福岡地裁判事懲戒事件


最高裁平成13年(分)第3号裁判官に対する懲戒申立て事件


主    文

被申立人を戒告する。

理    由

1 事実関係

(1) 被申立人は,平成9年4月1日から福岡地方裁判所判事(福岡高等裁判所判事職務代行),同12年4月1日から福岡高等裁判所判事の職にあり,刑事事件を担当していた者である。

(2) 被申立人は,平成12年12月28日,福岡地方検察庁のA次席検事から,妻Bがいたずら電話や無言電話をかけたとして被害者から告訴されていること,警察の捜査の結果いつでも逮捕することができる状態にあること,事件関係者の相互関係,Bが犯行に使用したとされるプリペイド式携帯電話3台の番号などを告げられ,事実関係を確認してBが事実を認めた場合には早急に示談等の措置を執ることを求められた。また,その際,同次席検事から弁護士(以下「甲弁護士」という。)を紹介された。

 被申立人は,まず電話で,次に直接,被疑事実についてBにただしたところ,Bはこれを否定した。被申立人は,その日のうちにBを伴って甲弁護士の事務所に赴き,同事務所において,A次席検事から聞いた話を説明し,甲弁護士も事実であれば早く認めて示談をすべきである旨何度も念を押したが,Bは嫌疑を否定し続けた。

 その後,同13年1月31日にBが逮捕されるまでの間に,被申立人は,何度も甲弁護士の事務所を訪ね,甲弁護士からの指示や自らの判断で,「〔Bの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する書面(2回にわたり補充されているが,基本的内容は同一のもの。)等を作成し,B及び甲弁護士に交付した。

(3) 上記書面には,「捜査当局の描く事案の概要」の表題の下に,A次席検事から聞いたBに対する嫌疑の概要が記載され,「疑問点」として,a Bが告訴者にしっとしたり告訴者の夫の会社に無言電話をかけたりする理由はないこと,b 犯行時期とされるころにBが告訴者にいたずら電話をかける理由はなく,むしろそのような電話はBにとって困る結果につながるおそれがあること,c 犯行に使用したとされるプリペイド式携帯電話の番号が判明しても,Bは購入時に住所,氏名を記載した記憶がないというのであるから,その番号からBが所有者であると特定することはできないのではないかということ,d Bが使用しているiモードの携帯電話の発信履歴からBが捨てたというプリペイド式携帯電話の番号が分かるかもしれないと考え,これを調べたところ,電話会社の係員の話により,あらかじめ登録をしておかなかった場合には,発信履歴に下4桁が記録されない仕組みになっており,電話会社は,令状による場合以外は,捜査機関からの発信履歴の照会にも協力していない事実が判明したので,この説明が正しければ,捜査機関は犯行に使われたプリペイド式携帯電話の番号がBのものであるとの特定をすることはできないはずではないかということなどが記載されている。

 同書面には,また,「警察がBを犯人と断定した根拠(推定)」の表題の下に,捜査当局がBを犯人と断定した根拠についての推定を列挙した上で,「反論」として,a 平成11年秋の告訴者宅への嫌がらせ電話は,Bが告訴者宅の電話番号を知る前のことであるから,Bが犯人とはいえないこと,b Bが告訴者の子供の通う小学校の授業参観日に出掛けていって告訴者に顔を見られ刑事に尾行されたという件は,不審と受け取られ兼ねない行動であるが,仮にBが犯人なら告訴者に会うかもしれないところに出掛けていくとは考えられないし,告訴者に見られたことに気付きながら逃げずに最後までいたことは,Bが犯人でないことを示しているのではないかということ,c Bが尾行されていることに気付きながら携帯電話を使用していたことは,犯人でないことを示すものではないかということ,d Bが携帯電話を使用した時刻と嫌がらせ電話がかかった時刻の一部が一致したからといって,Bが犯人であると断定することはできないはずであることなどが記載されている。

 このほか,同書面には,「いずれにしても,Bが本件いたずら電話の犯人とは考えられない。」との記載があるほか,a 犯人である可能性があると被申立人が考える者の名前とその動機等についての推論,b 告訴者がBを犯人と特定した根拠についての疑問点,c 告訴の目的等についての疑問点等の記載がある。

(4) 以上の事実は,a 被申立人の履歴書,b 被申立人の陳述書,c 最高裁判所調査委員会作成の調査報告書,d 被申立人作成の「〔Bの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する各書面により,これを認める。

2 判断

(1) 本件は,裁判官である被申立人がその妻の被疑事実について捜査機関から情報の開示を受けた後にした行為が裁判所法49条に該当するとして申し立てられた分限事件である。

 裁判の公正,中立は,裁判ないしは裁判所に対する国民の信頼の基礎を成すものであり,裁判官は,公正,中立な審判者として裁判を行うことを職責とする者である。したがって,裁判官は,職務を遂行するに際してはもとより,職務を離れた私人としての生活においても,その職責と相いれないような行為をしてはならず,また,裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように,慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである。このことからすると,裁判官は,一般に,捜査が相当程度進展している具体的被疑事件について,その一方当事者である被疑者に加担するような実質的に弁護活動に当たる行為をすることは,これを差し控えるべきものといわなければならない。

 しかし,裁判官も,1人の人間として社会生活,家庭生活を営む者であるから,その親族,とりわけ配偶者が犯罪の嫌疑を受けた場合に,これを支援,擁護する何らの行為もすることができないというのは,人間としての自然の情からみて厳格にすぎるといわなければならない。法も,司法作用においてそのような親族間の情義に一定の配慮を示し,また,これが司法作用の制約となり得る場合があることを認めているところである。例えば,刑事事件について,刑訴法147条1号は何人も配偶者を含む近親者が刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができるものとしており,同法20条2号は裁判官が被告人の親族であるときなどに職務の執行から除斥されるものとしているし,民事事件についても,民訴法196条1号が上記と同様の証言拒絶の権利を,同法23条1項1号,2号が上記と同様の除斥を規定するほか,同法201条3項は上記の証言拒絶の権利を行使しない証人を尋問する場合に宣誓をさせないことができるものとしている。これらのことからすると,裁判官が犯罪の嫌疑を受けた配偶者の支援ないし擁護をすることは,一定の範囲で許容されるということができる。しかしながら,裁判官が前記の義務を負っていることにかんがみるならば,それにもおのずから限界があるといわなければならず,その限界を超え,裁判官の公正,中立に対する国民の信頼を傷つける行為にまで及ぶことは,許されないというべきである。

(2) 前記事実関係を通覧すれば,被申立人は,A次席検事から,妻Bに対する被疑事件の捜査が逮捕も可能な程度に進行しているので,事実を確認し,これを認めたならば示談をするようにとの趣旨で,捜査情報の開示を受けたのに対し,Bが繰り返し事実を否認したことから,その嫌疑を晴らすためとみられる一連の行動に出たものであり,具体的には,前記1(2),(3)のとおり,同次席検事から提供された捜査情報の内容をも用いて「〔Bの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する書面等を作成し,被疑者であるBとその弁護に当たる甲弁護士とに交付したなどというのである。そして,同書面の記載内容の中には,捜査機関と被疑者のいずれの側にも立たず中立的な立場において捜査状況を分析したというのではなく,被疑者であるBの側に立って,捜査機関の有する証拠や立論の疑問点,問題点を取り出し,強制捜査や公訴の提起がされないようにする端緒を見いだすために記載されたとみられるものが多く含まれている。

 この被申立人の行為は,その主観的意図はともかく,客観的にこれをみれば,被疑者であるBに捜査機関の取調べに対する弁解方法を教示したり,弁護人である甲弁護士に弁護方針について示唆を与えるなどの意味を持つものであり,これにより捜査活動に具体的影響が出ることも十分に予想されたところである。また,被申立人としても,この行為がそのような意味を持つものであることを認識し得たということができる。これらによれば,被申立人は,先に述べたような実質的に弁護活動に当たる行為をしたといわなければならず,その結果,裁判官の公正,中立に対する国民の信頼を傷つけ,ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけたのである。したがって,被申立人としては,裁判官の立場にある以上,そのような行為は弁護人にゆだねるべきであったのであり,被申立人の行為は,妻を支援,擁護するものとして許容される限界を超えたものというほかはない。

 以上のとおり,被申立人の上記行為は,捜査情報の入手が受動的なものであった点や,妻の無実を晴らしたいという夫としての心情から出たものとみられる点を考慮しても,裁判官の職責と相いれず,慎重さを欠いた行為であり,裁判所法49条に該当するものといわなければならない。

 よって,裁判官分限法2条の規定により被申立人を戒告することとし,裁判官福田博,同金谷利廣,同奥田昌道の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 裁判官福田博の反対意見は,次のとおりである。

 私は,裁判官金谷利廣の反対意見に同調するとともに,やや重複する点はあるが,次のとおりの反対意見を申し述べる。

1 裁判官は,その良心に従い独立して職権を行うこととされており(憲法76条3項),この点で裁判所は検察又は警察と基本的に異なっている。すなわち,裁判所においては,裁判官はそれぞれが独立してその職権を行うのであって,検察又は警察のようにその構成員が一体となって行動することは予定されていない。そのため,裁判官の身分は手厚く保障されており,憲法は懲戒処分も行政機関が行うことができないとしているほか,裁判所法はこれを裁判によって行うことを定めている。懲戒を裁判によって行うとされている以上,例えば「世間の評判への対応」等といった考慮はその決定に入る余地はなく,裁判について定められた諸規定に従い判断をしなければならない。

2 このような視点から本件を見ると,一時期一部に報道されたように,もし被申立人がその妻の犯罪嫌疑について犯人蔵匿,証拠隠滅等を行っていたというのであれば,たとえそのような行為が親族による犯罪に関する特例によって刑を免除され得る(刑法105条)ものであるとしても,裁判官の職責にある者が本来行ってはならない行為であることはもとより当然である。しかし,そのような事実は認定されていない。また,裁判官の行う裁判は公平でなければならないが,法は,被告人又は被害者が親族である場合には裁判官は当然に職務の執行から除斥されること等を定め,厳格にその公平性を担保している(刑訴法20条等)。

3 そうすると,妻の犯罪嫌疑について検察官から情報を提供されたこと自体について被申立人が責められるべき立場にないことが明らかである本件にあっては,被申立人の行為が実質的な弁護活動に当たるか否かが,懲戒処分を行うに値するものであるかどうかを判断する上で中心的な課題となる。しかしながら,この点については金谷裁判官の反対意見が詳細に指摘するように,被申立人の行為は,そのような活動に該当するとまではいえないと認定するのが妥当である。

4 被申立人は既に3月11日に辞職願いを提出し,その受理が保留されたまま3月15日に分限の申立てが行われ本件裁判が行われている。被申立人は2月中旬ころに自己の担当する裁判において忌避の申立てを受け,それが認容されており,かつ,その理由も「検察側への負い目から不公平な裁判をするおそれがある」というもののようである。この理由は,もしそのまま維持されるのであれば,被申立人が担当する他のすべての刑事裁判にも当てはまるものであって,被申立人が今後引き続き刑事裁判官として職務を遂行することはもはや事実上不可能になっているというべきである(ちなみにこのような忌避の制度及び効果は,検察官又は警察官については存在しない。)。

5 裁判官の任用が,キャリアシステムによって行われている我が国にあって,上記の事情により被申立人が任期途中でその職を辞さざるを得ない状況となっていることは,現実問題として既にそれ自体最も厳しい処分を受けたに等しい効果を持っている。裁判官が常に自らの姿勢を正し,司法への信頼の確保に努めるという心掛けは極めて重要であるが,親族わけても最も身近な配偶者についての行動に関しては,十分に慎重な検討を行い,妥当な結論を得ることが必要かつ不可欠である。このことは量刑の決定に当たり人間性のある刑事裁判を行う裁判官を育成していくためにも重要であると考える。

 裁判官金谷利廣の反対意見は,次のとおりである。

 多数意見は,被申立人C(以下「C判事」という。)の行為が裁判所法49条に該当するとしている。同条に規定されている懲戒事由は,(1)職務上の義務違反,(2)職務け怠及び(3)品位を辱める行状であるが,C判事の本件行為について問題となるのは,(2)ではなく,(3)又は裁判官には「品位保持義務」があり,かつ,これを職務上の義務であるとした上での(1)であることが明らかである。しかし,私は,C判事の行為には裁判官の「品位を辱める行状」又は品位保持義務違反に当たると評し得るものは認められないとの考えから,同判事を戒告処分に付することについて反対するものである。その理由は,以下のとおりである。

1 多数意見が戒告処分の対象としたC判事の行為は,同判事が「〔Bの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する書面(以下私の意見中では,後記の一部追加・補充の記載がされたものを含めて,便宜「本件書面」と略称する。)を作成し,これを妻B及び同女を弁護してくれることになった甲弁護士に交付した行為のみであり,それ以外にはない。

 C判事が妻Bに係る被疑事実に関し証拠隠滅行為(加担を含む。)をしたとの嫌疑については,最高裁判所調査委員会の調査報告書においても明確に否定されており,これまでに新聞で報道されたパソコンデータの消去,パソコンハードディスクに対するこれを起動させないための処置,妻Bに対するプリペイド式携帯電話廃棄のしょうよう等々のC判事に対するいくつかの疑惑についても,本件書面に関係すると思われるものを除き,本件の資料に照らすといずれも根拠のないものと認められ,調査報告書においても否定されているところである。また,次席検事からの情報提供に対し,その相手方となったC判事がこれを非とし「聞かなかったことにする」などと言って拒絶する等の態度をとらなかったことや,妻の招いた犯罪の嫌疑あるいはその原因となった妻の行動に対するC判事の夫としての責任等が,この分限裁判における懲戒処分検討の対象とされているのでないことは,いうまでもないし,もとより,C判事の全く関知しなかった福岡地方裁判所職員による令状請求関係資料のコピー作成問題についての同判事に対する懲戒事由の存否が,今,問われているのでもない。

 もちろん,行為の意味を確定し,行為を評価するに当たり,行為に関連する状況の全体を十分考慮に入れなければならないが,その一方で,全体としての事象の異常性や全体的考察の重要性を強調する余り,その行為自体についての綿密な検討がおろそかになるようなことのないように留意しなければならないところである。また,裁判官に対する懲戒は,その実質は行政作用でありながら,独立して職権を行使すべき裁判官の身分保障に関係するものであるところから,特に慎重を期するため裁判の手続及び裁判としての決定によって行うものとされている趣旨にかんがみると,かりそめにもある種の行政目的ないしは行政的考慮からの懲戒の必要が先行し懲戒原因である行為に関する事実面及び法律面の検討が不十分であったのではないかとの批判を招くことのないよう,懲戒原因である行為について冷静かつ慎重な検討が加えられるべきものであると考える。

2 そこで,初めに,本件書面の作成・交付行為の事実面に関して検討する。

(1) まず,本件書面の作成の経緯についてみると,概略的には,多数意見が理由の1(2)に判示するとおりであるが,もう少し詳しく記すと,次のとおりである。C判事は,平成12年12月28日に次席検事から妻Bに対する犯罪の嫌疑についての情報等を告げられた後,同日間もなく,Bに対し,電話及び面談により,次席検事から聞いた話を伝え,犯行がプリペイド式携帯電話によってされていることなどを告げて,これがBの行為によるものでないかと再三ただした。さらに,同日と翌29日の再度にわたり,Bを伴って次席検事から紹介された甲弁護士の事務所を訪れ,弁護士にそれまでの事情をすべて話して相談した際に,弁護士と共に,Bに対し,事実であれば早く認めて示談をしないと大変なことになることを告げて,事実の確認と説得を試みた。しかし,いずれのときも,Bは,自分の行為ではないと否定し続けた。弁護士事務所におけるBの話は,自己の嫌疑を否定するものの,種々要領を得ないものであったため,弁護士からは,「頭を整理してくるように」とか,「Bの行動について時系列に従った詳しいメモを作るように」とかとの指示を受けた。その後である同日から平成13年1月4日の御用始めまでの間に,C判事は自分専用のノート型パソコンで本件書面と「福岡での家族の行動」と題する書面を作成し,BはC判事とB共用のデスクトップ型パソコンで「乙さんとの交際記録」(「乙」は仮名)及び「Bの行動」とそれぞれ題する各書面を作成した。本件書面は,C判事が弁護士事務所等でBの話を詳しく聴取し,あるいは,B作成の書面を読んだ上で作成したものであることは,その内容等に徴し明らかである。

 なお,C判事は,本件書面作成後ではあるが,同年1月24日にBが警察による事情聴取を受けた後,弁護士から,取調べの状況をBから話を聞いてまとめておくように指示されたので,Bから話を聞いて「取調経過」と「取調状況」と題する各書面を作成し,同月25日に弁護士に手渡している。

(2) 本件書面の内容についてみると,作成名義のない全体でA4判9ページのものであり,当初作成したものは,そのうち4ページ分が,Bや被害者を含む関係者の氏名,住居,電話番号等,犯行に使われていると次席検事から告げられた3台のプリペイド式携帯電話の電話番号,Bの持っていた携帯電話の購入時期等及び弁護士事務所等今後必要になると思われる電話連絡先の電話番号等の客観的な記載にあてられている。そして,残りの約5ページ分には,「捜査当局の描く事案の概要」という見出しで,a 捜査当局は乙と被害者女性及びBとの三角関係(電話で話すのみの関係とみているのか実際の不倫関係があったとみているのか不明)のもつれからのしっとに基づく犯行とみている旨の6行にわたる簡潔な記載に続いて,b 「〔疑問点〕」,c 「警察がBを犯人と断定した根拠(推定)」,d 「〔反論〕」,e 「〔推論〕」という各小見出しのもとに,それぞれ約1ページないし約1ページ半の記述があり,その内容は多数意見の理由の1(3)に記載されているとおりである。本件書面の1月18日作成のものには,eに続いて,f 被害者女性がBを犯人と特定した理由についての疑問及び被害者女性が告訴した動機についての推測的な疑問が,それぞれ付された小見出しともで各11行ずつ追加記述されている。本件書面の記載で問題とされる部分は,主としてこのaからfまでの各記述であると考えられる。

 本件書面だけを他から切り離して,事情を知らない者がこれを読むと,その中の上記aないしfの部分は,妻にかけられた嫌疑についてC判事自身の分析,推論,疑問,反論等を記載したものと読めることは否定できない。

 しかし,aの部分は,次席検事から聞いた犯行の背景についての捜査当局の見方の概略を単に要約記載したものにすぎない。また,本件書面作成の動機,目的,その際の心情等について直接語るC判事の供述は,本件の資料の中にはないけれども,本件書面作成に至るまでの前認定の経緯を踏まえ,そして,同時期に作成され,かつ,本件書面と同時に高等裁判所事務局長や弁護士に交付されているBの作成した前記各書面の内容と対比しつつ検討すると,bないしfの部分については,次のとおりいうことができる。すなわち,bde及びfの各記述部分は,その大半が,Bの長々と詳しく話したところ(書面におけるものも含む。)に基づき,そのほとんどを事実として前提としつつ,そこからBが明らかに主張している言い分とC判事においてBが主張したいのはこういう趣旨であろうとそん度し得たところを拾い出したものであり(B作成の書面を読めば,そのそん度はたやすくし得ると認められる。),これに自己の分析・推測をも一部加えたところを整理して記述してやったものと容易に認めることができ,また,cの記述部分は,Bの見方も少なからず取り入れるなどして,Bの話した同女の行動の中から警察により犯人であるとの強い嫌疑をかけられる根拠となったと自身で推測したものを拾い出し,これを整理して記述したものであろうとこれまた容易に推測し得ると。もとより,本件書面の交付を受けたB及び甲弁護士にとっては,本件書面の記載内容が,C判事独自の見解等を記載をしたものと思うはずはなく,上記のように基本的にはBの主張・言い分等を整理して代弁したものであると理解したことは,当然であるというべきである。なお,本件書面の記載の中に,Bに対し,否認範囲の拡大や新たな弁解陳述を明示的又は暗示的に勧めるものと認められるような記述はないが,本件書面は,要領よい整理とC判事自身の見解の一部補充により,Bの言い分を補強する効果を有するものとなっていることは当然である。

 本件書面の記述は,裁判官を職業とする者の手によるものであるだけに,上記のとおり,要領よく整理されたものとはなっているが,それ以外に,その内容において刑事裁判官として有する特別の法律知識又は具体的な経験を活用したり特別の技能を用いたりしなければ書き得ないと認められるものは存しないと私には思われる。(なお,裁判官が事件の審理を通じて知り得た具体的な情報等を職務外においてみだりに用いることは,厳にこれを差し控えなければならないのはもちろんであるが,長年にわたる職務行為及びこれによって得た経験の結果裁判官の身についた素養・技能を職務外で活用・発揮すること自体は,何らとがめられることではないのであって,両者を混同してはならない。本件資料中には,その混同かとも思われる見解に基づいてC判事の本件書面作成行為を非難するものも見られるので,ここで付言しておく。)また,本件書面のbないしfの各部分において,C判事が次席検事から得た情報を資料として用いたと認められるところは見いだし難い。

(3) 本件書面をC判事が交付した相手方についてみると,当然Bは作成後間もなくそれを入手したと認められるほかには,まず,平成13年1月4日に福岡高裁事務局長に対し事件の内容やBが否定していることについて状況報告をする際,口頭説明の補充としてC判事及びB各作成の他の3通の書面とともに提出され,次いで,同月9日に,Bの弁護人である甲弁護士に対し,他の書面とともにC判事から手渡された(その後においても,当初の書面内容に一部追加・補充したものが弁護士及び高裁事務局長に交付されている。)。

 C判事が,上記の3人以外の者(捜査機関及び他の第三者)に本件書面を交付し又は交付しようとしたこと及び本件書面作成時にその目的を有していたことは,本件資料上,いずれも認められない。

(4) 以上の(1)ないし(3)の事実関係に基づくと,次の各点を指摘することができる。

(ア) 本件書面は,C判事が捜査機関や報道関係者等に対し妻を弁護するために提出することを目的として作成されたものではないし,また,裁判官の地位を利用して外部の者に対し妻をかばうのに使用する目的で作成されたものでもない。要領を得た供述・弁解をすることのできない妻に代わって,基本的には,その供述するところや言い分を整理された形で代弁してやって,妻に対し今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助けを与え,また,妻を弁護してくれることになり,整理された書面の提出を求めている弁護士のため今後の弁護活動のための参考資料・参考意見を提供することを目的とする(なお,C判事は,甲弁護士の指示には全面的に従う態度をとり,押しつけがましい注文はつけていなかったと認められる。)とともに,併せて高裁事務局長に対する状況報告の補助資料とすることを目的として作成されたものとみるのが相当であろう。ほとんど問題とする必要がないと思われる高裁事務局長に対する関係を除外してみれば,やや大雑把な表現かもしれないが,妻に対する書面による助言とその弁護人である弁護士に対する参考資料・参考意見の提供を目的としたのが,本件の書面である。

 本件書面の記載の趣旨・目的に関する認定・評価に当たり,前示のその作成に至る経過の詳細,Bの話していた内容,作成者において予定していた交付先等をすべて捨象し,本件書面内容をことさらこれらから切り離して論ずるのは,「客観的評価」とは性質を異にするものであり,一面的評価にすぎないのであって,失当である。また,その作成・交付につき,「実質的な弁護のための活動をした」などと評するのは,誤りとまではいわないが,やや不適切な表現であるといわざるを得ない。

(イ) 本件書面中には,次席検事から聞かされた情報に基づいている記載はある(関係者の氏名・住所・勤務先等や犯行に使用されたとされる携帯電話の番号,犯行の動機が三角関係のもつれと捜査機関がみていること等。しかし,本件書面の問題部分である前記(2)のbないしfの部分にはない。)が,それをもって次席検事から情報を告知された趣旨に反する使用とまではいい難い。(1)記載のとおり,本件書面の作成前に,C判事は,次席検事から提供された情報をも用いて,妻Bに対し,再三事実の確認と説得を試みている(この関係での情報の使用は,当然,次席検事も予定しあるいは容認していたところと推認される。)のであって,それにもかかわらず,Bが否認し続けたため,次席検事の期待したように事が運ばなかったのである。その後で,本件書面が作成されているのであるから,情報提供の趣旨に沿った情報の用い方をした上で,かつ,その際に妻及び弁護士に対し既に告げた範囲内の情報を,その後に作成した本件書面中に記載したからといって,「告知された趣旨に反している」などと次席検事に対する関係において背信的であるかのように非難する人がいるとすれば,それは失当であると思う。

(ウ) C判事に対しては,「次席検事から特別の計らいにより情報を提供してもらったのであるから,その提供の趣旨に沿い,もっと多くの時間をかけてBに対し事実を認めるように説得すべきであったのであり,本件書面を作成したのは早すぎた」との批判があり得るかもしれない。もっともな面のある批判であるとは思われるが,しかし,先に示したとおりの再三の確認と説得を試みたにもかかわらず,否認し続ける妻に対し,さらになお説得を続けることは,夫に妻の犯罪の嫌疑について確かな証拠に基づく強い心証がある場合は別であろうが,そうでない場合は,「夫は妻である自分の話よりも他人の話を信じるのか」との妻の夫に対する不信を招くおそれがあり,これから先の夫婦の信頼関係に悪影響をもたらすおそれのあることであるから,夫としては,それを考慮して,たとい妻の話の真実性についても種々あるいは多々疑念を抱いていたときであっても,その場は,一応妻の供述や言い分を信じたことにして,それを前提とした行動に出ることも,ひとつの選択として妥当を欠くものではないといえよう。本件書面作成時のC判事の心情も,あるいはこのようなものではなかったかと推測される。

3 次に,法律面に関する検討に移る。

(1) 今,本件で問われているのは,直接には,C判事の本件書面の作成・交付が裁判官の「品位を辱める行状」・品位保持義務違反といえるかという問題であるが,これは,次の問題,すなわち,「裁判官が,私生活において,親しい知人,友人,親族等から当面している具体的な事件について相談をもちかけられて,その事件の中味に関して意見を述べた場合に,その行為についてどのように判断すべきか」という問題と密接に関連する。この問題については,(ア) それが望ましくないといえるか否か(ほかにより望ましいやり方があるか),(イ) それが裁判官倫理に違反するか否か,(ウ) それが裁判官の「品位を辱める行状」・品位保持義務違反に当たるか否かという面又はレベルを異にする問い方によって,肯定・否定の答えは必ずしも同じではないであろう。(ア)の問いに対してであれば,裁判官は,親しい友人,知人,親族に対してであっても,具体的な事件の中味に関して意見を述べることはできるだけ避ける方が一般的には望ましいと私も考える(ストレートに意見を述べるのはもとより,その相手方に対し,「あなたの言うことが真実であるかどうかは,私には判断できないが,事実関係が仮にあなたのいうとおりと前提した場合には」とか,「一般論としていうだけですが」とかの前提を置いたとしても,相手方は,その前提を忘れ,あるいは,自己に有利なように答えを曲げて聞き,第三者に対し「裁判官に相談したら,…であった」とあたかも裁判官が具体的事件についての結論を述べたかのように伝えるなどして,その結果問題を起こすおそれがある場合もあるからである。)。しかし,(イ)及び(ウ)の問いは,人によって答えの分かれる難しい問題であると思われる。少なくとも,事件の中味に関して意見を述べた裁判官の行為が「裁判官としての品位を辱める行状」又は品位保持義務違反に該当するとまではいえないことも少なくないであろうと考えられる。その上,友人,知人やおじ・おば,いとこ等の親族の場合と配偶者や親の場合とでは,同じようには論じ得ない面があることは明らかである。

 本件に戻って,12月29日に弁護士事務所から帰宅したC判事のような状況に置かれた場合,裁判官でもある夫として,事実を要領よく語り得ず,言い分をよく尽くし得ない妻に対し,書面を作成する上での簡単なアドバイスのみをし,自分は手を貸してやれないから弁護士と何でもよく相談し,その指示に従うようにと告げる程度にとどめれば,問題の生じないことは明らかである。しかし,それに対しては,それではいくら裁判官であるとはいっても,妻に対し人間味に欠ける態度ではないかとか,本件書面の作成・交付程度の手助けをしてやる方がかえって人間として共感を覚えるとかという見方も,国民の中には少なからずあり得るところではないかと思われ,その見方が明らかに失当なものとは断じ得ないと私は考える。本件に関する上記の(ア)及び(イ)の問いについてさえ,肯定・否定の判断のいずれをよしとするかは,非常に微妙なところのある大変難しい問題であるといわなければならない。

(2) 多数意見は,裁判官が具体的事件に関して当事者である配偶者に対し支援ないし擁護をすることは一定の範囲で許容されるとしながら,C判事の本件書面の作成・交付行為は,「実質的に弁護活動に当たる行為」であると評して,許容される限界を超えると判断している。そして,この判断を導くために記載したと解される理由中の2(2)の冒頭から「…認識し得たということができる。」までの記述では,一部に修飾語を冠した多くの事実・事項を書き連ねているが,それらのうちのどの点を否定的に評価して本件書面作成・交付行為に対する否定的判断を導いたのかがほとんど明らかではない。もし,それらのすべてを否定的に評価したというのであれば,この反対意見で既に述べたところだけからしても,不当であることは明らかである(本件書面の作成が,次席検事からの情報告知等の趣旨に反しないこと,本件書面中の「推論」,「反論」,「疑問点」等の問題部分では,次席検事からの情報を特に用いたとは認められないこと及び本件書面作成の趣旨・目的についての認定・評価が一面的であってはならないことについては,既に指摘済みである。ひとつだけ加えるならば,詳論はしないが,本件程度の書面による援助に対し,「捜査活動への影響」を否定的要素とみることも,誤りであると考える。)。

(3) 多数意見は,あるいは,紛争当事者の一方の立場に立っての支援行為は中立的立場からする単なる助言を超えるものであるから許されない旨の見解に立ち,非常に近い親族に対しても,紛争・事件の中味に関係する具体的な助言・援助と見られる行為をすることは裁判官として許されないとの非常に厳格な立場をとるものではないかとも解されるのであるが,議論を具体的にするために,ひとつの設例を示そう。ある裁判官が,自分の親又は配偶者の親から,「今住んでいる所の土地・建物は10年前に購入したが,売主に代金を完済したのに,売主が所有権移転の登記にいつまでも応じてくれない。訴訟をしたい。」といって相談を受けたので,友人である弁護士を親に紹介したが,友人弁護士が通常の場合より安い着手金しか要求しないであろうことなども考慮して,親が話した売買契約に関する事実の経過を整理して記載したメモを作成するとともに,親の話を前提とした場合の訴状に記載すべき請求原因の構成の概略を記載したメモも作成し,それらを弁護士に対し「使えるところがあれば使ってください。」といって交付したとしよう。この裁判官の行為は,(ア) 望ましくないといえるか,(イ) 裁判官倫理違反といえるか,また,(ウ) 「品位を辱める行状」・品位保持義務違反といえるか。この設例については,弁護士を紹介したのだから,すべてを弁護士に任せ,自分(裁判官)は何もしない方がよいとの見方はあろう。しかし,その見方を肯定し,また,仮りに(ア)及び(イ)の問いをいずれも肯定したとしても(私の回答は,この(ア)及び(イ)の問いに対しても否定的である。),少なくとも,(ウ)の問いに対しては,明らかに「いえない」と答えるのが相当であると考える。その主たる理由は,民事,刑事を問わず,裁判官は,親や配偶者等が当事者となっている事件を担当することができないとする除斥の制度が法律で定められていること等も考慮すれば,紛争の相手方等の第三者に対する対外的行動を伴わず,親及びその代理人に対するいわば対内的なものにとどまる裁判官の助言・援助行為は,それがたとい具体的事件の中味にわたるものであっても,これによってその裁判官の他の事件に関する職務の執行の公正・中立さについて国民の疑惑を招くおそれがあるとはいい得ないからである。多数意見は,上記設例の行為(中立的立場に立ってのものといえず,紛争当事者の一方の側に立っての支援行為と評せざるを得ないであろう。)についても,「品位を辱める行状」・品位保持義務違反であると答えるのであろうか。もしそうであるなら,「一定の範囲で許容される」といっても,実質において,ほとんどそれを否定するに等しい結果となろうことは明らかである。

 ちなみに,制度,国民性等を異にする外国の例ではあるが,アメリカ法曹協会の新裁判官行為典範では,「裁判官は,弁護士業務を行ってはならない。この禁止にかかわらず,…無報酬で家族の一員に対し法的助言をし,かつ,その者のために文書を起案し,修正することができる。」と定められており,また,ドイツ連邦共和国の裁判官法41条1項は,「裁判官は,職務外で法的鑑定を行うことはできず,有償で法的助言をすることも許されない。」と定めているが,この規定に関し,「法的鑑定は,職務外で行われたときには全く許されないが,裁判官の身内や姻戚関係にある者あるいは友人や親しい者の法律問題についての助言のような無償の法的助言は許されるものとされている。」と説明する注釈書がある。これらは,私の見解を理解していただく上で,参考になるものと思われる。

 私は,本件書面の作成・交付行為と上記設例の行為に対し,裁判官倫理の観点において全く同等の評価が下されるべきものとまではいわないが,双方の評価の間の距離は,あっても小さいものであって,両者は同類の行為であり,それらの評価に関する問題は同じか近接した領域に属するものということができよう。 

(4) 具体的にいかなる行状が裁判所法49条に規定する「品位を辱める行状」に当たるかを一概にいうことは難しいが,「品位を辱める行状」の意義については,従来,その本来の語感よりは広く解されており,国民の裁判官あるいは裁判所に対する信頼を揺るがす性質の行為がかなり広くこれに包摂されるものとは解される。しかし,裁判官の倫理違反といい得るものであれば,その行為の性質,倫理違反の程度等を問わず,そのすべてが「品位を辱める行状」あるいは懲戒事由としての品位保持義務違反に当たるとすることは,その字義等に照らし,相当ではない。裁判官に要請される倫理の中でも,高度のそれに属すると認められるものに反するということができる場合においては,その倫理違反が「品位を辱める行状」又は品位保持義務違反とは到底いえない場合もあることは認めなければならない。

4 以上述べてきたところに基づいて,C判事の本件書面の作成・交付行為の懲戒事由該当性について判断すると,私は,前示のような事情の認められる本件書面の作成・交付は「品位を辱める行状」又は品位保持義務違反に当たるとは到底いえないものといわざるを得ないと考える。仮に,本件書面の作成・交付が裁判官としての高度のモラルに反するといえるとしても,それは「品位を辱める行状」又は品位保持義務違反に当たるか否かの問題の領域とはかなり離れたところにある問題についての判断にすぎず,それをもって直ちに懲戒事由該当性を肯定することは失当であると考える。多数意見は,懲戒事由としての「品位を辱める行状」又は品位保持義務違反について,許される限度を超えた拡大解釈をするものであると評するほかはない。

 なお,付言すると,本件資料によれば,本件書面については,当初のものを作成してから相当期間経過後,B用に印刷したものの押収やフロッピーの任意提出により,警察の知るところとなったと認められるところ,そこからさらに本件書面のことが表ざたとなったことについては,本件書面作成時にC判事の認識し得なかった事情・要因の介在したことも,うかがえないではないから,本件書面中における表題や小見出しの付け方あるいは文章表現における用語・言い回し等に軽率で配慮に欠ける点等があったために招いた警察の反感・誤解を含む一連の結果を最大限考慮するとしても,それらをもって本件書面の作成・交付の「品位を辱める行状」への該当性を肯定し又は品位保持の職務上の義務違反ありとすることはできない(それらの点を責めるとしても,せいぜい他の司法行政監督上の措置を検討するのが相当である。)と考える。

5 以上の次第で,私は,被申立人を懲戒に付さない旨の決定をすべきであると考える。

 裁判官奥田昌道は,裁判官金谷利廣の反対意見に同調する。

裁 判 長  裁 判 官   山  口     繁

       裁 判 官   千  種  秀  夫

       裁 判 官   河  合  伸  一

       裁 判 官   井  嶋  一  友

       裁 判 官   福  田     博

       裁 判 官   藤  井  正  雄

       裁 判 官   元  原  利  文

       裁 判 官   大  出  峻  郎

       裁 判 官   金  谷  利  廣

       裁 判 官   北  川  弘  治

       裁 判 官   亀  山  継  夫

       裁 判 官   奥  田  昌  道

       裁 判 官   梶  谷     玄

       裁 判 官   町  田     顯

       裁 判 官   深  澤  武  久


Copyright (C) 2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Jun/25/2001

インデックス・ページへ

トップ・ページへ