前橋信金事件第一審判決


前橋地裁昭和60年(ワ)第51号停職処分無効確認請求事件

控訴審:前橋信金事件控訴審判決

* 関係者名は仮名


判        決
原       告          <省略>
右訴訟代理人弁護士          大  塚   武  一
同                  茂   木     敦
同                  下  田   範  幸
同                  飯  野   春  正
同                  田  見   高  秀
同                  樋  口   和  彦

被       告          前橋信用金庫
右代表者代表理事           大  崎   林  三
右訴訟代理人弁護士          足   立     博
同                  宮  本   光  雄

主        文
一 被告が原告に対し昭和60年1月14日付でなした停職処分は無効であることを確認する。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事        実

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨
主文同旨

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張

一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は,被告の従業員であり,被告F支店に主事補として勤務している者である。

(二) 被告は,前橋市に主たる事務所を有し,預金又は定期積金の受入れ,会員に対する資金の貸付け等を業務目的とする金融機関である。

2 本件停職処分

 被告は,原告に対し,昭和60年1月14日,原告が,昭和59年7月23日ころ,被告F支店職員Eをして被告のオンライン端末機を正規の手続を経由することなく無断で操作させ,これによって前橋信用金庫従業員組合会計D名義の定期預金及び普通預金の残高を確認したことが別紙被告就業規則(昭和60年5月9日改正施行前のもの)第48条第1,第2,第4各号に該当するとして,同規則第49条第1項第2号,第50条第2号により,停職期間を昭和60年1月14日から同年3月14日までの60日間とし,その間は職員としての身分を保有するが賃金は支給しない旨の,懲戒処分(停職)を行った。

3 本件停職処分の無効

 本件停職処分は,以下のとおり懲戒権を濫用した違法なものであり,あるいは,公序良俗に反するものであるから無効である。

(一) 原告は前橋信用金庫従業員組合(以下「組合」という。)を代表する執行委員長の地位にあるところ,前記預金は,組合が組合員から組合費を徴収しこれを蓄えてきたもので,組合の諸活動にあてるべきものである。
 ところで,昭和60年7月当時,同組合には原告とは別に正規の組合規約に反して選出されたC執行委員長をはじめとする別個の執行部が存在し,これが右預金についての処分権限が全くないにも拘らず,これを引き出して浪費するおそれが発生した。そこで組合としては,右預金引き出しを防止すべく裁判所に対して右預金債権保全の仮処分申請をなさざるを得なくなり,原告が代表者として組合の預金の残高確認を行うためにEに依頼してオンライン端末機の操作をしてもらったに過ぎないものである。

(二) そして,被告においては,一般顧客の残高照会の場合は格別,内部の職員が被告に預金してある自己の預金残高を確認する場合には,正式な残高照会手続を経ることなく,事実上担当職員にオンライン端末機を操作してもらって回答を得ているのであり,この扱いは慣行化されているものである。

(三) ところで,原告を執行委員長とする組合は,昭和59年4月25日,被告を相手方として群馬県地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し不当労働行為救済の申立てを行ったところ,被告は,同年11月19日,原告を含む組合の執行部10名に対し,組合が地労委に就業規則等を被告理事長の許可を受けずに提出したことを理由として戒告処分を行い,地労委より被告の組合に対する証拠提出妨害行為を慎むよう書面により勧告されたにも拘らず昭和60年1月7日,組合が被告理事長の許可を得ることなく給与規程を証拠として地労委に提出したことを理由として,原告を含む組合執行部10名に対し減給処分を行った。
 組合が地労委に提出した就業規則等は従業員一般に配布され被告の秘密事項に関するものではないのに,被告は,地労委において自己の不当労働行為性が明らかになるのを阻止すべく,組合の執行部に対し懲戒処分をもって妨害し続けているのである。
 本件停職処分は,このような状況の下,これに追い打ちをかけるようになされたものであり,これが右不当労働行為の有無を巡って被告と対立する原告をはじめとする組合執行部を壊滅させるべく,理由をこじつけてなされたことは明白である。

(四) 従って,原告の前記行為は何ら懲戒事由に該当するものではなく,本件停職処分は懲戒権を濫用してなされたものであり,あるいは,公序良俗に反するものであるから,無効である。

4 よって,原告は被告に対し,本件停職処分が無効であることの確認を求める。

二 請求原因に対する認否

同1及び2の各事実はいずれも認める。同3の事実は争う。

三 被告の反論

 本件停職処分は以下に述べるとおり,適法,有効なものである。
 原告は,被告北支店勤務のEと相謀り,Eにおいて被告本店営業部に侵入し,オンライン端末機を不法に操作して組合の被告本店営業部に預けてある普通預金及び定期預金の各残高を確認することを企図し,同人において昭和59年7月25日午前11時15分ころ,被告本店営業部に不法に侵入し,普通預金係の保管していた「前橋信用金庫従業員組合 D」名義の顧客照会カードを抜き取り,更に,同営業部融資担当職員Aがオンライン端末機にオペレーターキーを装着したまま接客のため離席していた隙に同端末機を不法に操作し,前記各預金債権の残高照会データーを窃取したものである。
 近時,金融機関にコンピューターが導入され事務処理能力が飛躍的に増大された反面,コンピューターを不正に操作して金融機関に対し巨額の損害を与える犯罪が増大している。原告の本件犯行行為は金融機関たる被告にとって看過することのできない行為であり,これは原告主張の被告就業規則の各条項に該当する。被告はこのようなコンピューター犯罪に対する厳罰の必要性から本件停職処分を行ったものであって,これを無効とすべき理由は存しない。

第三 証  拠

<省略>
理        由

第一 請求原因1及び2の各事実(当事者たる地位及び被告就業規則とこれに基づく本件停職処分の存在)はいずれも当事者間に争いがない。

第二 本件停職処分の効力

一 右当事者間に争いのない事実,証拠<省略>を総合すれば,本件停職処分がなされるに至った経緯については,次のとおりであることが認められる。
1 原告は,昭和43年4月1日被告に雇用された従業員であり,そのF支店に主事補として勤務している者であるが,昭和56年10月,被告の従業員で構成される組合の代表者である執行委員長に選任された。

2 ところが,昭和58年11月11日,執行委員長たる原告が召集開催した組合の代議員会において,原告をはじめとする執行部(以下「旧執行部」という。)に対し解任決議がなされ,引き続きその場で執行委員によりCを執行委員長にする執行部(以下「新執行部」という。)を選任する旨の投票がなされた。これに対し原告ら旧執行部は,組合規約には執行部の解任決議を代議員会でできるとする規程はなく,また同規約上役員の選任は大会の付議事項とされていることを理由として,右各決議の無効を主張し,以後,新・旧執行部の間で,組合執行部としての正当性を巡って鋭い対立が生じたが,被告は,当初より一貫して新執行部を正当なものとして対応してきた。そこで,旧執行部の執行委員長である原告は,組合の代表者として,被告が組合に対し新執行部の選任等をはじめとする支配介入をなしたとして,昭和59年4月25日,地労委に対し,不当労働行為救済の申立てを行った。これに対し,新執行部では,その後,原告は組合執行委員長たる地位にある者ではないとして,昭和59年11月16日,昭和60年1月24日の2度にわたり,C執行委員長及びその後選出されたG執行委員長名にて不当労働行為救済申立ての取下書を地労委に提出するなどし,組合は,現在に至るまで事実上組合分裂の状態になっている。

3 ところで,新執行部は,昭和34年の組合設立以来蓄えられ,前橋信用金庫従業員組合会計D名義で被告本店営業部に貯金されていた組合費約1300万円の内約1000万円を費やして昭和59年8月26日に組合員による東京ディズニーランド旅行を行うことを計画した。しかし,従来の組合員の旅行等については活動費という項目の下,例年大体250万円程度の予算で実行されていたものであって,同年7月初めころ右旅行計画を知った原告ら旧執行部は,仮にこれがそのまま実施されるならば,組合財政の破綻をもたらすであろうと判断し,組合財産を守るため,新執行部の右旅行計画を中止させることが緊要であると考えたが,激しい対立の相手方である新執行部に右計画の中止等を求めても実効性が見込まれず,新新執行部に対し,組合預金の払戻等を禁止する仮処分を申請するしかないとの結論に至った。そしてそのためには,右預金の残高を確認する必要が生じた。

4 被告においては,預金の処理については昭和55年から電子計算機のオンラインシステムによる集中管理が導入実施され,その準則としてオンライン事務取扱要領が定められており,これには,オンライン端末機の管理に関し,担当職員は操作に必要なキー(オペレーターキーと呼ばれるもの)を他人に貸与してはならないとして,担当職員のみがこれを操作すべき趣旨が規定されていた。そして,その頃,オンラインシステム導入に伴う説明会が順次各営業店舗ごとに開催されるなどした。また,その後担当職員がオペレーターキーを端末機に装着したまま席を離れるといったことが時々見受けられたため,昭和59年6月には,営業店長あてに「オンライン端末機操作用の役席カード,オペレーターキーの運用及び管理について」と題する書面をもって,右事務取扱要領に基づく事務処理を周知徹底させる方策をとるなどした。
 しかしながら,右取扱要領は,被告の全職員に配布されたわけでも,また,前記の説明会にも全職員が出席したわけでもなく,被告の職員らは,正規の残高証明書の発行の場合(顧客から残高証明の求めがあった場合,担当職員は,複写式の残高証明書類の用紙を顧客に渡し,その1枚目を証明願として記載してもらうとともに証明書発行の手数料を徴収し,上司の許可を得たうえで,その2枚目を被告押印の残高証明書として顧客に対し発行するものである。)と異なり,単に顧客に対する預金勧誘の資料とすることなどのために顧客照会カードを作成する場合は,個々に上司の許可を得ることなく端末機操作担当の職員に依頼して預金残高の記入された右カードを入手していたばかりでなく,その操作ができる職員においては,右担当者不在の時は自ら端末機を操作して右カードを作成するなど,必ずしも右取扱要領どおりの運用がなされてはいなかった。
 また,組合預金の名義人で組合の会計担当者としてその通帳,印鑑を保管していたEは新執行部を明確に支持し,原告ら旧執行部の指示に従って組合の預金残高の確認に協力することは考えられない状態であり,更に前記のとおり,被告が新執行部を正当なものと扱っていることなどの事情もあって,原告において正規に端末機操作担当の職員に依頼して右の確認を求めてもこれが実現されることも困難な状況であった。
 そこで,原告は,前認定のような端末機操作の運用の実状から,特段の非違行為とも考えずに,端末機の操作方法を知っている職員に依頼することによって自らが代表する組合の預金残高の確認ができるものと考え,昭和59年7月23日,端末機操作の権限はないが,当時同じF支店に勤務しており,組合の預金がなされている本店営業部の内部にも詳しいEに,同人が担当者に無断で操作することを予測しつつ,端末機操作による右確認をなすよう依頼した。Eは,同月25日午後11時ころ,外の用件で本店営業部へ赴いた際,普通預金係において保管していた組合預金の顧客照会カードの用紙を無断で持ち出し,担当者Aがオペレーターキーを装着したまま離席したすきに端末機を使用して組合預金の残高を確認し,同日午後零時30分ころ,残高の記入されたカードを原告に手渡した。

5 原告は,昭和59年7月28日,新執行部のC委員長及び被告本店営業部長に対し,内容証明郵便にて,組合預金の支出禁止,支払停止を求める旨を申し入れるとともに,右Eから入手したカードをもとに,昭和60年8月初めころ,新執行部のC委員長外4名を相手方とし,組合の預金(総額1306万5891円)債権の取立,処分を禁止する仮処分を申請(当庁昭和59年(ヨ)第139号債権仮処分申請事件)し,同年8月10日,これを認容する仮処分決定を得た。ところが,原告らが危惧したとおり,右預金のうち1000万円は既に同年7月28日に解約手続がとられ,同月30日にはこれが引き出されていたものであって,同年8月26日に実施された組合員の東京ディズニーランド旅行に使用された。

6 被告においては,Eの前記端末機操作を目撃した職員からの通報や店舗に設置してある防犯カメラが右Eの行為をとらえていたことなどを契機として,関係者に対する事情聴取を実施した結果,原告及びEの前記行為を確知するに至った。
 被告においては,従来電子計算機の使用に関する違反行為について懲戒処分がなされた例はなかったが,電子計算機の不正操作により極めて容易に横領等の犯罪を行いうるものであって,右不正操作については,被告として具体的損失は被っていないけれども,その態様や動機,目的等の如何を問わず厳重に懲戒処分をすべきであると考え,同年11月19日,端末機の担当職員Aとその上司である営業部長の2名に対しては,オペレーターキー管理についての規定違反を理由として戒告処分をなした。そして,Eに対しては,同年12月19日,懲戒解雇の内示をしたが,同人から退職願が提出されたので昭和60年1月5日付でこれを受理した。原告に対しても,同様の観点から,昭和60年1月14日,前記就業規則に違反することを理由として停職処分としては最も重く解雇に次ぐ懲戒処分である本件停職処分をなした。

 以上のとおりであることが認められる。

二 ところで,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存するときは,同所定の懲戒処分を行うことができるものではあるが,その処分の軽重を決するについては,懲戒事由に該当する行為自体の態様のみならず,その動機,目的等を総合判断し,右行為の企業内秩序の維持や業務の適正な遂行に与えた影響などを総合考慮すべきものであり,右処分がこれらに照らして著しく不合理であり,社会通念上相当性を欠くときには,懲戒権の濫用としてその効力を生じないと解すべきである。

 そこで,本件についてこれをみるに,まず,別紙就業規則第48条第2号(秘密漏洩)及び第4号(金融機関職員としての不適格非行)該当の有無であるが,被告主張の本件処分該当事実たる前記認定の,原告が端末機操作の権限のないEと相謀り,端末機の無断操作による預金残高の確認をなした行為は,事実上分裂したとはいえ,組合の代表者たる原告においてこれを行うことが第2号に該当しないことは明らかであり,また,原告が右行為に出でた目的が私利私欲にわたるものではないこと及び被告に何らの損害を与えたものでないこと等前記認定の事実を勘案すれば第4号に該当するとも考えられない。しかし,右行為は,被告において定めたオンライン事務取扱に関する規定に違反するものであって,これが第1号(規定違反)に該当するものであることは明らかである。しかしながら,前記認定の,原告ら旧執行部としては,新旧両執行部がその正当性を巡って鋭く対立するという状況の下,新執行部による組合財産の解消ともいうべき1000万円を支出する旅行を阻止し,これまで蓄えてきた組合財産を守る必要があったこと,新執行部による旅行の計画を聞知したのがその実施約1か月半前という時期であって,これに対する適切な防衛策をとるには時間的余裕に乏しく,緊急性があり,そのための手段として組合預金保全の仮処分申請を行うこととなったところ,右申請を行うためにはその前提として預金残高を確認しなければならなかったのであるが,被告の定める正規の手続に従ってこれを行うことは前記認定の諸事情が存在したため緊急に実施することが困難であり,また,他に実効性のある適当な方法もなかったこと,従って,この意味で,新旧いずれの執行部が正当であるかはともかく,原告が旧執行部における組合代表者として右の如き預金残高確認の行為にでたについては,やむなくしたものであると考えられること,また,端末機の操作に関しては,現実には,被告が想定していたその取扱要領に反する運用がなされていたため,原告において,端末機操作担当者以外の従業員が,被告に何らの損害を及ぼすおそれのないような操作をすることについて,さほど重大な非違とは考えていなかったこと,しかも,本件組合預金残高の確認は,右のように組合内部の紛争に起因するものであり,その意味で他への模倣性,悪影響は考え難く,また,被告にとっても何ら財産的損害のない事柄であると考えられること等の事情に照らすと,オンラインシステムの不正操作による犯罪が金融機関の経済的基盤を危うくするおそれがある旨の被告の主張を考慮しても,その動機において被告に財産的損害を発生せしめるおそれのある場合と異なる本件について右の点を過大に評価することは相当でないし,これらを含む諸般の事情を考慮しても,本件について,懲戒解職に次ぐ,処分のうちでは最も重い停職60日という懲戒処分をもってのぞむのは,著しく不合理であり,社会通念上相当性を欠いたものといわざるをえない。

三 そうすると,本件停職処分については,その余の点について判断するまでもなく,無効というべきであるから,結局,原告の主張は理由がある。

第三 結  論

 以上の次第で原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。

 

       裁 判 官    田  村   洋  三

       裁 判 官    宮  ア  万 壽 夫

            裁判長裁判官山之内一夫は,転補のため署名押印できない。

       裁 判 官    田  村   洋  三

 


別 紙

前橋信用金庫就業規則(抄)

(懲戒)

 第48条 従業員が左の一に該当するときは,情状により懲戒する。

(一) 法令,定款その他この金庫の諸規定に違反したとき。

(二) 業務上又は取引先の秘密を他に漏らしたとき。

(四) 金融機関の奉仕者たるにふさわしくない非行のあったとき。

(懲戒処分)

 第49条 懲戒処分は次の通りとし,理事長がこれを行う。

(二) 停  職

(処分の内容)

 第50条 処分の効果は次の通りとする。

(二) 停職は2ヶ月をこえない範囲とし,その間は従業員としての身分を保有するが業務には従事することができない。

   停職期間中は給与を支給しない。

 


Copyright (C) 1998-2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Feb/23/1998

Error Corrected : Jun/25/2001

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