3.3.6 デジタルデバイドと議会

 しかし、地方政治の舞台では議員間の世代の相違から来るデジタルデバイドは、しばしば、緊張と事件をもたらしているのが実情である。埼玉県加須市ではHPを導入し市議会の実態を議会外へ情報発信した宮崎重寿議員(13)に対し、議会が「宮崎重寿議員に猛省を求める決議」を可決するという「事件」があった(『朝日新聞』98日付、朝刊・東埼玉・北埼玉版にも掲載)。同決議によると「議会の構成が自分の思いどおりに進展しないことをもって、議長とその所属会派、及び議会内すべての公党などに対して、憶測だけで誹謗中傷を加えている事実」が猛省を求める理由の一つであり、さらに「パソコンを使えない市幹部職員及び議員に対して『かなしき中高年』」と呼んだとし、「パソコンを使えない市民軽視につながるものである」としている。この程度の発言が大袈裟な決議へと発展した最大の理由は、宮崎議員が閉ざされた地方議会の弊習を、HPを通じて外部に公表した点が大きい。

 この加須の事件と限らず、多くの地方議会にとってその議員がHPを作ったということだけで、それは重大な「政治事件」に発展する。そして、そのような事件の多くは地方議会の閉鎖性をITの活用で打破しようとする改革派議員に対し、旧来の議会に既得権を持つ「古い」世代がデジタルデバイドに持つ苛立ちから感情を一挙に険悪化させるという一つのパターンが見られる。また、HPで情報発信した一人の議員を他の議員ほぼ全員があげて集中攻撃するという点にも共通性がある。

 特に大都市や都道府県議会と異なり、市町村議会で既存の慣行に意義申立てを行うことは、自らの家族や親族の生活基盤を政治活動に巻き込むことを意味する。したがって、当事者には有言無言の圧力がかかるのである。千葉県印旛郡栄町議会の野田泰博町議(14)はこのことを次のように述べている。「日本全国からアクセスがあり、応援してくれる人からのサジェッションを得ることができました。全国各地の議会の実体を知ることができ、自分の行っている事への自信ができました。もしもインターネットがなかったら、一地方議会の狭い常識と慣習の中で議員活動を強いられることになったと思います。地方議会ほど閉鎖性の強い集団はありません。なぜならば、地方議会はボス支配が強いからです。ボスに反抗すると、多数決という方法で意見を封じられるのです」。

 全国から集まる支援の声が地方議会の中で孤立しがちな改革派無所属議員の大きな心の支えとなっているが、こうしたITを利用した地方議会の改革運動について、議会内の問題は議会を通じて解決すべきであるという反論も、一部に見られた。しかし、有権者に審判を仰ぐということも必要である。従来であれば、選挙区内でのビラの配布がせいぜいであったが、当該問題や、当該地域に関心や関係を持つ全国の人へ、問題について情報発信することは、実は発信者のみならず、同じような問題を抱えた他の地域にとっても大きな参考となる。

 この種の事件で最も注目されているのは大阪府門真市戸田ひさよし議員(15)のケースである。これは各マスメディアにも取り上げられたことがあり(詳しくは同ページを参考)、本人も「懲罰・問責・辞職勧告・怪文書の四冠王」を自称しているが、ネットワークの活動がなければ精神的にかなり参ってしまったかもしれない(同市議のHPのアクセスカウンタは92,511)。戸田氏は筆者の電話インタビューで議会の議員、市庁舎職員が非常に「丹念」にHPを読んでいるとしていた。対立する他の議員が一番の愛読者とは皮肉な結果であるが、他の事件も含めて共通して言えることだが、HPでの情報発信が情勢推移のイニシアティブを作り出すのである。

 このような事態に対し既に一部の地方議会では水面下で議員によるHP作成について規制を設けようとする動きがあるという情報が筆者のもとに何件か寄せられたが、これは議会による議会の自殺行為である。しかし、この他方で、例えば「現実に若い先生が委員会で発言をしないでいわゆるインターネットの世界で不満を流す。それに同情するよう意見があると言って詰らない事になっています。本来の意味を逸脱しているように思えてなりません。正しく使ってほしいと思います」とあるように、議会で解決し得る問題や、議会での解決の余地があるうちに議会を飛び越えネットの世界に問題を持っていってしまうということも議会制民主主義の否定である。