していえば、それほど高い数値ではないものの、景気の低迷や、定価改定により1996年度に発生したかけ込み需要の反動および需要の影響などを考慮すれば、その低下を小幅な推移にとどめる企業努力がなされているといえよう。
 
 第2節 安全性の分析

 ここでは資金面から企業としての安全性を分析する。JTの自己資本比率は74.14%であり、高く、そして当座比率は227.35%である。当座比率とは、当座資産(流動資産から棚卸資産を除いたもの)に対する流動負債の割合であり、一般的には100%以上であれば安全といわれている。過去3年間の平均159.72%に比べ、1998年度の当座比率は非常に高くなっている。
 また固定長期適合率は45.84%である。固定長期適合率とは、固定資産に対する自己資本と固定負債の和の割合であり、一般的には、70%以下であれば安全であるといわれている。以下の指標よりJTの資金の安全性は非常に高く支払能力、資金のバランスとも優れているといえる。
 
 第3節 生産性の分析

 ここでは、JTの生産性について分析する。生産性とは効率のことであり、投入される生産要素と産出される要素の比率により測定される。売上高付加価値率は15.09%である。この指標は売上高に対する粗付加価値の割合であり、高いほど外部購入価値が少ないということになる。JTの労働装備率は、2640万円である。労働装備率とは従業員1人あたりの有形固定資産(建設仮勘定を除く)であり、高いほど設備の技術水準が高いと判断できる。次にJTの1人当たり売上高は1億2176万6000円、1人当たり経常利益506万2000円、1人当たり人件費は921万2000円となっている。
 次にJT、PM、BAT、の売上構成を比較してみる。JTの売上構成は96%がたばこ事業、残りの4%が多角化事業であるが、JTの約3倍の売上を誇っているPM社はたばこ事業53%、食品40%、ビール6%、金融・不動産1%、海外売上比率は62%であり、意外にもその売上の半分をたばこ以外の事業から上げている。国内のたばこ市場で48%のシェアを持つPM.USA社は売上の18%、営業利益の33%を占める。主要ブランドはMarlboroをはじめ,Benson & Hedges、Merit、Cambridgeなど世界市場シェアは16.6%で、食品事業は欧州、カナダ、中東、アフリカ、アジア、太平洋地域で製造販売を行う。飲料部門のMiller Brewing社は国内市場シェア22%で、ビール業界の第2位である。BATはたばこ事業64%、地域別売上構成は北米、日本30%、中南米25%、欧州17%、アフリカ、中近東25%、アジア太平洋13%。国際ブランドが引き続き好調であったほか、State Express 555の人気がきわめて高かった。地域的にはアジアが急伸中である。保険部門は、英国最大のEagle Star社と米国5位のFarmers社が損保、生保を扱うほか、Allied Dunbar社が個人年金保険を手掛けている。
 PM、BATはたばこ事業だけでなく、その他の分野の事業でも上位にランクされている。JTも年々多角化事業に力を入れ、その成果は出てきているが、それでも構成はたった4%しかない。このようなたばこを主要製品としていた地球企業の多角化の成功事例を前にしながら、同様に多角化が差し迫った課題であるはずのJTは、1999年、RJRの海外事業のすべてを買収し、たばこ事業自体の拡大を期した海外事業再編成を展開した。JTの海外たばこ事業は、先にも述べたが、JTインターナショナル?を通じた製品輸出にとり行っており、マイルドセブンなどを世界40ヶ国に輸出している。海外販売のうち約7割はアジア地域であり、さらに、その中で台湾および韓国が約7割を占めている。ブランドとしては、マイルドセブンファミリーが全体の約7割を占めている。詳しくは次章で述べることとする。
 では、このような海外たばこ事業の拡大方針は、今後のマーケットの動向とどのように関連するだろうか?次に国内のたばこ売上本数の予測を行うことで、将来のマーケットの動向を占ってみる。
 
 第3章 市場の動向

 1985年の会社化から現在(1998年)までのJTの市場の動向は、1985年度を100%とすると、成年人口の比率に比例して、総販売本数も増えていることが分かる(1997年度は、消費税の定価改定により1996年度発生した駆け込み需要の反動および需要減の影響などにより激減)。1988年?1998年までの10年間(1997年度を除く)はより多くのたばこが吸われてきているが、、昨年度のJTの販売数量は2575億本、外国メーカー販売数量は790億本で、JTシェアは76.5%と海外メーカーの日本におけるシェアが高くなってきている。国内ブランド別シェアでもマイルドセブンの34.8%に次いで多いのが外国製品の23.5%である。これらのことから、海外企業が日本へだんだんと参入してきていて、JTのシェアが縮められているのが分かる。さらに、喫煙者率の低下とともに、喫煙本数も減少してきている。特に1995年を境に喫煙本数は年々低くなってきている。この背景として1日に何本も吸い、吸わずにはいられないヘビー・スモーカーがだんだん減ってきているかわりに、1、2日吸わなくても大丈夫というライト・ユーザーの存在がある。
 1人当たり消費本数の低下傾向とライト・ユーザーの漸増という二つの現象が同時に発生した結果、ここ9年のたばこの国内売上本数は、成人人口の推移に係数的にリンクしていることが分かる。そこで、もし、この2つの現象が今後も続くと仮定すれば、その関係が成立している範囲内では、今後のたばこ国内売上本数を長期的に推計することが可能となるだろう。そこで表計算ソフト で未来の国内マーケットを予測してみた。ここではForecast関数を使い、世界人口推計における日本の成人人口値 をx値に、たばこの国内売上本数をy値として、「最小二乗法回帰直線による予測値」(図4-1)を返した。(図4-2)
 そうすると、2009年を境に成年人口に比例して高くなっていた総販売本数も、1年が経過するたびにだんだんと低くなっていくことが予想される。予測値では、2050年には、国内売上本数は、2509億本に低下し、1998年から757億本の減少が推計される。
 さらに、JTの国内シェアは、1998年現在では民営化以降76.5%まで落ち込んでいる。(図4-3)シェアの低下がさらに進めば、この国内売上本数におけるJT製品の比率は、さらに悪化することが必死なのである。国内での市場がなくなれば、国外へ市場をもっていかなければならない。現在の売り上げのほとんど(95%)を占める国内での売り上げ実績を海外にシフトする必然性がある、といえよう。
 

  (図4-2)(注)『国際連合世界人口予測:1950?2050』       
 
 上で行った国内でのたばこ売り上げ本数のトレンドから、JTは、たばこの国内販売の漸減を前提にビジネスを展開せざるを得ないということは明らかであろう。JTとしては、多角化のキャッシュ・フローとしてのたばこ事業を高く評価しているため 、そのキャッシュ・フローの十全な確保のために、今年のRJRの海外たばこ事業買収劇が行われた、と見るべきであろう。つまり、RJR海外事業の買収は、JT側から見れば、世界・国内マーケットの動向と多角化事業成功までのタイム・ラグを埋めるための「便宜的な措置」と位置づけられよう。
 
第4章 JTの経営戦略
 
 以上、JTの歴史、財務分析、そして、国際国内マーケットの最近の動向から、1999年に選択された海外事業の拡張政策の展開までを論じてきた。ここでは、以上の歴史的推移を前提に今後、JTが取るべき経営戦略について以下の視点から論じていくことにする。
 現在、JTの行っている事業は大きく分けて2つある。第1に現在までのJTの経営の中核事業、そして、今後はJT多角化のためのキャッシュ・フローの源泉に位置づけられる、たばこ事業。第2には、近年徐々に売上高を伸ばし、たばこ事業に次ぐ将来の経営の柱として期待される医薬事業や食品事業などを含む各種多角化事業である。
 ここでは、この2つの事業に独自に内在する問題点と、その相互の関係に発生する困難を取り上げ、その解消にJTがどのような取り組みを必要としているのかを考察することにしたい。

§1 JTの中核事業としてのたばこ事業
 
 JTの行う事業で、最も規模の大きい、つまり中核となっている事業は何と言ってもたばこ事業である。JTの企業母体となった専売公社時代から国内市場を一手に仕切り、現在のJTの基盤を作ってきた。1985年の民営化、1987年の輸入たばこ関税の自由化により外国たばこメーカーの進出に脅かされてきているものの、現在までは国内では最高シェアを保ちつづけている(図5)。具体的な数字を挙げると、JTにおけるたばこ事業の占める割合は実に96.2%にのぼり、その他多角化事業などは僅か3.8%と、たばこ事業がJTの経営において無くてはならない大黒柱であることがわかる。
 しかし、先述の財務編でも述べたことでもあるが、今後たばこ市場は国内外を問わずこれ以上大きな成長は見込めないマーケットである。特に国内市場においては今後10数年内に縮小に転じることが予想されている。JTは今後、現行の一国単品事業つまりたばこ事業に偏った経営から、あくまでたばこ事業をJTの中核事業としながらも後述の多角化事業を更に推進・成長させ、また国内に集中していたたばこ事業を更に海外に向けて進出していき、「たばこを中核とした多角化・国際化企業」を目指している。

 第1節 国内たばこ事業
 
 JTのたばこ事業には国内・海外2つの事業がある。日本国内のマーケットは、中国・米国に次ぎ世界第3の規模を誇る市場である。しかし近年、世界的に見てもたばこ市場というものは今後大幅な成長を見込めないマーケットであるため、現在では現行のシェアをいかに維持するか、また他社のシェアを奪取するかという競争になっている。したがって、今後は海外メーカーとの競争が激化していくことは明白で 、JTは今後、たばこのブランド価値の増大 、コスト削減の推進及び生産性向上による収益性の強化に努め、継続的なキャッシュ・フローが産み出されるような方針を採っている。
 国内シェアに目を移すと、JTブランドは国内市場における上位10銘柄のうち9銘柄を占め(表2)、日本国内においては圧倒的な優位を誇っている。また、売れ筋商品をグループ化すると、ブランド・ファミリー というものができ、なかでもマイルドセブン・ファミリーは最大の34.8%を占めている。(図6)

 (表2)
 1998年度 (単位:百万本)
順位 銘柄 売上本数 メーカー シェア
1 マイルドセブン・スーパーライト 33,308  JT 9.9%
2 マイルドセブン・ライト 32,947  JT 9.8%
3 マイルドセブン 32,077  JT 9.5%
4 セブンスター 23,682  JT 7.0%
5 キャスター・マイルド 19,178  JT 5.7%
6 キャビン・マイルド・BOX 10,151  JT 3.0%
7 フロンティア・ライト・BOX 7,637  JT 2.3% *PM=Philip Morris社
8 ラーク・マイルド・KSBOX 6,677  PM 2.0% *マルボロ・ライト・メンソール・BOXは
9 ホープ(10) 5,863  JT 1.7% 本来PMの製品だが、国内では
10 マルボロ・ライト・メンソール・BOX 4,973  JT 1.4% JTがライセンス生産している為、
- (その他) - - 47.7% JT製品となっている。
(注) TIOJ(社団法人日本たばこ協会)公開資料より

 販売方策に関しては、コンビニエンス・ストア等小売店形態の多様化等に対応し、1998年4月1日から物流の再編を実施している。
 また、超低タール市場 では先駆となったフロンティア・ライト(1988年発売)以来、1mg市場ではやや海外メーカーが台頭してきているものの、JTが各セグメントで海外メーカーに対して優位に立っている。(図7)
 しかし近年、JTの販売方策には疑問を感じる部分もある。JTは顧客の嗜好、ニーズに合った各種商品を提供していくとのコメントを出しているが、その点については少々疑問が残る。価格帯別構成比等をみてみると(図8)、240円以上(1997年度以降260円)の価格帯が年々構成比を上げてきていることが分かる。つまり、より高いたばこが売れているという事実が浮かび上がってくるのである。これが一概にJTの非消費者指向を裏付けているという証拠にはならないが、自動販売機の普及等による販売形態の変化により、JT側のねらいとして高いたばこを陳列させるという手法が取られていることは確かであり、そうなるとJTの消費者指向という看板にも不信の眼差しを当てざるを得なくなる。これはたばこにかかる税制 が、従価税 から従量税 にシフトしたことも大きく関係しており、今後JTが本当の意味で消費者指向をうたうならば、こういった諸問題にも目を向けていかねば海外メーカーの更なる進出に歯止めをかけることは難しいのではないかと思われる。

 第2節 海外たばこ事業
 
 JTの海外事業は、主に100%出資の子会社であるJTインターナショナル?を通じて行われ、製品の主な出荷先はアジア地域で、海外売上の約70%がアジア地域である。またJTはPM、BAT、RJRに次いで世界第4位のたばこメーカーである(1997年時点、図9)。とはいえ、JTのたばこ販売の約95%は日本国内向けであるため、国際的な観点から見るとプレゼンスは小さいのが現状である。したがって、当面はアジア地域を中心に市場に応じた展開による事業の拡大を目指している。
 今後JTがPM、BATに対抗して海外市場へ進出していくとして、その際に注目したいのが中国市場である。先にも述べた通り、世界のたばこ市場は、中国、米国、日本の順に規模が大きい。ところが、1兆7000億本を超える、世界的にも群を抜く市場規模を誇る中国市場は未だ国際的に門戸を開いていない 。しかしながら、現在中国はWTO 加盟への動きを見せており、JTとしては将来における市場開放・規制緩和を念頭に置きつつ、業務提携等による中国市場の獲得を行い、世界的な地位を築いていくことが必要だと言えよう。
 また、第3章でも述べたように、JTはRJR社の海外たばこ事業を買収したことにより、JTはRJR社の持つ欧州マーケットと世界トップ10に入る海外ブランド(1997年時点、図10)の使用権を手に入れたことになる。これにより、JTは海外たばこ市場における安定的なキャッシュ・フローの形成を図ったのである。
 しかしまた、ここでも疑問点を指摘せずにはおけない。実は世界第2位のBATがロスマンズ と合併するとの情報があり、JTはそれにより世界たばこ市場がPMとBATの2大勢力体制になることを危惧し、RJRの買収に踏み切ったと言われている のである。
 ここで問題なのが、JTが市場競争によりPM、BATと戦っていくつもりでRJR買収を行ったのかどうかという点である。我々としては、JTのこの行動は、将来の世界2強に対しての挑戦というよりは、多角化の現状及び国内マーケットの縮小というトレンドから必然的に選択された、「便宜的方法」と解釈しておきたい。前章で述べたように、現状において、JTは多角化に成功するまでは、たばこ事業によってキャッシュ・フローを形成しておきたいと考えている。しかし、国内でのそのシェアの低下は否めない。そこで、現在もてるキャッシュ・フローを、海外たばこ事業に投入し、将来の多角化への原資を蓄積したいのであろう、と思われる。
 ただし、この便宜的な手段の根拠には旧RJRの欧州マーケットなどでの長期的な利潤、キャッシュ・フローの形成が必要前提条件となることには注意を払っておくべきであろう。もし、このマーケットにおけるキャッシュ・フローの安定的形成が成し遂げられなければ、その企図全体が崩壊してしまうからである。そうならないためにも、今後同社は、欧州マーケットでのキャッシュ・フロー確保のためのマーケティング戦略、プロモーション戦術、あるいは増大しつつあるたばこ製造者としての社会的諸負担に耐えなくてはならない。その負担がどれほどのものなのか、現時点では、未知数ではあるが、今後、旧RJRマーケットでの同社の動向には注目を寄せていきたいところである。

 §2  多角化事業
 
 多角化事業は医薬・食品を中心に不動産 ・アグリ ・エンジニアリング系 の5つから成りったている。しかし現在、その売上はJTの総売上の4パーセントにすぎない 。国内たばこの売上増が望めない今、これを10パーセント・20パーセントそして半分にしていくことはJTにとって絶対に必要とされていることである。
  医薬事業は長期的にはたばこ事業に次ぐ第2の柱として期待されている。戦略として「世界が市場」、「世界が研究所」という考えをもっている。「世界が市場」の認識のもと、1993年に開所された医薬総合研究所 で国際的に通用する新薬の開発に取り組んでいる。また「世界が研究所」の視点で事業提携も積極的におこなっているこの成果としては、1994年より米国アグロン社と共同開発してきた抗HIV薬(ビラセプト)がある。この薬の売上に応じたロイヤリティー収入は、1997年の医薬事業の売上伸長に大きく寄与した。また、1997年、1998年と続いて、自社開発中の薬の導出に関するライセンス契約が締結された事も注目される 。これらは、世界的にJTの医薬品開発力の高さが証明された結果である。(図11)。この事業の課題とされるのはガンに関する薬品の開発である。しかしここ数年の間、努力の跡は見られるものの、評価されるほどの成果は出ていないのが現状である。世間で言われているように、たばこが発ガンの元となる可能性を完全に否定できないのであれば、そういった薬を積極的に開発することがたばこメーカーとしての責任である 。
  食品事業は飲料・加工食品およびQSR の3分野から成り立っており、医薬事業に次ぐ多角化の柱として位置付けられており、この事業でも事業提携をおこなっている(図12)。位置付けは医薬事業の次ということになっているが、1998年の売上を見てみると多角化事業の売上のトップは食品事業である(図13)。これは「桃の天然水」というヒット商品を持つことができたためで、これからもこの事業を成長させていくためには、飲料でさらに複数の有力ブランドを持つことと加工食品・QSRの売上も伸ばしていくことが必要である。

 終章 JTの将来像

 これまで述べてきたように、PM,BATというようなたばこの世界的な企業はたばこ事業だけでなく、様々な分野でもその国の市場におけるシェアは上位にある。たばこ企業の多角化はもはや世界的なトレンドとなっているのである。しかしJTのこのトレンドに対する取り組みは、たばこ事業96%、多角化事業4%となっていることからみてもPM,BATと比べるとまだまだ甘いと言えよう。しかし今後のJTが、医薬事業を中心として更に多角化の方向へと発展していくであろうという期待は大いに持てる。医薬の開発には相当の時間を費やさなければならないが、第3章で述べたように、日本のたばこ市場が消えていく前に、JT=たばこではなく、JT=医薬という図式になっていることを期待したい。

(図表対応資料)

*図1:JT本社訪問時配布資料『日本たばこ産業株式会社』P.13“従業員・工場数推移”
*図2:〃P.12“国内葉たばこ耕作面積及び耕作人員”
*図4-3:〃P.8“国内市場推移”
*図5:〃 P.15“世界のたばこ市場”
*図6:〃P.9“国内ブランド別シェア”
*図7:〃P.10“超低タール市場シェア”
*図8:〃P.11“JT価格帯別構成比&国内千本当売上高”
*図9:〃P.16“世界のたばこメーカー”
*図10:〃P.18“世界のトップブランド”
*図11:〃P.23“医薬事業の主な業務提携”
*図12:〃P.25“食品事業の主な事業提携とM&A”
*図13:〃P.20“多角化事業売上推移”

(参考文献・資料)

*JTパンフレット『最後の怪物JT』
*『専売ざっくばらん』長岡 実、東洋経済新報社、1984年
*『国際連合世界人口予測』原書房、1996年
*『世界人口年間 別巻』原書房、1996年
*日経経営指標1999年(春)
*『週間東洋経済臨時増刊 DATA・BANK 会社財務カルテ’99』
*『外国会社年間’99』日本経済新聞社
*本社インタヴュー時配布資料『日本たばこ産業株式会社 会社概況』
*〃『日本たばこ産業株式会社』
*〃『JTの概要」
*“JT delight world” http://www.jtnet.ad.jp/WWW/JT/JTI/Welcome.html
                         (JTホームページ)
*『JT 多角化経営の行方』峰谷 隆、オーエス出版、1994年

(注)