NTTデータ通信対池上パテントインキュベーター事件控訴審判決


東京高裁平成5年(ネ)第5431号特許権に基づく差止請求権不存在確認等本訴請求・特許権に基づく差止及び損害賠償反訴請求控訴事件


判        決

控   訴   人      有限会社池上パテントインキュベーター
右代表者取締役        池  上  喜 美 子
控   訴   人      池  上   健  三
右両名訴訟代理人弁護士    村  林   隆  一
同              松   本     司
同              今  中   利  昭
同              吉   村     洋
同              浦  田   和  栄
同              辻  川   正  人
同              岩   坪     哲
同              田  辺   保  雄
被 控 訴 人        エヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社
右代表者代表取締役      藤  田   史  郎
右訴訟代理人弁護士      松  田   政  行
同              早 稲 田 祐 美 子
同              齋  藤   浩  貴
同              谷  田   哲  哉

主        文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事        実

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人ら(第一審被告ら・反訴原告ら)

控訴人らは,

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 被控訴人は,別紙システム目録(二)記載の物件を使用してはならない。

4 被控訴人は,前項の物件を廃棄せよ。

5 被控訴人は,控訴人池上健三に対し金1665万7534円,控訴人有限会社池上パテントインキュベーターに対し金1334万2466円及びこれらに対する平成3年8月28日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。

6 訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに第3項ないし第6項につき仮執行の宣言を求めた。

二 被控訴人(第一審原告・反訴被告)

 被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

第二 事案の概要

一 本判決で使用する略語は,別紙「略語一覧表」のとおりである。

二 本件は,被控訴人が,本訴において,本件システムを製造,使用する被控訴人の行為が,控訴人池上がかって有し,控訴人会社が現に有する本件特許権を侵害するものでないとして,差止請求権の不存在の確認を求め,これに対して,控訴人らが,反訴において,被控訴人が使用する本件システムが本件特許権を侵害するものであるとして,その使用の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

 なお,後記のとおり,本件システムが別紙システム目録(一)記載のとおりであることについては争いはないが,控訴人らは,本件システムの構成の詳細が別紙システム目録(二)記載のとおりであると主張し,被控訴人は,これを概ね認めるものの,一部否認している。

第三 当事者の主張

一 本訴請求原因

1 被控訴人は,社会保険庁から発注を受けて本件システムを開発し,現に業として製造したうえ,昭和63年6月から,これをデータ通信サービスの役務として社会保険庁に提供し,使用している。

2 控訴人池上は,名称を電子翻訳機とする発明についての本件特許権(登録番号特許第1395870号,昭和54年8月16日出願[特願昭59-152514]昭和62年8月24日設定登録)を,設定登録日以降,有していたところ,平成2年2月15日,本件特許権を控訴人会社に譲渡し,平成2年4月23日,その旨の登録がなされ,控訴人会社は同日以降本件特許権を現に有している。

3 控訴人池上は,大阪府等に対し,本件特許権に基づき本件システムの使用の中止を求め,被控訴人に対しても,本件システムが本件特許権を侵害し,実施許諾を受けないでその製造販売等を行うことができない旨を通告して,本件システムが本件特許権を侵害するものであると主張し,控訴人会社も同様に本件システムが本件特許権を侵害する旨主張している。

4 しかしながら,本件システムは本件特許権を侵害するものではない。

5 よって,被控訴人は,控訴人らに対し,本件特許権に基づき本件システムの製造等について差止請求権を有しないことの確認を求める。

二 本訴請求原因に対する控訴人らの認否

 本訴請求原因1ないし3の事実は認める。但し,本件システムの構成の詳細は,別紙システム目録(二)記載のとおりである。

 同4及び5は争う。

三 反訴請求原因

(一) 控訴人池上は,昭和62年8月24日以降本件特許権を有していたが,平成2年4月23日,控訴会社に同特許権を譲渡し,控訴会社は同日以降本件特許権を有している。

(二) 本件特許請求の範囲は,本件公報の特許請求の範囲第一項記載のとおりであり,構成要件毎に分けると,次のとおりである(以下,左の構成要件Aを要件Aといい,他の要件についても同様に表示する。)。

A 翻訳すべき元言語に関する音声情報を入力する音声情報入力手段

B 前記音声情報入力手段に入力された翻訳すべき元言語に関する音声情報を認識する音声認識手段

C 前記音声認識手段で認識された元言語に関する情報に基づいて,それに対応する翻訳言語に関する情報に翻訳する電子翻訳手段

D 前記電子翻訳手段で翻訳された翻訳言語に関する情報を出力する情報出力手段

E 前記音声情報入力手段に入力された音声情報が,前記音声認識手段を介して前記電子翻訳手段に入力されるのを阻止する入力阻止手段

F 前記音声情報入力手段への音声情報の入力可,または不可を警告する警告手段

G 前記電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間,前記入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止すると共に,前記警告手段を前記入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う入力制御手段

H 右各手段を備えた電子翻訳機

(三) 本件特許発明は,右の構成からなることによって,翻訳中に不要な音声が音声認識手段を介して電子翻訳手段に入力され,翻訳すべき必要な情報と混じり誤翻訳を生ずるのを,キースイッチなどを何ら操作することなく,自動的に,しかも確実に防止することができ,また,それに同期して発せられる警告(例えば,ランプの点灯など)を見て話すだけで何ら手数,強制力,注意力を要せず誰で能率よく正確な翻訳を得ることができるという,作用効果を奏する。

(一) 被控訴人は,昭和63年6月から,本件システムを製造し,これを使用している。

(二) 本件システムの構成の詳細は,別紙システム目録(二)記載のとおりである。

(三) 本件システムの構成及び機能を,本件特許発明の構成要件に対応させると,次のようになる(以下,左の本件システムの構成及び機能aを本件システムの構成aといい,他の要件についても,同様に表示する。)。

a 音声応答認識装置の回線制御部は,ダイヤル式電話,電話交換網よりの正確に発音された3桁の数字の音声信号を含むすべての音声信号を電話回線を介して音声応答認識装置に入力する音声信号出力部を有する。

イ 音声応答認識装置は,音声信号入出力部を介して入力されたすべての音声信号を受信し,そのうち,正確に発音された3桁の数字の音声信号を認識し処理する音声認識部を有する。

ロ 音声認識部は,また,3桁の数字の各数字の音声信号を一定の規則で定まる電子コードに変換し,この各数字が3桁のコードとなって初めて主制御部に転送する。

イ 制御装置は,主制御部より転送された右3桁のコードに対応した回答用音声番号を音声データーベースから読み出し,これを主制御部に転送したうえで,主制御部に対し,当該回答用音声番号に対応する非常駐音声情報を出力するように指令する。

ロ 主制御部は,制御装置の右指令に基づき,当該回線用音声番号に対応する非常駐音声情報を音声ファイル内から読み出しする。

ハ 音声合成部は,主制御部よりの指令に基づき,右非常駐音声情報(質問番号,質問文章及び回答文章)を音声合成する。

d 回線制御部の音声信号入出力部は,音声合成された質問番号,質問文章及び回答文章たる音声信号を電話回線に出力する。

e 主制御部は,音声認識部に音声信号が入力されても,認識処理しないようにする機能を有する。

f 音声認識部は,音声信号の入力が不可から可になったことを「ピッ」という電子音で知らせる入力促進部を有する。

g 主制御部は,

イ 自動的に,確認メッセージの出力後に入力される「ハイ」の音声信号の出力直後から次の工程の1桁目の数字の音声信号の入力前に発せられる「ピッ」という電子音までの間,前記eの機能を作動させて,利用者が音声を発し,その音声信号が音声認識部に入力されても認識処理しないようにさせる機能を有する。

ロ 次の工程の1桁目の数字の音声信号の入力が不可から可の状態になるときに同期させて,自動的に音声認識部の入力促進部に「ピッ」という電子音を発させる機能を有する。

h コンピュータ情報検索システムである。

(四) 本件システムは,不要な音声が本件システムの構成cの検索作動中に入力されるのを阻止し,もって誤検索(翻訳)を生ずるのを自動的に確実に防止し,また本件システムの構成eが作動から作動解除の状態になるときに同期して発せられる「ピッ」という電子音により,利用者は何ら手数,強制力,注意力を要せず誰でも能率よく正確な翻訳言語に相当する質問番号,質問文章,回答文章を得られるとの作用効果を奏する。

3 本件特許権の構成要件と本件システムの構成との対比

(一) 本件システムの構成aは要件Aを,本件システムの構成dは要件Dを,それぞれ充足する。

 本件特許発明の要件Aの音声情報入力手段,同Dの情報出力手段とは,電気的な信号等を入力し,出力する手段である。本件システムの音声信号入出力部(本件システムの具体的な部品でいえば,コネクタ,ネジ止め等)(構成a及びd)は,音声信号を入力し,出力するから,右音声情報入力手段及び情報出力手段に相当する。

 要件Aにいう「音声情報」は,本件特許請求の範囲の記載によると,音声認識手段により認識され(本件公報1欄5行ないし7行),音声合成手段により合成され(同2欄2行,3行),また音声情報出力手段に出力することができる(同2欄6行,7行)ものであるから,音声信号等の電気的に変換された信号等であって,空気振動たる音声波ではない。空気振動たる音声波を表現する用語としては,本件特許請求の範囲第4項で「合成音声」(同2欄19行)なる用語を使用しているのである。

 もちろん,本件特許発明は,音声情報を入力する電子翻訳機であり,この入力された音声情報を処理するものである関係上,空気振動たる音声波を何らかの装置によって電気的な信号等に変換することが必要となるが,本件特許発明の電子翻訳機自体の構成としては,空気振動たる音声波を何らかの装置によって電気的な信号等に変換された後の音声情報さえ処理できればよい。したがって,空気振動たる音声波を電気的な信号等に変換する手段については,特許請求の範囲第一項(必須要件項)に記載しなかったのである。そして,電子翻訳機自体の構成としては,電気的な信号等を出力すればよいから,この電気的な信号等を,さらに,空気振動たる音声波(合成音声)に変換する装置を,特許請求の範囲第一項(必須要件項)あるいは第二項(実施態様項)に記載しなかったのである。本件特許発明が属する電子工学,情報処理の分野では,マイクに入力される「空気振動たる音声波」を 受け電気的な信号等に変換することは,当業者にとって自明技術であり,また,「空気振動たる音声波」と「電気的な信号」に変換された後の音声情報を明確に区別して使用しなくとも「音声」という語で当業者には極めて容易に理解できる自明技術である。

 本件特許請求の範囲第一項(必須要件項)では,音声情報に限らず文字情報等を含む上位概念である情報を出力することが記載されているところ,第二項ではこの情報のうち音声情報を出力する実施態様が記載され,第四項では第二項の音声情報出力手段の実施態様としてマイクが記載されたものである。実施態様項の構成及び実施例の構成がそれぞれマイク及びスピーカであったとしても,本件特許発明の技術的範囲が右具体的構成であるマイク及びスピーカに限定されるいわれはない。

(二) 本件システムの構成bは要件Bを充足する。

 本件システムの構成bは,音声信号入力部(本件システムには音声信号入力部が存在することは前記(一)のとおりである。)を介して,「正確に発音された3桁の数字の音声信号」を認識し処理する音声認識部を有するところ,本件システムの「正確に発音された3桁の数字の音声信号」は要件Bにいう「翻訳すべき元言語に関する音声情報」に相当するから,要件Bを充足する。

(三) 本件システムの構成cイ,ロは要件Cを充足する。

 本件システムにおける,音声認識部で認識処理され,これを変換した3桁の数字の「電子コード」(質問番号,例えば「ゼロゼロイチ」)は本件特許発明の要件Cの「前記音声認識手段で認識された元言語に関する情報」に相当し,出力される非常駐音声情報(質問文章)(例えば,「年金証書を受け取りましたが,この年金証書は,どんな場合に必要になるのでしょうか。」)は同Cの「それに対応する翻訳言語に関する情報」に相当し,本件システムでの各変換,検索は,同Cの「翻訳」に相当することは,次のとおり明らかである。

(1) 本件特許発明の技術分野における「翻訳」の概念

 一般に明細書の記載は,当該発明の技術分野での従来技術を前提として解釈しなければならないところ,マイクロコンピュータによる情報処理もマイクロコンピュータの応用に関する技術に含まれるから,本件特許発明の技術分野 とは,「マイクロコンピュータ」の応用に関する技術であり,コンピュータ・プログラミングやプログラム言語の技術分野とマイクロコンピュータの応用技術たる本件特許発明の「電子翻訳機」の技術分野とは不可分の関係にある。なお,コンピュータ・プログラム言語等の技術分野における翻訳においても本件特許発明のように音声入力する場合もあるのである。しかして,「マイクロコンピュータ」の応用技術ないし情報処理の分野では,本件特許発明の出願前から,「翻訳」の概念は,自然言語間の変換,自然言語と人工言語間の変換並びに人工言語間の変換をすべて含む概念として使用されていた。換言すれば,「翻訳」とは,言語間翻訳,言語内翻訳並びに狭義の記号系間翻訳を含む概念として使用されていた。

 そして,このことは,当該技術分野の用語辞典のみならず,右の技術分野を超え,一般の科学用語辞典でも説明されるところとなっていた。

(2) 本件発明における「翻訳」の意義

@ 本件明細書の記載

 本件発明の詳細な説明の,「本明細書において,翻訳とは,ある国の言語を他国の言語に直すことだけではなく,同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこともいう。よって,同一国の言語であっても方言を標準語に直すことも,又逆も翻訳といい,演算も含む。元言語とは,翻訳前の言語をいい,翻訳言語とは翻訳された後の言語をいう。例えば,和英式電子翻訳機では,『おはよう』は元言語であり,『GOOD MORNING』は翻訳言語である。」(本件公報3欄1行ないし10行)との記載において,「ある国の言語を他国の言語に直すこと」という日常用語たる翻訳の意味に最も近い言語間翻訳を中心とし,次に「だけでなく」との語句を用いて,日常用語の翻訳から遠ざかる「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」というほぼ記号系間翻訳に相当する変換を「もいう」という語句を使用することで本件特許発明の「翻訳」の意義の外延を説明し,続いて「よって ,」という語句を用いて,右定義された「翻訳」概念中に当然含まれる「同一国の言語であっても方言を標準語に直すことも,又逆も」という言語内翻訳,及び「演算」という記号系間翻訳も含まれると確認的に例示した。

 前記のとおり,「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」も,本件特許発明の「翻訳」の概念に含まれるのであるが,右の「文字,記号を音声に直す」場合の入力する「文字,記号」とは,後記のとおり,文字言語,記号言語を意味し,本件特許発明が音声情報入力手段を構成要件としている関係上,「文字,記号」の読みを入力することである。また,出力する「音声」とは後記のとおり,音声言語を意味する。「文字,記号を音声に直す」具体例としては,SKYという英文字(言語)の読みを,「エスケイワイ」と音声で入力したことに対し「スカイ」と音声(言語)に変換する場合,H2Oという文字(化学記号)(言語)の読み(発音)である「エイチツーオー」を音声で入力したことに対し「みず」と音声(言語)に変換する場合である。また,気象記号としての「◎」の記号(言語)の読み(形状などの表現)である「にじゅうまる」を「くもり」との音声(言語)に変換する場合である。

 なお,前記(1)の自然言語,人工言語の分類に従えば,「文字,記号」には自然言語もあり,人工言語もある。

 次に,「同一国の言語において文字,記号を音声に」における「同一国の言語において」とは,「同じ国の自然言語及び人工言語間の変換において」という意味である。

(a) 例えば,「◎」が「くもり」と変換される場合で説明すると,日本国の言語において,人工言語(記号言語)「◎」の読み「にじゅうまる」を自然言語の「くもり」に,米国の言語において,「◎」の読み「ダブルサークル」を「クラウディ」に,独国の言語において,「◎」の読み「ドッペルクライス」を「ヴォルキヒ」に,それぞれ,変換することである。なお,「◎」が米国,独国においても日本国におけると同様の意味を持つ気象記号であるかは不明である。

(b) H2Oが「みず」と変換される場合で説明すると,日本国,米国のそれぞれの言語において,H2Oの読み「エイチツーオー」を,「みず」,「ウォーター」に,独国の言語においてH2Oの読み「ハーツバイオー」を「ヴァサー」に,それぞれ変換することである。

 なお,右の場合,記号言語の「読み」となるのは,本件特許発明の入力手段が,音声情報入力手段であるからである。

 さらに,人工言語と自然言語との間の変換が本件特許発明の「翻訳」の概念に含まれることは,人工言語間の変換又は自然言語と人工言語との間の変換の場合である「演算」が右「翻訳」の概念に含まれることからも裏付けられる。

 次に,「文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」における「音声」,「文字」,「記号」の意義について説明する。

 「音声」とは,物理的な側面での人間の発する空気振動としての振動波,音声波を電気的な信号等に変換した音声情報であり,また言語学的な側面での音声言語との意味を兼ね備えた概念である(乙第20号証144頁左欄4行ないし7行)ところ,右「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」における「音声」とは,言語学的な側面での「音声言語」の意味である。このことは,本件明細書の前記記載のうちの前段部分の「ある国の言語を他国の言語に直すこと」及び後段部分の「方言を標準語に直すこと」,「演算」は,本件特許発明の「翻訳」に相当する2つの言語の対応関係を記載していること,「文字,記号を音声に」との部分は,「同一国の言語において」との部分によって修飾されていること,本件公報の「元言語とは,翻訳前の言語をいい,翻訳言語とは翻訳された後の言語をいう」(3欄7行,8行)との記載からみて,「文字,記号を音声に」変換するとの,その「文字,記号」は翻訳前の言語であり,「音声」とは翻訳後の言語であることから,明らかである。「文字 」「記号」についても,同様に,文字言語,記号言語と解すべきである。したがって,「文字,記号を音声に直すこと」とは,文字言語,記号言語を音声言語に変換するという意味である。なお,本件公報の「音声入出力型電子翻訳機」(3欄11行),「音声入力用マイク」(同欄同行,21行),「音声 分析認識回路」(同欄22行),「音声合成回路」(同欄25行)の「音声」は,物理的な側面での意味の「音声」としての使用というよりは,「音声」の用語を分断することなくそれぞれの回路の特定のため使用されているにすぎない。また,本件公報の「音声信号(元言語)」(3欄41行)及び「音声信号(翻訳言語)」(4欄3行)は,「音声」と「信号」とに分断することはできず,それ自体は物理的な側面の概念である。

 以上を整理すれば,本件特許発明の「翻訳」とは,

(a) 「ある国の言語を他国の言語に直す」,すなわち,異なる国の自然言語及び人工言語相互間の変換(言語間翻訳ないし狭義の記号系間翻訳)

 「だけでなく」

(b) 「同一国の言語において」,すなわち,同一国の自然言語及び人工言語相互間(言語内翻訳ないし狭義の記号系間翻訳)において,

イ 文字言語と音声言語との間で,すなわち,文語(書き言葉)を口語(話し言葉)に変換(言語内変換),

ロ 記号言語と音声言語との間で,すなわち,人工言語を自然言語に変換(狭義の記号系間翻訳)

「もいう」として,その外延を示し,

(c) 「よって,」として,右定義された「翻訳」概念中に当然含まれる

イ 典型的な言語内翻訳である「方言を標準語に直すこと」

 「も,又逆も翻訳といい」

ロ また,人工言語間(同一言語間)の変換又は自然言語と人工言語との間(異なる言語間)の変換という双方の変換の場合がある演算「も含む」

としたのである。

 したがって,右の本件明細書の記載は,本件特許発明の「翻訳」に相当する変換を限定列挙したものではない。

A 以上によれば,本件特許発明の「翻訳」とは,少なくとも,以下を含む概念である。

(a) ある国の自然言語を他の国の自然言語に変換(自然言語間の変換[言語間翻訳])

(b) 同一国の自然言語を他の自然言語に変換(自然言語間の変換[言語内翻訳])

(c) 同一国の言語において文字,記号を自然言語に変換,又はその逆(自然言語・人工言語の変換[狭義の記号系間翻訳])

(d) 演算(自然言語・人工言語間の変換ないし人工言語間の変換[狭義の記号系間翻訳])

(e) 文字,記号を別の記号系の文字,記号に変換(人工言語間の変換[狭義の記号系間翻訳])

(f) 同一国の言語において文字,記号を音声に,又は音声を文字,記号に変換(狭義の記号系間翻訳ないし「読み上げ」)。

(3) 本件システムの構成c,イ,ロと要件Cとの対比

 本件システムの構成c,イ,ロでは,「3桁の数字」,例えば,「ゼロゼロイチ」との数字の読みを「年金証書を受け取りましたが,この年金証書は,どんな場合に必要になるのでしょうか」との質問文章に変換する。右の「3桁の数字」である「001」の数字の読み(発音)「ゼロゼロイチ」を,右の質問文章,つまり,音声(言語)に変換するのであるから,右変換は,本件特許発明の「文字,記号を音声に直すこと」に相当し,したがって,本件特許発明の「翻訳」に相当する。3桁の数字(質問番号)は日本国の言語における人工言語であり,質問文章は日本国の言語における自然言語である。つまり,本件システムは日本国の人工言語を同一の意味内容である日本国の自然言語に変換している。つまり,本件明細書の「翻訳」の定義である同一国の言語において文字,記号(3桁の数字)を音声(質問文章,自然言語)に直すこと(狭義の記号系間翻訳)に相当する。

 よって,本件システムにおける「3桁の数字」は本件特許発明の「元言語」に相当し,出力される質問文章は本件特許発明の「翻訳言語」に相当し,その置き換えは,本件特許発明の「翻訳」に相当する。

 被控訴人が,右のように解していることは,被控訴人の配付するパンフレットにおいて,「3桁の数字」の入力を質問文章(自然言語)の出力に変換することを「音声翻訳」と説明していることからも明らかである。

 もっとも,被控訴人は,「同一国の言語において文字,記号を音声に直すこと」とは文字,記号(3桁の数字)を3桁の数字の音声に変換すること(例えば,001をゼロゼロイチに変換すること)にすぎないと主張するが,前記のとおり,右主張は失当である。

 さらに,被控訴人は,本件システムより出力されるのは質問文章だけではなく,回答文章等が一連で出力されることを理由にして,本件特許発明の「翻訳」に相当しないと主張するが,右の回答文章等は単なる付加であるから,控訴人らの右の主張に何ら影響するものではない。

(四) 本件システムの構成eは要件Eを充足する。

 本件特許発明における入力阻止手段は,本件特許請求の範囲の記載によると,「電子翻訳手段に入力されるのを阻止する」手段であり,本件発明の詳細な説明に,目的ないし作用効果として,「翻訳中に不要な音声が音声認識手段を介して電子翻訳手段に入力され,翻訳すべき必要な情報と混じり誤翻訳を生ずるのを…自動的に,しかも確実に防止する」と記載されていることから明らかなように,入力阻止手段は,最終的に不要な音声情報を電子翻訳手段に入力するのを阻止すればよいのである。そして最終的に不要な音声情報の電子翻訳手段への入力を阻止する場合としては,

(1) 音声情報入力手段に入力された音声情報の音声認識手段への入力を阻止する場合と,

(2) 音声情報入力手段に入力された音声情報が音声認識手段に入力されても,

@ 音声認識手段が認識処理しない場合,

A 音声認識手段は認識処理するが電子翻訳手段への入力を阻止する場合

があるところ,本件システムの構成eは,音声認識部に音声信号が入力されても,認識処理しないようにする機能すなわち本件特許発明の電子翻訳手段に相当する本件 システムの構成cに情報を入力させない機能を有するから,本件特許発明にいう「入力阻止手段」に相当するものである。

(五) 本件システムの構成fは要件Fを充足する。

 本件特許発明の警告手段の作動時期は,少なくとも「入力可から入力不可の状態に切換わるとき」又は「入力不可から入力可の状態に切換わるとき」のいずれか一方で作動すればよいが,本件システムの場合は後者に相当する。すなわち,本件システムの入力促進部の「ピッ」という電子音のうち1桁目の数字の音声信号入力前に発する「ピッ」という電子音は,本件システムの入力阻止機能の作動解除,すなわち,音声信号の入力不可から入力可の状態に切り換わるときに同期して発せられ,音声信号入力部への音声信号の入力可を警告するのである。

 被控訴人は,本件特許発明の警告手段は,「音声情報入力手段への音声情報の入力可,不可を警告する」ものであるところ,本件システムでは,音声信号は全て音声認識部へ入力されている,本件システムの「ピッ」という音は3桁の音声情報それ自体を1桁ずつ入力させることによって3桁の数字を正確に認識するためであって,入力阻止を警告する警告手段である警告手段と は異なり,入力促進手段である旨主張する。しかしながら,確かに本件特許発明の警告手段は,音声情報入力手段への音声情報の入力可,不可を警告する手段であるが,その警告を発する時期は入力制御手段により「入力阻止手段に同期」させられているのであって,本件システムにおいても,3桁の数字の各数字間の「ピッ」という電子音は,各桁の数字を正確に認識させるためのものであるものの,1桁目の数字の音声信号の入力前に発される「ピッ」という電子音は,入力阻止機能の作動解除に同期して発せられるように構成されているから,本件特許発明にいう警告手段に相当するものである。

(六) 本件システムの構成gは要件Gを充足する。

 本件システムの構成gイの「確認メッセージの出力後に入力される『ハイ』の音声信号の入力直後から次の工程の1桁目の数字の音声信号の入力前」とは,

(1) 3桁のコードの転送期間,

(2) 検索期間,

(3) 音声合成期間,

(4) 質問番号・質問文章・回答文章及び促進メッセージの出力期間

を合計した期間であって,この合計期間中,前記本件システムの構成eの機能を作動させているから,本件特許発明の要件Gの「前記電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間,前記入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止する」ことに相当する。また,本件システムの構成gロの「次の工程の1桁目の数字の音声信号の入力が不可から可の状態になるときに同期」とは,右(1)ないし(4)の合計期間の終了であり,本件特許発明の入力不可期間の終了つまり入力阻止手段の作動解除に同期することであるから,本件特許発明の要件Gの「警告手段を入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う」機能に相当する。

 被控訴人は,「前記電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間」は,「前記入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止する」のみに掛かるのではなく,「と共に,前記警告手段を入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う」にも掛かるとし,また,入力制御手段が作動させられるのは,翻訳期間,音声合成期間,翻訳語出力期間を合計した期間に限定されるところ,本件システムでは,右入力不可期間の他にも入力不可期間が存するし,当該他の入力不可期間にも音声認識部の入力促進部に「ピッ」という電子音を発させる機能を有するから,本件システムには要件Gに相当するものは存しない旨主張する。しかしながら,右は例えば,構成要件をMとしたとき,物件の構成がM+Nであるから,充足しないとするに等しく,当を得ないものであることは明らかであるし,また各桁の数字の間の「ピッ」という電子音及び確認メッセージの出力,その後の「ピッ」という電子音,さらに,その後の「ハイ」又は「イイエ」の音声信号の入力は,各数字を正確に認識するために付加された機能にすぎないから,このような機能があるからといって要件Gに相当するものは存しないということはできない。

(七) 本件システムは要件Hの電子翻訳機に相当する。

 被控訴人は,本件特許発明の電子翻訳機が入力・翻訳・出力を繰り返す装置であると主張するが,本件公報のどこにも本件特許発明が入力・翻訳・出力を繰り返す装置であるとする旨の記載はないから,本件特許発明がかかる装置に限定されるわけではない。仮に,本件特許発明の技術的範囲が入力・翻訳・出力を繰り返す場合に限定されたとしても,本件システムの構成は,入力・翻訳・出力を5回繰り返す装置であって,本件特許発明の技術的範囲に属する。

 本件システムの「検索」と本件特許発明の「翻訳」とは,単に言葉の違いのみであって,本件システムが本件特許発明にいう「電子翻訳機」に含まれることは前記(三)のとおりである。

4 作用効果

 本件システムは,本件特許発明の構成要件をすべて充足し,主として本件システムの構成e,f及びこれらの作動を制御する本件システムの構成gにより,不要な音声が本件システムの構成cの検索動作中に入力されるのを阻止し,もって誤翻訳(誤検索)が生ずるのを自動的に確実に防止し,また本件システムの構成eが作動から作動解除の状態になるときに同期して発せられる「ピッ」という電子音により,利用者は何ら手数,強制力,注意力を要せず,能率よく正確な翻訳言語に相当する質問番号,質問文章,回答文章を得られるという作用効果を奏し,この作用効果は本件特許発明における作用効果と同一である。

5 損害賠償

(一) 被控訴人は,前記のとおり,本件システムを社会保険庁に使用させ,その使用料を得ているが,昭和63年8月23日から平成3年8月22日までの3年間の実施料相当額は金3000万円を下らない。

(二) 被控訴人は,故意又は過失により,本件特許権を侵害した。

(三) 控訴人らはそれぞれ被控訴人に対し,以下の損害賠償請求権を有する。

(1) 控訴人池上

 昭和63年8月23日から平成2年4月22日までの間の実施料相当額金1665万7534円

10,000,000円×608÷365=16,657,534円

(2) 控訴人会社

 平成2年4月23日から平成3年8月22日までの間の実施料相当額金1334万2466円

10,000,000円×487÷365=13,342,466円

6 結  論

 したがって,控訴人らは,被控訴人に対し,本件特許権に基づき,本件システムの構成を詳細に表したものである別紙システム目録(二)記載のシステムについて,その使用差止 めを求めるとともに,第一の一の5記載のとおり損害賠償を求める。

四 反訴請求原因に対する被控訴人の認否及び主張

1 反訴請求原因1は認める。

(一) 反訴請求原因2(一)は認める。

(二) 反訴請求原因2(二)の,本件システムの構成の詳細が別紙システム目録(二)記載のとおりであることは概ね認めるが,一部否認する。その詳細は以下のとおりである。

(1) 別紙システム目録(二)添付の図面について

 音声信号入出力部の存在は否認し,その余は認める。

(2) 別紙システム目録(二)の二「装置の概要」の項について

 同1は認める。なお,本件システムに電話回線以前は含まれない。

 同2につき,回線制御部に音声信号入出力部があることは否認し,その余は認める。

 同3は認める。

(3) 別紙システム目録(二)の三「本件システムのプログラム仕様の概要」の項について

 全て認める。

(4) 別紙システム目録(二)の四「本件システムの作動の概要」の項について

@ 同項1の音声認識部について

 「音声信号入出力部を介して」との点を否認し,その余は認める。音声認識部は,3桁の数字の各数字の音声信号を一定の規則で定まる電子コードに変換し,この各数字が3桁のコードとなって初めて主制御部に転送されるが,主制御部に送られた3桁のコードは,「ハイ」に対応するコードが音声認識部から主制御部に送られるまで,主制御部に保持される。

A 同項2の1,2の2の主制御部及び制御装置について

 全て認める。

B 同項3の音声合成部について

 認める。

C 同項4の回線制御部について

 音声信号入出力部があることは否認し,その余は認める。

D 同項5の主制御部の機能について

 (1)の機能を有することは認める。

 (2)の機能については,本件システムの主制御部には同項2の1の処理をしないようにする機能はあるが,その機能のみではなく,その他の機能は付加的なものではないから,全体としては否認する。

E 同項6の音声認識部の機能(入力促進部)について

 認める。ただし,「音声信号の入力が不可から可となったこと」というのは,音声認識部に入力される音声信号が認識されない状態から認識される状態になったことをいう意味である。

F 同項7の主制御部の機能について

 (1)@につき,ニは否認する。その余は認める。確認メッセージの出力後に入力される「ハイ」の音声信号入力直後から次の入力促進メッセージ(ご利用ありがとうございました。…合図音に続いてもう一度その質問番号を1桁 ずつ言ってください。)の前までが本件システムの1工程であって(なお,「イイエ」が入力された場合は正常系の処理をしない。),「ピッ」という電子音までではない。

 (1)Aについては,本件システムの主制御部には同項2の1の処理をしないようにする機能はあるが,その機能にみではなく,その他の機能は付加的なものではないから,否認する。

 (2)は認める。

G 同項8の別図3−1ないし4について

 認める。

(三) 反訴請求原因2(三)の本件システムの構成aないしhについて

(1) 本件システムの構成aについて

 回線制御部が音声信号入出力部を有する点は否認し,その余は認める。

(2) 本件システムの構成bについて

 同イのうち,音声信号が音声信号入出力部を介して入力される点は否認し,その余は認める。

 同ロは認める。但し,音声認識部には「ハイ」に対応するコードを主制御部に転送する機能もある。

(3) 本件システムの構成cについて

 同イは認める。但し,主制御部から制御装置に3桁のコードを転送するのは,「ハイ」と入力された音声信号で確認された後である。

 同ロ及びハは認める。

(4) 本件システムの構成dについて

 回線制御部に音声信号入出力部がある点は否認し,その余は認める。

(5) 本件システムの構成eについて

 認める。

(6) 本件システムの構成fについて

 認める。但し,「音声信号の入力が不可から可になったこと」というのは,音声認識部に入力される音声信号が認識されない状態から認識される状態になったことをいう意味である。

(7) 本件システムの構成gについて

 認める。但し,主制御部全体としては,この他にも本件システムの構成eの機能を解除させる機能及び「ハイ」と入力された音声信号で確認された3桁のコードを主制御部から制御装置に転送する機能もある。

(8) 本件システムの構成hについて

 認める。

(四) 同2(四)の作用効果については否認する。

3 反訴請求原因3について

 いずれも争う。

(一) 要件A及びDに関して

 控訴人らは,本件システムの音声信号を受信するコネクタ,ネジ止め等が音声情報入力手段,情報出力手段に相当すると主張するが,本件特許請求の範囲の記載によれば,音声認識手段が翻訳すべき音声情報を入力する端子(コネクタ等)を有していること,電子翻訳手段が翻訳すべき音声情報を入力する端子(コネクタ等)を有していることは当然であるから,独立の手段である音声情報入力手段や情報出力手段が単なるコネクタ等であるはずがない。控訴人らはマイクが音声情報入力手段に,スピーカが情報出力手段に含まれることを認めているが,コネクタ等は必ず存在しなければならないから,控訴人ら主張のように考えると,2つの音声情報入力手段と2つの情報出力手段が存在することになってしまう。したがって,スピーカが情報出力手段に含まれ,マイクが音声情報入力手段に含まれる以上,コネクタ等が音声情報入力手段や情報出力手段に当たると解することは不可能である。また,マイクやスピーカのようなエネルギーの存在形態変換機器とコネクタ等の単なる伝送路を同一機能実現手段として論ずることはできない。本件発明の詳細な説明によると,本件特許発明の目的は,音声入力用マイクが常時作動しているため正確な翻訳が行 なえないという従来の音声入出力型電子翻訳機の欠点を除去するところにあるから,本件特許発明の構成にマイクが含まれていないことはあり得ないし,現に本件明細書には音声情報入力手段がマイクである場合しか開示されていない。また本件発明の詳細な説明によると,本件特許発明の奏する作用効果は,翻訳中に不要な音声が音声認識手段を介して電子翻訳手段に入力され,翻訳すべき必要な情報と混じり誤翻訳を生ずるのを自動的かつ確実に防止するところにあるとされているが,音声情報入力手段が電気信号となっている音声情報を入力するものであって,マイクでないのであれば,無意味な作用効果である。

(二) 要件Bに関して

 本件システムには,音声入出力部は存在しない。また本件システムの音声認識部は控訴人ら主張の機能の他に

(1) 3桁の数字の音声信号は1桁ずつ入力され,認識処理する,

(2) 1桁ずつ入力された3桁の音声信号以外にも「ハイ」,「イイエ」の音声信号を認識処理する,

という機能が存在し,この機能がなければ,本件システムの音声認識部の機能として不十分であって,これは単なる付加ではないから,要件Bを充足しない。

(三) 要件Cに関して

(1) 本件特許発明の技術分野における「翻訳」の概念

 本件特許発明の「電子翻訳機」とは電子的な装置によって「翻訳」を行う機械であると解される。ちなみに,機械翻訳とは,日常生活に使っている言語を,コンピュータによって別の自然言語に翻訳することであり,翻訳機械とは,人間が普通に使用する言語(コンピュータ用のプログラム言語など人工言語との対比で自然言語という。)を別の自然言語に翻訳する機械をいうとされている。

 したがって,電子翻訳機の技術用語としての「翻訳」の一般的意味は,「ある言語を別の言語に直すこと」であり,一般に翻訳とは,ある自然言語の意味内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに写し換えることである。

 また,電子翻訳機とコンピュータ・プログラム言語とは技術分野は明らかに異なる。なお,控訴人らが根拠とする乙第19号証は発明の対象が「連続音声認識装置」であって電子翻訳機ではなく,本件特許発明の技術分野とは異なる。

 以上のとおり,本件特許発明の電子翻訳機の技術分野において,「翻訳」の概念は,自然言語間の変換をいうものであり,自然言語と人工言語間の変換 並びに人工言語間の変換をすべて含む概念として使用されていない。

(2) 本件特許発明における「翻訳」の意義

 本件発明の詳細な説明中の「翻訳」についての記載は,まず一般的な自然言語間の変換を定義し,次に一般的な定義に入らない,読み上げ,方言・標準語間の変換,演算を限定的に列挙したものにすぎない。

 控訴人らは,前記「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」における「音声」とは,言語学的な側面における「音声言語」の意味であると主張するが,失当である。すなわち,

 乙第20号証に「音声」の説明として,「人間などが発音器官をつかって出す音を声といい,言語を表現するためにつかわれる声を音声という。したがって,音としての側面と言語としての側面をもっている」という記述があることは認める。そして,本件特許発明は「電子翻訳機」であり,翻訳する対象が意味のある言葉であるのは当然であるから,右「音声」概念が言葉を表現するために使われる声であることは否定しない。

 しかしながら,本件特許発明における「音声」はマイクという入力手段を必要としており,空気振動としての音声波を意味するところ,「音声」に言語としての側面があることは右のとおり当然であるから,「音声言語」は「音声」と全く同じことを意味するにすぎず,控訴人らのいう「記号や文字の読み(発音)」の入力であっても,言語学的側面から評価すれば「音声言語」の入力であるから,控訴人らの主張するように言語学的側面から解するのであれば,「文字,記号を音声に直す」という定義は,「文字,記号の音声言語を音声言語に直す」と解する以外はない。したがって,控訴人ら主張のとおりであるとしても,本件特許発明における「翻訳」の定義の範囲を何ら広げるものではない。

 仮に,本件特許発明の発明者である控訴人池上が右定義において「同一意味内容の変換」までも念頭においていたとすれば,「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」ではなく,「同一国の言語において文字,記号を言語に,または言語を文字,記号に直すこと」と想定しているはずである。

 以上のとおり,「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」とは,単なる読み上げを 規定したものにすぎないと解すべきであるから,控訴人らの主張は失当である。

(3) 本件システムの構成c,イ,ロと要件Cとの対比

@ 「同一国の言語において文字,記号を音声に直すこと,及びその逆」とは,前記のとおり,例えば,3桁の数字001(記号)を3桁の数字の音声に変換すること及びその逆(例えば,音声「ゼロゼロイチ」を001(記号)に変換すること)にすぎないから,本件システムのような数字の音声情報(ゼロゼロイチ)を入力し,これを基に予め数字に対応するようにデータ化していた一連の長文の質問番号,質問文章及び回答文章を音声情報として出力することは,「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」に該当しない。

A 仮に,本件特許発明の「翻訳」が控訴人ら主張のとおり同一意味内容について異なる表現形式へ変換することであると解されるとしても,本件システムの3桁の各数字の入力音声と出力される質問文章との関係は,単にシステム設計者が独自に対応関係を設定したものにすぎず,3桁の各数字と質問文章は対応関係はあるものの,同一意味内容を表現しているとはいえない。本件システムは,事前に設定された数字と質問文章は対応関係に基づいた単なる検索にすぎず,本件特許発明の「翻訳」には相当しない。

 すなわち,本件特許発明の「翻訳」が控訴人ら主張のとおり対応関係が恣意的に設定されたものではない記号系間翻訳(狭義の記号系間翻訳)を含むとしても,右対応関係は,誰でもが理解することができ,一般的に理解されるものでなければならない。したがって,本件システムのような独自に設定された対応関係に基づく変換は,一般的でなく,誰でもが理解することができる対応関係ではないから,本件特許発明の「翻訳」に含まれない。

 ちなみに,狭義の記号系間翻訳においては,記号系間の対応の設定が恣意的なものは,右の記号系間翻訳に含まれないことは,乙第7号証の記載から明らかである。すなわち,乙第7号証には,右の記号系間翻訳の例は赤信号(危険),数式,化学式であり,これと同列に並べることのできない関係として,母音体系の色彩体系への翻訳,音楽,絵画内容の言葉での言い表しあるいはその逆(広義の記号系間翻訳)が挙げられているから,同号証における狭義の記号系間翻訳の対応関係は,方言と標準語の関係,演算の関係と同じく一般的な関係である。すなわち,一般人をして同一意味内容を別の表現形式に変換する関係である。これに対し,広義の記号系間翻訳は「恣意的な関係」であり,「個人においては記号系間の対応が一定していることにすぎない」場合である。いいかえれば,広義の記号系間翻訳は個人において異なる独自の対応関係ということになる。すなわち,一般人をして同一意味内容を意識する関係にはない。

 本件システムにおける対応関係は,被控訴人が独自に設定したものであり,同一意味内容を表したものではない。本件システムは便宜上対応させただけのものであって,この対応関係は一般的ではなく,別の対応関係にすることも十分できるため,システム作成者個人によって対応関係は一定していない。

 よって,本件システムは「一般的」を要件とする狭義の記号系間翻訳にも該当しない。

 なお,控訴人らは,独自に設定された対応関係であっても,パンフレット等に記載し利用者に周知させれば誰でもが理解することのできる対応関係になるから,恣意的な対応関係とならないと主張するが,本件システムの「3桁の数字の音声」と「質問文章」との関係は,たとえパンフレットに記載し利用者に周知させても,前述したような方言と標準語,赤信号(危険),数式(演算),化学式等のような一般的な対応関係になるわけではなく,狭義の記号系間翻訳にならない。

 よって,本件システムの3桁の数字の音声と質問文章が「狭義の記号系間翻訳」に該当するとの控訴人らの主張は,誤りである。

 以上のとおり,本件システムの3桁の数字はあくまでも質問文章を検索するために便宜的に設定されたものにすぎず,3桁の数字を質問文書に表現形式を変えることを目的としたものではなく,表現形式の変換を目的とする本件特許発明の「翻訳」とは本質的に異なる。

(四) 要件Eに関して

 控訴人らは,本件特許発明の構成E及びFを2つの機能に分けているが,これらは結合して要件Gの「入力制御手段」として機能するものである。したがって,「電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間」,前記「入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止」すると共に,前記 「警告手段を前記入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う」ものであり,これらの機能を結合させているのであるから,「電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間」,「入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止」する機能,「警告手段を前記入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う」機能は分離することはできないものである。本件特許発明における入力阻止手段は,本件特許請求の範囲及び本件発明の詳細な説明によると,電子翻訳手段に情報が入力されるのを阻止するものであるから,音声認識手段の前に存在すると解される。これに対して ,本件システムにおいては,音声信号は全て音声認識部に入力されるが,数字の音声信号と「ハイ」,「イイエ」以外の音声信号は音声認識部の認識処理しない機能が働くため,音声認識部から主制御部へ転送されないのである。よって,本件システムの要件eは本件特許発明の要件Eに該当しない。

 控訴人らは,入力阻止手段は,最終的に不要な音声情報を電子翻訳手段に入力するのを阻止すればよいと主張するが,本件システムにおいては,「ハイ」の入力後初めて3桁のコードに対する質問番号,質問文章,回答文章の検索を行い,音声信号を検索するのは ,「ハイ」の入力直後だけであって,1桁目の数字の音声信号の入力直前になる「ピッ」という音は翻訳手段に音声信号に基づく情報が入力不可から可になったときに同期してなるのではないから,控訴人らの右主張によれば,本件システムは本件特許発明に全く該当しないことになる。

(五) 要件Fに関して

 本件特許発明の警告手段は,「音声情報入力手段への音声情報の入力可,不可を警告する」ものであるところ,本件システムでは,音声信号は全て音声認識部へ入力されており,本件システムの「ピッ」という音は3桁の音声情報それ自体を1桁ずつ入力させることによって3桁の数字を正確に認識するためであって,入力阻止を警告する警告手段とは異なり,入力促進手段である。

 本件システムにおいては,1桁目の数字の入力直前,2桁目の数字の入力直前,3桁目の数字の入力直前及び確認メッセージ出力直前に「ピッ」という電子音が発せられるところ,控訴人らは1桁目の数字の入力直前の電子音が音声信号の入力不可から可の状態に切り換わるときに同期して発せられ,音声信号入出力部への入力可を警告している旨主張する。しかし,1桁目の数字の入力直前の「ピッ」という電子音と他の電子音及び「ハイ」の直前の電子音は音声認識部が認識処理しない期間から認識処理する期間への切換えの 際発せられるものであって,差がなく,両者を区別することはできない。また,音声認識部から主制御に3桁のコードが転送されるのは,これらの数字が全て入力された後であり,また,主制御部から制御装置に3桁のコードが転送されるのは,「ハイ」という確認メッセージの後であって,1桁目の数字の入力直前の電子音は転送とは全く同期していないから,「入力不可から可への切換わり」に同期する警告手段ではない。

(六) 要件Gについて

 控訴人らは,入力制御手段の機能を,

(1) 電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間,自動的に入力阻止手段を作動させる,

(2) 入力阻止手段と警告手段を同期させる,

の2つに分けるが,「前記電子翻訳手段で翻訳動作を実行している間」は,「前記入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止する」のみに掛かるのではなく,「と共に,前記警告手段を入力阻止手段に同期させて自動的に警告を行う」にも掛かり,これらの機能を結合させているのであるから,「前記翻訳手段で翻訳動作を実行している間」を分離させ,これを「入力阻止手段を自動的に作動させて入力を阻止する」のみに掛からせることは誤りである。また,入力制御手段が作動させられるのは,翻訳期間,音声合成期間,翻訳言語出力期間を合計した期間に限定されるところ,本件システムでは,右入力不可期間の他にも入力不可期間が存するし,当該他の入力不可期間にも音声認識部の入力促進部に「ピッ」という電子音を発させる機能を有するから,本件システムは要件Gに相当するものは存しない。

 本件特許発明の作用効果及び目的は,正確な翻訳を能率よく行うことであり,警告手段もそのために存在するのであるから,警告手段及び入力制御手段が「翻訳動作の実行の間」とは全く 関連のない時期に作動する入力阻止手段に警告手段を同期させるものとすることはできない。

 仮に,本件特許発明の入力阻止手段を「音声認識手段に入力されるのを阻止する手段」と解釈し,本件システムの音声認識部の「認識処理しない機能」がこれに該当するとした場合,3桁の数字の1桁毎及び「ハイ」「イイエ」の入力の際に入力阻止機能が作動するから,本件特許発明の「入力制御手段」に該当しない。また,仮に,本件特許発明の入力阻止手段を「翻訳手段に入力されるのを阻止する手段」と解釈し,本件システムの主制御部から制御装置に3桁のコードを転送すること以降を「翻訳機能」であるとした場合も,入力阻止機能と電子音の発生及び検索が同期していない。したがって,本件システムには,本件特許発明にいう「入力制御手段」に相当するものは存在しない。

(七) 要件Hについて

本件特許発明は,その対象が電子翻訳機であり,かつ,その作用効果は誤翻訳,誤入力を防止するtこおであり,本件明細書に記載された実施例及び実施態様からも,入力・翻訳・出力を繰り返すことが当然の前提であるが,本件システムは,入力・翻訳・出力を繰り返すシステムではない。また,本件システムは,情報検索システムであって,翻訳機ではない。さらに,本件システムは,本件特許発明の出願前に発表されている「音声によるオンライン質問回答システム」と同一の構成及び機能を有しているから,本件システムと本件特許発明とが同一の構成及び機能を有しているとすれば,本件特許発明は,特許無効原因を内在していることになるから,本件特許発明は本件システムを含んでいないように限定的に解釈されるべきである。

4 作用効果について

 本件システムが本件特許発明が奏する作用効果と同じ作用効果を奏するとの点は否認する。

 本件システムの作用効果は,不要な音声が検索動作中に入力されるのを阻止することではない。そもそも本件システムにおいては,「ハイ」で確認された3桁のコードに基づいてのみ検索が行われるのであるから,これ以外の音声信号が入力されても認識処理しないのである。したがって,本件システムには,誤認識を防止する作用効果は必要であるが,本件特許発明のような誤翻訳を防止するような作用効果は不要である。

5 損害賠償について

 被控訴人が本件システムを社会保険庁に使用させ,その使用料を得ていることは認めるが,その余は全て争う。

6 結論について

 争う。

五 被控訴人の主張(四3(三)(3)A)に対する控訴人らの反論

 被控訴人は,本件システムの3桁の各数字の入力音声と出力される質問文章との関係は,単にシステム設計者が独自に対応関係を設定したものにすぎず,3桁の各数字と質問文章は対応関係はあるものの,一般的でなく,誰 でもが理解することができる対応関係ではない,恣意的な対応関係にあるものであるから,同一意味内容を表現しているものではないと主張する。

 乙第7号証の「更に広義の記号系間翻訳として,例えば,Aは黒,Eは白,Iは赤といった母音体系への色彩体系への翻訳なども考えることができるが,この広義の記号系間翻訳の場合には,置換えが行われる記号系間翻訳の設定は恣意的であるから,他の記号系間翻訳と同列に並べるわけにはいかないとされていること」(541頁最右欄乙第1号証542頁最左欄)との記載によれば,「母音体系の色彩体系への翻訳」のような「個人の感覚によって記号系間の対応関係が一定していない関係」を広義の記号系間翻訳における「恣意的な対応関係」というのであって,「恣意的」な関係とは,「自分勝手な」とか「自分独自の」とかの意味ではない。

 そもそも,どのような「翻訳」概念にも,「一般的であり,誰でもが理解することができる対応関係」であることは要求されていない。狭義の記号系間翻訳とは,記号等に「意味付け」(自然言語との対応関係を誰かが独自に設定)することにより可能となった該記号と自然言語との間の変換をいう ことであり(数式や化学式などの表記の簡略を期して自然言語で表現可能なものを別の記号系に置き換えたものも含む。),「被控訴人において独自に考えた対応関係」にある翻訳とは,少なくとも狭義の記号系間翻訳を意味するから,本件システムの3桁の各数字と質問文書との間の変換は,狭義の記号系間翻訳に相当する。しかして,本件特許発明の「翻訳」に右の狭義の記号系間翻訳が含まれることは,本件発明の詳細な説明に「文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」及び「演算」も翻訳に含まれると記載されていることから明らかである。

 右をさらに敷衍すれば,次のとおりである。

 記号等には元々意味がないから,いろいろな「意味付け」が可能となる。そして,種々の分野では他の分野と異なる独自の「意味付け」がなされているのである。例えば「◎」の記号に対して,「くもり」との意味付け,すなわち「くもり」という自然言語との対応関係を日本の気象庁が独自に設定すると,右記号から「くもり」との自然言語への変換が可能となるが,同じ「◎」の記号について,国際気象記号では「快晴 無風」,天文記号では「惑星状星雲」,地図記号では「市役所」,航空図では「軍用陸上飛行場」,電気記号では「マンホール」,競馬新聞等では「本命馬」をそれぞれ意味するのである。

 本件システムでは,例えば,質問番号である「001」(「ゼロゼロイチ」)の「3桁の数字」自体に元々意味はない。右の「3桁の数字」に被控訴人(又は社会保険庁)が「年金証書を受け取りましたが,この年金証書はどんな場合に必要になるのでしょうか。」との自然言語に「意味付け」して表記の簡略化を図ったのである。そして,「3桁の数字」が質問文章に「意味付け」されていることは,「3桁の数字」を質問番号としていることからも明らかである。したがって,「3桁の数字」と「質問文章」の関係は,「方言と標準語」「演算」の関係と同じく,狭義の記号系間翻訳であって,乙第7号証で説明されている「恣意的な関係」ではなく,広義の記号系間翻訳ではない。

 そして,本件システムにおける「ゼロゼロイチ」との質問番号の音声での入力,すなわち,「文字,記号」の読みの入力と「年金証書を受け取りましたが……」との質問文章(自然言語)の出力は,右の「同一国の言語において記号を音声に直す」ことそのものであり,その対応関係は前記のとおり,恣意的に設定されたものでないから,本件特許発明の翻訳に含まれるものである。

 仮に,狭義の記号系間翻訳において,被控訴人主張のように,誰でもが理解することができる対応関係が必要であるとしても,狭義の記号系間翻訳,例えば自然言語と人工言語との間の変換,その逆又は人工言語間の変換は,誰か人間がその関係を設定したものであるが,そのような人工的な関係も一般に周知させれば,「誰でもが理解することができる対応関係」となるから,本件システムにおける「3桁の数字」と質問文章との関係が被控訴人が独自に考えた対応関係であるとしても,乙第2,第3号証のようなパンフレット等を一般に配付し,一般に周知させれば,「誰でもが理解することができる対応関係」となるのである。

第四 証拠関係

<省  略>

理        由

1 本訴請求原因1ないし3の事実並びに反訴請求原因1(一),(二)及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2 反訴請求原因2(二)の別紙システム目録(二)については,一項「図面の説明」のうち,図面の音声信号入出力部の部分,二項「装置の概要」のうち,2(1)の回線制御部に音声信号入出力部があるとの部分,四項「本件システムの作動の概要」のうち,1の「音声信号入出力部を介して」との部分,4の回線制御部に音声信号入出力部があるとの部分,5の主制御部が(2)の機能を有するとの部分,7の主制御部が(1)@ニ及び(1)Aの機能を有するとの部分を除き,当事者間に争いがない。

3 反訴請求原因2(三)の控訴人らが本件システムの構成及び機能を本件特許発明の構成要件に対応させて説明した部分については,本件システムの構成aのうち,回線制御部が音声信号入出力部を有する点を除く部分,構成bイのうち,音声信号が音声信号入出力部を介して入力される点を除く部分,構成bロ,構成cイロハ,構成dのうち,回線制御部に音声信号入出力部がある点を除く部分,構成e,構成f,構成g及び構成hの構成ないし機能を有する点は,当事者間に争いがない。

1 本件システムは,電話回線と電話交換網によってプッシュ式電話機及びダイヤル式電話機に接続されるコンピュータシステムであって,電話機をコード入力端末装置(プッシュ式電話機の場合),音声入力端末装置(ダイヤル式電話機の場合)として,質問のコードをコード入力(プッシュ式電話機の場合)又は音声入力(ダイヤル式電話機の場合)することにより,質問のコードに対応する情報(回答等)を検索し,これを音声で電話機より出力するものである(別紙システム目録(一)装置の概要。)。

2 本件システムのうち,,プッシュ式電話機によるコード入力の場合は,前記のとおり,音声による入力及び音声認識部がなく,したがって,本件特許発明の要件A及びBを充足しないことは明らかであるから,プッシュ式電話機によるコード入力のコンピュータ情報検索システムが,本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

3 よって,以下,本件システムのうち,音声入力,音声出力の構成のみについて論ずることとする。

三 まず,本件システムが本件特許発明にいう「翻訳」及び「電子翻訳機」の要件を充足するかどうかについて判断する。

 本件システムにおいては,音声応答認識装置に入力された3桁の数字の音声信号が,音声認識部で認識され,同認識部で3桁の電子コードに変換され,主制御部に転送され,制御装置は,主制御部より転送された右3桁の電子コードに対応した回答用音声番号を音声データベースから読み出し,これを主制御部に転送したうえで,主制御部に対し,当該回答用音声番号に対応する非常駐音声情報を出力するように指令し,主制御部は,この指令に基づき,当該回答用音声番号に対応する非常駐音声情報を音声ファイルから読み出し,音声合成部は,主制御部からの指令に基づき,右非常駐音声情報(質問番号,質問文章及び回答文章)を音声合成し,音声合成された質問番号,質問文章及び回答文章たる音声信号が出力されることは,前記のとおり,当事者間に争いがない。

 控訴人らは,本件システムにおける,音声認識部で認識処理され,これを変換した3桁の数字の「電子コード」(質問番号,例えば,「ゼロゼロイチ」)は本件特許発明の要件Cの「前記音声認識手段で認識された元言語に関する情報」に相当し,出力される非常駐音声情報(質問文章)(例えば,「年金証書を受け取りましたが,この年金証書は,どんな場合に必要になるのでしようか。」)は同Cの「それに対応する翻訳言語に関する情報」に相当し,本件システムでの右変換は,同Cの「翻訳」に相当すると主張するので,以下,まず,本件特許発明における「翻訳」の意義について検討する。

 証拠<省略>によれば,本件特許発明の目的,効果について,本件発明の詳細な説明において,「従来の音声入出力型電子翻訳機は,音声入力用マイクが常時作動しているため正確な翻訳が行えないという欠点があった」(本件公報3欄2行ないし13行)ため,「本発明は,かかる欠点を除去し,高精度の翻訳が可能な電子翻訳機を提供する」(同3欄14行,15行)ものであり,音声入力を用い,その音声入力を認識し,翻訳し,出力する電子翻訳機を前提発明とし,翻訳動作実行中,翻訳手段への入力を阻止する手段とこれに同期して作動する警告手段を備え,これにより「翻訳中に不要な音声が音声認識手段を介して電子翻訳手段に入力され,翻訳すべき必要な情報と混じり誤翻訳を生ずるのを…,自動的に,しかも確実に防止することができ,また,それに同期して発せられる警告…を見て話すだけで何ら手数,強制力,注意力を要せず誰でも能率よく正確な翻訳を得ることができる。」(同5欄36行ないし6欄7行)と記載され,実施例として,マイクとスピーカ を配設する電子翻訳機において,和文英訳をする例が示されている。

 また,本件発明の詳細な説明において,「本発明は電子翻訳機に関する。」(本件公報2欄末行)とされ,「なお,本明細書において,翻訳とは,ある国の言語を他国の言語に直すことだけでなく,同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこともいう。よって,同一国の言語であっても方言を標準語に直すことも,又逆も翻訳といい,演算も含む。」(同3欄1行ないし6行)(以下「本件記載」という。)と定義されている。

 証拠<省略>によれば,「一般に翻訳とは,ある自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること」とされ,「翻訳機械」とは「人間が普通に使用する言語(コンピュータ用のプログラム言語など人工言語との対比で自然言語という。)を別の自然言語に翻訳する機械をいい,このような機械による翻訳のことを機械翻訳 machine translation,自動翻訳とよんでいる。」と定義がなされるとともに,翻訳に用いる機械としては専らコンピュータについてのみ言及していることが認められ(なお,乙第7号証は,本件特許発明の出願日〔昭和54年8月16日〕前に刊行されたものではないが,本件特許発明の出願当時の当業者の「機械翻訳」についての理解が,右乙号証に記載されたところと異なるとの主張も立証もないから,本件特許発明の出願当時の当業者の「機械翻訳」についての理解を示すものとして判断して差し支えない。),弁論の全趣旨によれば,「電子翻訳」というのは,通常その字句のとおり,電子回路等を利用した右機械翻訳のことをいうものと解される。

 ところが,証拠<省略>によれば,情報処理用語の項において,「言語」とは,「情報の伝達のために使う文字,約束及び規則の集合」と定義され,言語は自然言語と人工言語に分類され,「自然言語」とは,「規則が明示的には規定されずに,現行の用法に基づいている言語」,「人工言語」とは,「規則が使用前から明示的に確立されている言語」をいうものとされ,「翻訳する」とは,「ある言語を別の言語に変形すること」と定義され,同第27号証(OHM電気電子用語辞典 茂木晃編 オーム社 昭和57年11月30日第1版第1刷発行)によれば,「翻訳は自然言語,人工言語,各種の記号,アルファベットなどの間で行われる」とされていることが認められる。これらによれば,本件「電子翻訳機」と技術分野が共通するものと認められるマイクロコンピュータの応用技術ないし情報処理の分野では,「翻訳」とは,自然言語,人工言語を問わず,ある「言語」を別の「言語」に変形することであると認められる(なお,乙第11,第27号証は,本件特許発明の出願日〔昭和54年8月16日〕前に刊行されたものではないが,本件特許発明の出願当時の当業者の情報処理用語としての「翻訳」についての理解が,右乙各号証に記載されたところと異なるとの主張も立証もないから,本件特許発明の出願当時の当業者の情報処理用語としての「翻訳」についての理解を示すものとして判断して差し支えない。)。

3 控訴人らの主張する本件特許発明における「翻訳」の意義について

 控訴人らは,本件記載において,「ある国の言語を他国の言語に直すこと」という日常用語たる翻訳の意味に最も近い言語間翻訳を中心とし,次に「だけでなく」との語句を用いて,日常用語の翻訳から遠ざかる「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」というほぼ記号系間翻訳に相当する変換を「もいう」という語句を使用することで本件特許発明の「翻訳」の意義の外延を説明し,続いて「よって,」という語句を用いて,右定義された「翻訳」概念中に当然含まれる「同一国の言語であっても方言を標準語に直すことも,又逆も」という言語内翻訳,及び「演算」という記号系間翻訳も含まれると確認的に例示したと主張し,「翻訳」には,「言語間翻訳」,「言語内翻訳」,「記号系間翻訳」(言語には自然言語及び人工言語を含む。)のいずれも含まれると確認的に例示したものにすぎないと主張するので検討する。

(一) まず,控訴人らの主張する「記号系間翻訳」の意義について検討する。

 前掲乙第7号証の「翻訳」の項によれば,ロシア出身の言語学者R.ヤコブソンは,翻訳の言語学上の概念として,言語内翻訳(同一言語内での言換え),言語間翻訳(ある自然言語から別の自然言語への移し換え),記号系間翻訳(自然言語を別の記号系に置き換えること)の3種に分けていることが認められ,これに徴すると,控訴人らの主張する記号系間翻訳とは,ある記号系を別の記号系に置き換えることをいい,どちらかの記号系が自然言語の場合もあるものと解される。

(二) 次に,本件記載による「翻訳」の定義について検討する。

@ 「ある国の言語を他国の言語に直すこと」旨の記載について

 「国の言語」とは,例えば,日本語,英語,ドイツ語などを意味すると解されるが,このような言語は,必ずしも,国境で区切られた国の言語に限定されるものではない(英語,フランス語,スペイン語が,複数の国において使用されたり,スイスやカナダのように,一国の中の地域によって,フランス語,ドイツ語,イタリア語などが使用されることは,公知の事実である。)ことを考えれば,ある言語共同体の間で共通に用いられる自然発生的な言語であると解されるから,自然言語と同義であると解される。そうすると,右記載は,前掲乙第7号証における「翻訳」の一般的定義である「ある自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること」と同義であると解される。したがって,本件記載の右部分は,本件特許発明における「翻訳」の定義が一般的定義に従うことを明記したものと認められる。そして,右記載に続いて「だけでなく」という接続詞を用いて,同接続詞に続く「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこともいう」旨の記載から規定される範囲だけ,右一般的定義より,広い意味であるいは確認のために(より明確にする意味で)使用することを明記したものと認められる。

A 「同一国の言語において文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこともいう」旨の記載について

 「同一国の言語において文字,記号を音声に」の意義については,前記@のとおり,「国の言語」は自然言語と解されるから,「同一国の言語」とは同一自然言語と解されるので,「同一自然言語において,文字,記号を音声に」とは,意味が不明である。なお,控訴人ら の,「同一国の言語において文字,記号を音声に」における「同一国の言語において」とは,「同じ国の自然言語及び人工言語間の変換において」という意味であると主張するが,前記2で判示したとおり,「自然言語」と「人工言語」とは対立する概念であり,前記@のとおり,「国の言語」がある言語共同体の間で共通に用いられる自然発生的な言語を意味すると解されるのであるから,「同一国の人工言語」ということはあり得ない。控訴人らが例としてあげる「◎」が「くもり」,「クラウディ」,「ヴォルキヒ」と変換される場合における「◎」は,「同じような種類の情報を伝える記号と記号は 1つのまとまり,すなわち記号体系を形成するが,この記号体系を広い意味での言語ということがある。」(乙第28号証〔翻訳と文化の記号論 文化落差のコミュニケーション 磯谷孝著 株式会社勁草書房 昭和55年1月30日 第1版第1刷発行〕,24頁11行,12行)と定義されているような記号体系としての言語ではなく,単なる記号であり,日本語,ドイツ語,あるいは英語という自然言語の中で用いられる記号にすぎず,別個の独立した体系としての「人工言語」ではないことは明らかである。

 また,「同一自然言語において,文字,記号を音声に」を同一自然言語における読み上げを意味するとすれば,本件特許発明における実施態様が不明である。本件発明の詳細な説明に記載された実施例に即して,「I AM TOM」なる文字記号(翻訳言語)を同一自然言語の「アイ アム トム」なる音声記号(翻訳言語)に変換後スピーカに印加する(本件公報4欄1行ないし4行)ことと解してみても,本件特許発明の構成要件と対応させると,右のような音声合成自体は,電子翻訳手段それ自体でない。すなわち,特許請求の範囲第2項(実施態様項)の「電子翻訳手段は,音声認識手段で認識された元言語に関する情報に基づいて,それに対応する翻訳言語に関する情報に翻訳する電子翻訳部と,前記電子翻訳部で翻訳された翻訳言語に関する情報に基づいて,それに対応する翻訳言語に関する音声情報を合成する音声合成手段とを有し」(本件公報1欄22行ないし2欄1行)との記載によれば,本件特許発明において,電子翻訳手段は,音声合成手段を含む場合もあると解されるが,それ自体ではないからである。なお,控訴人らは,「文字,記号を音声に直す」場合の入力する「文字,記号」とは,本件特許発明が音声情報入力手段を構成要件としている関係上,「文字,記号」の読みを入力することであると主張するが,控訴人らの右主張は,「文字,記号」を入力すべき元言語,「音声」を翻訳言語とする主張を前提とするものであり,後記のとおり,かかる主張は理由がない。

 控訴人らは,「音声」とは,物理的な側面での人間の発する空気振動としての音声波,あるいは音声波を電気的な信号等に変換した音声情報であり,また言語学的な側面での音声言語との意味を兼ね備えた概念であるところ,本件発明の詳細な説明の記載からみて,右記載部分における「音声」とは,言語学的な側面での「音声言語」の意味であり,「文字,記号を音声に」との記載部分における「文字,記号」は翻訳前の言語であり,「音声」とは翻訳後の言語であると主張し,「文字」,「記号」についても,同様に,文字言語,記号言語と解すべきであり,したがって,「文字,記号を音声に直すこと」とは,文字言語,記号言語を音声言語に変換するという意味であると主張する。

 しかしながら,乙第20号証(岩波科学百科 岩波書店編集部編 平成1年11月10日第1刷発行)には,「人間などが発声器官をつかって出す音を声といい,言葉を表現するためにつかわれる声を音声という。したがって,音声は,音としての側面と言語としての側面をもっている。」(144頁左欄4行ないし7行)との記載があることが認められ,右記載によれば,音声は,言葉を表現するために使われる発声器官をつかって出す音をいうものであると解される。そうすると,音声の言語としての側面というのは,音声が言葉を表現するという限りにおいて意味を持つものであって,別個独立の言語体系をなすということまでを意味するものではない。したがって,「文字,記号」と「音声」とは異なる言語であることを前提として,「文字,記号」は翻訳前の言語であり,「音声」とは翻訳後の言語であるとする控訴人らの主張は採用できない。さらに,乙第24号証(国語学大辞典 国語学会編 昭和55年9月30日初版発行)の人工言語の項に,「自然言語の語を流用しない場合には記号言語という」との記載,前掲同28号証の前記「同じような種類の情報を伝える記号と記号は 1つのまとまり,すなわち記号体系を形成するが,この記号体系を広い意味での言語ということがある。」との記載によれば,記号言語について統一的な定義があるわけではないが,言語としての記号は 1つのまとまり,すなわち記号体系をなしているものであると認められる。しかるところ,前記「文字,記号を音声に」との記載部分における「記号」を記号体系をなしている言語としての記号を意味するものであることを示唆する記載は,本件明細書にはないから,単なる「記号」を意味するものと認められる。そして,「文字,記号を音声に直すこと」との記載部分は,「同一国の言語において」との記載部分に続いているが,前記@のとおり,「国の言語」は自然言語と解されるから,「同一国の言語」とは同一自然言語と解されるので,前記のとおり,「自然言語の語を流用しない場合には記号言語という」(前掲乙第24号証の人工言語の項)のであるから,同一自然言語内における記号言語ということはあり得ないはずである。なお,控訴人らの主張する気象記号としての「◎」の記号(言語)の読み(形状などの表現)を「にじゅうまる」とする例は明らかに自然言語内に取り入れられた記号の例であり,記号であっても,記号言語とはいえないことは明らかである。

 したがって,「文字,記号を音声に直すこと」とは,文字言語,記号言語を音声言語に変換するという意味であるとの控訴人らの主張は採用できない。

 次に,同一国の言語において,「音声を文字,記号に直すこと」の意義について,検討する。

 同一国の言語において,「音声を文字,記号に直すこと」とは,元言語(音声)を「音声認識手段で認識」して,文字信号,記号信号(元言語)に変換することと解されるが,これを,「翻訳」と対応させると,音声認識手段に対応する構成がなくなってしまう。すなわち,「音声認識手段で認識」することまで,「翻訳」であると解すると,本件特許請求の範囲第一項記載の「音声情報入力手段に入力された翻訳すべき言語に関する音声情報を認識する音声認識手段」の構成に対応する構成がなくなってしまうのである。

 以上のとおり,「同一国の言語において,文字,記号を音声に,または音声を文字,記号に直すこと」との記載は,本件特許請求の範囲第一項に記載された本件特許発明の構成要件に対応させた「翻訳」の定義であると解すると,意味が不明であったり,矛盾してしまうものである。したがって,右記載は,本件特許請求の範囲第一項に記載された「電子翻訳手段」がなす「翻訳」を定義したものとは解し難く,せいぜい,音声を入力し,音声で出力することも本件特許発明の電子翻訳機がなす作用であることを述べたにすぎないと解さざるを得ない。

B 「よって,同一国の言語であっても方言を標準語になおすことも,又逆も翻訳といい」旨の記載について

 前記@のとおり,「国の言語」が国境で区切られた国の言語として特定されるものではなく,自然言語とほぼ同義であるから,自然言語である方言を他の自然言語である標準語(標準語が自然言語であることについては前掲乙第24号証)に直すことも当然含まれると解されるが,「ある国の言語を他国の言語に直す」と表現されているために,同一国語でありながら,異なる自然言語である方言と標準語を挙げて確認的に同一国の自然言語の移し換えも翻訳になることを確認したものと解される。

C 「演算も含む」旨の記載について

 前記@及びAのとおりの本件特許発明における「翻訳」の定義には「演算」が含まれるかは明らかではないので,「演算」が含まれると確認のために述べたものと解される。

D 以上を総合すれば,本件記載は,本件特許発明における「翻訳」とは,自然言語を別の自然言語に翻訳すること,すなわち,自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えることであり,本件特許発明の電子翻訳機は,かかる翻訳を音声入力,音声出力で行うこと,演算も含むことを明らかにしたものと認められる。

4 侵害の成否

 前記のとおりの本件特許発明における「翻訳」の定義によると,まず,本件システムの3桁の数字の「電子コード」を非常駐音声情報(質問文章)(例えば,「年金証書を受け取りましたが,この年金証書は,どんな場合に必要になるので しょうか。」)に変える構成は,本件記載のうち,「同一国の言語において,文字,記号を音声に直すこと」に該当しないし,3桁の数字の意味・内容をできるだけ損なうことなく移し換えても,質問文章(例えば,「年金証書を受け取りましたが,この年金証書は,どんな場合に必要になるので しょうか)にならないことは明らかであるから,本件発明の詳細な説明における「ある国の言語を他国の言語に直すこと」が意味するところの「翻訳」の一般的定義である自然言語を別の自然言語に翻訳すること,すなわち,自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること(方言を標準語の直すこと,又はその逆も含む。),あるいは演算に相当しないことは明らかであり(控訴人らも,この点については,明らかに争っていない。),また,本件システムは本件特許発明にいう「電子翻訳機」にも該当しないというべきである。

 なお,控訴人らは,被控訴人の配付するパンフレットにおいて,「3桁の数字」の入力を質問文章(自然言語)の出力に変換することを「音声翻訳」と説明していると主張するが,被控訴人が本件システムの「3桁の数字」の入力を質問文章(自然言語)の出力に変換する構成を「音声翻訳」と理解しているからといって,同構成が本件特許発明における「翻訳」に相当するということにならないことは明らかである。

四 以上のとおり,本件システムにおける3桁の数字の音声信号を所定の非常駐音声信号に変換することは,本件特許発明にいう「翻訳」の概念に当たらず,また,本件システムは本件特許発明にいう「電子翻訳」に当たらないので,本件システムが本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく,差止請求権不存在確認を求める被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人らの反訴請求は理由がなく,被控訴人の本訴請求を認容し,控訴人らの反訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから,控訴人らの控訴をいずれも棄却し,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法95条,89条,93条1項を各適用して主文のとおり判決する。

裁 判 長  裁 判 官   伊   藤     博

       裁 判 官   浜  崎   浩  一

       裁 判 官   押  切      瞳

 


<別紙:いずれも省略>


Copyright (C) 1998-2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Aug/08/1998

Error Corrected : Jun/18/2001

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