東京電送センター対エプソン販売事件第一審判決


東京地裁平成7年(ワ)第760号損害賠償請求事件


判        決

原       告      東京電送センター株式会社
右代表者代表取締役      脇  山   和  茂
右訴訟代理人弁護士      森  本   紘  章

被       告      エプソン販売株式会社
右代表者代表取締役      木  村  登 志 男
右訴訟代理人弁護士      表     久   雄
同              表     て る 子

主        文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は,原告の負担とする。

事        実

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は,原告に対し,1億4000万円及びこれに対する平成727日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は,コンピュータプログラムの開発・販売及びコンピュータ機器の販売等を目的とする会社である。

(一) 原告は,新聞販売店用の顧客管理ソフトウェアを開発し,右ソフトウェアをコンピュータ機器とともに昭和60年ころより販売してきたが,昭和629月ころ,被告からの売り込みにより,右ソフトウェアに対応するコンピュータを東芝製から被告の販売するエプソン製に切り換えることになり,そのためエプソン製コンピュータの仕様で顧客管理ソフトウェア(以下「エプソン用ソフトウェア」という。)を新たに開発することとした。そして,原告は,平成元年4月,右ソフトウェアを完成させ,被告との間で,エプソン製コンピュータ機器を継続的に取引する旨の売買基本契約(以下「本件売買基本契約」という。)を締結した。

(二) 原告は,平成元年4月ころから被告にコンピュータ機器の発注を開始し,平成24月までに合計21セットのコンピュータ機器(本体の機種名・PC286US)の納品を受け,これらを別紙記載の原告の顧客である毎日新聞系列の新聞販売店に順次納品した。

(一) 被告から納品を受けたコンピュータについては,納品を受けた直後から右コンピュータ本体のフロッピーディスクドライブに「フロッピーディスクの読み取りを行わない。」という不具合が発生した。右不具合は最初数十回に1度の割合で発生していたが,徐々にその割合が高くなってきたので,原告は,被告に問い合わせたところ,「欠陥商品ということではなく,ソフトウェアに問題があるのではないか。」,あるいは「使用環境の影響ではないか。」との回答を受けた。

(二) 原告は不具合の原因が分からず,また被告においては基本的に出張修理を行わず,行う場合でも交通費と出張費がかかるということであったので,やむを得ず原告が顧客のところに出向いてコンピュータプログラムを修正するなどして対応していた。

(三) その後も,被告から納品を受けたコンピュータについてはフロッピーデイスクドライブが全く作動しないという不具合が次々と生じてきたため,コンピュータ21台のうちの約10台については,原告が顧客からコンピュータを回収して被告に持ち込んで修理をしてもらったり,被告の出張による修理を依頼した。そして,平成35月当時の被告の説明によれば,右不具合の発生の原因はほこりやゴミがフロッピーディスクドライブ内にたまったためであるということであったので,原告は,被告の請求に従って修理代を支払っていた。

(四) しかし,被告から同じく納品を受けていたその他の機種については全く不具合が生じなかったにもかかわらず,PC286USについては結局平成37月ころまでに21台のうち16台について顧客から不具合の苦情を受け,また修理を受けてもすぐに不具合が生じてきたため,原告は被告に対し「PC286USは欠陥品ではないか。」との抗議をした。これに対し,被告は「欠陥品ではない。」と回答するのみで何ら特別の対策を講ずることはなかった。

(五) さらに,原告は,平成44月から同年5月にかけて7台分のフロッピーディスクドライブの修理を受けたが,その時の被告からの報告では「右故障は使用環境が原因である。」というものであった。ところが,被告は,平成46月になって突然,原告の修理依頼の有無にかかわらず,原告の顧客で前記機種を使用している新聞販売店を訪問し,故障しているか否かを問わず,次々と右機種のフロッピーディスクドライブの交換を行った。そして,交換されずに残っていた唯一のコンピュータのフロッピーディスクドライブを原告が検査したところ,そのフロッピーディスクドライブはNEC製のもので,遅くとも平成312月ころには公に欠陥商品としてリコールの対象となっていたことが判明した。

(六) 原告は,故障に対する新聞販売店からの苦情処理に忙殺され,また修理依頼に対する被告の対応が迅速でないことや,コンピュータ機器の故障の原困が被告の供給する商品の欠陥による可能性が高いとの判断から,平成3年初めころには,コンピュータ機器の販売を事実上停止せざるを得なくなった。

4 原告と被告とは,原告が第三者に販売する商品を被告から継続的に供給を受けるという約定で売買契約を締結したのであるから,メーカーの直販会社としては商品供給を行う被告は,第一次的には暇疵のない完全な商品を供給する義務を負い,第二次的には,商品に欠陥の疑いがある場合には,速やかに調査・回答をし,迅速に善後策を講じるなど,買主である原告に対する顧客からの信用を阻害しないように最大限の配慮をすべき義務を負うものである。本件における販売対象が新聞販売店という閉鎖され,また相互の連帯が強い業界であること,及び本件における商品は新聞販売という日曜祭日のない業務に用いるコンピュータであるから,顧客からの修理・保守依頼にはとりわけ迅速かつ正確な対応が要求されるものである。

 しかるに,被告は,コンピュータ機器として通常備えるべき性質を備えた商品の供給を怠り,また原告に供給した商品が欠陥品であることを知りながらこれを秘匿し,あるいは調査の上修理・交換等の速やかな前後措置を講ずることなく,「原告ソフトウェアの欠陥である。」とか,「商品の欠陥ではなく,使用方法・環境の影響による故障である。」との虚偽の回答を繰り返すなどして右の義務(いわゆる保護義務)を懈怠し,原告の顧客からの信用を阻害するなど,原告に対し第6項記載の損害を与えた。

5 被告は,原告がエプソン用ソフトウェアを開発し,これをエプソン製のコンピュータとともに販売をしていることを知っており,また納品直後より原告からフロッピーディスクドライブ装置をめぐりクレームが持込まれていたのであるから,遅くとも平成34,5月ころには原告に対し,NEC社製フロッピーディスクドライブ装置についての故障を開示し,過去に被告が主張した原告作成のソフトウェアの設計ミスによる不具合説,原告の顧客の使用環境が原因であるとの説を明確に否定し,また平成468日の報告書においてこれまでの異常が設計・製造上の欠陥によるものであることを明記する義務があったのであり,さらに,被告は,欠陥商品を販売しかつその故障原因を原告作成のソフトウェア又は顧客の使用環境不良等と説明して顧客の原告に対する信用を失わせたのであるから,これを回復するため原告の営業活動をバックアップすべき義務があるにもかかわらず,これらのことをしないばかりか,同年69日,使用環境原因説に固執する被告に対し,原告がNEC社製フロッピーディスクドライブ装置に故障があるのではないかと質問したのに対してこれを否定し,また,原告が不良の発生のため支払を留保してきた代金を支払い,「もうこれ以上さわらないで欲しい。」旨申し入れたにもかかわらず,被告は原告の顧客方に赴き被告の善意の交換であるかのように装い原告に無断でフロッピーディスクドライブ装置の交換をし,設計・製造上の欠陥が原因であることを明らかにする証拠となるべきフロッピーディスクドライブ装置の回収を図ったことは,被告の本件売買基本契約に基づく被告の債務を著しく怠るものである。被告の右債務不履行により,原告は次項のとおり損害を被った。

6 原告の損害

(一) ソフトウェアの開発費相当額の損害 1500万円

 原告は,エプソン用ソフトウェアを開発したが,被告の商品の欠陥により結局その販売を中止せざるを得なくなり,右ソフトウェア開発費用相当額1500万円が無駄になってしまった。

(二) 原告の信用を維持するため要した費用 500万円

 被告の販売に係る商品の欠陥により,緊急にエプソン用ソフトウェアに代替する顧客管理ソフトウェアを開発し顧客に提供する必要に迫られ,平成310月ころ,新たに東芝製のコンピュータ仕様のソフトウェアを開発したが,エプソン用ソフトウェアからの切り換えに当たっては,顧客からの信用を維持・回復するため,それまでの残リース料及びデータの再入力に要する費用を全額原告が負担せざるを得なかった。平成612月までに要した右の費用は合計500万円である。

(三) 原告の逸失利益 1億2000万円

 平成元年ころまでは毎日新聞系列の新聞販売店における使用コンピュータの仕入先は原告と他の1社でそのシェアのほとんどを占め,両者の販売台数も拮抗していた。

 しかるに,今回の被告の販売に係る商品の欠陥等から原告の信用は完全に失墜し,平成2年以降の5年間に原告が売り上げたコンピュータはわずか51台にとどまるのに対し,原告とそれまで売上が拮抗していた他社の売上は304台に上っている。したがって,今回の被告の債務不履行がなければ,平成2年から平成6年までの間に原告は少なくとも170台以上を売上げることができたといえる。

 すなわち,原告のコンピュータの販売実績は,昭和61年に3台,昭和62年に19台,昭和63年に16台,平成元年に24台と順調な伸びを示し,平成2年以降は,毎年最低35台以上の売上げが見込まれていた。すなわち,パソコンは平成元年以降飛躍的に普及率が高まり,このことは新聞販売店においても同様であった。実際,毎日新聞系列の新聞販売店にコンピュータのリースを行っている販売協栄株式会社(毎日新聞社の子会社)のコンピュータリース契約の成約数の推移は,昭和61年に26台,昭和62年に18台,昭和63年に11台,平成元年に31台,平成2年に64台,平成3年に51台,平成4年に80台,平成5年に87台,平成6年に91台となっている。また,原告の競争会社である新聞自販株式会社の新聞販売店に対するコンピュータの売上げ実績は,昭和61年に4台,昭和62年に9台,昭和63年に5台,平成元年に23台,平成2年に46台,平成3年に41台,平成4年に72台,平成5年に74台,平成6年に71台というように平成元年以降急速な伸びを示している。

 これに対し,原告の平成2年以降の新聞販売店に対する売上実績は,今回の被告の販売に係る商品の欠陥が原因で平成2年に7台,平成3年に5台,平成4年に13台,平成5年に14台,平成6年に14台であり,平成6年までの5年間の売上台数はわずか51台にすぎない。

 そして,コンピュータ1台当たりの売上による純利益は約100万円であるから,被告の債務不履行により原告が逸した利益は12000万円を下回らない。

7 よって,原告は被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償として14000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成727日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

(一) 2(一)のうち,被告が原告と本件売買基本契約を締結したことば認めるが,被告が昭和629月ころ原告へ売り込みに行ったこと,平成元年4月に本件売買基本契約を締結したことは否認し,その余の事実は知らない。

 被告が原告との間で本件売買基本契約を締結したのは,平成元年925日である。

(二) 同2(二)のうち,原告主張の時期ころに原告主張の機種のコンピュータを納品したことは認めるが,その余は知らない。

但し,その後,原告から原告がその主張の販売店に納品した旨の連絡を受けたことはある。

(一) 同3(一)は知らない。

但し,原告から不具合の発生の連絡を受け,原告主張のような回答をしたことはある。

(二) 同3(二)のうち,「基本的に出張修理を行わない。」と言ったことは否認し,その余は知らない。

但し,「初期不良」については新品と交換するのであって,基本的には修理はしないと言った。また,出張修理の場合に交通費,出張費がかかる場合があると言ったことはある。

(三) 同3(三)のうち,数量は判然としないが,原告が持ち込んだコンピュータを修理したこと,出張修理をしたこと,修理代金の支払を受けたことがあること,発生原因につき原告主張のような説明をしたこともあったことは認めるが,その余は知らない。

(四) 同3(四)のうち,原告に納品したPC286USについてのみ不具合が生じ,苦情を受けて修理したことがあったこと(その台数は不知),「PC286USは欠陥品ではないか。」と言われ,そうではないと回答したことはいずれも認めるが,その余は否認する。

(五) 同3(五)のうち,原告主張の時期ころ,修理をしたことは認めるが,その余は否認する。

 被告は,原告の了解を受け,新聞販売店に連絡して修理に出向いたものである。

4 同4,5は争う。

(一)同6(一)は争う。

(二) 同6(二)は知らず,損害額は争う。

(三) 同6(三)のうち,「原告の信用が完全に失墜したのは被告の販売に係る商品の欠陥等からである」とする点は否認し,その余は知らず,損害額は争う。

第三 証  拠

<省  略>

理        由

一 請求原因1の事実,原告が平成元年4月ころから平成2年4月ころまでにかけて被告に対しコンピュータ機器(本体の機種名・PC286US)の発注を行い,被告から右コンピュータ機器21セットの納品を受けたことは,当事者間に争いがない。

二 右争いのない事実に証拠<省略>によれば,次の事実が認められる。

1 原告は,新聞販売店用の顧客管理ソフトウェアを開発し,昭和60年ころより,これをコンピュータ機器とともに毎日新聞系列の新聞販売店に販売してきた。原告は,昭和62年9月ころ,コンピュータ機器を東芝製から被告の販売するエプソン製に切り換えることになり,そのためエプソン製コンピュータの仕様で顧客管理ソフトウェアを開発することとし,平成元年に入ってエプソン用ソフトウェアを完成させた。

2 原告は,平成元年9月25日ころ,被告との間で,次の約定によりエプソン製品を継続して取引する旨の本件売買基本契約を締結した。

(一) この契約は,被告が原告に対し,原告の主文に基づいてエプソン製品を供給し,原告はその代価を被告に支払い,取引を継続することを目的とする。

(二)

(1) 原告は原則として被告に対し,納期,仕様,数量,納入場所等を記載した注文書を交付してエプソン製品の注文をするものとする。

(2) 原告・被告間のエプソン製品の売買契約は,被告が右注文を承諾したときに成立するものとする。

(三)

(1) 原告は,納入を受けたエプソン製品について,遅滞なく受入検査をしなければならない。

(2) 原告は納入されたエプソン製品につき瑕疵又は数量不足を発見したときは,直ちに被告に対しその内容を通知しなければならない。

(3) 被告は原告から右通知を受け,エプソン製品に不良があると認めたときは,修理するか代替品と交換するものとする。

(四)

(1) 前項の受入検査の終了によって,被告は原告に対するエプソン製品の引渡しを完了するものとする。

(2) 原告の受入検査が終了する以前に原告がエプソン製品を第三者に販売し納品したときは,納品したときに引渡しは完了するものとする。

(3) 原告は引渡しの完了するまでは,被告のエプソン製品につき善良なる管理者の注意をもって保管しなければならない。

(五)

(1) 原告は毎月末日までに納入を受けたエプソン製品につき翌月末日までに現金で被告の指定した口座に振り込んで支払うものとする。

(2) 代金の支払につき,前項と異なる覚書が締結されたときは,その覚書の定めるところによる。

(六)

(1) この契約の有効期間は,契約締結の日から向う1年間とする。但し,期間満了1か月前までに原告又は被告から書面による変更,解約の申し出のないときは,この契約と同一条件で更に1か年間自然延長するものとし,以後同様とする。

(2) 前項の有効期間中であっても,原告又は被告は1か月前に予告をしてこの契約を解除することができる。

3 原告は,平成元年4月ころから平成2年4月ころまでにかけて被告に対しコンピュータ機器(本体の機種名・PC286US)の発注を行い,被告から右コンピュータ機器21セットの納品を受け,これらを原告開発のエプソン用ソフトウェアとともに別紙記載のとおり毎日新聞系列の新聞販売店に順次納品した。右コンピュータにはNEC製フロッピーディスクドライブが使用されていた。

4 平成元年10月になって,原告から被告に対し,被告が納品したPC286USのフロッピーディスクドライブ不良が発生したとのクレームがあった。この時,右のPC286USは納品して間がない製品であったので,被告は「初期不良」と認めて新品と交換をした。平成元年中,右と同種のクレームにより新品と交換した製品は2台であった。また,原告からPC286USに故障が生じたとのクレームがあり,被告において修理をしたことが2回位あった。

5 被告は,平成元年12月4日ころ,平成元年11月末日に支払を受ける約束になっている原告に対する売掛金389万9189円(同年10月納品分)が支払われていなかったので,担当者が電話でその支払を催促した。これに対し,原告は,被告が納入したプリンターに不具合があるので支払えないとの回答をした。そこで,被告は,不具合の内容,納品先を聞いて,同年12月15日ころに申し出のあったところに出向き,無償で修理,部品の交換を行った。ところが,原告は,今後のサポート体制について書面による回答をしなければ右売掛金を支払えないと言ってきたので,被告はその要求に応じて回答書を原告宛に提出した。しかし,それでも原告は右売掛金の支払をしなかった。

6 平成2年1月9日,被告の担当者は原告の事務所に赴き,未払の売掛金を支払って欲しい旨要請した。原告の代表者は,PC286US,プリンタ(HG−3000PC)に新たな不具合が生じたと言い,右コンピュータの修理,プリンタの交換と報告書の提出を要求した。被告の担当者は,右要求に従い,同年1月18日ころ修理,プリンタの交換を行い,同月18日付で,PC286USのフロッピーディスクドライブ不良について「フロッピーディスクドライブ内部に使用している,ライトプロテクトスイッチ(書込み禁止解除検出用)及びディスクスイッチ(フロッピーディスクの挿入の有無検出用)が接触不良を起こし,「フロッピーディスクに書き込めない」,「フロッピーディスクが挿入されているのを認識しない」といった不具合が発生していた。」旨,スイッチ不良の原因が何であるかについて記載したほか,右プリンタの不具合の内容,原因等について記載した報告書を作成し,これを原告に渡した。原告の代表者は,右報告書を受け取った後,「これでエプソンが悪いことがはっきりしたので,詫び状を書くか,ソフトウェアの開発費2000万円を負担するかのどちらかにせよ。」という趣旨のことを言い出した。被告は,右要求に従い,同年1月19日付で,右不具合の発生により原告に迷惑を掛けたことを詫びる趣旨の「詫び状」を作成し,これを原告に渡した。原告の代表者はそれにも満足せず,そのため被告は,さらに同年1月29日付で,「PC286USH20及びHG−3000の不具合及びご対応に関するお詫び」と題する書面を作成してこれを原告に渡すなどの措置をとった。その結果漸く,原告の代表者は,同年3月の第3週目に本来平成元年11月末日までに支払うべき前記売掛金389万8189円を支払う旨回答してきた。

 平成2年3月9日になって,原告の代表者は,被告との間の本件売買基本契約において「月末締め,翌月末日現金払い」とされていた支払条件を「月末締め,翌々月末日現金払い」に変更して欲しい旨,「平成2年4月から同年12月までの間だけでもよい。」旨支払条件の変更を要求し,「そうすれば未払分の支払をする。」と言ってきた。被告は,社内で検討した結果,代金の回収を優先させるべきであるとの立場から同年12月までということで右要求を受け入れることとし,原告にその旨回答した。その結果,同年4月26日,原告は被告に対し右未払の売掛金389万8189円を支払った。

7 原告は平成2年12月末日支払分の37万0800円(同年10月納品分)の支払を遅滞し,これを平成3年1月16日に支払った。被告の担当者は,支払条件の変更は平成2年12月までの約束であり,その後は当初の「月末締め,翌月末日現金払い」の支払条件に戻ることになるので,その確認書をもらうべく,平成3年1月24日に原告の事務所に赴いた。原告の代表者は,被告の担当者に対し,「平成2年11月納品分53万7660円は支払わない。」と言い,その理由は,PC286USの不具合が継続しているからであるという趣旨のことを言った。

 平成3年1月末日になっても右53万7660円の入金はなく,被告はその支払を受けるべく渋谷簡易裁判所に民事調停の申立てをした。被告は,右調停において調停委員から,「被告が修理報告書を出せば,原告は右売掛金の支払をする旨言っている。」という話を聞いたので,原告の要求に従い同年5月16日付の修理報告書を作成交付するとともに,今後のユーザーへのメンテナンスを考慮し,被告が現在まで販売したPC286USについて,エンドユーザーと被告との間で半年間については無償,残りの半年は有償とする1年間の保守契約を締結することなどの和解案を提案した。しかし,同年6月21日の第3回調停期日において,原告は保守契約締結の提案を必要がないとして断り,被告に対し営業補償費等の名目で4000万円を支払うよう要求してきたので,右調停は不調に終わった。

8 その後平成4年3月17日までは,原告から被告に対し何らの連絡も不具合の発生についての報告もなかった。

9 平成4年3月17日,原告の池田課長が被告の本社を訪れ,被告の担当者にPC286USの修理をして欲しい旨の申し出をした。右要請を受けて,被告の担当者は,同年4月6日から同月22日にかけて無償で出張し,その修理を行った。

 その後被告の担当者は,コンピュータの製造会社であるセイコーエプソンへPC286USの不具合の原因の解析を依頼し,その結果について被告において同年6月8日付の報告書を作成し,同年6月9日,被告の本社で原告の代表者に対し右報告書を渡した。右報告書には,PC286US用フロッピーディスクドライブ14台のうち6台でスイッチ部の動作異常が生じ,残り8台については機能上の異常は見られなかった旨,現象不再現の8台については,スイッチ内部状態を含め異常は確認されず,したがって,ユーザー使用時に異常が見られたとすれば,メディアあるいは使用環境に起因する現象と考えられる旨,現象が再現した6台のうち3台からスイッチ内部に異物が確認されたが,これらの異物はユーザーの使用環境中に外部から入り込んだものと推認される旨,残り3台から接点部又はスプリングの汚れが確認されたが,写真からこれらの汚れも腐食等によるものではなく,外部から侵入したほこり等がスイッチ摺動とともにすりつけられたものと推認される旨,以上により今回の現象は,スイッチ接点部の経時変化等による不良ではなく,浮遊粉塵が多い環境での使用によるものと考えられる旨の記載がある。

 右の時点で,原告の代表者は被告に対しこれまで支払を拒絶していた売掛金68万3116円(平成2年11月,納品分同年12月納品分,平成3年3月納品分,同年4月納品分)の支払をした。また,その際同席していた被告の東京第一営業部の當間部長は原告の代表者に対し,修理要請のない他のマシンについても調査する旨話をし,原告の代表者はこれを了解した。なお,右売掛金を支払う際,原告側から被告に対して損害賠償等の請求権を留保するなどの話は出なかった。

10 被告の担当者は,平成4年6月10日,同月11日の両日にかけて北海道のPC286USのユーザーを出張訪問し,点検修理を実施した。その際,被告の担当者とユーザーとの間では何らのトラブルも生じておらず,被告に対する苦情も特には出なかった。

11 前記したものを含め被告が原告の要請を受け被告の販売に係るコンピュータについて修理等を行った経過は,別表「東京電送センター株式会社から指摘のあった製品の修理等の経過」記載のとおりである。そして,右のうち有償で交換等を行ったのは2件だけで,他は無償で修理,交換を行ったものである。

12 平成3年12月18日付の日本経済新聞によると,NECのコンピュータ機種PC98シリーズで,昭和63年9月から1年間に生産された特定の機種25万台について,3・5インチフロッピーディスクドライブの読み取り部品の欠陥のため,ディスクを入れても「フロッピーディスクが入っていません。」などと表示される故障が通常の1・5倍ないし2倍の頻度で起きている旨,NECでは申し出のあったユーザーに対し各サービスステーションで無料修理に応じている旨の記事が掲載されているが,一方,NECの広報室では「データを破壊するなどの致命的な故障ではないと判断している。」と話している旨の記事が掲載されている。

 被告内で原告からの修理の要請に対し対応した担当者は,PC286USに搭載されているNEC製フロッピーディスクドライブについて製造上の欠陥があったなどの情報は得ておらず,被告内部においてもそのような議論がされたことはなく,原告からの修理要請に対しては通常の故障として対応していた。

13 従来のパソコンは5インチのフロッピーディスクを使用するものが主流であったところ,被告が当時販売したPC286USは3・5インチのフロッピーディスクを使用するコンパクトタイプのものであったため,人気機種となり,被告では1万台以上を販売したが,原告のように右コンピュータの不具合により販売を中止せざるを得なくなったなどの例は他には報告がない。

 証拠<省略>のうち以上の認定に反する部分は,前記掲記の各証拠に照らしてたやすく信用することができない。また,証拠<省略>には,被告が原告の顧客のコンピュータについて勝手にフロッピーディスクドライブの交換を行ったかのようにいう記載があるが,この点に関して被告に直接抗議をせず,原告に手紙で不服をいうというのは不自然であり,証拠 <省略>に照らしても,右証拠<省略>はたやすく信用することができない。他に右認定に反する証拠はない。

 前記二2に認定したとおり,原告と被告との本件売買基本契約によれば,原告は納品された製品につき瑕疵を発見したときは,直ちに被告にその内容を通知しなければならないものとされているところ,被告が右通知を受けた製品につき調査をして,必要に応じて代替品との交換,修理の措置をとり,瑕疵ある状態が解消すれば,基本的には被告は債務不履行責任を負わないものと解するのが相当である。

 本件についてみるに,前記二の認定によれば,被告は原告から被告の納品した製品について故障がある旨の通知を受けたときは,その都度,当該製品について調査をし,別表「東京電送センター株式会社から指摘のあった製品の修理等の経過」記載のとおり,2件は有償で,その他は無償で代替品との交換,修理等必要な措置をとったものであり,これにより本件売買基本契約上の義務を尽くしたものと認めるのが相当である。

 原告は,被告としては遅くとも平成3年4,5月ころには原告に対し,NEC製フロッピーディスクドライブ装置についての故障を開示し,過去に被告が主張した原告作成のソフトウェアの設計ミスによる不具合説,原告の顧客の使用環境が原因であるとの説を明確に否定し,また平成4年6月8日の報告書においてこれまでの異常が設計・製造上の欠陥によるものであることを明記すべき義務があったのであり,さらに,被告は,欠陥商品を販売しかつその故障原因を原告作成のソフトウェア又は顧客の使用環境不良等と説明して顧客の原告に対する信用を失わせたのであるから,これを回復するため原告の営業活動をバックアップすべき義務があるにもかかわらず,これらのことをしないばかりか,同年6月9日,使用環境原因説に固執する被告に対し,原告がNEC製フロッピーディスクドライブ装置に故障があるのではないかと質問したのに対してもこれを否定し,また,原告が不良の発生のため支払を留保してきた売掛金を支払い,「もうこれ以上さわらないで欲しい。」旨申し入れたにもかかわらず,被告は原告の顧客方に赴き善意の交換であるかのように装い原告に無断でフロッピーディスクドライブ装置の交換をし,その設計・製造上の欠陥が原因であることを明らかにする証拠となるべきフロッピーディスクドライブ装置の回収を図ったことは,本件売買基本契約に基づく被告の債務を著しく怠るものである旨主張する。

 しかしながら,被告内で原告からの修理の要請に対し対応した担当者は,PC286USに搭載されているNEC製フロッピーディスクドライブについて製造上の欠陥があったなどの情報は得ておらず,被告内部においてもそのような議論がされたことはなく,原告からの修理要請に対しては通常の故障として対応していたことは,前記二12に認定したとおりであり,被告の納品したPC286USに搭載されているNEC製フロッピーディスクドライブに製造上の欠陥があったこと,またそのことを被告が平成3年当時,あるいは平成4年6月当時に知っていて,殊更これを原告に秘匿していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。また,仮に,右フロッピーディスクドライブの一部に製造上の欠陥があったとしても,前記二12の認定によれば,NECでもそれは致命的な欠陥ではないとし,申し出のあったユーザーに対し無償修理に応ずるという程度の対応しかしていなかったことが窺われるのであって,右NECの対応と対比しても,被告が原告の要請に従い,被告の販売に係る製品についてほとんど無償で修理,交換等をして対応したことは,製造上の欠陥があるとの情報を有していない被告としてはエプソン製品の販売者としてできる限りの対応をしたものとみるべきであり,それ以上の対応をしなかったことをもって,直ちに被告が本件売買基本契約に基づく被告の債務を怠ったということはできない。さらに,前記二9に認定したとおり,平成4年6月9日,被告の當間部長は原告の代表者に対し,修理要請のない他のマシンについても調査する旨話し,原告の代表者はこれを了解しており,被告は右の了解に基づいて修理要請のないコンピュータについても点検,修理を実施したものであり,被告が原告に無断で設計・製造上の欠陥を隠すためフロッピーディスクドライブの交換を行ったとの原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

 したがって,被告に債務不履行責任があるということはできない。

 また,原告は,被告が納品したコンピュータのフロッピーディスクドライブに不具合が続出し,これにより製品が売れなくなり,平成3年初めころ販売を中止せざるを得なくなった旨主張し,証拠 <省略>中にはこれに沿う部分があるが,前記二に認定したとおり,被告が原告に納品したPC286USは21台にすぎず,被告は原告から故障の指摘を受けた都度,点検,修理等を実施しており,ユーザーから被告に直接苦情が持ち込まれた事実はないこと,原告主張の製品は当時における人気機種であり,被告は1万台以上販売しているが,原告のようにフロッピーディスクドライブの不具合を理由に販売を中止せざるを得なくなったという不服を申し出た会社等は他に例がないこと,NEC製コンピュータにも同社製の3・5インチのフロッピーディスクドライブが搭載されていたものと推認されるところ,証拠 <省略>によれば,原告の競争会社でNEC製コンピュータを販売していた新聞自販株式会社はシェアーを拡大しており,その販売を中止しなければならなくなったなどの事態は生じていないと認められること等を考慮すると,右証拠 <省略>はたやすく信用することができず,他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

 右のとおり,被告の納品したコンピュータに不具合,故障が多く出たということと,原告がエプソン用ソフトウェア及びエプソン製コンピュータの販売を中止せざるを得なくなったこととの間に因果関係があることの立証はないといわざるを得ず,原告の本件請求はこの点からも理由がないというべきである。

四 結  語

 以上の次第で,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,民訴法89条に従い,主文のとおり判決する。

 

裁 判 官   青   桝     馨

 


<別紙:いずれも省略>


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Published on the Web : Apr/13/1998

Error Corrected : Jun/13/2001

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