自動車登録ファイル不実記録事件上告審判決定


最高裁昭和57年(あ)第709号公正証書原本不実記載,同行使,偽造私文書行使被告事件


主        文

本件各上告を棄却する。

理        由

 弁護士小野寺利孝,同山下登司夫の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,所論引用の判例は事案を異にし本件に適切ではなく,その余は,憲法32条,14条違反をいう点をも含め,実質はすべて事実誤認,単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由にあたらない。

 なお,道路運送車両法に規定する電子情報処理組織による自動車登録ファイルは刑法157条1項にいう「権利,義務ニ関スル公正証書ノ原本」にあたり,右自動車ファイルの「使用の本拠の位置」又は「使用の本拠の位置」及び「使用者の住所」についての虚偽の記載は同条項にいう「不実ノ記載」にあたると解すべきであり,これと同旨の原判決は,正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,主文のとおり決定する。

 この決定は,裁判官谷口正孝の補足意見があるほか,裁判官全員一致の意見によるものである。

 

 裁判官谷口正孝の補足意見は,次のとおりである。

1 本件で職権判断が求められているのは,電子情報処理組織によって行われる自動車登録ファイル(昭和44年法律第68号による改正前の道路運送車両法にいう自動車登録原簿に代わるもの)への登録のためのコンピュータの磁気ディスク(右改正後の同法6条,自動車登録令7条)が,刑法157条の公正証書原本不実記載罪にいう「公正証書ノ原本」にあたるかどうかということである。多数意見は右コンピュータの磁気ディスクが前記法条にいう「公正証書ノ原本」にあたることを認めたが,コンピュータ磁気ディスクの文書性については格別の判断を示していない。

2 従来,学説,判例は,この原本が文書であることを当然の前提としてきた。そして,そのことは,本罪の規定が文書偽造罪の章の中に公文書偽造罪と一連の犯罪として位置し,公正「証書」の用語が用いられていることを考えれば,むしろ当然のことというべきである。
 ところで,刑法上文書の概念については,一般に「文字または文字に代わるべき代替的符号(谷口註・記号といってもよい)を用い,ある程度永続すべき状態において物体上に記載された意思または観念の表示であって,その表示の内容が法律上または社会生活上重要な事項について証拠となりうべきものをいう」とされている(大審院明治43年9月30日判決,刑録16輯1572頁参照)。

 そこで,この一般に承認された文書概念によってコンピュータの磁気ディスクを文書として観念することができるかどうかが問題となるわけである。

 これを積極に解するのが本判決の原判決その他下級審の裁判例である。これらは,「電磁的記録物も,人の意思または観念を内容とし,これをコンピュータ特有の記号によって表現したものであり,プリント・アウトすれば文書として再生される。」ということを理由として,磁気ディスクを刑法上の文書としているのである(例えば,広島高裁昭和53年(う)第60号,同53年9月29日判決,判例時報913号119頁参照)。そして,「コンピュータ技術革新は,いまや押し止めることのできない歴史的に必然な 現象となっている,コンピュータによる情報処理は,近代化された社会にとって不可欠のものである。この流れを刑法についての厳格過ぎる解釈によって阻むことはできないであろう。」との認識−いわゆるコンピュータ犯罪の当罰性の認識−が,この積極説の根底にあることは否定できない。

 然し,マイクロフィルムや特殊な光線を当てることにより文字が顕出するようなもの,すなわちそれじたいは可読的ではないが,機械を用いることによって可読的になるものについて,文書性を肯定することは可能である。これらのばあいは,文字ないし記号がそれじたいとしては直ちに可読的ではないとしても,フィルム等の物体上にそれが一定の形象として表示されているのであるから,これらを文書として観念することは容易である。

 これに対して,本件で問題とされている磁気ディスクに入力されている磁気それじたいは,形象として物体の上に表示されたものではなく,「プラス・マイナス」の磁気を帯びているに過ぎないのであるから,このようなものまでを文字に代わるべき記号とすることは余りに文書概念から離れ過ぎる。私は積極説の見解は刑法解釈の枠を超えるものと思う。

3 然らば,公正証書の原本は,公権力によってその内容を確定し公証する方法として公務所において備えつけ,これを権利義務に関する証明の具として強い証明力を付与するとともに,これを見たいと思う者に対してその利用を認めることを目的としている。そして,法が,公正証書の原本について文書という形態を要求しているのは,一般に文書が証明の確実性を担保するうえですぐれた効用をもっているところから,記録ないし証明の手段として社会の信頼が厚く,従ってこれを特に保護する必要があると考えられていたためであって,文書以外の他の形態のものであっても,権利義務に関する証明の確実性がそれによって確保され,しかも関係の法令がそれを権利義務に関する証明のためのよりどころとすることを明定しているばあい,かかる証明のためのよりどころとされたもの=媒体は,その文書性に欠けるところがあっても,刑法157条にいう公正証書の原本として保護されてよいと考える。

 前記改正後の道路運送車両法6条1項,自動車登録令7条は,コンピュータの磁気ディスクを改正前の道路運送車両法にいう自動車登録原簿に代わるものとして,公権力によって自動車に関する権利義務についてその内容を確定し公証する方法として法が認めたものである。

 そうすると,前記のような意味において,本件コンピュータの磁気ディスクは文書性に欠くるところがあっても,刑法157条にいう公正証書の原本たる資格を備えるものと,私は考える。

 もっとも,このような解釈は右刑法の条規の明文から離れ,法の創造につながるとの非難もあるであろう。しかし,前記の如く他の関係法令をもって,特にある証明手段を権利義務に関する公正な証明の具として認める所以が明定された以上,文書性を害うことがあっても,これを右刑法の条規にいう公正証書の原本に取り込むことは,他の法令によって刑法の構成要件が補充充足されたものとして許されると考える。

 公正証書の原本は一般には文書であるが,他の関係法令が特に証明方法としての原本性を明定しているばあいには,必ずしも文書性を備えなくても公正証書の原本として刑法の保護の客体となるという結論になる。

(裁判長裁判官 中村治朗,裁判官 藤崎萬里,裁判官 谷口正孝,裁判官 和田誠一)

 


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Published on the Web : Jan/26/1998

Error Corrected : Sep/25/2001

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