第3章 管轄権

 本条は,条約第2条ないし第11条にある犯罪行為について管轄権を確立する義務のある条約加盟国が準拠すべき一連の基準を設けている。

 第1項(a)は,属地主義の原則に基づいている。各加盟国は,本条約で設けられる犯罪が,その領土内で実行される場合には,その実行行為を処罰することが要求される。例えば,コンピュータ・システムを攻撃する者と攻撃対象システムの両者がその領土内にある場合,また,攻撃者が領土内に存在しなくても攻撃されたコンピュータ・システムが領土内にある場合には,属地管轄権を主張するだろう。

 問題は,各加盟国に対し,加盟国の名前で登録された人工衛星の中での犯罪に関する管轄権を設けることを要求する条項を(条約中に)含めるべきかどうかだった。起草者は,人工衛星の中での違法通信は,必ず地球上にその源を発するものであり,及び/又は,地球上で受信されるものだろうという理由により,このような条項は不必要であると判断した。伝送の発信地又は受信地のいずれいかの地がそこに特定されるのであれば,加盟国は,第1項(a)ないし(c)に規定する管轄原因中の一つを利用することができるだろう。更に,いずれの国の領土管轄権にも属さないところで,加盟国の国民により人工衛星の通信の中で犯罪が実行された場合の適用範囲については,第1項(d)に基づく管轄原因があることになるだろう。結果として,人工衛星は,単に伝送のためのコンジットとして提供されているのに過ぎないのであるから,多くの場合において,実行された犯罪と衛星登録国との間には,意味のある関係が存在しないだろうということから,起草者は,衛星の登録がなされていることは,刑事管轄権を主張するための適切な管轄原因とはならないのではないかという疑問を持った。

 第1項(b)及び(c)は,属地主義の変形を基礎としている。これらの号は,各加盟国に対して,その国旗を掲揚した船舶中で実行され,又は,その国の法律に従って登録された航空機内で実行された犯罪について,刑事手続上の管轄権を設けることを求めている。この義務は,多くの国の法律中に,一般的な事項として,既に導入されている。というのは,そのような船舶や航空機は,しばしば,その国の領土の拡張として考えられているからである。このタイプの管轄権は,犯罪実行時点において,その船舶や航空機が当該国の領土内になく,従って,第1項(a)が管轄権を主張するための管轄原因としては利用できないような場合には,最も有用である。(船舶又は航空機の)籍のある加盟国の領土外にある船舶又は航空機内で犯罪が実行された場合,この要件が存在しなければ,他のいかなる国といえども管轄権を行使することができなくなってしまうだろう。加えて,他国の領海上又は領空上を通過しているのに過ぎない船舶又は航空機の上で犯罪が実行される場合には,その他国は,自国の管轄権を行使することについて,非常に大きな実務運営上の障害があり,従って,(船舶又は航空機の)籍のある国にとっては,これも非常に有用である。

 第1項(d)は,属人主義の原則に基づいている。属人主義理論は,最も頻繁に適用される民事法上の伝統的な理論である。国民は,国の領土外にある場合であっても,国内法に従うべき義務がある。(d)に基づいて,国民が国外で犯罪を実行する場合であって,かつ,その犯罪行為が犯罪行為地である国の法律によっても犯罪となる場合又はその犯罪がいかなる国の属地管轄権にも属さない場所で実行される場合には,加盟国は,それを刑事訴追する能力を持たなければならない。

 第2項は,加盟国に対し,第1項(a),(b),(c)及び(d)の管轄原因による管轄権について,留保することを許している。しかしながら,(a)に基づく属地管轄権を設けることに関して,そして,第3項に基づく「降伏か裁判か(aut dedere aut judicare)」(引渡か訴追か)の原則が適用されることになる場合において管轄権を確立すべき義務に関しては,留保が許容されていない。この管轄権があれば,例えば,加盟国がその国籍を原因として申し立てられた犯罪者の引渡を拒絶する場合,その犯罪者は,その国の領土内にいることになる。第3項に基づいて設けられる管轄権は,本条約の「引渡」(第25条)第6項の要件に従う引渡請求をした加盟国によって求めえられる場合には,国民の引渡を拒絶する加盟国が,その国内で捜査及び刑事手続をすることのできる法的権能を持つことを確保することが必要である。

 第1項に規定する管轄権の管轄原因は,専属管轄ではない。本条第4項は,加盟国に対し,その国内法と適合するように,他のタイプの刑事管轄権を設けることも許している。

 コンピュータ・システムの使用により実行される犯罪の場合,2カ国以上の加盟国の幾つか又はその全部が,当該犯罪について,一緒に管轄権を有することがあり得る。例えば,ウイルス攻撃,インターネットの使用を通じて実行される詐欺及び著作権侵害行為は,多数の国に置かれた攻撃対象を狙っている。努力の重複,証人の無用な不便,関係各国の法執行機関の間の競合を回避し,あるいは,刑事手続の有効性又は公正性を向上させるためには,関係する加盟国は,刑事訴追のための本来の管轄権を決定するために,協議をしなければならない。ある場合には,関係各国が1個の刑事訴追管轄権を選択することが有効かもしれない。また,他の場合には,他の加盟国が他の共犯者を訴追する一方で,2カ国以上の国が他の共犯者を刑事訴追するのが最善であるかもしれない。本項では,このいずれの結論を採ることも許容されている。最後に,協議すべき義務は絶対的なものではなく,「それが適切である場合」になされるべきものである。従って,例えば,加盟国中の1カ国が,協議が必要でないと認識している場合(例えば,他の加盟国から起訴を予定していないという確認を得ている場合),あるいは,加盟国が,協議がその捜査及び刑事手続に悪影響を及ぼすかもしれないという見解を持つ場合には,協議を延期又は拒絶することができる。


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Published on the Web : May/01/2001

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