被占領心理


 以下は、川島高峰「被占領心理  ?肉体の戦士R.A.Aと官僚的『合理性』」、『河原宏教授退職記念論文集(仮題)』ペリカン社(1998.3刊行予定)より。

 筆者の知る限りで、「被占領心理」という言葉が最初に用いられたのは、一九五〇年八月の雑誌『展望』における座談会においてである。概念としての被占領心理は、敗戦後の米軍「進駐」とともに形成されたから、この座談会を以って嚆矢とするわけにはいかないだろう。しかし、この「被占領心理」なる表現が当時一般に用いられていたとは考えにくい。占領軍をその「占領」という表現を嫌い「進駐軍」と称していたくらいである。このような“屈辱的な表現”を起点として問題を深めていこうとする態度は、当時では稀であったとみてよいだろう。

 丸山真男、竹内好、前田陽一、島崎敏樹、篠原正瑛らが参加したこの座談会の冒頭で、『展望』の編集部は次のように問題提起をした。

 「占領下に置かれているというこの特殊事情」から「心理的に非常に問題を含んだ反応が示されつつある」、「そこには日本特有の国民性とか或は伝統文化の本質とかいう根深い問題が関連して考えられ、また反省を求められております」

 この提起を受け、島崎敏樹は一般論として、被占領の心理を、大きくは解放と抑圧に類型し、さらに抑圧の心理を次のように分析している。

 まず、積極的な抵抗として敵視、反抗、サボタージュなどがある。しかし、「征服者への反撃というものが仲々出来るものではない」という段―つまり、被占領の日常化―となると「妙な現象」が現れてくるというのである。すなわち、反撃の対象を「自分の力の及ぶ範囲」に置き換えて、「国内の人たちが互に相手をののしつたり軽蔑したり攻撃したり」する現象である。そして、逃避。これは、失われた権力の代替を、精神とか、思想、学問・芸術といった抽象的、観念的な世界における権威により補おうとすることである。敗戦後に興隆した「文化国家」論がまさにこれに当たるという。
 ところが征服者の方がこの精神や理念といった権威の世界においても、実は自己よりも優れていた、という段になると、今度は「自分をこの優越者と同一視したいという気持」が生まれてくる。他方、優越者と接していると当然、自己否定なり、自己に対する軽蔑が生じてくる。この自己嫌悪と優越者への一体化の願望をどう折り合わせるかというと、自己を劣等民族から切り離すという処し方が取られるのである。つまり「『日本人は四等国民だ』というその人はまず自分だけは省いてある」。

 以上が島崎の見解の要約である。被占領の日常化の中で、敗戦ナショナリズム、もしくはナショナリズムの再生といったものが下からのムーブメントとして沸き上がってきそうなものである。ところが、そういう形跡というものが全く見当たらないのが、戦後日本の被占領なのである。何しろ、「自分だけは省いてある」のだから、たとえ民主化がナショナリズムと逆行するベクトルを持とうとも、痛みを伴わないわけである。所謂、日本人論とは、実は、体のいい当事者意識からの逃避とも言えるのではないだろうか。このような被占領心理の側面を“当事者意識の欠如”と呼ぶことにしたい。

 被占領は、明らかに異常であり非日常である。戦中の標語に「非常時日本」というフレーズが頻繁に登場し、非常時の日常化が進展したが、敗戦後は被占領というこれまた非日常が日常化したのである。これだけ長期にわたり「異常」が常態化すると、一体、日本人にとって「正常」な姿とは何であったのかがわからなくなる方が道理である。これに対して丸山真男は

 被占領心理を「抑圧感でもないし、解放感でもない、その中間にある感じです」と語っている。つまり、「一夜あければ日本人がみんな民主主義者になつてしまつたということはたしかに本当ではない」とし、占領政策を「日本国民が積極的にジャスティファイしたと解釈すると間違う」と指摘している。さりとて、否定しているのかというとそうではなく、「結局、是認もしなければ反抗もしないのです」と述べている点が興味深い。

 主体性の欠如と言えばそれまでだが、この状況に対する判断の放棄を、筆者は“惰性の意識”と呼ぶことにしたい。つまり、否定とも肯定ともつかぬ間に、ただただ事態のみが進展してしまう状態である。この“惰性の意識”の対として「情勢分析的思考」がある。これを左翼思考の体質として指摘した笠井潔によれば(1)、「情勢分析的思考」とは「『情勢分析―政治方針―総括』というスタティックな思考のスタイル」であり、「大衆蜂起のリアリティとはなんの関係もない」ものと酷評している。この「情勢分析的思考」は、むしろ左翼的思考というよりは、多分に近代日本的な思考なのではないかと思う。また、少なくも「情勢分析的思考」が官僚的であることはまちがいないだろう。仮に、この種の思考方法自体が、より広義には意志決定論と呼ばれる範疇に含まれてたと想定してみると、この日本的な「情勢分析的思考」に欠如しているものとは何かがより明確となろう。つまり意志決定論と表現される場合、それは状況に対しより創出的な態度が伺われるが、情勢分析というといかにも模様眺め的な、つまり状況対応的な受動的、消極的なニャアンスが込められるのである。これを近代日本的としたのは、近代が日本にとって常に対応すべき「状況」であり、創出の対象とはなり得なかったことに由縁する。

 「情勢分析的思考」における「左翼的」な性向とは、その自己完結性、並びに完全無欠性への執着である。理論に完全性を求めるきらいが強くなれば、その潔癖さゆえに革命のリアリティーからは、むしろ遠ざかるのではないだろうか。さらに自己完結性は左翼史では常に異端の排除や、相互反目を生み出してきた点を想起すれば、自己完結性や理論の完全性の追求が持つ逆機能を理解していただけると思う。そもそも、官僚的に革命のエネルギーを結集しようなどということは、土台無理な話であり、戦中の翼賛運動などはその典型であった。ところが、この“惰性の意識”と「情勢分析的思考」は、後に改めて触れるが、妙なところで折り合ってしまうのである。
 



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