再考 八・一五と五・一九
− 被占領心理と変革の意識 −


川島高峰(Takane Kawashima)

問題の所在

 六〇年安保闘争は五・一九の強行採決を期に、一挙に国民的運動へ発展した。八・一五から五・一九へ、意識は敗戦・被占領からナショナル・デモクラシーへと高揚した。しかし、安保自然承認後、大多数の知識人が「自然承認」の不承認を声明したが、大勢は保守単独政権の持続を容認した。一体、あの運動に結集された民衆のエネルギーはどう理解されるべきだろうか。

 1945年の敗戦と戦後改革を国民意識の第一の再編期とすれば、1960年は高度経済成長による第二の再編期の渦中にあった。しかし、五五体制は、この社会再編に呼応した政治再編として機能し得なかった。このため、当時、新たな運動層として注目された「無党派層」は未組織のままに終わり、70年代の住民運動は国民的連帯への展望を見出せないまま、保守による各個撃破と経済至上主義による地域社会の崩壊を余儀なくされた。50年代、権利の主張という観点から肯定的に評価されていた「生活第一主義」は、「天下泰平」と経済大国化の中で「私生活中心主義」と中流意識へと傾斜した。

 被占領心理とは惰性の意識、情勢分析的思考、当事者意識の欠如であった。さらに重層的な心理構造としてアメリカ・コンプレックス、天皇コンプレックス、共産党コンプレックスがあり、その重層性ゆえに多様な「忠誠と反逆」の交錯をみることができる。五・一九から自然承認までの「時限闘争」は、この交錯の止揚を希求する点に国民的性格があったのではないだろうか。

 そして、驚くべきことは、当時、誰もが「負け戦」を承知の上で、否、むしろそうであるからこそ闘争に参加していたという事実である。そうであるならば、一体、承認後における「負け」の意味とは何に対する敗北だったのか?―装置化した戦後国家体制?、国際冷戦と国内冷戦の構造?、既成政党と限らず何かと不可避な官僚化体質?―を考察することの方が、「安保不承認」の声明や総括を検討するよりも余程示唆に富むだろう。
 
 現在の有権者の観客化現象―高い棄権と選挙報道の高視聴率―は、その契機を少なくとも五・一九前後に溯らなければならない。
 



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