【はじめに】



 人は遊びを求め、それで癒されることで、生きる目的を再確認する生物である。遊びは、

歴史的文化的土壌の中から生まれるもので、蹴鞠、お手玉、おはじきなどは、日本的文化

圏に特異な遊戯といえる。その中の一つにパチンコも含まれる。しかし、最近では、パチ

ンコ依存症 の問題や、親が、時が経つのを忘れるほどパチンコに熱中してしまっている

間に、車内に放置されていた子どもが死亡するなどといった社会問題を引き起こしている

ことも事実である。そのようなパチンコ産業を取り巻く現状を考えると、それ自体は決し

て健全なものであるとはいえない。 

 この問題は特に、1992年のCR機 の導入を契機に、急速に表面化してきたことは、周知

のことであろう。これらの社会問題を解決し、わずかな射幸性 によって、人と人との待ち

あわせのわずかな時間を埋めることができるような、かつてのパチンコに対する広範な需

要に応えることが、再び可能になるとすれば、それは、一つの日本的文化と経済の21世

紀への継承という意味で、大きな意義のあることと考える。本稿では、以上の問題意識か

ら、パチンコ業界の歴史を振り返り、パチンコメーカー業界1位の株式会社平和 (以下

「平和」)へのインタビューおよび、独自に行ったアンケート調査などを交えることによ

り、パチンコ産業の現状をより明確に把握し、独自の方向性の検討を論文の骨格にすえる

ものとする。



第1章 「平和」の財務分析



 長引く景気低迷の影響による個人消費の落ち込み、そしてパチンコ店の機種入れ替えを

含む設備投資の減退により、現在パチンコ業界を取り巻く状況は一層厳しさを増している。

このような状況下で、平和は88年の株式公開以来、最悪の業績となり、97年度の売上高

は、対前年比52.6%減少した。(図1-1)

 本章では現在の景気低迷による業績悪化を反映するため、最新の決算公告(97年12月)

に基づきパチンコ台メーカー最大手の「平和」の財務分析をするとともに、92年のCR

機導入以前・以後の財務に関する比較分析を行う。

図1-1 「売上高と経常利益の推移」





図1-2 「事業利益と総資産の推移」



第1節 収益性の分析

 「平和」は従業員814人、その平均年齢は34.4歳、総資産は1877億5800万円である

が、東証1部上場企業の機械工業部門で比べた場合、従業員1万人以上の大企業に匹敵す

る収益力を持つ優良企業であると言える。売上高611億2000万円に対し、その営業利益

は128億7000万円であり、売上高営業利益率は21.06%と極めて高くなっている。また、

企業が事業活動に投下した使用総資本(=総資産)に対する収益の水準を表す総資産事業

利益率(ROA)は6.94%であり、落ち込みながらも高水準を保っている。

(図1-2)

 活動性についてみると、例えば棚卸資産回転期間は1.19ヶ月である。景気低迷の影響を

受け、過去5年間の平均0.35ヶ月と比べるとその遜色は明らかである。この指標は短い

方が好ましく、販売不振や不要な原材料の購入は回転期間を延ばすことにつながり、その

分、資金が企業内に滞留することになる。経営活動を行うための資産(固定資本)が売上

高によって1年間に何回入れ替わるのか、資産利用の効率性を表す指標である総資産回転

率は0.33回となっている。

 続いて、株主資本当期純利益率(ROE)であるが、「平和」の場合4.44%である。こ

の指標は株主の持ち分である株主資本に対する当期純利益の割合である。株主から広く資

本を募って事業活動を行うのが株式会社制度の本旨であるため、ROEの向上は企業にと

って重要な目標といえる。「平和」に関していえば、それほど高い数値ではないものの、

景気の低迷を考慮すれば、一般的な企業の単純平均より、はるかに上回っている。

 以上より、不況の影響もあり、売上高はピーク時に比べれば、大幅に落ち込んでいるも

のの、97年度の収益性については、依然として高い水準を保っていることがわかった。



第2節 安全性の分析

 ここでは資金面から企業としての安全性を分析する。「平和」の自己資本比率は、94.07%

であり、非常に高い。そして当座比率は1202.64%である。当座比率とは、当座資産(流

動資産から棚卸資産を除いたもの)に対する流動負債の割合であり、一般的には、100%

以上であれば安全といわれている。過去5年間の平均370.3%に比べて、97年度の当座

比率が高い理由としては、「平和」の生産システムを挙げることができる。「平和」は受

注生産方式を採用しているので、売上の伸びない時期には、原材料購入の必要がない。そ

のため、流動負債の減少につながったと推測できる。

 また、固定長期適合率は、26.94%である。固定長期適合率とは、固定資産に対する自己

資本と固定負債の和の割合であり、一般的には、70%以下であれば安全であるといわれ

ている。以上の指標より、「平和」の資金の安全性は非常に高く支払い能力・資金のバラ

ンスとも優れているといえる。



第3節 生産性の分析

 ここでは、「平和」の生産性について分析する。生産性とは効率のことであり、投入さ

れる生産要素と産出される要素の比率より測定される。売上高付加価値率は36.65%であ

る。この指標は売上高に対する粗付加価値の割合であり、高いほど外部購入価値が少ない

ということになる。パチンコ業界では平和と並ぶ大手メーカーである株式会社三共(以下

「三共」)の場合、売上高付加価値率は33.76%である。また、「平和」の労働装備率は、

4197万円である。労働装備率とは、従業員1人当たりの有形固定資産(建設仮勘定を除

く)であり、高いほど設備の技術水準が高いと判断できる。ちなみに「三共」は9033万

円であるが、これは主に土地の所有によるものである。次に「平和」の一人当たり売上高

は7518万6千円、一人当たり経営利益は1606万2千円、一人当たり人件費は767万2

千円となっている。「三共」の一人当たり売上高は7299万2千円、一人当たり経常利益

は2372万4千円、一人当たり人件費は695万3千円となっている。



第4節 92年以前・以後の比較

 「平和」の売上高・経営利益の推移を見るとき、92年が大きな転機になっていることが

わかる。それまでの業績に比べて、急激な増加を示しているのである。91年の売上高が

682億5800万円であるのに対し、92年の売上高は1068億8300万円と前年比56.89%

の伸びを示している。その後も96年までは、同程度の水準を維持していた。

 92年 「平和」の業績が上がった要因として、次の2つを挙げることができる。1つ目

は、業界初の液晶を使ったパチンコ機 が大ヒットしたことである。従来の台に比べて、

液晶は原価が高かったため、それに伴い売上高、経常利益ともに上昇したのである。そし

て、2つ目は、CR機の導入である。92年以降CR機の需要が増加し、「平和」のパチ

ンコ機及びパチンコ機ゲージ盤 と補給機器 の売上高が急激に上昇する結果となった。

 92年から96年までの間、パチンコブームによる産業全体の急成長の後押しもあり、「平

和」は非常に高い利益をあげたが、97年には、パチンコ人気の低迷、景気の停滞、プリ

ペイドカードシステム (以下PCシステム)の普及が一巡したこともあり、カードシス

テム関連機器 の売上高は大幅に減少した。

 現在のパチンコ産業は非常に厳しい状況に置かれているが、92年から96年の例から分

かる通り、新しい機械の開発や新しいシステムの技術革新により、再び大きな利益をあげ

る可能性は大いにあると思われる。



第2章 パチンコ産業の歴史



 本章では、パチンコ産業の歴史を92年のCR機導入以前と以後の観点から考察するとと

もに、社会問題を抱えているパチンコが、どのような過程を経て現在に至ったのかをここ

で確認する事にする。



第1節 CR機導入以前までのパチンコ産業

 パチンコ産業は、日本を代表する娯楽業として、戦後の混乱期から飛躍的に成長してき

た産業である。「安・近・単(短)」という言葉があるが、これは、安く、近場にあり、

簡単に、もしくは手短に遊べる大衆娯楽としてのパチンコを表現したものであり、「健全

な娯楽」と言われ、庶民の楽しみとして成長してきたパチンコ産業を良く表している。パ

チンコ産業が発展してきた理由として、パチンコ機器のイノベーションが挙げられる。49

年の「正村ゲージ 」、60年の「チューリップ 」、80年の「フィーバー型機(超特電

機) 」など、機器のイノベーションによって、パチンコ産業は度々の不況を経験しなが

らも、驚異的な発展をしてきたのである。 80年の「フィーバー型機(超特電機)」の登

場により、パチンコは一時射幸性が高まり問題も発生したが、CR機の登場の時と比べれ

ば、まだまだパチンコは庶民の娯楽であった。



                      図2-1 「パチンコ店に希望する台(施設)」

                       

                        図2‐2「パチンコのギャンブル性のイメージ」



第2節 CR機導入の経緯

 92年に登場したCR機は、PCシステムによりパチンコ店の売上を正確に把握しようと、

パチンコ業界の監督官庁である警察庁によって導入が図られたものである。なぜならパチ

ンコは、客が玉を借りて遊戯を行い、出した玉を交換し、店外で換金 して、また遊戯を

行うというシステムのため、実際の売上がわからないのである。このためパチンコ業者が

脱税をしたり、また売上の一部が暴力団の資金源になっていることもかねてから指摘され

てきた。警察庁は、パチンコ業界の入金(IN)を明確にすることにより、脱税や暴力団

への資金流出の防止、パチンコ業界の健全化を目指したのである。

 CR機に使用されるPCシステムは次の3点で説明ができる。@パチンコ店の負担でカ

ード・リーダー(CR、読み取り機) をパチンコ各台に備え付け、パチンコ店はカード

会社からPCを購入する。A客が店内で使用したPCは、磁気データによって記録される。

その記録は、パチンコ店とカード会社両方が知りうる。B客はPC販売機からPCを購入

し、システムを導入している店ならば、どこででも遊戯できる。客がCR機で使った金額

は、カード会社より払い戻される。

 まず警察庁は、88年にPC会社として、三菱商事関連会社の「日本レジャーカードシス

テム(日本LEC)」の設立を促した。そして、PC推進を軸とし、パチンコ関連の企業

(ホール 、メーカー、卸など)が組織する団体として「日本遊技業経営者同友会 」が

発足、翌年には「社団法人日本遊技関連事業協会(日遊協) 」となり活動を始める。89

年には、住友商事関連会社として「日本ゲームカード(日本GC)」が設立、PC導入の

ための準備が進められていった。一方、PC導入に消極的だった、全国のパチンコホール

業者の団体である「全国遊技機組合連合会(全遊連)」が警察との関係を悪化、90年に

解散し、代わって「全日本遊技業組合連合会(全日遊連)」が誕生した。以降警察庁主導

により、CR機導入は着々と進められ、92年にはついにCR機がパチンコ店に登場する

ことになる。



第3節 CR機導入以後のパチンコ産業

CR機は、当初はなかなか普及しなかった。なぜなら100台導入すると関連設備も含

めて3000万円、1年間の運用コストが1000万円程かかると言われるCR機の設置費用

は、全てパチンコ店側の負担であったからである。また売上を第3者であるカード会社に

把握され、企業秘密である出玉率 まで知られてしまうことは、パチンコ店にとっては歓

迎できないものであったのだろう。しかし警察庁は、CR機を普及させるために、客がパ

チンコ店に集まるよう、従来機種より射幸心をあおるのに有利な設定 を認めた。それが

「確率変動方式」である。「確率変動方式」とは、ある特定の絵柄で大当たりすると、次

に当たる確立が高くなるものである。大当たりの確率が変化するものとしては、以前から

「権利物」と呼ばれる第3種機種が存在した。しかし第3種機種には大当たり回数に制限

があったが、CR機には無かった。つまり、CR機で大当たりすれば、1日中大当たりを

続けることも可能だったのである。そのかわり、大当たり確立が極端に低く設定されてい

るため、当たらない時は何万円使っても当たらないし、CR機のPCシステムでは前もっ

てお金を払うため、実際の投入金額に対する感覚が鈍る。これはかつて射幸性の高さから

問題になった「フィーバー型機(超特電機)」に比べても、CR機のギャンブル性は恐ろ

しく高いといえるだろう。客はこの新しい機種に夢中になり、警察の指導もあって、CR

機の導入に難色を示していた業界も一挙に導入に踏み切り、一部導入を含め、全国に約1

万8000軒あるパチンコ店の1万4000軒以上がCR機を導入したのである。だが全国に

CR機が設置されると、CR機は射幸性の高さから、いわゆる「パチンコ依存症」などの

様々な社会問題を引き起こした。この点については後の章で述べる。

CR機導入によりパチンコは非常にギャンブル性が高くなってしまい、パチンコに熱中

する人と、パチンコから離れていく人が現れてきた。このことを示す例として、『レジャ

ー白書‘98』によると、パチンコは昭和62年に参加者一人当たりの年間消費金額が38

万円であったものが、11年後には、89万円と約23倍に膨れ上がっている。92年のCR

機登場の翌年以降パチンコ参加率が減少傾向にあるのに、一人当たりの消費金額だけが倍

以上にもなっている。これはパチンコのギャンブル化がこの間に急速に進んだことを裏付

けるものである。パチンコは法的にはギャンブルではないが、現実的にパチンコの換金が

行われているという事実から、また我々のアンケート調査結果(図2-1)からも、社会的

にはパチンコはギャンブルに近いものとして把握されていると考えられる。ギャンブルと

してのパチンコを公営ギャンブルの代表的なものである競馬と比較するとその差は歴然

である。中央競馬も10年前と比べ約2倍の売上高(市場規模)の伸びを示したが、一人

当たりの消費額は、38万円から36万円と下がっている。この背景には参加人口の大幅な

増加(約2.5倍)があったからで、ギャンブル産業のレジャー化という観点から見るとま

さに理想的な展開である。それに比べるとパチンコは、健全化とは逆行している動きを示

していると言わざるをえないだろう。また、同『レジャー白書’98』によると、95年か

ら98年までのパチンコ産業は、利用客数、売上げ、利益、事業所収支割合の項目におい

て、全てマイナスを記録している。

また、CR機はPCを使用するため、当初から懸念されていた通りに、変造・偽造カー

ドの横行が起こった。カード会社には、PC1枚当たり14円の手数料、ホストコンピュ

ーターと直結したターミナルボックスの手数料、システム導入の際の保証金などが入り、

設立からわずか数年の94年には、日本LECの売上げが2兆8885億円、経常利益80

億円、日本GCの売上げが1兆2005億円、経常利益63億円という莫大な利益を上げて

いる。これだけの短期間でこれほどの規模拡大を果たした企業は他に例は無い。しかし当

初順調であったこれらのカード会社も、変造・偽造カードの横行によって、ついに96年

3月末までに総額630億円もの被害を受けてしまった。これは、警察庁とカード会社が、

ギャンブル類似行為の前払金制度であるPCのセキュリティについて十分な確認をしな

いで、PCシステムを導入したことが原因であったと考えられる。行政主導で設立され、

損害を受けたカード会社は被害者と言えるかもしれないが、カード会社もCR機という新

たな市場に可能性があると判断したから参入したのであり、PCのセキュリティを追求し

なければならない立場にあったといえるし、不正カード問題が深刻化する以前には、あれ

だけの高利益を上げたのだからいくらでも対処の方法があっただろう。

巨額の金が動く市場である以上、様々な方法による偽造や変造はある程度予想できたは

ずである。パチンコのPCよりも単価が安く、市場規模も小さいテレホンカードでさえも、

未だに変造・偽造カードに悩まされている。パチンコのPCにもNTTデータ通信の技術

が使われているのだから、こういった変造・偽造問題に対して警察庁やカード会社は考え

が甘すぎたといえる。また、パチンコのPCの偽造・変造については、前述したように客

がパチンコ店で使った金額は、カード会社より決済されるため、変造・偽造カードを店内

で使用されても店は損をせず、店が真剣に不正カード防止に取り組まない、店ぐるみで不

正カードを使うところも存在したなど、システム上の欠陥もあった。パチンコ業界では、

不正カード問題が深刻化し始めると、その対策として、高額PC(1万円・5千円券)の

販売中止(現在5千円券は販売)、カード受付機の設置(カード会社の負担、現在は作動

停止)、当該カードをPCを買った店でのみ使用可能とするなどの措置を取ったが、あく

までも一時的なものに過ぎず、根本的な解決には至っていない。

パチンコ産業がCR機の導入によりギャンブル化してしまったというのは紛れもない

事実だが、責任の多くはCR機の積極的な普及を行ってきた行政にあるといっても過言で

はないだろう。「チューリップ」や「フィーバー型機(超特電機)」の導入では機器のイ

ノベーション、適度な射幸性の保持・誘導に成功し、パチンコ業界の業容の拡大に寄与し

てきた警察だが、CR機の導入に関しては完全に失敗し、パチンコは「健全な娯楽」から

「不健全な娯楽」へと変わってしまった 。

全日遊連、日遊協、日工組(日本遊技機協同組合) 、日電協(日本電動式遊技機工業

組合) のパチンコ業界4団体は、射幸性が高い機種について自主規制を行い、「社会的

不適合機」として96年10月から98年1月にかけて撤去したが、行政の責任をパチンコ

業界に責任転嫁したという感もある。また、自主規制の基準を満たす台として、射幸性を

抑えた「新基(規)準機(新内規遊技機) 」を新たに登場させたが、ギャンブル性の高

い機種に慣れてしまった客は馴染めないでいる。PCシステム導入の当初の目的であった

売上の把握のためにはパチンコ店の全台がCR機であることが絶対条件だが、多くの店は

従来機とCR機を混合しており、全台導入を果たしている店は全体の3%にも満たない。

CR機は形骸化しているのが現状である。戦後半世紀、順調な発展を続けてきたパチンコ

産業は今、大きな転換期を迎えている。



第3章 社会問題

 

本章では、前章でも述べたようなパチンコ産業が引き起こした様々な社会問題について再

考察すると共にその解決法について考察していく。



第1節 CR機導入による社会問題とその解決策

 前章で述べたように、CR機導入後、その高い射幸性、投資金額の増加により、パチン

コに対する急激な客離れが起こったが、問題なのは業界最大手である「平和」でさえも「C

R機の問題ではない」と考えている点ではないだろうか。我々が行ったインタヴューによ

ると「平和」ではこの客離れの要因を、「パチンコに対する悪いイメージ」、「昨今の不

景気」などと考えているのである。しかし、CR機の普及と共に96年4月頃から、新聞

紙上には「パチンコ依存症」というまだ当時聞き慣れない言葉が登場するようになったの

も事実である。この「パチンコ依存症」とはギャンブル依存症の一つとされ、@借金に代

表される経済的な問題。Aパチンコが原因で失職したり、子どもが不登校を起こしたりと

いった社会的な問題。Bパチンコに行かなければイライラするといった心の問題。このよ

うな問題を抱えながらも、尚もパチンコをやめることができない病的な状態のことである。

具体的に例を挙げると、年金生活者、家庭の主婦、中年男性らのパチンコによる多額の借

金が原因の自殺、パチンコで1000万円を超える借金を抱え、多重債務で自己破産する者

の出現、また親がパチンコに熱中している間に、親のパチンコからの帰りを待っていた子

どもが誘拐されたり、車内で脱水死する事件や、パチンコによるイライラが原因の殺人事

件などである。

 つまり、CR機の導入こそ、間接的にではあるが、今日のパチンコに対する悪いイメー

ジを作り出してしまったといえる。

 以上の社会問題の解決策として、「平和」では、「新基準機の市場への定着」「よりゲ

ーム性を重視したパチンコ機 の開発」などを考えているようである。パチンコ台は、「保

安電子通信技術協会(保通協) 」という国家公安委員会指定のパチンコ・パチスロ認定

試験機関 の検査を通過しなければ販売することができない。また検査を通過してから3

年間しか販売・修理を行うことができないという規制もある。そのため、現在人気がある

ギャンブル性の高い機種(ギャンブル性の高い機種は自主規制によって撤去されたが、あ

くまで自主規制なので撤去に応じていないパチンコ店もあり、また規制の対象外となった

機種にもギャンブル性が高いと思われる機種が存在する)は近いうちに検定切れ となる。

その事によって、新基準機を市場に定着させたいと「平和」も考えているようだが、前章

でも述べたように、客が新基準機をすんなり受け入れるかどうかには疑問が残る。しかし

ながら、我々が行ったアンケート調査結果(図2-2)にもあるように、パチンコを楽しん

でいる年配の方の中には、「現在のパチンコは当たれば大きいが、それだけ投資も多くな

る。昔はもっと小額の資金で遊べたものだ」といった意見を持つ方も多い。こういった意

見は、かつての「健全な娯楽」であった頃のパチンコの方が良い、と考えている人が多数

いることを示しているし、現在の状況からも異常なギャンブル性は抑えるべきである。よ

って、CR機の新基準機への移行は、パチンコ産業のイノベーションの第一段階としてみ

れば好ましい事と言える。しかし、大当たり回数の制限というハンディを負った新基準機

は、そのゲーム性 で勝負しなければならない。「平和」でも新基準機のゲーム性を高め

る事が重要だと考えているし、現在40代〜50代が中心であるパチンコファン層は、テレ

ビゲーム世代=若い世代へと移行していくので、ゲーム性の向上はますます重要な課題に

なっていくだろう。例えば、「タイヨーエレック」というパチンコメーカーでは、ゲーム

メーカーの「セガ 」と業務提携を結び、画期的なゲーム性を追求するとともに、ファン層

の拡大を試みた。こうした試みは、今後もっと行われるべきであろう。しかしパチンコ業

界全体的には、「ゲームメーカーとの提携は今後多くなるだろう」と予想しつつも、「自社

は今後も独自開発を行う」とも言っている。こうしたソフトの連携戦術、技術提携に対す

る閉鎖的な考えが、まだまだ根強いのが現状である。現在、パチンコ台を製造するには、

1台あたり約200種もの特許が必要となる。パチンコ台メーカーはこれらの特許や実用新

案などを日技機特許運用連盟(日特連) で集中管理し、外部からのパチンコ産業への新規

参入を不可能とはいかないまでも、事実上、非常に困難なものにしており、97年には公

正取引委員会により独占禁止法第3条違反として、排除勧告も受けている。「平和」をは

じめとするパチンコ台メーカー現在の不景気においても安定した利益を得ている理由に

は、このような独占的な市場形態にあることは確かである。開発した技術を守りたい、大

手の参入を阻止したいというのは分かるが、これからは、射幸性を抑え、ゲーム性を高め

ることで客離れに歯止めをかけ、依存症問題も緩和したいと本気で考えているのならば、

例えば、ゲームセンターにあるような、「いわゆるパチンコ」とは全く違った健全でゲー

ム性の高い遊技機械を作り出すことへの努力ももっと必要なのではないだろうか。そして、

産業の活性化のためにも、自由競争を展開していくべきであろう。

第2節 社会貢献

 このように、パチンコはCR機導入を契機として、「不健全な娯楽」というイメージを生

むようになってしまった。今後、以前のように「大衆娯楽」として社会に受け入れられる

ためには、CR機導入以前の状態に戻すことが先決であろう。そうすることで、「不健全

なイメージ」は緩和できるはずである。もちろんイメージアップのための社会貢献も必要

になってくる。

 先に述べた幼児死亡事故についても、パチンコ店内に託児所が随所に設置されていれば

未然に防ぐ事が出来たであろう。これまで、パチンコ業界は、新たな顧客として、女性に

狙いを定めてきた。しかし、子供連れに対する配慮は何ら為されていなかったのである。

これはパチンコ業界全体の落ち度と言える。「平和」で行ったインタヴューの応えに、「様々

な社会問題は、パチンコをやる側のモラルに問題もある」というものがあったが、メーカ

ーとして対処を怠ったことはなかったのであろうか。今のところ「平和」は、直営のパチン

コ店においても託児所の設置は考えていないという。確かに、「平和」もクラシックコンサ

ート や、スポーツの協賛 、在宅福祉のためのホームヘルプサービス業への資金援助な

どの社会貢献を行っている。それは素晴らしいことであるが、その一方で肝心のパチンコ

産業が生み出した社会問題への対策は行っていないのである。そこに力を注いでこそ、「健

全な娯楽」へのイメージチェンジが為されるのではないだろうか。



【おわりに】



 以上、パチンコ産業の現状、問題点を見てきた。そして、独自に行ったインタヴューの

結果、パチンコメーカーが、その問題点の解決に躊躇していることが明らかになった。問

題点は、はっきりしているにも関わらず、その具体的解決法は検討されていないといった

ギャップが存在しているのである。今後、メーカーが中心となって、このギャップを埋め

る努力を行っていかなければならない。これまでのような楽観的な態度では、いくら独占

的な市場を持っている各メーカーといえども、危険な状態に陥ってゆくだろう。現在抱え

ている問題を解決することで、このパチンコという日本が生んだ文化が「健全な状態」で、

21世紀へと継承されていくことを願ってやまない。







【注】

   ギャンブル依存症の1つとされ、経済的問題、社会的問題、心の問題を抱えながらも、パチンコをやめら

   れない病的状態

   現金ではなく、プリペイドカードを用いて遊技するパチンコ機。CRはCard Reader(カード読み取り式) 

   の略。

   偶然を当てにして利益を得ようとする心が射幸心であり、射幸心を煽る性質のもの。

   パチンコ機メーカー最大手。本社群馬県桐生市。

   「平和」が1991年に発表した「麻雀物語」のこと。

   パチンコ台の釘の配列をした盤面の事。

   パチンコ台にパチンコ玉を補給する機器のこと。

   プリペイドカードシステムのこと。プリペイドカード専用のパチンコ台がCR機である。

   カードユニットというCR機専用玉貸機や、カードサンドというプリペイドカードで使用する台間玉貸機

   の総称であるものなどがある。

  現在のゲージの基礎となったもの。1949年に正村竹一氏が考案。

  役物(台の盤面で釘以外で玉の動きや入賞や大当たり小当たりなど様々な役割をする仕掛け)の一種で、

   入賞するとチューリップのように開閉するためついた呼称。

   1980年に認可された「三共」の機器を元祖とするパチンコ機。

  出玉などをお金やお菓子などと交換すること。

  CR機に設置されている、プリペイドカード用の読み取り機。

  パチンコ店の事。パチンコホール、パチンコパーラーなどと呼ぶ事もある。

   1988年10月に発足。会長松岡栄吉。遊技場経営者有志の団体。

  社団法人日本遊技事業関連協会の略。パチンコ店、メーカー、景品会社などパチンコ関連事業が参加する、

   業界の横断的組織。

  打ち込んだ玉に対する出玉の割合の店側の呼称。

  台の出玉率を調整できる機能。通常パチンコの場合1〜3までの段階で、1が一番甘いという設定。

  警察庁がCR機導入を進めた理由として、PC会社を警察の天下り先にしようとしたからだという話があ

   る。確かに日本LEC、日本GCの大株主には、警察庁の外郭団体であり、警察庁OBが役員として天下

   りしている「たいよう共済」が出資している。これが確かだとすれば、許し難いことであり、警察庁は、

   自分達の都合で様々な問題を引き起こしたことになるといっても過言ではない。

  日本遊技機工業組合の略称。パチンコ機メーカー19社の組織団体。 

  日本電動式遊技機工業協同組合の略。パチスロ機製造21社の団体。

  射幸性の高さから問題となったCR機の後継機。CR機に比べ、射幸性を落とすために、大当たり率の向

   上、最大大当たり回数の制限などの路線変更をした機種。現在すでにホールにも徐々に浸透している。

「平和」によると、新基準機は早ければ1999年春頃までにはホールに定着しているであろうとのことであ 

 る。

  現在問題となっているような射幸性の高い機種ではなく、コンピューターゲームのようにストーリー性を

   持たせたり、かわいいキャラクターの使用、予想外の仕掛けでの驚きによって楽しめるような機種の開発

   が進められている。

  (財)保安電子通信技術協会の略。国家公安委員会指定のパチンコ・パチスロ認定試験機関。ここで全て

   の新台とデーターがテストの上認可になるかどうか決まる。

  パチンコ・パチスロ両機種とも市場で販売するためには様々な検定を受ける必要がある。その認定機関。

  パチンコ機とその部品は認可後4年間しか販売・流通が認められておらず、その認可期間が過ぎる事をい

   う。これにより市場に半永久的に一社の人気機種だけが出回る事はなくなるようになっている。・

  (株)セガ・エンタープライゼスのこと。任天堂、ソニー・コンピューター・エンターテイメントととも

   にゲーム機メーカーの最大手の一つ。

  日本遊技機特許運営連盟の略。パチンコメーカー10社が所有する特許権・実用新案などを一括運営する株

   式会社。

  パチンコ機を作る際に必要になる特許の取扱機関。

   1996年から東京交響楽団による「HEIWAクラシックコンサート」を特別協賛している。また1998年

   夏より東京オペラシティコンサートホールにおける新しい定期公演シリーズを行っている。

  空手の極真会館の年2回の大会を協賛しているほか、群馬県民マラソンをを継続的に支援。さらに「平和」

   の子会社である「平和ローランドゴルフ倶楽部」では「平和カップ」女子プロ・アマチャリティゴルフ大

  会が1997年よりスタートした。

【参考文献】

谷岡一郎著『現代パチンコ文化考』ちくま新書 1998年

同著『ギャンブルフィーヴァー〜依存症と合法化論争〜』中公新書 1996年

  同編『ギャンブルの社会学』世界思想社 1997年

  川合均著『パチンコ国富論』ダイヤモンド社 1995年

 『世紀末パチンコ秘話』 恒友出版 1997年

加藤秀俊『パチンコと日本人』講談社現代新書 1984年

山田紘祥『よくわかるレジャー業界』日本実業出版社 1994年

  中澤徳吉著『アミューズメントビジネスのすべてがわかる本』山下出版 1996年

  溝上幸伸著『パチンコ業界のすべてが分かる本』ぱる出版 1997年

  宮塚利雄『パチンコ学講座』講談社 1997年

  室伏哲郎著『パチンコ・パチスロ白書 98・99』現代書林 1998年

 『パチンコ屋さんはつらいよ』アスペクト 1998年

  美誠著『パチンコと兵器とチマチョゴリ』学陽書房 1995年

  同著『 5グラムの攻防戦〜パチンコ30兆円産業の光と影〜』集英社 1996年

   Sibbit , E ,“Regulating Gambling in the shadow of the Law ; Form and

   substance in the Regulation of Japan's Pachinko Industry ; ' Harvard

   international Law Journal ,” vol 38 , no 2 , 1997 

 『連結会社年間1998』日本経済新聞社 1998年

 『全上場会社組織図要覧 1998 上巻』ダイヤモンド社 1998年

 『会社四季報 1998 夏季』東洋経済 1998年

 『日経会社情報 98 春号』日本経済新聞社 1998年

 『日本会社史総覧 上巻』東洋経済新報社 1998年

 『レジャー白書‘98』余暇開発センター 1998年

 『AERA』「あえて言う パチンコは違法だ」 1996年9月2日号

 『AERA』「警察が演出した悲劇・パチンコバブルがはじけた」1997年6月16日号