綜合コンピューター事件判決


東京地裁昭和59年(わ)第2090号事件判決


判         決

《被告人氏名住所等省略・以下仮名で表示》

主      文

被告人両名をそれぞれ懲役1年に処する。

被告人両名に対し,この裁判確定の日からそれぞれ3年間右各刑の執行を猶予する。

理      由

(当裁判所の認定した事実)

第一 株式会社綜合コンピューターの業務内容並びに被告人両名及び分離前の相被告人S1の身上等

1 株式会社綜合コンピューター(代表取締役木藤喜六。以下「株式会社綜コン」ともいう。)は,昭和56年4月コンピューター及びその附属部品の販売,ソフトウェアの開発,販売等を営業目的として設立された会社であり,設立当初からカシオ計算機株式会社の販売代理店(ディーラー)として,同社製のオフィスコンピュ一ターに,自社が開発した読売新聞販売店購読者管理システム のオブジェクトプログラム(以下「本件プログラム」という。)を入力したうえ,これを関東一都六県の読売新聞販売店約1800店を対象にして,各店に導入させることを主たる営業内容としていた。又,昭和58年4月ころからは富士通株式会社の販売代理店にもなって,同年8月ころから同社製の「ファコム」に入力できるオブジェクトプログラムの開発にとりかかっていた。

2 被告人S2は,昭和58年2月株式会社綜コンに入社し,インストラクターとして勤務し,被告人Mは,昭和57年7月株式会社綜コンに入社し,昭和58年4月以降同社営業課長として,同社の扱うコンピューターを導入するユーザー獲得を主たる業務としていた。
 分離前の相被告人S1(以下単に「S1」という。)は,昭和57年9月から昭和58年6月まで読売新聞専売所を経営し,その後多摩インフォメーションサービスの名称で,広告の製作,印刷,読売新聞購読者の拡張等を行い,同年9月ころから株式会社綜コンのサブディーラーとして同社が取扱うコンピューターのユーザーを紹介し,紹介料を得るなどしていた。(なお,同人は昭和59年3月21日同社と同じ営業目的を有する株式会社ティ・アイ・エスを設立し,代表取締役になった。)

第二 株式会社綜コンの開発した本件プログラムについて

 コンピューターを利用した新聞販売店の販売業務等の能率化を図るためには入力されたオブジェクトプログラムの良否が極めて重要であり,これによりコンピューターの販売が左右されることから,株式会社綜コンでは昭和56年7月ころから,前記力シオ計算機が開発したオブジェクトプログラムをベースに新聞販売店の要望に応じられるように,開発・改良を重ね,昭和58年10月ころ本件プログラムとして完成させた。同プログラムはそのプログラム本数,ステップ数,処理事項数等で,従来のカシオ計算機のものにまさり,ユーザーからも好評を得ていた。又右開発には人件費等多大の費用を費した。

第三 株式会社綜コンにおける本件プログラムに関する秘密保持の努力及び保管状況等

1 本件プログラムは同社にとって極めて重要な営業上の財産であり,かつ企業秘密でもあり,仮に本件プログラムが他社に漏れ,無断で使用されることになれば,同社は本件プログラムを入力したオフィスコンピューターを他社より優位に販売することができず,会社の存立自体を危うくする可能性があるので,同社では,木藤喜六社長 及び小倉富専務が,毎日の朝礼,月一,二回の全体会議の際に,全社員に対し,本件プログラムの重要性,企業秘密性を強調して認識の徹底を図り,対外的にも,例えばコンピューターのリース契約の中途解約のときや レベルアップで解約される場合,当該コンピューターに入力されていた本件オブジェクトプログラムを消除したり,読売新聞販売店経営者の納金会で使用したデモ用のオブジェクトプログラムは 使用後消除する等して,内容を他に漏らさない方策をとり,入力されている本件プログラムについては複製が不可能な技術的措置をとるなどして秘密の保持に努めていた。

2 株式会杜綜コンでは,本件プログラムを磁気によりフロッピーシート12枚に記録させ,これを3部作成し,その一部は同社902号室のキャビネットに保管して,システムエンジニアが適宜プログラムの改良の際等に使用するために備え,次の一部は火災等による破損,滅失を防ぐために昭和58年10月ころから小倉富専務の自宅に保管し,他の一部は後記ユーザーに対するアフターサービス等を実施する際の必要上からインストラクターである被告人S2が保管していた。

第四 被告人S2の任務について

 被告人S2のインストラクターとしての業務内容は,ユーザーに対するアフターサービスとして,@オフィスコンピューターの使用方法等の技術指導,A同社がオフィスコンピューターを新規のユーザー方に設置する際,本件プログラムをそのオフィスコンピューターに入力すること,B本件プログラムの改良があった場合最新のものを入力すること,Cユーザーの操作ミス等よるトラブルがあった場合,本件プログラムを入力し直すこと等である。この業務内容に供するため,同社では,前記のとおり,被告人S2に3部のフロッピーシート中その1部を,管理,保管させ,又自宅に持ち帰ること等も許していたもので,同人は本件プログラムの入ったフロッピーシートを同社が業務として取り扱うオフィスコンピューターに入力する場合にのみ使用し,それ以外のものに入力する場合にはこれを使用してはならない具体的任務を有していた。

第五 犯行に至る経緯

1 昭和58年8月ころ,株式会社綜コンでは,社員間で給与等待遇面に関し不満があり,同年9月被告人Mはこのことをカシオ計算機株式会杜システム機器営業部東京システム営業所の営業担当Aに打ち明けた。同人は,被告人Mに対しカシオのディーラーとしての新会社設立を勧め,ソフトについては株式会杜綜コンのソフトを使い,フロッピー方式からディスクベース方式に変えて行うこと等を示唆した。他方で右Aは,同年12月初旬ころS1に対しても同様の説得をし,同人は,新会社設立を決意した。被告人M及びS1は同年12月中旬ころAを通じて面談し,両名は共同で新会社を設立することを合意し,S1がユーザーを獲得し,被告人Mは株式会社綜コンの社員を引き抜くことのほか,新会社の扱うオフィスコンピューターに株式会社綜コンが開発した本件オブジェクトプログラムを使うことなどを決めた。その後被告人Mは,株式会社綜コンの社員らに新会杜に加わることを勧めたが,結局被告人S2のみがこれに応じた。

2 S1は,昭和59年1月18日読売新聞橋本西部専売所の宮田憲治からオフィスコンピューターエリア3Dの注文を獲得し,これをまずS1方に搬入することにした。そして,被告人M,S1及びAは搬入されるエリア3Dには,被告人S2が本件プログラムを記録したフロッピーシートを保管しているので,同人にそのフロッピーシートを持参させ ,これを使用して,本件プログラムを入力させることを決め,同月25日被告人Mは被告人S2に対し,同人の保管にかかるフロッピーシートを使ってS1方に搬入されるエリア3Dに本件プログラムをセット入力するよう依頼し,被告人S2はこれを了解した。

第六 罪となるべき事実

 被告人S2は,コンピューターのソフトウェアの開発販売等を営業目的とする前記株式会社綜合コンピューター(本店所在地東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目18番5号)に,インストラクター として勤務し,同社において読売新聞販売店用に開発した読売新聞販売店用に開発した同新聞販売店購読者管理システムのオブジェクトプログラム(本件プログラム)を磁気により記録したフロッピーシートを管理し,これを使用して同社の顧客である同新聞販売店経営者方に設置されるオフィスコンピューターに右オブジェクトプログラムを入力しその使用方法につき技術指導するなどの業務を担当していたものであり,右オブジェクトプログラムの入力使用等に当たっては,同社が業務として同社の顧客方に設置するオフィスコンピューターに対してのみ,右フロッピーシートを使用するなど,同社のため忠実にその業務を遂行す べき任務を有していたものであり,被告人M及びS1は,同社と競合してこれと同様の営業を行うことを企図していたものであるが,被告人両名及びS1は,共謀の上,被告人S2の前記任務に背き,自己らの利益を図る目的で,昭和59年1月26日ころ,<住所略>のS1方において,右S1及び被告人Mが同社と無関係に読売新聞販売店である宮田憲治に賃借(リース)させ,同人方に設置予定 であったオフィスコンピューターエリア3D型1台に,被告人S2において,前記フロッピーシート5枚分の前記オブジェクトプログラムを入力し,もって株式会社綜合コンピューターに対し,右オブジェクトプログラム入力代金相当額(株式会社綜コンが昭和58年8月31日から同年12月24日までの間に本件プログラムを入力して販売したエリア3D6台のソフト料 合計を基準に平均値を算出すると約170万余円となる。)の財産上の損害を加えたものである。

(証拠の標目)

《省略》

(法令の適用)

一 罰  条

被告人両名の各所為につき

刑法60条,247条,罰金等臨時措置法3条1項1号(被告人Mにつきさらに刑法65条1項)

一 刑種の選択(被告人両名につき) 懲役刑選択

一 刑の執行猶予(被告人両名につき) 刑法25条1項

(量刑の事情)

 本件犯行は,株式会社綜コンの社員である被告人両名が,綜コンのサブディーラーであるS1と共謀して,綜コンと営業内容が競合する新会社の設立を企て,コンピューターを販売するに際し,自ら独自のプログラムを開発するには多大な時間 及び経費がかかるため,判示の如く株式会社綜コンが開発し同社の中心的財産でかつ,営業上の生命ともいえる本件オブジェクトプログラムをそのまま自己らの販売するコンピュ一ターに入力したいうものであり,極めて,計画的かつ悪質な犯罪であるといわざるを得ない。被告人両名の犯行は,ソフトウェアの開発,販売を営業自的とする会社に勤務し,この種企業におけるソフトウェアの秘密性 及び重要性を十分認識しながら,自己らの私的利益を図るため,被害会社の存立に重大な影響を及ぼしかねない行為に及んだものであり,ことに被告人Mにおいては,当時自ら同社営業課長の職にあるものでありながら,新会社のため,綜コンの社員の引き抜きやプログラムの複写変換等を画策するなどもしており犯情は悪質である。右両名の行為は自己の利益のため,他を省みない卑劣な犯行といえる。被告人S2においても,前記営業上の財産ともいう べき本件オブジェクトプログラムを直接管理保管しているインストラクターとしての自己の任務の重大性を忘れ,本件犯行を敢行したものであり,その犯情の程度は,右Mに劣るものではない。

 被告人らの犯行は,コンピューターのソフトウェアじたいの保護に関する法的規制が未整備な中でS2が任務に違背して同社が開発したソフトウェアを無断使用する形 で敢行されたものであるが,犯行には模倣性もあり,十分な非難に値する行為である。他方で被告人S2は本件犯行後,早期に自己の非を悔い,その後の捜査にも協力し,当公判廷でも改俊の情を表わしている。又,本件犯行によって直接私的利益を得ることもなかったが,被害会社に対し被害弁償をし,その宥恕を得,同社に復職している。前科,前歴はない。被告人Mについては,本件犯行に加担した動機と態様をみると極めて悪質な面が認められ,被害会社との示談も成立していない。しかし,当公判廷では,自己の罪責の重大性を後悔して改俊の情を示し,被害額について被害会社との間で争いがあるが,一応自己の主張する限度の金額を同社に送付しているほか,これまで,前科もないことなど有利な事情が認められる。その他諸般の事情を考慮した。

 よって,主文のとおり判決する。

裁 判 官    片   岡     博


Copyright (C) 1997-2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Nov/22/1997

Error Corrected : Jun/13/2001

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