ジェンキン・アソシエイツ・インターナショナル対ゲートウェイ事件控訴審判決


東京高裁平成4年(ネ)第2949号損害賠償請求控訴事件


原 審 : 東京地裁平成4年7月23日民事第34部判決(判例タイムズ857号192頁)


判        決

控   訴   人       株式会社ジェンキン アソシエイツ インターナショナル
右代表者代表取締役       エイドリアン ジョン ジェンキン
右訴訟代理人弁護士       今 出 川  幸  寛

被 控 訴 人         株式会社ゲートウェイ
右代表者代表取締役       平  尾   信  義
右訴訟代理人弁護士       伊  藤   憲  彦

主        文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事        実

一 当事者の求めた裁判

  (控訴人)

1 原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

 被控訴人は,控訴人に対し,金917万9196円及びこれに対する平成2年8月3日から支払い済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

3 仮執行宣言

  (被控訴人)

 本件控訴を棄却する。

二 当事者の主張

 当事者双方の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決事実摘示のとおりであるから,これをここに引用する(ただし,原判決3枚目裏10行目から11行目にかけての「不当利得の返還請求としての前記過払いの請負代金76万1315円及び」と,同4枚目表1行目「の合計994万0511円」をいずれも削る。)。

  (控訴人)

1 本件契約のような継続的請負契約においては,当事者間の信頼関係が著しく破壊され,当事者の一方が著しい不安感,経済的損失を含め多大な犠牲を強いられ,そのため以後契約を継続させることが著しく正義に反するような場合には,その当事者は,他方に対し,無催告で契約の告知ができるものとする一般の商慣習(控訴人と外資系の会社である訴外会社との間にのみ存在する特殊な慣習ではない。)が存在する。

2 被控訴人は,全契約期間8か月のうち6か月にわたり,作業時間を水増しし,これによって正規の請負代金1697万8379円の約26・7パーセントである453万2296円を過大に請求し,受領したが,右不正行為は,訴外会社にとってみれば控訴人自身の不正行為と何ら異ならないので,同社は控訴人に対し,右商慣習により無催告で請負契約を告知することができる。

3 訴外会社は,控訴人に対し,平成2年2月14日到達の意思表示により本件請負契約の告知をし,よって控訴人において本件請求にかかる損害が発生した。

  (被控訴人)

1 控訴人主張1,2の商慣習が存在することは不知,同3の意思表示については不知。その主張は争う。

2 被控訴人は,控訴人と訴外会社間の契約の内容について本件訴訟係属まで知らなかったし,控訴人主張の得べかりし利益は,通常生じうべき損害ではなく,被控訴人が予見し,又は予見することができた損害でもないから,相当因果関係はない。

三 証  拠

<省  略>

理        由

一 当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり訂正付加するほかは,原判決理由説示のとおりであるから,これをここに引用する。

1 原判決5枚目表4行目から5行目にかけての「無定量な要素があった」を「予測が困難なため未確定であった」と改め,同裏2行目の「要望したり,」の次に「作業者らと打合わせをするための大阪への」を加え,同4行目の「各作業者が持ち帰り仕事に費やした時間を」を「各作業者がその所属会社で本件作業の一部をすること,その作業時間を」と改める。

2 原判決6枚目表8行目から9行目にかけての「持ち帰り仕事に費やした時間」を「所属会社での作業に要した時間」と改め,同9行目の「作業時間」の前に「実働」を加え,同10行目の「作業時間」から11行目の「作業時間に」までを「実働作業時間に」と,同裏5行目の「報告して,」から6行目の「算定して,」までを「報告し,またこれに前記の作業者ごとの各約定単価を乗じて請負代金を算出し,」と,同7行目の「右のような請求」を「右のように加算された請求」とそれぞれ改め,同行目の「各作業者の」の次に「各月の」を加え,同8行目の「信じた原告は,右の間にこれに応じて請負代金」を「信じ,右の間に各請求に応じ,請負代金合計」と,同9行目の「これを」を「右請求にかかる加算された作業時間を」とそれぞれ改める。

3 原判決7枚目表3行目の「検討すると,先ず,」を「検討する。」と改め,同4行目の「本件請負契約」以下を改行してその前に1を加え,同7行目の「いうことはできないから,」から同末行の末尾までを「いうことはできない。」と改める。

4 原判決7枚目裏1行目の冒頭から同8枚目表8行目の末尾までを次のとおり改める。

「2 書証<略>,証人永井涼一,同足立俊二の各証言によれば,訴外会社が平成2年2月17日ころ,控訴人に対し,右元請契約を解除する旨意思表示をしたことが認められるので,右解除の効力につき検討する。

 右両証人の証言によれば,右元請契約は,タイムチャージ制を採っているが,注文者が実際に実働時間のチェックを行うことは予定されていない(これらの点は,本件請負契約と同様である。)のであるから,請負人である控訴人及び控訴人が本件作業遂行のため履行補助者として使用する関係者が,作業に要した実働時間数を正直に報告することを前提とし,かつ,実際に報告が正直に行われることへの信頼を基礎として成り立つものであるということができ,その意味では,各種の契約関係のうちでも当事者間の信頼関係に依存する程度の高い契約であるといってよい。

 しかしながら,当事者間の信頼関係に依存する程度が高い契約であっても,双務契約の当事者の一方に債務不履行(履行不能の場合を除く。)があった場合,他方は,相当の期間を定めてその履行を催告(本件に即していえば,この場合の催告とは,今後の同旨の行為の中止と従前の不正な請求によって控訴人の受けた利得の返還の催告ということになる。)するのでなければ,当該契約の解除をすることができないのが原則であり(もとより,解除できないということは,何らの損害賠償の請求もできないということを当然に意味するわけではない。),右元請契約の解除につきこれと異なる解釈をすべき特別の事情があったことについては,何ら立証がない。したがって,右のような催告なくしてなされた訴外会社の前記解除は民法上有効な解除であるとはいえない。

 この点に関し,訴外会社社員である足立俊二は,「代金の不正請求があった以上,その原因がどこにあるかにかかわらず,以後の損害発生を防止すべく,不正請求が2度と起こらないようにする手段,すなわち,直接の請負業者との契約関係を切ってしまうというのが,普通の常識的な企業として取りうる唯一の選択」であり,そのような場合,控訴人としては「直ちに証拠をもって身の潔白を証明できなければ,黙って潔く契約関係から身を引く」のが当然であると陳述しているが,これは,この種の業界においては道義的規範の方が法律規範よりも一段と厳しいことを語っているにとどまるものと解される。

3 控訴人は,本件契約のような継続的請負契約において,信頼関係を著しく破壊する行為があり,これによる他方当事者の損害が大であって,契約の継続が著しく正義に反するような場合には,その当事者は,無催告で契約の告知ができるものとする商慣習が存在する旨,訴外会社は右商慣習により控訴人との間の元請契約を告知し,これによって控訴人に損害が生じた旨,主張する。

 しかし,証人永井涼一,同足立俊二の各証言によれば,右元請契約締結当時において,本件作業に要する期間については,少なくとも1年程度と見込まれていたことは認められるものの,その正確な予測は困難だったのであり,右元請契約が当初から長期の,例えば1年といったような期間を予定した継続的契約として締結されたものとはいえず,同契約が解除されなかったならば,本件作業終了後も訴外会社から引き続き仕事の注文があったであろうことは窺われるけれども,それが確定的な契約関係として予定されていたことを認めるに足りる証拠はない。

 そして,控訴人主張の慣習については,その存在を認めるに足りる証拠はないのみならず,本件における訴外会社に対する,前示二のような控訴人の行為が,そのいうところの「商慣習」において無催告の告知を当然になしうるという程度の背信性を有するものといえるかについても疑問がある。その他本件無催告告知を有効とさせるような特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,民法92条所定の要件の具備の点につき検討するまでもなく,右主張は採用できない。

4 以上によれば,右元請契約の解除に伴い控訴人が,右元請契約が存続していたとした場合の今後の得べかりし利益の喪失という損害を被ったとしても,右損害と被控訴人が本件請負契約の履行のために使用した者の所為との間の相当因果関係を認めることはできないといわざるをえないのであり,控訴人は,被控訴人に対し,使用者責任に基づく損害賠償として右損害の賠償を求めることはできないというべきである。」

二 よって,控訴人の右損害賠償請求を棄却した原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

 

裁 判 長  裁 判 官    伊  藤   滋  夫

       裁 判 官    伊  東  す み 子

       裁 判 官    水  谷   正  俊

 


<参 考 : 控訴審判決理由中の付加訂正による修正後の引用原判決理由>

 

請求原因1の事実は,請負代金の定めを除いて,当事者間に争いがない。

 そして,書証<略>及び証人永井涼一の証言によれば,本件作業は,本件請負契約締結当時においては,内容的にも作業量的にも予測が困難なため未確定であったところから,本件請負契約においては,タイムチャージ制によって請負代金額を算定することとし,各作業者の技能レベルに応じて,控訴人主張のとおりの各作業者の作業時間を基礎とした単価の取り決めがなされたことを認めることができる。

 もっとも,証人松尾良治及び同永井涼一の各証言によれば,被控訴人(担当者)は,右のような請負代金の定めは差し当たってのものであって,後に本件作業の内容及び作業量が明らかになった段階において協議をして,定額制その他の方法によって請負代金額を改めて定めたい意向を持っていて,控訴人のために被控訴人との交渉に当たっていた訴外永井涼一に対して,その旨を要望したり,作業者らと打合わせをするための大阪への出張費用,通信費用等の支出があって,採算が採れないといった不満を述べたりするなどし,これに対して,訴外永井涼一は,各作業者がその所属会社で本件作業の一部をすること,その作業時間を請負代金額算定の基礎となる作業時間に加えることは了解したものの,結局,それ以上には確定的な合意をみることのないままに推移したものであることを認めることができる。

 また,被控訴人が平成元年7月24日から平成2年2月17日までの間に訴外神谷勲を除く控訴人主張の各作業員にその主張のとおりの各作業時間を本件作業に当たらせ,控訴人に対して請負代金合計1678万8050円の請求をして,控訴人から1397万7952円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく,また,書証<略>及び証人松尾良治の証言によれば,訴外神谷勲が本件作業に従事した作業時間は,控訴人主張のとおり合計606時間30分であったことを認めることができる。

 そして,書証<略>,証人永井涼一,同松尾良治及び同足立俊二の各証言に先に摘示した当事者間に争いのない事実を併せると,被控訴人は,前記のような請負代金の定めは差し当たってのものに過ぎないとの認識の下に,契約締結後約2か月を経過した平成元年9月18日移行の作業についての毎月の請負代金の請求においては,各作業者が所属会社での作業に要した時間をも含めた実働作業時間のほかに,出張費用,電話連絡費用その他の管理費用も別途請求できるとの前提に立って,これを適宜各作業者の実働作業時間に加えて請負代金算定の基礎とし,結局,同年7月24日から平成2年2月17日までの間の実働の作業時間は,訴外神谷勲が合計606時間30分,訴外柴田博文が合計1042時間45分,訴外吉野正人が合計233時間30分であるに過ぎないにもかかわらず,訴外神谷勲のそれが850時間4分48秒,訴外柴田博文のそれが合計1209時間30分,訴外吉野正人のそれが合計310時間15分であるものとして控訴人に報告し,またこれに前記の作業者ごとの各約定単価を乗じて請負代金を算出し,合計1678万8050円の請負代金を請求したこと,右のように加算された請求を受けた控訴人は,各作業者の各月の実働の作業時間が被控訴人の報告どおりのものであると信じ,右の間に各請求に応じ,請負代金合計1397万7952円を支払うとともに,訴外会社に対しても,右請求にかかる加算された作業時間を基礎として算定した請負代金の請求をして,その支払いを受けてきたこと,ところが,訴外会社は,平成2年2月17日頃,控訴人が訴外会社に不実の作業時間を基礎として算定した請負代金の請求をしたとして,控訴人との間の本件作業の請負契約を解除したことの事実を認めることができる。

三 以上のような事実関係の下において控訴人の請求の成否について検討する。

1 以上のような事実関係の下において控訴人の請求の成否について検討すると,先ず,本件請負契約においては,各作業者の実働の作業時間によるタイムチャージ制による請負代金額の定めがなされていて,被控訴人がこれとは別に控訴人から出張費用,電話連絡費用その他の管理費用相当額の支払いを受けることができるものとする合意があったものということはできない。

2 書証<略>,証人永井涼一,同足立俊二の各証言によれば,訴外会社が平成2年2月17日ころ,控訴人に対し,右元請契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められるので,右解除の効力につき検討する。

 右両証人の証言によれば,右元請契約は,タイムチャージ制を採っているが,注文者が実際に実働時間のチェックを行うことは予定されていない(これらの点は,本件請負契約と同様である。)のであるから,請負人である控訴人及び控訴人が本件作業遂行のため履行補助者として使用する関係者が,作業に要した実働時間数を正直に報告することを前提とし,かつ,実際に報告が正直に行われることへの信頼を基礎として成り立つものであるということができ,その意味では,各種の契約関係のうちでも当事者間の信頼関係に依存する程度の高い契約であるといってよい。

 しかしながら,当事者間の信頼関係に依存する程度が高い契約であっても,双務契約の当事者の一方に債務不履行(履行不能の場合を除く。)があった場合,他方は,相当の期間を定めてその履行を催告(本件に即していえば,この場合の催告とは,今後の同旨の行為の中止と従前の不正な請求によって控訴人の受けた利得の返還の催告ということになる。)するのでなければ,当該契約の解除をすることができないのが原則であり(もとより,解除できないということは,何らの損害賠償の請求もできないということを当然に意味するわけではない。),右元請契約の解除につきこれと異なる解釈をすべき特別の事情があったことについては,何ら立証がない。したがって,右のような催告なくしてなされた訴外会社の前記解除は民法上有効な解除であるとはいえない。

 この点に関し,訴外会社社員である足立俊二は,「代金の不正請求があった以上,その原因がどこにあるかにかかわらず,以後の損害発生を防止すべく,不正請求が2度と起こらないようにする手段,すなわち,直接の請負業者との契約関係を切ってしまうというのが,普通の常識的な企業として取りうる唯一の選択」であり,そのような場合,控訴人としては「直ちに証拠をもって身の潔白を証明できなければ,黙って潔く契約関係から身を引く」のが当然であると陳述しているが,これは,この種の業界においては道義的規範の方が法律規範よりも一段と厳しいことを語っているにとどまるものと解される。

3 控訴人は,本件契約のような継続的請負契約において,信頼関係を著しく破壊する行為があり,これによる他方当事者の損害が大であって,契約の継続が著しく正義に反するような場合には,その当事者は,無催告で契約の告知ができるものとする商慣習が存在する旨,訴外会社は右商慣習により控訴人との間の元請契約を告知し,これによって控訴人に損害が生じた旨,主張する。

 しかし,証人永井涼一,同足立俊二の各証言によれば,右元請契約締結当時において,本件作業に要する期間については,少なくとも1年程度と見込まれていたことは認められるものの,その正確な予測は困難だったのであり,右元請契約が当初から長期の,例えば1年といったような期間を予定した継続的契約として締結されたものとはいえず,同契約が解除されなかったならば,本件作業終了後も訴外会社から引き続き仕事の注文があったであろうことは窺われるけれども,それが確定的な契約関係として予定されていたことを認めるに足りる証拠はない。

 そして,控訴人主張の慣習については,その存在を認めるに足りる証拠はないのみならず,本件における訴外会社に対する,前示二のような控訴人の行為が,そのいうところの「商慣習」において無催告の告知を当然になしうるという程度の背信性を有するものといえるかについても疑問がある。その他本件無催告告知を有効とさせるような特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,民法92条所定の要件の具備の点につき検討するまでもなく,右主張は採用できない。

4 以上によれば,右元請契約の解除に伴い控訴人が,右元請契約が存続していたとした場合の今後の得べかりし利益の喪失という損害を被ったとしても,右損害と被控訴人が本件請負契約の履行のために使用した者の所為との間の相当因果関係を認めることはできないといわざるをえないのであり,控訴人は,被控訴人に対し,使用者責任に基づく損害賠償として右損害の賠償を求めることはできないというべきである。

 


Copyright (C) 1998-2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Mar/16/1998

Error Corrected : May/28/2001

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