2.2 国会代議士にとってのインターネット

 しかし、加藤氏のようなケースは政界の先端事例に過ぎない。かつて森首相はIT革命をさかんに主張したが、専ら景気対策として認識され社会変革の手段という認識はみじんもなかった。そもそも総理大臣になって電子メールを始めたくらいであり、キーボードも打てなかった森氏は、おそらくワープロすら使用したことがないだろう。しかし、IT革命で初めてキーボードに触れたという政治家は多い筈である。今時の職場でワープロが打てないというのは、働きませんと言うに等しい。現在、進行しつつあるITによる様々な変化の中で政治は最も後進的な領域の一つである。

 例えば、衆参両議員でホームページのない代議士は一〇二名もいる(6)。さすがにメールもないという代議士はいないが、ホームページのない代議士の場合、メールアドレスがg0で始まる六ケタのID@shugiin.go.jpというものが多く、国会事務方が割り振ったアドレスがそのまま掲載されているようである。衆議員定数四八〇名のうちホームページのない代議士は六〇名(12.5%)である。これに対して、参議院議員では定数二五二名に対し四二名(16.7%)とHPを持たない比率が増えるのである。参議院は選挙区が衆議員より広いので、HPを活用した政治活動がより効果的と思われる。一体、何故、このような結果になったのだろうか。しかも、本年は参院選の年でもある。

 参議院全国区では一議席獲得のためには大雑把に言って一〇〇万票の獲得が必要である。九八年の参議院選挙で新社会党は92,5659票を得たが一議席も獲得することができなかった。衆議員比例区の場合でも、全国の各ブロックにより異なるが、ドント式による比例配分で各ブロックの最下位当選者の票数をみると(2000年総選挙)、最小が四国ブロックの213,729票、最高が北陸信越ブロックの353,655票である。つまり、各ブロック内で強力に組織された30万人前後の集票集団があれば代議士一人が誕生するわけである。10万人単位の複数の集票集団を背景とすれば、そうした組織外への情報発信などしなくとも、議席を確保することはできる。国会代議士の側からすると、インターネットはそれ程、魅力あるメディアではない。それどころか、不用意な情報発信をマスメディアで取り上げられればかえってマイナスとなりかねないリスクもある。

 次に媒体としての影響力を国会代議士HPのアクセスランキングから考えてみよう。データは国会議員アクセスランキングを下に作成した(7)。個人によるホームページだが、実に画期的で時宜に即したページである。まず表Tであるが、このランキングはアクセスの累計値である。従って、リピーターも含まれるし、支持者ばかりが来訪しているわけではない。一見して分かるように党首・派閥指導者、タレント出身議員(馳浩、橋本聖子、松浪健四郎、扇千景)、公明党により上位が占められている。つまり、代議士の中の多数者である「無名」代議士の側からすれば集票活動としてのネットワークは余り効率が良いものとは言えない。業者団体のような強力に組織化された集票集団を利用した方が確実である。

 ついで表Uであるが、調査対象となった代議士287名のアクセス数を階層別に集計したものである。当然、開設期間によりアクセス数に差は出るので公正な比較とは言えないが、IT政治への取組みの早さ、実社会における知名度、政界での実力度等、むしろ総合的な政治指数と読みかえることにしよう。明瞭な対比は調査対象のわずか約7%を占めるに過ぎない上位20名の代議士がアクセス総計の65%をしめ、調査総件数の過半数を占めるアクセス件数が一万に満たない代議士153名のアクセス数は、総アクセス数の約8%を占めるに過ぎないという点である。後者のアクセス総数は、加藤紘一氏、一人のアクセス件数の半数にも満たないといった方が解かりやすいだろう。つまり、政党指導者層・タレント・巨大組織というマスメディアにおける支配的な要因が、ネットにおけるアクセス件数においても寡占の要因となっているのである。

 しかし、調査対象の議員の約76%に相当する218名は、アクセスカウントが2万以下であり、それでも国政選挙に立派に当選してくるのである。参議院の民主党幹事長を努める角田義一氏のアクセス数が3,556、元外務大臣中山太郎氏が8,625、海部俊樹元内閣総理大臣でも10,546、金融再生委員長として注目された相沢英之氏が13,095である。鳩山由紀夫氏が21,792で辛うじて76%の下位集団に入っていないのは愛嬌というものか。

 総アクセス9,481,555件というのも、決して過大に評価できるものではない。この調査はHPを持つ代議士(630名)の約半数を対象にしたもの(全てのページがアクセスカウンタを持つわけではない)であるが、先に見たアクセス件数の寡占傾向を考えれば、全体のアクセス数はかなり多めに見積もってもその倍の2000万を越えないだろう。それは三大紙の発行部数に匹敵するが新聞が日刊であるのに対し、HPのアクセス件数はかなりのリピーターが含まれた累計値に過ぎない。

 グラフTは、昨年末から本年九月一一日にかけての総累計値の推移を折れ線グラフとして、約一週間単位の期間(722日、個人によるアクセス・カウンタの観察記録なのでやや不定期となっている)における1日の平均アクセスを棒グラフとして示したものである。全体としてアクセス件数は比較的、安定的な比例増加を示している。1日あたりの増加数は、平均で19,722件、最高が731日の44,281件、最低が正月7日までの8,261件である。

 次に数値の増減を政局の推移と共に見てみよう。まず311日に急増が認められるが、これは310日、森首相が一連の失言と愛媛丸撃沈事件の対応をめぐり辞意を表明したことを受けている。ちなみに、このときの増加数のうち43.5%が菅直人氏と加藤紘一により占められている。

 417日から58日にかけての増加は、411日の自民党総裁選告示から24日に小泉純一郎総裁が決定し、翌26日に第八十七代首相に選出されるまでの小泉政局を受けての現象である。小泉純一郎首相が5月7日、国会で所信表明演説をすると一段落する。

 ついで、73日にかけての増加は、基本的に小泉政権下の最初の国会が、衆参ともに629日までに開会され、参院選を前に国会論戦が昼のワイドショーでも盛んに放映されたことを受けている。さらに参院選の前哨戦として615日、都議選が告示され24日投票が行われたことも関係するだろう。

 712日公示された参院選挙に伴い党や候補者のHPは更新を止めたためアクセス数は716日を境に減少・停滞している。これは公職選挙法によりインターネットのホームページ(HP)を使った選挙活動は「文書の大量配布にあたる」として事実上禁じられているためである。729日の参院選後、一挙に増えるが、更新後のページを確認したため後に再び平均値前後に戻り安定をしている。

 このように代議士HPへのアクセスは政局に敏感に連動しているといえる。また、この調査の限りで言うとネットユーザの中で代議士のHPの閲覧者は一日あたりのべ約2万人である。月単位で考えたとしてのべ60万人、年間に換算してのべ730万人となる。日本の有権者総数が約一億であることを考えると国政においてインターネットの影響力は期待されるほど大きくないと考えるのが妥当である。仮に新規閲覧者が毎日2万人であったとしても有権者全員が閲覧するまでに約5000日、つまり13年以上かかることになる。

 しかし、インターネットが存在しなければこの2万人も存在はしない。しかも、この2万人は主体的に自分からアクセスした人々であり、今後増え続ける可能性を秘めた2万人である。そう考えると、13年後よりも早く、しかし、ここ数年よりはやや遅くに、インターネットによる政治への変化が現れるということも言えるだろう。

 今後もHPは政治家を観測し、有権者が彼らと双方向的にコミュニケーションするための有力なツールとなるだろう。このため政治家をそのHPから評価しようとする試みも見られた。しかし、そもそも自己に都合の悪い情報をHPに掲載する政治家もいないだろう。公約の実現度で評価するというのも、従来の政治家の公約違反ぶりからすれば一つの重要な尺度である。しかし、その検証は相当に困難でもある。そもそも、実現しやすくて、分かりやすく当選につながり安い公約しか全面に出さなくなった結果、日本の財政は「火達磨」となったのである。

 インターネットによる国会代議士のより公正で、確実な評価・検証方法として、国会議事録Web(8)の検索システムを利用することを筆者は推奨する。そこから、目的とする代議士の発言を検索するのである。当選回数が多い代議士であれば、発言は膨大になるので時期を絞り込む。委員会も、通常、一人の代議士が三つ程度の委員会を専門としているから、一つに絞り込んだ方がいいだろう。断っておくがこのようにして絞り込まれた発言録でも、かなりの量になる。評価が比較である以上、他の代議士の発言も要チェックである。要するに目的とする代議士の発言だけでなく、当該する委員会なり、本会議の議事録全部を丹念に読む必要がある。

 また委員会の議事録では専門知識も必要になる。例えば、各党、弁護士級の議員を割り当てる法務委員では法律用語にそれなりの勉強が必要である。産業規制に関わる委員会であれば、当然、業界事情に通じている必要がある。この場合、本当はウラ事情にも通じていないと議員の発言の行間にある狙いもとんと分からず、読み飛ばしてしまうことになる。外務委員会では当該地域の情勢についてある程度の史的経緯と最新情勢を知っている必要がある。こうした予備知識もなく、ただ情報を集めたからと言って議事録の中の代議士を正当に評価することなど本来できない。発言回数で評価するという方法は論外である。

 インターネットで情報収集は確かに容易となったが、それが評価能力の向上を意味すると誤解してはならない。しかし、このような労力を割けば、代議士の良し悪しというものは随分と見えてくるものである。往々にして、失言の類は当該領域の勉強不足から来る。議事録を見ていると、なんだこんなことも知らないで委員をしているのか、ということによく出くわす。反対に、自分が支持しない政党の議員が、ある領域について非常によく研究していて驚くということにも遭遇する。