パチスロ機(リノ)CPU商標権侵害事件控訴審判決


大阪高裁平成7年(う)第228号商標法違反被告事件


判        決

<当事者名等省略:以下,当事者及び関係者名等は仮名>

主        文

原判決を破棄する。

被告人を懲役6月に処する。

この裁判確定の日から2年間右刑の執行を猶予する。

理        由

 本件控訴の趣意は,検察官加納駿亮作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人小松陽一郎作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

 論旨は,要するに,

原判決は,

「被告人は,パチンコ店に設置する回胴式遊技機『リノ』を開発製造する株式会社甲の代表取締役であるが,A,B,Cらと共謀の上,何ら権限がなにのに,

1 平成3年4月下旬ころから同年7月上旬ころまでの間,大阪府<番地略>所在の前記甲事務所において,シャープ株式会社が電子応用機器器具等(商品区分第11類)を指定商品として昭和48年12月12日商標登録を受けている登録番号第1111387号の『SHARP』(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80CPUコアマイコン,以下,右電子部品を『本件CPU』という。)約1万個を,右遊技機の主基盤に取り付けて販売する目的で所持し

2 別紙販売事実一覧表のとおり,平成3年5月15日ころから同年10月27日ころまでの間,前後4回にわたり,大阪市<番地略>パチンコ店『乙』ほか3箇所において,右遊技機の販売代理店である株式会社丙ほか2社に対し,前記『SHARP』(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80Cコアマイコン)を取り付けた右遊技機合計61台を代金合計1567万円で販売して譲渡し

 もって,右シャープ株式会社の商標権を侵害したものである。」

との公訴事実に対し,

「本件において,直接商取引の目的物として流通に置かれ,あるいは置かれることが予定されていたのは,株式会社甲の開発製造にかかる回胴式遊技機『リノ』の部品の1つとしてその主基盤に取り付けられて本体である『リノ』に組み込まれ,あるいは組み込まれることが予定されていたに過ぎないものである」

とした上,

「本件CPUは,『リノ』に組み込まれることによって,商品としての独立性を失い,これに残存する標章は,商標法上保護されるべき商品識別機能を失うと認めるべきである。そうすると,被告人が,本件CPUを『リノ』の部品として組み込んで販売した行為は,本件商標の使用行為に当たらないし,右販売目的でこれを所持した行為もその予備行為には当たらないと解される」

と判示したが,本件CPUは,主基盤に取り付けられる以前の段階,主基盤に取り付けられた後,それが本体に組み込まれるまでの段階及び主基盤が本体に組み込まれた後の段階等で,多数の者の目に触れる可能性があり,本件CPUに付された商標が出所表示機能,商品識別機能を果たしていることは明らかであるから,本件CPUが「リノ」に組み込まれれば,その商標を保護する必要性がないとする原判決は,商標法37条2号の解釈適用を誤っており,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるので,破棄を免れない,

というものである。

 そこで,記録及び証拠物を調査し,当審における事実調べの結果を併せて検討し,以下のとおり判断する。

 関係証拠によると,株式会社甲が回胴式遊技機「リノ」の開発,販売に至った経緯,本件CPUの印字の改ざんの状況,本件CPUと主基盤との関係及び同遊技機の取引の状況等は,ほぼ原判決が認定しているとおりであり,その概要は,次のとおりである。

1 被告人は,パチンコ店に設置する回胴式遊技機(いわゆるパチスロ機)を開発,製造,販売する株式会社甲(以下,「甲」という。)の代表取締役であった者であるが,A,B,Cらと相談の上,同社が開発製造したパチスロ機「リノ」(以下,「リノ」という。)について,回胴式遊技機の技術上の規格につき検討を実施している財団法人保安電子通信技術協会(以下,「保通協」という。)による検定済みの同機の本来のプログラムの出玉率などに変更を加えた上,本体に組み込む主基盤に同協会に届け出ている汎用CPUの代わりにロム内蔵のカスタムCPUを使用して,その内部ロムを変更したプログラムを格納する方法で,同機を保通協の検定基準を超える射幸性の高い,人気の出る商品に改造して販売することを計画し,平成3年4月下旬ころから同年7月上旬ころまでの間に,右目的に沿うカスタムCPUである本件CPUをその主基盤に装着した「リノ」を別紙販売事実一覧表記載のとおり販売した。

2 本件CPUは,シャープ株式会社(以下,「シャープ」という。)の製造販売した複合LSI(1つのチップに汎用CPUであるZ80型CPUの回路,ロム,ユーザーロジック回路等が収められているカスタムIC,Z80コアマイコン)製品番号LZ841707であるところ,これには,製造出荷の段階では,表面に「IZAC LZ841707」(横書)等の印字が付されていたが,その後,甲が入手するまでの段階で,何者かによってこの印字部分が改ざんされ,シャープの製造するZ80型汎用CPUの製造番号である「LH0080B」(横書)等の印字及び「SHARP」(横書)の標章が付されていた。

3 シャープは,「SHARP」(横書)の表示からなり,指定商品を第11類「電気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療器械器具に属するものを除く),電気材料」とする登録第1111378号商標(昭和46年10月20日出願,昭和50年3月17日登録,昭和60年4月26日存続期間の更新登録。以下,「本件商標」という。)の商標権者である。

4 「リノ」は,筐体,回胴部分,主基盤,電源基盤等から構成されており,そのCPUは,「リノ」の筐体内に取り付けられる主基盤に直接半田付けして装着される(CPUに付いている40本のピンを主基盤の穴に差し込み,その穴を半田付けすることによりCPUを固定している。)。主基盤は,同機の本来のプログラムを格納するロム以外の全部品(CPUを含む。)を装着した段階で,日本電動式遊技機工業協同組合(以下,「日電協」という。)に持ち込まれ,同組合において,予め回胴式遊技機製造業者が保通協に届け出て検定に合格しているのと同一のプログラムがコピーされたロムが3基盤に装着された後,CPU,ロム,ラムの3種類の部品について,右各部品から基盤にかけて日電協の支給する封印シールが貼付され,さらに主基盤全体を透明あるいは半透明のプラスチックケースで覆った上,同ケースにも封印シールが貼付される。この封印作業は,回胴式遊技機の製造業者において,これらの部品に細工をするなどして決められた出玉率を変更するなどの改造を行うことを防止するためになされるものであり,その際,CPUについても,予め業者が保通協に届け出ている互換表に掲げられている部品が使用されているかどうか検査される(ただし,若干数の抜き取り方法であり,全基盤についてではない。)。「リノ」については,主要部品としてシャープ製のZ80型CPU製品番号LH0080B,代替部品としてメーカーの異なる3種類の汎用Z80型CPUが届け出られていた。なお,CPUの封印シールは,部品の中心部を避けて貼付されており,封印された主基盤に装着されたCPUの印字部分は,ケースを通してもこれを視認することができる。

5 封印シールの貼付された「リノ」の主基盤は,甲系列の販売会社で東京に本社のある丁株式会社(以下,「丁」という。)において,遊技機本体とは別に保管され,丁または中間の業者からエンドユーザーであるパチンコ店に「リノ」が販売された段階で,それぞれが直接パチンコ店に配送され(主基盤は,配送時,緩衝材等で仕切られた段ボール箱に納められて梱包されている。),そこで同機が組み立てられて設置される(「リノ」本体の正面のドアを開けると,本体最上部の天板の下に主基盤を差し込む箇所があり,主基盤は本体と配線コネクターによって接続されてそこに差し込まれる。)。

6 設置完了後,届け出られた封印シールの番号と実際に設置されている遊技機の主基盤の封印シールの番号が一致しているかどうかの検査が公安委員会(警察署が実施する。)によってなされ,許可(新規の場合)または承認(入れ替えの場合)がなされると,パチンコ店は営業を開始することができる。

7 主基盤は,「リノ」本体とは別に,パチンコ店に備え置く補修部品一式として販売されることがあり,「リノ」が故障し,その原因が主基盤にあると考えられるような場合には,主基盤全体が交換される(主基盤が故障し,パチンコ店に新しい主基盤がない場合は,パチンコ店あるいは中間の販売業者から丁にその旨連絡され,同社から直接あるいは右販売業者を通じて新しい主基盤がパチンコ店に配送され,同店において故障した主基盤と交換される。)。

 原判決は,ほぼ右のような事実関係を前提として,

「本件CPUは,『リノ』に組み込まれることによって,商品としての独立性を失い,これに残存する標章は,商標法上保護されるべき商品識別機能を失うと認めるべきである。そうすると,被告人が,本件CPUを『リノ』の部品として組み込んで販売した行為は,本件商標の使用行為に当たらないし,右販売目的でこれを所持した行為もその予備的行為には当たらないと解される。」

と判示しているが,原判決の右判断は次の理由により首肯できない。

 一般に,商標の付された商品が,部品として完成品に組み込まれた場合,その部品に付された商標を保護する必要性がなくなるか否かは,商標法が商標権者,取引関係者及び需要者の利益を守るため商標の有する出所表示機能,自他商品識別機能等の諸機能を保護しようとしていることにかんがみると,完成品の流通過程において,当該部品に付された商標が,その部品の商標として右のような機能を保持していると認められるか否かによると解すべきであり,その判断に当たっては,商法の付された商品が部品として完成品に組み込まれた後も,その部品が元の商品としての形態ないし外観を保っていて,右商標が部品の商標として認識される状態にあり,かつ,右部品及び商標が完成品の流通過程において,取引関係者や需要者に視認される可能性があるか否かの点を勘案すべきである。

 これを本件について見るに,前記のとおり,本件CPUは,それに付着したピンを主基盤の穴に差し込み,その穴を半田付けすることによって主基盤に装着されているもので,装着後も元の商品としての形態ないし外観を保っており,それに付された商標も,「リノ」や主基盤の商標としてではなく,本件CPUの商標として認識される状態にあることは明らかである。

 さらに,前記認定事実によると,主基盤及びそれに装着された本件CPUは,「リノ」の外観上は視認することはできないが,「リノ」本体や主基盤の流通過程においては,

(a) 「リノ」本体と主基盤とが別々にパチンコ店に配送された後,主基盤が本体に組み込まれるまでの間,

(b) 主基盤が本体とは別に補修部品としてパチンコ店等に販売された場合,それが同店等に配送されて保管され,故障した主基盤と取り替えられるまでの間,

(c) パチンコ店において主基盤が故障した際に,丁等から新しい主基盤がパチンコ店に配送された後,故障した主基盤と取り替えられるまでの間

などに,主基盤に装着された本件CPU及びそれに付された商標が中間の販売業者やパチンコ店関係者に視認される可能性があることが認められ,本件CPUとそれに付された「SHARP」(横書)の標章は,「リノ」本体や主基盤の流通過程において,取引関係者や需要者に認識される可能性があったということができる。

 したがって,その商標は,右の段階においても前記のような商標の諸機能を保持していたものと考えられ,本件CPUを部品として組み込んだ「リノ」を販売した被告人の行為は,本件CPUに付された商標の不正使用行為に当たり,「リノ」に組み込んで販売する目的で本件CPUをを所持した行為も,その予備的行為に当たるというべく,いずれも商標権を侵害したものといわなければならない。

 原判決は,商標法の適用を誤ったもので,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,破棄を免れない。論旨は理由がある。

 よって,刑事訴訟法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は,パチンコ店に設置する回胴式遊技機「リノ」を開発製造する株式会社甲の代表取締役であるが,A,B,Cらと共謀の上,何ら権限がなにのに,

第1 平成3年4月下旬ころから同年7月上旬ころまでの間,大阪府<番地略>所在の前記甲事務所において,シャープ株式会社が電子応用機器器具等(商品区分第11類)を指定商品として昭和48年12月12日商標登録を受けている登録番号第1111387号の「SHARP」(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80CPUコアマイコン)約1万個を,右遊技機の主基盤に取り付けて販売する目的で所持し

第2 別紙販売事実一覧表のとおり,平成3年5月15日ころから同年10月27日ころまでの間,前後4回にわたり,大阪市<番地略>パチンコ店『乙』ほか3箇所において,右遊技機の販売代理店である株式会社丙ほか2社に対し,前記「SHARP」(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80Cコアマイコン)を取り付けた右遊技機合計61台を代金合計1567万円で販売して譲渡し

 もって,右シャープ株式会社の商標権を侵害したものである。

(証拠の標目)

<省略>

 なお,原審及び当審弁護人は,被告人は,平成3年4月ないし同年10月ころ,本件CPUに付された商標が商標権者以外の者によって作出されたとの認識を有していなかったのであるから,商標権侵害の故意を欠く旨主張し,被告人も,原審及び当審公判廷において,右主張に沿う供述をしている。

 しかしながら,

@ 被告人は,原審公判廷において,昭和56年ころからいわゆるパチスロ業界で働くようになり,以後,パチスロ機の修理会社や製造,販売会社を設立するなどして一貫してパチスロ業界に身を置いてきたもので,パチスロ業界では,保通協の検定基準を潜るために,汎用CPUの代わりにカスタムCPUを使用する方法,ロムそのものを変更する方法,ラムを書き換える方法,基盤そのものを二重にする方法等の違法行為が行われていることを知悉しており,CPUに関しては,汎用品は汎用品としての,カスタムはカスタムとしての,それぞれの番号等の印字がなされていることから,「リノ」にカスタムCPUを使用するには,それが保通協に届け出ている汎用品と同じ外観である必要があると思っていたと供述していること,

A 被告人の原審公判廷における供述,司法警察員作成の「証拠品(シャープ製カスタムIC開発契約書等)の謄本作成について」と題する書面(原審検察官請求証拠番号20号)及び「回胴式遊技機『リノ』の互換表の入手について」と題する書面謄本(221号)によると,甲は,戊工業製作のパチスロ機「フラッシュ」の開発に関与していたところ,昭和63年ころ,シャープと日本電気株式会社に対し,右「フラッシュ」に使用する汎用CPUと同じ外観で,しかも表面に何の印字も付さないカスタムCPUの開発を依頼し,右依頼に基づいて同社が製造したカスタムCPUを右「フラッシュ」に使用したことがあったが,被告人は,甲の代表者としてそれらの経緯を知っていたことが認められること,

B 被告人の原審公判廷における供述によると,被告人は,平成3年3月か4月ころ,Aから「リノ」に使用するCPUとして単価が2万円の本件CPUを1万個仕入れたいと聞かされたが,通常はカスタムCPUの単価は5,6000円位と思っていたし,当時,「リノ」の開発,製造のため数億円の借金を抱えていたのに,同人に対して仕入先を聞いたり値段が高い理由を問うことなくAに購入の了解を与えたというのであるが,被告人のそのような行為は,被告人が,本件CPUがカスタムCPUであるというのにとどまらず,その表面の商標等の印字に何らかの細工がなされているために値段が高くなっていることを知っていたことを窺わしめるものであること,

C A,B及びCは,いずれも捜査段階では,平成3年4月か5月ころの時点では,本件CPUのメーカー名等の印字が不正に作出されたものであることが分かっていた旨供述しており,被告人も,逮捕,勾留の段階のみならず,その前の任意捜査の段階でも,右共犯者らとほぼ同旨の供述をしていたもので,右共犯者及び被告人の各供述はおおむね信用できると思われること

などの諸事情を総合すると,被告人は,平成3年4月か5月ころの時点で,すでに本件CPUに印字されたメーカー名や製品番号等が権限のない者によって作出されたものであることを認識していたものと認められるから,商標権侵害の故意に欠けるところはないというべきである。

(法令の適用)

 被告人の判示第1の所為は,平成7年法律第91号による改正前の刑法60条,平成5年法律第26号附則16条により同法による改正前の商標法78条,平成3年法律第65号附則1条ただし書後段により同法による改正前の商標法37条2号に,同第2の所為は,包括して,前記改正前の刑法60条,平成5年法律第26号附則16条により同法による改正前の商標法78条にそれぞれ該当するので,各所定刑中それぞれ懲役刑を選択し,以上は前記改正前の刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から2年間右刑の執行を猶予することとし,原審及び当審における訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,パチスロ機の開発製造等を目的とする会社の代表者であった被告人が,パチスロ機の出玉率の公的規制を無視し射幸性の高いパチスロ機を製造販売して同社の営業利益を上げようと企て,他の社員らと共謀の上,無権限で商標が付されたカスタムCPU1万個をパチスロ機に取り付けて販売する目的で所持し,その一部を取り付けたパチスロ機61台を販売したという事案であって,その犯行は会社ぐるみの計画的なもので,犯行の動機,目的も悪質であることなどを考慮すると,被告人の刑責は軽視できず,所持していた約1万個の本件CPUは,その約半分が使用されただけであったこと,本件CPUは,もともとシャープが製造した製品であり,当初それに付されていた他のメーカー名が削り取られるなどして「SHARP」という商標が付されたいわゆる真正商品であったこと,本件CPUは,他の多数の部品と共に主基盤に取り付けられ,それが「リノ」本体に組み込まれることにより,「リノ」の外部からは見えず,流通過程においても右商標と共に目立たない存在になるものであったこと,本件CPUの不正使用の件がマスコミに報道されるなどしたため,被告人経営の右会社が倒産するに至ったこと,被告人にこれまで前科がないことなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても,主文の刑はやむを得ないものと考える。

 よって,主文のとおり判決する。

 

裁 判 長  裁 判 官   青  木   暢  茂

       裁 判 官   梶  田   英  雄

       裁 判 官   東  尾   龍  一

 


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最終更新日: 1998/02/09

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