条約の各条項の注釈

第1章 用語の使用(4)

 

第2章 国内レベルで採られるべき措置

 

 第2章(第2条ないし第23条)は,刑事実体法(第2条ないし第13条),手続法(第14条ないし第21条)及び管轄権(第23条)の3つの節を含んでいる。

第1節 刑事実体法

 

 条約の第1節(第2条ないし第13条)は,関連する犯罪行為についての最小限度の共通基準を設けることによって,コンピュータ犯罪又はコンピュータ関連犯罪を防止し,抑制するための手段を改善することを目的としている。このような調和をはかることは,国内レベルと国際的レベルでのこの種の犯罪に対する闘いを緩和する。国内法において各国が一致していれば,従前の低い基準をもつ加盟国へと濫用が移動することを防止することができるだろう。その結果として,事件を取り扱う上で有用な共通事例の実務上での交換も拡大されることになるだろう。また,例えば,双罰性の要求等に関して,国際協力(特に,引渡及び司法共助)が容易になる。

ここに含まれている犯罪行為のリストは,最小限度の合意を表すものであり,国内法における拡大を除外するものではない。このリストは,コンピュータ関連犯罪に関する欧州評議会の勧告 No. R (89) 9 との関連で造られたガイドライン及び他の公的な国際機関及び民間の国際機関(OECD,UN,AIDP)の活動の中で造られたガイドラインに基づくところが大きい。しかし,拡大する通信ネットワークの濫用についての新たな経験を考慮に入れている。

本節は,5つの款に分かれている。第1款は,コンピュータ関連犯罪の核心,即ちコンピュータ・データ及びシステムの機密性,完全性及び可用性に対する基本的な脅威を示すような犯罪行為を含んでいる。それは,電子データ処理及び通信システムがさらされているコンピュータ・セキュリティ及びデータ・セキュリティに関する議論の中で認識されたものである。見出しは,カバーされる犯罪のタイプについて説明するものであり,その内容は,システム,プログラム又はデータに対する無権限アクセス行為及び不正妨害行為である。第2款ないし第4款は,他のタイプの「コンピュータ関連犯罪」を含んでいる。これらは,実際上,より大きな役割を果たしているもので,在来型の手段を使った攻撃に対しては既に刑法によってほとんどが保護されているような特定の法益に対する攻撃の手段として,コンピュータ及び通信システムが使用される犯罪行為である。第2款の犯罪行為(コンピュータ関連偽造及びコンピュータ関連詐欺)は,欧州評議会の勧告 No. R(89) 9のガイドラインにおける提案に従って追加されたものである。第3款は,コンピュータ・システムを使用してなされる児童ポルノグラフィの違法な作成行為及び配布行為という「コンテンツ関連犯罪」を,最近見られる最も危険な手口の一つとしてカバーしている。本条約の草案委員会は,コンピュータ・システムを通じてなされる人種差別的なプロパガンダの配布行為のような,他のコンテンツ関連犯罪を含めることができるかどうかについても検討した。これを刑事犯行為として含めることについてはかなりの支持があったが,詳細に議論するには時間が不足していた。結局,この問題点については,欧州犯罪問題委員会(CDPC)に対して,可能な限り速やかに,現在の条約への追加議定書を作成することを考慮するように,本委員会が提案することを合意した。第4款は,「著作権及び関連諸権利の侵害に関連する犯罪」について規定する。この項目が本条約に含まれたのは,著作権の侵害が,最も広範囲に及ぶコンピュータ犯罪又はコンピュータ関連犯罪の形態の一つになっており,このような侵害がエスカレートすることが国際的に懸念されるようになっているためである。最後に,第5款は,企業責任に関する最近の国際的文書に対応して,未遂,幇助及び教唆,制裁及び措置に関する付随的な規定を含んでいる。

実体法の条項は,情報技術を使用する犯罪行為に関連しているが,本条約は,技術的に中立的な言葉を用いる。これは,実体刑法上の犯罪行為に関連する現在の技術と将来の技術の両方について適用できるようにするためである。

条約の起草者は,加盟国が第2条ないし第10条において定義された犯罪行為を導入するに際して,軽微な又は些細な違反行為を除外することができると理解している。

犯罪行為に含まれる行為が「権利なく」実行されるという明示の要件は,ここに含まれる犯罪行為を特定するための明示の要件である。それは,示された行為が,それ自体としては必ずしも処罰の対象となるわけではなく,同意,正当防衛又は緊急避難のような古典的な法律上の防御が適用される場合だけではなく,他の原則や利益ゆえに刑事的責任の除外につながるような場合においても,合法とされたり正当化されたりするかもしれないという洞察を反映している。「権利なく」という表現は,その表現が使われる文脈によって異なる意味が導き出される。そして,加盟国がこの概念を国内法においてどのように導入するかを制限することなく,この概念は,(立法上,執行権上, 行政上,司法上,契約上若しくは合意上のいずれであろうと)権限なく実行された行為,又は,確立された法律上の防御,免責事由,正当化事由あるいは国内法の下において関連する原則によってカバーされない行為を指すものとする。従って,本条約は,(例えば,加盟国政府が,公序を維持するため,国家の安全を守るため,あるいは刑事犯罪を捜査するために行動する場合のように)政府の適法な権限の範囲内で行なわれた行為に対しては,何らの影響も及ぼさない。更に,ネットワークの設計において本来なされる適法で通常の活動,又は,運用行為若しくは商業活動において本来なされる適法で通常の活動は,犯罪行為として処罰されるべきではない。このような犯罪行為化の例外についての特定の例は,後述のとおり,説明用覚書中で,特定の犯罪行為にそれぞれ対応する記述部分で提供される。(刑法その他の法律に基づき)このような免除が各国の国内法システムにおいてどのように導入されるかについては,加盟国の判断に任されている。

条約に含まれる一切の犯罪行為について,刑事責任を負わせるためには,「意図的に」実行されたものでなければならない。一定の場合においては,特定の意図という付加的な要件が,犯罪行為の一部分を構成することになる。例えば,コンピュータ関連詐欺に関する第8条においては,経済的利益を獲得しようとする意図が,犯罪を成立させるための構成要件となっている。条約の起草者は,「意図的に」という用語の正確な意味は,各国の解釈に負かされるべきだと合意した。

本節中の一定の条項では,本条約を国内法として導入する場合において,状況の限定を追加することを認めている。他の場合においては,留保の可能性さえも認められている(第40条及び第42条参照)。このように,犯罪行為化に関するより制限的なアプローチの方法がそれぞれ異なっているのは,そこに含まれる行為の危険性についての評価の相違,又は,対抗手段として刑法を利用する必要性についての評価の相違を反映するものである。このアプローチは,政府と議会に対し,この領域における自国の刑事政策の決定についての柔軟性を提供する。

このような犯罪行為を設ける法律は,刑事的な制裁を帰結する行為のタイプを適切に予見することができるようにするために,可能な限り十分な明確性と特定性をもって起草されなければならない。

 

第1款 コンピュータ・データ及びシステムの機密性,完全性及び可用性に対する犯罪

 

 (第2条ないし第6条)で定義されている刑事犯罪は,コンピュータ・システム及びコンピュータ・データの機密性,完全性及び可用性を保護すること,ネットワークの設計において本来なされる適法で通常の活動又は通常の運用行為若しくは商業活動において本来なされる適法で通常の活動については犯罪行為として処罰しないようにすることが意図されている。

違法アクセス

 「コンピュータ侵入」のような単純な無権限介入行為は,原則として,それ自体が違法とされなければならない。それは,システム及びデータの正当な利用者に障害をもたらすものであり,そして,再構築のために高額の費用負担を要する改変又は破壊を発生させるかもしれない。このような妨害行為は,対価の支払いなしでシステムを利用するための(パスワード,ターゲットとされたシステムに関する情報を含む)機密のデータ及び機密事項に対するアクセスを発生させるかもしれないし,あるいは,ハッカーに対し,コンピュータ関連詐欺又はコンピュータ関連偽造のようなより危険な形態のコンピュータ関連犯罪を実行するよう促すことになってしまうかもしれない。

 無権限アクセスを防止するための最も効果的な手段は,もちろん,効果的なセキュリティ手段を導入し開発することである。しかしながら,包括的な対応をするには,威嚇と刑法上の手段の利用を採りいれなければならない。無権限アクセスを刑法で禁止することは,そのようなシステム及びデータに対して,早期の段階での上記のような危険に対応する付加的な保護を与え得るものである。

 「アクセス」は,コンピュータ・システム(ハードウェア,コンポーネント,システム上に記憶されたデータ,ディレクトリ,トラフィック・データ及びコンテントに関連するデータ)の全部又は一部に入ることを意味する。しかしながら,システムへの電子メール・メッセージの単なる送信行為又は受信行為は,含まれない。アクセスは,公衆通信ネットワークを介して接続された他人のコンピュータ・システム,又は,LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)のように同一のネットワーク上にある他のコンピュータ・システム,あるいは,同一の組織内でインターネットへ入ることを含む。(例えば,ワイヤレス・リンクを介したものや閉鎖的なものを含め,遠距離からの)通信のための手段がどのようなものであるかは,問題とならない。

 また,行為は,「権利なく」実行されるのでなければならない。この表現に関して上記に説明したところに加え,それは,システムの保有者又はその一部の保有者その他の権利者から権限を与えられたアクセス(関係するコンピュータ・システムについて,権限のある試験又は保護のためになされるような場合)を犯罪行為として処罰するということを意味するものではない。

 例えば,直接になされるWebページのアクセス,ディープ・リンキングを含むハイパーテキスト・リンクを通じてなされるWebページのアクセス,又は,通信のための情報の埋め込み若しくは検索をする「クッキー」若しくは「ボット」を利用することを通じてなされるWebページのアクセスのように,特定の技術的ツールを利用すると,第2条のアクセスと同じ結果になるかもしれない。このようなツールの利用は,それ自体で,「権利なく」なされるものではない。公開されたWebサイトを維持しているということは,そのWebサイトの保有者からの,そのサイトが他のWebユーザからアクセスされてもよいという同意が存在することを意味する。通信プロトコル及び通信プログラムを通常通りに利用するための標準的なツールを用いることは,それ自体として,「権利なく」なされるものではない。例えば,クッキーの最初の導入が排除されなかった場合や,クッキーが削除されなかった場合のように,アクセスされたシステムの権利者が,それを用いることを承認したものと理解され得る場合には,特にそうである。

 国内法の多くは,既に,「ハッキング」犯罪行為に関する条項を持っているが,しかし,その適用範囲及び構成要件は,憂慮すべきほどに区々となっている。第2条の最初の文における広範な犯罪行為化のアプローチについては,異論がなかった。単なる侵入行為であり何ら損害が発生しなかった場合,ハッキング行為がループ・ホールやシステム・セキュリティ上の欠陥の発見を導いたのに過ぎない場合については,反対意見があった。このことは,各国の幅の広狭に応じて,付加的な限定のための事項を要件とするという,より狭いアプローチを導くことになった。これは,勧告N° (89) 9及びOECD作業部会国1985年提案によっても採用されたアプローチである。

 加盟国は,第2条の最初の文に従い,より広いアプローチを採用して,単なるハッキング行為を犯罪行為として処罰できるようにすることができる。選択的なものとして,加盟国は,第2文に列挙する限定要件の全部又は一部を採用することができる。すなわち,セキュリティ手段の侵害,コンピュータ・データを入手する特別の意図その他の刑事犯罪として有罪とすることを正当化するための不誠実な意図,あるいは,他のコンピュータ・システムとリモートで接続されたコンピュータ・システムに関連して犯罪が実行されたこと,という要件である。最後のオプションによって,加盟国は,他のコンピュータ・システムの使用と無関係なスタンド・アロンのコンピュータへの物理的なアクセスをするという状況を排除することが許される。それらの国は,(通信サービスによって提供される公衆ネットワーク,イントラネットやエクストラネットのような私的なネットワークを含む)ネットワーク接続されたコンピュータ・システムへの違法アクセスを犯罪として禁止することができることになる。

違法傍受

 本条項は,データ通信上のプライバシー権の保護を狙いとしている。この犯罪行為は,私人間の電話による会話についての従来の傍受及び記録と同様の,通信上のプライバシーに対する侵害に相当する。通信上のプライバシー権は,欧州人権条約第8条に定められている。第3条により設けられる犯罪は,電話,ファックス,電子メール又はファイル転送の別を問わず,全ての形態の電子データ伝送に対して,この原則を適用する。

 条項の条文は,主として,勧告(89)9に含まれている「無権限傍受」という犯罪行為から採られた。現在の条約中で,通信には,「コンピュータ・データの伝送」と並んで,以下に説明する状況の下における電磁的な放射が含まれる,ということが明確にされた。

 「技術的な手段」による傍受は,通信内容の聴取,監視若しくは調査と関連し,コンピュータ・システムへのアクセス又はその使用を通じてなされる直接的なデータ内容の入手と,電子的な盗聴用機器又はタッピング用機器の使用を通じてなされる間接的なデータ内容の入手の双方に関連する。傍受は,記録行為も含む。技術的な手段は,送受信線に設置された技術的機器と無線通信の収集及び記録のための機器とを含む。それらは,ソフトウェア,パスワード及びコードの使用を含むことができる。技術的な手段を使用するという要件は,それが過剰な犯罪行為化を避けるための制約条件であることを意味している。

 犯罪行為は,コンピュータ・データの「非公開の」伝送に対して適用される。「非公開」という用語は,伝送(通信)プロセスの性質を限定するが,伝送されるデータの性質を限定することはない。通信されるデータは,公衆が利用できる情報であり得るが,しかし,通信当事者が機密に通信することを望んでいることを要する。あるいは,データは,有料テレビ放送におけるのと同様に,サービスに対する対価の支払いがあるまでは,商業目的上機密に保たれているものであり得る。従って,「非公開」という用語は,それ自体として,公衆ネットワークを介した通信を排除するものではない。

 コンピュータ・データの伝送という形態での通信は,一個のコンピュータ・システム内でも(例えば,CPUから画面又はプリンタへのフロー),同一人に属する2台のコンピュータ・システム間でも,一方から他方への通信をする2台のコンピュータ間でも,あるいは,コンピュータと人との間でも発生し得る。だが,加盟国は,リモートで接続されたコンピュータ・システム間で伝送される通信であることを,付加的な要件とすることができる。

 「コンピュータ・システム」という概念が無線接続をも包含するかもしれないということは,加盟国が,無線伝送の傍受行為を犯罪行為として処罰することができるようにすべき義務を負うということを意味することにはならない,ということに留意しなければならない。この無線伝送は,それが「非公開で」なされる場合であっても,相対的に公開で容易にアクセスできる手段の中で生ずるのである。従って,例えば,アマチュア無線家によって傍受され得る。

 「電磁的な放射」と関連する犯罪行為を創設することにより,より広範な適用範囲を確保することになるだろう。電磁的な放射は,コンピュータによって,その運用を通じて放射され得るものである。このような放射は,第1条で規定する定義による「データ」であるとは考えられない。しかしながら,データは,そのような放射から再構築され得る。従って,コンピュータ・システムの電磁的放射からのデータ傍受行為は,本条の犯罪行為に含められる。

 刑事責任を負わせるためには,違法傍受は,「意図的に」かつ「権利なく」実行されなければならない。例えば,傍受をする者が傍受権限を有する場合,伝送に関係する者の指示若しくは授権によって傍受をする場合,又は,捜査機関により,国家防衛又は犯罪捜査の関係で,適法な権限に基づいて調査がなされる場合は,この行為が正当化される。また,例えば「クッキー」を働かせる場合のような通常の商業活動上の利用については,「権利なく」傍受がなされるのではないから,これを犯罪行為として処罰しようとするものではない,と理解された。

 幾つかの国々においては,傍受行為は,コンピュータ・システムへの無権限アクセスという犯罪行為と密接な関連を有するかもしれない。不誠実な意図を要件とする国,又は,第2条に従い他のコンピュータ・システムに接続されているコンピュータ・システムとの関係で犯罪行為が実行されることを要件とする国に関しては,禁止と法の適用との一貫性を維持するために,同様の要件を,本条による刑事責任を負わせるための限定的な要件とすることもできる。

データ妨害

 本条項の狙いは,有形物による場合に得られるのと同様に,コンピュータ・データ及びコンピュータ・プログラムについても,意図的な加害行為に対する保護を提供することにある。ここでの保護法益は,記憶されたコンピュータ・データ若しくはコンピュータ・プログラムの完全性及び固有の機能又はその使用である。

 重複する行為としての「毀損」及び「劣化」は,とりわけ,データ及びプログラムの完全性又はその情報内容のネガティブな変更と関連している。データの「消去」は,有形物の破壊と同じである。それは,データを破壊し,そして,認識不可能にする。データの「抑制」は,データがもはや物理的に存在しなくなるように削除される状況,又は,データが存在するのにデータにアクセスすることを妨げるようにデータがアクセス不可能にされる状況を含むものとして解釈することができる。「改変」という用語は,既存のデータの修飾を意味する。ウイルスやトロイの木馬のような悪意あるコードの入力は,データの修飾を帰結するものとして,本項によってカバーされる。

 上記の各行為は,「権利なく」実行された場合にのみ,処罰され得る。ネットワークの設計において,又は,通常の運用行為若しくは商業活動において,本来なされる通常の活動は,権利あるものであり,従って,本条によっては犯罪行為として処罰されない。例えば,保有者もしくは運営者によって権限を与えられてなされるコンピュータ・システムのセキュリティの試験又は保護,あるいは,システムの運営者が新しいソフトウェア(例えば,従前インストールされていたプログラムでは不可となっていたインターネットへのアクセスを許容するソフトウェア)を必要とする場合に生ずるコンピュータのオペレーティング・システムの設定変更がそうである。匿名の通信をするためのトラフィック・データの修飾(例えば,匿名のメール転送システムの活用),あるいは,機密の通信をするためのデータの修飾(例えば,暗号化)は,原則として,プライバシーの適法な保護行為として理解されなければならず,従って,権利あるものとしてなされるものと理解されなければならない。しかしながら,加盟国は,犯罪を実行又は加害者の身元の隠蔽を容易にするために,パケットのヘッダ情報が改変される場合のような,匿名の通信に関連する一定の違法行為を犯罪行為として処罰できるようにすることができる。

 加えて,加害者は,「意図的に」行為したのでなければならない。

システム妨害

 これは,コンピュータ・サボタージュに関する勧告No. (89) 9 と関連している。この条項は,コンピュータ・データの使用又は移動を用いる通信機能を含め,コンピュータ・システムの合法的な使用を意図的に妨害する行為について,それを犯罪行為として処罰できるようにすることを狙いとしている。保護法益は,コンピュータ・システム又は通信システムが正常に機能することについての,その運営者と利用者の利益である。条文は,全ての種類の機能がそれによって保護されるようにするため,中立的な方法で形成されている。

 「妨害」という用語は,コンピュータ・システムの本来の機能へ干渉する行為を指す。このような妨害行為は,コンピュータ・データの入力,伝送,毀損,消去,改変又は抑制によって行われることを要する。

 妨害行為に対して刑事制裁を加えるためには,更に,それが「重大な」ものでなければならない。各加盟国は,妨害行為が「重大な」ものとされることを充足させるための基準を,自ら決定しなければならない。例えば,妨害行為が重大なものと判断するための,発生した損害の最低限度額を要件とすることができる。起草者は,システムを使用するための,又は,他のシステムと通信するための保有者又は運用者の能力に重大で決定的な影響を持つような方式,規模又は頻度で(例えば,「サービス拒否」攻撃を生成するプログラム,システムの運用を妨げ又はひどく遅延させるウイルスのような悪意あるコード,あるいは,システムの通信機能をブロックするために,受信者に対し,巨大な分量の電子メールを送信するプログラム等によって),特定のシステムにデータを送信することもって「重大な」ものと理解していた。

 妨害行為は,「権利なく」なされなければならない。ネットワークの設計において,又は,通常の運用行為若しくは商業活動において,本来なされる通常の活動は,権利あるものである。これらは,例えば,保有者若しくは運営者によって権限を与えられてなされるコンピュータ・システムのセキュリティの試験,あるいは,システムの運営者が,従前インストールされていたプログラムでは不可となっていたインターネットへのアクセスを許容する新しいソフトウェアをインストールする場合に生ずるコンピュータのオペレーティング・システムの設定変更を含む。そして,このような行為は,たとえそれが重大な妨害という結果を発生させた場合であっても,本条によっては犯罪行為として処罰されることはない。

 スパム行為もまた,ジャンク・メールによって通信がより困難にされてしまう場合であっても,単に「不快な」場合に包摂されるに過ぎない。結論として,些細な妨害行為を犯罪として処罰することを避けるために,「重大な妨害」という要件が採りいれられたことになる。だが,妨害行為へのアプローチは,加盟国の間で統一的なものではない。ある国では,単純な干渉行為が行政上の違反行為を構成する一方で,別の国では,軽微な妨害行為でさえ重大なものと考えられている。条文は,どのような機能が重大な妨害となるかという範囲(部分的か全体的か,暫定的か永続的か)については,条約加盟国の判断に任せている。

 犯罪行為は,意図的になされなければならず,そして,加害者は,重大な妨害の意図を有していたことを要する。

機器の濫用

 本条項は,コンピュータ・システム又はコンピュータ・データの機密性,完全性及び可用性に反するものとして,上記に規定する犯罪を実行する意図で濫用される特定の機器若しくはアクセス・データに関連する特定の違法行為の意図的な実行について,別個の独立した刑事犯罪として創設する。これらの犯罪の実行では,しばしば,アクセス手段(「ハッカー・ツール」)その他のツールを保有する必要があるので,犯罪目的でそれを入手しようという強い誘因が存在する。そして,そのことは,その製造・頒布のブラック・マーケットのようなものの生成へと導くだろう。より効果的にこのような危険と闘うためには,刑法は,第2条ないし第5条に基づく犯罪行為の実行に先立ってなされる特定の潜在的に危険な行為を最初から禁止しなければならない。このような観点から,この条項は,欧州評議会(条件付アクセスに基づく又はこれを構成するサービスの法的保護に関する欧州条約−ETS N° 178)及び欧州連合(条件付アクセスに基づく又はこれを構成するサービスの法的保護に関する欧州議会及び欧州評議会の1998年11月20日付指令98/84/EC)内での,また,関連する諸条項は,幾つかの国々の国内法での,近時の発展を促進している。同様のアプローチは,紙幣偽造に関する1929年ジュネーブ条約の中でも既に採られている。

 第1項(a)1は,主として本条約第2条ないし第5条に設けられるいずれかの犯罪行為を実行する目的で設計又は採用されたコンピュータ・プログラムを含む装置の製造,販売,使用のための調達,輸入,配布又はその他の方法により利用可能にする行為を犯罪行為として処罰できるようにする。「利用可能にする」が他人の使用のためにオンライン機器を設置することを指すのに対し,「配布」は,他人にデータを転送する能動的な行為を指す。この用語は,また,そのような機器へのアクセスを助長するためのハイパー・リンクの作成又は設置もカバーしようと意図している。包含されている「コンピュータ・プログラム」は,例えば,ウイルス・プログラムのように,データを改変若しくは破壊しさえし,又は,システム運用を妨害するために設計されたプログラム,あるいは,コンピュータ・システムへのアクセスを入手するための設計又は採用されたプログラムのことを指す。

 起草者は,専ら犯罪行為を実行するために設計された装置を禁止すべきかどうか,それによって,二重利用装置を全体として排除すべきかどうかについて,十分に議論した。これでは,余りに狭すぎると考えられた。これは,刑事手続における証明において打開不能な困難をもたらし,この条項を実質的に適用できないものとしてしまうか,又は,非常に希な事案においてのみ適用され得るものとしてしまう。適法に製造又は配布されている場合であっても全ての機器を含ませるという代替案もまた否決された。そして,コンピュータ犯罪を実行する意図という実体要件のみが,刑罰を科すための要件として確定されるだろうが,そのようなアプローチは,紙幣偽造の領域においてさえも採用されたことはない。合理的な妥協案として,条約は,主として犯罪行為を実行する目的で装置が設計又は採用された場合を禁止の対象範囲としている。この方法のみが,通常は,二重利用装置を排除することになるだろう。

 第1項(a)2は,コンピュータ・システムの全部又は一部にアクセスできるようにするためのコンピュータ・パスワード,アクセス・コード又はこれに類するデータを製造し,販売し,使用のために調達し,輸入し,配布する行為又はその他それらを利用可能な状態にする行為を犯罪行為として処罰できるようにする。

 第1項(b)は,第1項(a)1又は第1項(a)2に規定する物件を保有する行為を,犯罪行為として設けている。加盟国は,第1項(b)の最後の文言によって,法律によって,保有されるべき物件の数を要件とすることが許容されている。保有されるべき物件の数は,直接に,犯罪の意図を示すことになる。刑事責任を負わせるための前提として,物件の数をどう判断するかは,各加盟国に任されている。

 犯罪行為は,意図的に,かつ,権利なく実行されるべきことが求められている。例えば,コンピュータ・システムを防御するための反撃のような適法な目的によって製造され,市場に置かれた装置について,過剰に処罰することとなる危険性を避けるために,犯罪行為として禁止するための要件として,別の要件が付加された。一般的な意図の要件とは別に,その機器が条約第2条ないし第5条に設けられるいずれかの犯罪を実行する目的で使用されるという特別の(直接の)意図が存在しなければならない。

 第2項は,権限に基づいてなされるコンピュータ・システムの試験又は保護のために製造されるツールは,条文上ではカバーされていないことを明確に示している。このような考え方は,既に,「権利なく」という表現の中に含まれている。例えば,情報技術製品の信頼性を管理するために,又は,システム・セキュリティを試験するために,産業界によって製造された試験用装置(「ハッキング装置」)及びネットワーク分析装置は,適法な目的で製造されるものであり,そして,「権利ある」ものだと理解できるだろう。

 第2条ないし第5条中の異なる種類のコンピュータ犯罪の全部について「機器の濫用」犯罪を適用すべき必要性の評価が異なることから,第3項は,国内法において犯罪行為として禁止するための限定的な留保(第42条参照)によることを許している。各加盟国は,しかしながら,少なくとも第1項(a)2に規定するコンピュータ・パスワード若しくはアクセス・データの販売,配布又はその他の利用可能化行為については,犯罪行為として処罰できるようにすることが求められている。

 

第2款 コンピュータ関連犯罪

 

 「コンピュータ関連偽造」及び「コンピュータ関連詐欺」は,ある種のコンピュータ関連犯罪,即ち,コンピュータ・システムとコンピュータ・データにおける2つの特殊な形態として,コンピュータと関連する偽造行為及びコンピュータと関連する詐欺行為を扱っている。これらを採り入れたのは,多くの国々において,新たな形態による妨害行為と攻撃行為から,伝統的な法益が十分に保護されていないという事実を認識したからである。

コンピュータ関連偽造

 本条の目的は,有形の文書の偽造とパラレルになる犯罪を設けることにある。これは,在来型の偽造に関する刑法上の間隙を埋めることを狙っている。在来型の偽造は,文が視覚的に閲読可能であること又は文書中に陳述が化体されていることを要件としているが,これは,電子的に記憶されたデータには適用できない。証拠としての価値を有するデータについて不正操作がなされ,それによって第三者が誤導されてしまうような場合には,在来型の偽造と同じようにひどい結果を帰結することになるだろう。記憶されたデータの無権限作成及び無権限改変を含むコンピュータ関連偽造は,証拠としての価値を変動させる行為であり,かつ,データ中に含まれる情報の真正性に信頼を置く法律行為の過程でなされる行為である限り,詐欺罪とされるべきである。保護法益は,法律関係に影響を与え得る電子データの安全性と信頼性である。

 各国の偽造概念が区々となっていることは,指摘されなければならない。ある概念では,文書の作者に関する真正性に基礎を置き,そして,別の概念では,文書中に含まれる文の真実性に基礎を置いている。しかしながら,データ内容の正確性又は真実性とは無関係に,データの発行者に関する最小限度の真正性に関する欺瞞的な行為であることが合意された。加盟国は,これを拡張して,「真正」という用語の下に,データの真正性を含めることができる。

 本条項は,私文書又は公文書と同価値のデータであって,法的効果を持つものをカバーする。正確なデータ若しくは不正確なデータの無権限「入力」は,虚偽の文書の作成と同じ状況をもたらす。それに続く改変(修飾,変形,部分的変更),消去(データ媒体からのデータの削除),及び抑制(データの隠蔽・隠匿)は,一般に,真正な文章を偽造文書化するのと同じことである。

 「法律上の目的において」という用語は,また,法律上関係する法律行為及び文書をも指す。

 この条項の最後の文は,国内法中に犯罪行為を導入する場合において,詐取の意図又はこれに類する不誠実な意図を,刑事責任を負わせるための付加的な要件とすることを許している。

コンピュータ関連詐欺

 技術革命の到来と同時に,クレジット・カード詐欺を含め,詐欺のような経済犯罪実行の機会も倍増した。コンピュータ・システムで表現又は管理される資産(電子的な資金,預貯金)は,従来の形態の財産と同様に,偽造の対象となってきた。これらの犯罪は,主として,入力の偽造行為(それは,コンピュータの中に与えられるデータが正しくない場合である。),あるいは,データ処理の過程におけるプログラムの不正操作行為その他の妨害行為によって構成されている。本条の狙いは,財産の違法な移転という効果を意図してなされるデータ処理過程での不正操作を,犯罪行為として処罰できるようにすることにある。

 関連する可能な全ての偽造行為がカバーされることを確保するために,第8条(b)中の「改変」,「消去」又は「抑制」という構成要件は,第8条(a)中の「コンピュータ・プログラム又はコンピュータ・システムの機能の妨害」という一般的行為によって補われる。「改変」,「消去」若しくは「抑制」という構成要件は,その前の条項中に既定されるところと同じ意味を持つ。第8条(b)は,ハードウェアの不正操作行為,プリントアウトを抑制する行為,データの記録ないしデータのフロー又はプログラムが走っているシーケンスに悪影響を与える行為のような行為をカバーする。

 コンピュータ詐欺となる不正操作行為は,他人の財産について,直接に経済的損失又はその占有喪失を発生させる場合であって,かつ,犯人が,自己又は他人のために違法な経済的利益を得ることを意図している場合に,犯罪行為として処罰される。「財産の損失」という用語は,広い概念であり,金銭の損失,有形・無形の経済的価値の損失を含む。

 犯罪行為は,「意図的に」実行されなければならない。一般的な意図の要件は,他人の財産の損失をもたらすコンピュータ不正操作行為又はコンピュータ妨害行為のことを指している。また,犯罪行為は,自己又は他人のために経済的利益を獲得する特別の(例えば,直接の)意図を必要とする。

 コンピュータ関連偽造に関する前の条項と同様に,国内法で犯罪として規定する場合における条項の最終的な文言について,加盟国が,詐欺の意図その他これに類する意図を,刑事責任を負わせるための要件とすることが認められている。しかしながら,多くの国々においては,既に,この付加的要件は,実施された不正操作行為及び犯罪の特別の意図という要件中に,最初から含まれているかもしれない。

 

第3款 コンテント関連犯罪

 

児童ポルノグラフィに関連する犯罪

 児童ポルノグラフィに関する第9条は,児童に対する保護手段の強化を目指している。この保護には,児童に対する性犯罪の実行におけるコンピュータ・システムの利用をより効果的に規制するための,刑法上の条項の現代化による,性的搾取からの児童の保護が含まれる。

 本条項は,欧州評議会の第2回サミット(ストラスブール,1997年10月10日ないし11日)における行動計画(項目III.4)に示されている欧州評議会の国家元首及び政府の重点事項に対応するものであり,そして,児童ポルノグラフィを禁圧しようとする国際的傾向と一致するものである。このことは,児童売買,児童売春及び児童ポルノグラフィについての児童の権利に関する国連憲章選択的議定書が近時採択されたこと,児童の性的搾取と児童ポルノグラフィとの闘いを欧州委員会が近時首唱していること(COM2000/854)によって証明されている。

 本条項は,児童ポルノグラフィの電子的な製造,所持及び頒布の様々な局面を刑事犯罪化する。ほとんどの国は,既に,児童ポルノグラフィの在来型の製造及び物的な配布を刑事犯罪として処罰している。しかし,そのようなマテリアルの売買にとっての基本的な道具であるインターネットの利用が絶え間なく増大しているので,国際的な法的道具立ての中に特別の規定を置くことが,この新たな形態による児童の性的搾取及び危殆化と闘うための基本である,ということが強く感じられるようになった。そのようなマテリアル,そして,児童性愛者の中におけるアイデアの交換,妄想及び助言のようなオンライン上の行為が,児童に対する性犯罪を支援し,推奨し,又は,促進する役割を果たしていると,広く考えられている。

 第1項(a)は,コンピュータ・システムを通じてなされる児童ポルノグラフィの「製造」を犯罪行為として処罰する。この条項は,上記に記した危険とその源で闘うために必要であると考えられた。

 第1項(b)は,コンピュータ・システムを通じてなされる児童ポルノグラフィの「提供」を犯罪行為として処罰する。「提供」は,児童ポルノグラフィを入手することを他人に乞うことをカバーしようとしている。このことは,マテリアルを提供する者が現実にそれを提供可能であることを意味する。「利用可能にする」は,例えば,児童ポルノグラフィ・サイトを構築するという手段によって,他人の使用のために児童ポルノグラフィをオンライン上に置く行為をカバーしようとしている。本項は,また,そのようなサイトへのアクセスを促進するための,児童ポルノグラフィ・サイトへのハイパーリンクの設定又は実装をもカバーしようとしている。

 第1項(c)は,コンピュータ・システムを通じてなされる児童ポルノグラフィの配布行為又は伝送行為を犯罪行為として処罰する。「配布」は,マテリアルを積極的に配る行為である。コンピュータ・システムを通じて他人に児童ポルノグラフィを送信する行為は,児童ポルノグラフィを「伝送」する犯罪行為によって捕捉されるであろう。

 第1項(d)中の「自己又は他人のために,児童ポルノグラフィを調達」という用語は,例えば,それをダウンロードすることによって,児童ポルノグラフィを積極的に入手することを意味する。

 コンピュータ・システム内又は磁気ディスク若しくはCD-ROMのようなデータ媒体上で児童ポルノグラフィを保有する行為は,第1項(e)において犯罪行為化されている。児童ポルノグラフィの保有は,そのようなマテリアルへの要求を奨励することになる。児童ポルノグラフィの製造を削減させるための効果的な方法は,製造から保有へとつながる鎖における関与者のいずれの行為についても,刑罰を負わせることである。

 第2項中の「ポルノ・マテリアル」という用語は,猥褻であり,公序良俗に合致せず又はこれらと同様に堕落的であるという分類に関する各国の基準によって規律される。従って,芸術上の利点,科学上の利点その他これらに類する利点を有するマテリアルは,ポルノグラフィであるとは考えられないだろう。視覚的な描写は,コンピュータ磁気ディスクその他これに類する電子的な手段であって,視覚画像へと変換可能なものを含む。

 「あからさまな性行為」は,少なくとも,現実又はシミュレーションによるa) 同性又は異性の未成年者間,成人と未成年者間,及び性器と性器,口と性器,肛門と性器,口と肛門を含む性交行為,b) 獣姦行為,c) 自慰行為,d) 性的な状況下での嗜虐的又は被虐的行為,又はe) 未成年者の性器又は人目に触れる部位の挑発的な展示をカバーする。行為が,現実的に描写されているか,又は,シミュレートされて描写されているかの別は,関係がない。

 第1項に含まれる犯罪行為を実行する目的で第2項に規定する3つのタイプのマテリアルは,現実の児童に対する性的虐待行為の描写(2a),成人を児童として描写するポルノグラフィ的な画像又はその者の年齢は不詳だが児童のように見える者のポルノグラフィ的な画像(2b),そして,最後に,「写実的」ではあるが,実際には,あからさまな性行為を行う現実の児童を含まない画像(2c)をカバーする。この最後のシナリオは,生きた人間を修飾した写真又はコンピュータによって完全に生成された写真のような変形された写真を含む。

 第2項によってカバーされる3つの場合において,保護法益は,若干異なっている。第2項(a)は,より直接的に,児童虐待に対する保護に焦点を当てている。第2項(b)及び(c)は,現実の児童である必要がない以上,そのマテリアル中に描写された「児童」に対する危険を作りだしていることは必要ではないが,そのような行為への関与を奨励し又はそのような行為へと誘惑するために用いられるかもしれず,それゆえに,児童虐待を愛好するサブカルチャーの一部を形成するために用いられるかもしれない行為に対する保護の提供を狙いとする。
 「権利なく」という用語は,特定の状況において人を救済する法律上の防御,免責事由,正当化事由又はこれらに類する関連諸原則を排除するものではない。従って,「権利なく」という用語は,加盟国が,思想・信条の自由とプライバシーのような基本権を考慮に入れることを許している。加えて,加盟国は,芸術上の利点,医学上の利点,科学上の利点その他これらに類する利点を持つ「ポルノ・マテリアル」に関連する行為に関して,防御権を設定することができる。第2項(b)に関しては,「権利なく」への参照は,また,例えば,描写された者が本条項の意味における未成年者ではないということが証明された場合には,その者の刑事責任を免責するという要件を加盟国が設けることを認めるものでもある。

 第3項は,児童ポルノグラフィとの関係における「未成年者」という用語は,国際連合の児童の権利に関する条約(第1条)中の「児童」の定義に従い,一般的に,18歳未満の全ての者を含むものと定義している。このことは,年齢に関する統一的な国際基準を設定するための重要な政策事項であると考えられた。この年齢は,性行為の対象としての(現実の又は虚構の)児童の使用と関係するものであり,性関係を結ぶことができる年齢とは切り離されていることに留意しなければならない。にもかかわらず,児童ポルノグラフィに関連する国内法において,より低い年齢設定を要件とする特定の諸国の存在を考慮して,第3項の最後の文言は,加盟国が,16歳よりも低くない年齢という条件で,異なる年齢制限を要件とすることを許している。

 本条項は,児童ポルノグラフィに関連する不法な行為について異なる類型を列挙し,第2条ないし第8条と同様に,「意図的に」実行されたのであれば,犯罪行為として処罰できるようにすべきことを加盟国に義務付けている。この基準に基づき,児童ポルノグラフィの提供,利用可能化,配布,伝送,製造又は保有をする意図を有しない者は,刑事責任を問われることはない。加盟国は,より特定された基準(例えば,サービス・プロバイダの責任に関して適用され得る欧州共同体の法律を参照のこと)が実行されるであろう場合には,その基準を採用することができる。例えば,伝統又は記憶される情報に対する「知識及び支配」がある場合にのみ,刑事責任を負わせることができる。例えば,サービス・プロバイダが,特定の事件において,国内法に基づいて要件とされている意図を持たずに,そのようなマテリアルを含むWebサイト若しくはニューズ・ルームのためにコンジットを提供し,又は,それをホストしたというだけでは要件を充足しない。更に,サービス・プロバイダは,刑事責任を免れるために,行動を監視することを求められてはいない。

 第4項は,加盟国に対し,第1項(d)及び(e)並びに第2項(b)及び(c)に関して留保をすることを認めている。本条の各項を適用しない権利は,全部又は一部についてあり得る。このような留保は,第42条に従い,調印の時点又は加盟国の批准書,受諾書,承認書若しくは加入書を寄託する時点において,欧州評議会の事務局長に対し,宣言されなければならない。

第4款 著作権及び関連諸権利の侵害に関連する犯罪

著作権及び関連諸権利の侵害に関連する犯罪

 知的財産権の侵害とりわけ著作権の侵害は,インターネット上において,ほとんど最も日常的に実行される犯罪であり,著作権者とコンピュータ・ネットワークで専門的に仕事をする者に利害関係を発生させている。保護された著作物を,著作権者の承諾なくしてインターネット上で複製・配布することが極限まで頻繁に行われている。このような保護された著作物は,文学作品,写真,音楽作品,オーディオビジュアル作品その他の著作物を含む。デジタル技術による無権限複製が容易であること,電子ネットワークという文脈中での複製・配布の規模が大きいことの結果として,刑法による制裁に関する条項を盛り込むこと,そして,この分野における国際協力を拡大することが必要となった。

 各加盟国は,故意による著作権の侵害行為について,そして,時として著作隣接権として参照され,本条に列挙された各合意に基づいて生ずる関連諸権利の侵害行為について,当該侵害行為がコンピュータ・システムという手段を用いて商業的な規模で実行された場合に,それを犯罪行為として処罰できるようにすることが要求されている。第1項は,コンピュータ・システムという手段による著作権侵害行為に対する刑事的制裁について規定する。著作権侵害行為は,既に,ほとんど全ての国において犯罪行為として処罰されている。第2項は,コンピュータ・システムという手段による関連諸権利の侵害を扱っている。

 著作権及び関連諸権利の侵害行為は,いずれも,各加盟国の法律で定義するとおりのものであり,そして,国際的文書に関連して各国が約束した一定の義務に従うものである。各加盟国は,これらの侵害行為を刑事犯罪行為として設けることが要求される一方で,このような侵害行為を国内法で定義するやり方の詳細は,各国毎に多様であるかもしれない。

 第1項との関連では,合意とは,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に基づく1971年7月24日パリ改正条約,知的財産権の商取引に関連した側面に関する合意(TRIPS合意)及び世界知的財産機関(WIPO)の著作権条約を指す。第2項との関連では,引用された国際的な文書とは,実演家,レコード製作者及び放送機関の保護のための国際条約(ローマ条約),知的財産権の商取引に関連した側面に関する合意(TRIPS合意)及び世界知的財産機関(WIPO)の実演及びレコード条約のことである。これらの項中で「約束した義務に従う」という用語を用いていることによって,本条約に加盟する加盟国は,引用した合意の中で加盟国が当時国となっていないものの適用には拘束されないということを明らかにする趣旨である。更に,加盟国が留保をした場合,又は,各合意中の1つで許容される宣言をした場合には,その留保によって,本条約に基づく加盟国の義務の範囲を限定することができる。

 WIPO著作権条約及びWIPO実演及びレコード条約は,本条約をとりまとめた時点では,まだ発効していなかった。これらの条約は,それでもなお,(とりわけ,インターネット上で,保護されたマテリアルを「オン・デマンドに」「利用可能にする」新たな権利との関連において)知的財産権の国際的な保護を大きくアップデイトするものとして重要であり,また,世界規模での知的財産権侵害に対して闘うための手段を増強するものである。しかしながら,これらの条約により設けられた権利に対する侵害行為については,これらの条約がその加盟国との関係で発効するまでの間は,本条約に基づいて犯罪行為として処罰できるようにする必要がない,と理解されている。

 国際的文書中で約束した義務に従い著作権及び関連諸権利に対する侵害行為を犯罪行為として処罰できるようにする義務は,(ベルヌ条約第6条の2及びWIPO著作権条約第5条において授与されたような)上記の文書によって授与された人格権には及ばない。

 著作権及び関連諸権利の侵害行為は,それに対して刑事責任を適用するためには,「故意に」実行されるのでなければならない。著作権侵害行為を犯罪行為として処罰できるようにすべき義務を定めるTRIPS合意(第61条)において用語として機能していることから,本条約にある他の全ての実体法条項とは対照的に,第1項及び第2項中では,「意図的に(intentionally)」の代わりに「故意に(wilfully)」という用語が使用されている。

 これらの条項は,「商業的規模で」の侵害行為に対してのみ刑事的制裁を準備することを意図している。これは,「商業的規模の海賊行為」の場合についてのみ著作権関連事項に刑事的制裁を要求するTRIPS合意第61条に沿ったものである。

 「権利なく」という用語は,冗長だとして,本条の条文からは削除された。というのは,「侵害行為」という用語が,既に,権限なく,著作権を付与されたマテリアルを使用することを意味しているからである。「権利なく」という用語が存在しないということは,「権利なく」という用語との関連では,本条約のどの箇所でも,反対解釈として,刑法上の抗弁事由,正当化事由及び刑事免責を規律する諸原則の適用を排除するものではない。

 第3項は,加盟国に対し,民事上及び又は行政上の措置を含め,他の効果的な救済手段が利用可能である限りにおいて,「限定された状況」(例えば,並行輸入,貸与権)において,第1項及び第2項の刑事責任を課さないことを認めている。本条項は,基本的に,刑事責任を課す義務について,限定された例外規定を持つことを許している。ただし,これは,最小限度の既存の犯罪行為化要求であるTRIPS合意第61条に基づく義務を緩和するものではない。

 本条は,いかなる意味においても,国内法及び国際的合意に適合する基準に合致しない者に対抗するために,著者,映画製作者,実演家,写真製作者,放送機関その他の権利者に対し付与された保護を拡張するものと解釈してはならない。

 

第5款 付随的責任及び制裁

未遂及び幇助・教唆

 本条の目的は,条約中に定義する犯罪行為の実行の試み,幇助又は教唆に関連する付加的な犯罪行為を設けることにある。以下で更に述べるとおり,条約に設けられる犯罪行為の実行を試みる行為の全てについて,加盟国が,犯罪行為として処罰できるようにすることは,求められているわけではない。

 第1項は,加盟国に対し,第2条ないし第10条に基づく犯罪行為の全てについて,その実行の幇助行為又は教唆行為を刑事犯罪行為として設けることを求めている。犯罪の実行を意図する第三者に支援されて,条約中に設けられる犯罪行為を実行する者がある場合には,その幇助行為又は教唆行為は,刑事責任を発生させる。例えば,インターネットを通じて危険なコンテントや悪意あるコードの転送をするには,コンジットとしてのサービス・プロバイダの支援が必要であるとしても,犯罪的な意図を有しないサービス・プロバイダは,本条に基づく責任を負うことはない。そして,サービス・プロバイダは,本条に基づく刑事責任を免れるために,アクティブに監視をすべき義務を負わない。

 未遂に関する第2項に関しては,条約中に定義する犯罪行為中の幾つか又はこれらの犯罪要件中の幾つかは,観念的には,それを試みることが困難であると認識された(例えば,児童ポルノグラフィの提供行為若しくは利用を可能とする行為の要件)。そのために,第3条,第4条,第5条,第7条,第8条,第9条(1)(a)及び第9条(1)(c)に従って設けられる犯罪行為に関してのみ,その未遂行為を犯罪行為として処罰できるようにすることが求められている。

 条約に従って設けられる犯罪行為の全てに関して,その未遂行為,幇助行為又は教唆行為は,意図的に実行されるのでなければならない。

 第3項は,第2項を採用するであろう加盟国の困難を回避するために付加された。というのは,異なる立法例中において,未遂条項から特定の場合を除外しようとする第2項での努力にもかかわらず,非常に広範で態様の異なる概念が存在するからである。加盟国は,第2項の全部又は一部を適用しない権利を留保すると宣言することができる。このことは,この条項によって留保をする加盟国は,未遂行為を犯罪行為として処罰できるようにする義務を全く負わないし,また,未遂行為について刑事制裁を課すべき犯罪行為を選択することができ,あるいは,犯罪行為の一部について制裁を課すこともできる。留保は,加盟国が各国の基本的な法律概念を維持したままで,広く条約の批准をすることができるようにすることを狙いとしている。

企業責任

 第12条は,法人の責任を扱っている。企業責任を認識することは,近時の法律の傾向と適合している。これは,企業の利益のためになされる犯罪行為について,会社,社団その他これに類する法人に対して,責任を課すことを意図している。また,第12条は,当該法人の労働者若しくは代理人の監督又は管理について誤りがあり,そして,その誤りによって,条約で設けられる犯罪中の1つがその労働者又は代理人によって実行されることが促進されたような場合にも,責任を課すことを期待している。

 第1項に基づき,責任を課すためには,4つの要件に合致しなければならない。第1に,条約に規定する犯罪中の1つが実行されたのでなければならない。第2に,その犯罪行為は,法人の利益のために実行されたのでなければならない。第3に,指導的な地位にある者によってその犯罪行為が実行されたのでなければならない(幇助及び教唆を含む。)。「指導的な地位にある者」という用語は,取締役のように,組織の中での高い地位を有する自然人のことを指す。第4に,指導的な地位にある者は,法律上又は事実上,当該自然人が法人の責任と関係を持つことができるということを示す諸権限(代表権,決定権又は管理権)中の1つを行使することができるのでなければならない。まとめると,第1項は,加盟国に対し,そのような指導的立場にある者によって実行された犯罪についてのみ,法人に責任を課すことができる能力を持つことを義務づけている。

 加えて,第2項は,加盟国に対し,犯罪行為が第1項に規定する指導的立場にある者によって実行されたわけではないが,それ以外の者(例えば,その法人の労働者や代理人中の一人)によって,法人の権限に基づいて実行された場合において,法人に法人に責任を課すことができる能力を持つことを義務づけている。
 責任を課すためには,(1)犯罪行為は,その法人の労働者又は代理人によって実行されたのでなければならず,(2)犯罪行為は,法人の利益のために実行されたのでなければならず,そして,(3)犯罪の実行は,指導的立場にある者が,労働者又は代理人に対する監督について失敗したことによって可能となったのでなければならない,という各要件が充足されていなければならない。ただし,「その権限に基づいて」という用語は,専ら労働者及び代理人についてのみ適用されるのであるから,サービス・プロバイダは,顧客,利用者その他の第三者により,そのシステム上で犯罪行為が実行されたという事実があっても,そのために責任を負うことはあり得ない。

 本条に基づく責任は,刑事責任,民事責任又は行政上のいずれかの責任とすることができる。各加盟国は,第13条第2項の基準,すなわち,「効果的で均衡し,かつ,抑止効果のある」制裁又は措置であり,かつ,金銭的な制裁を採り入れること,という基準に適合するものである限り,各加盟国の法原則に従い,これらの責任形式のいずれか又はその全部を準備するという選択の柔軟性を有する。

 第14条第4項は,法人責任が個人責任を排除するものではないことを言明している。

制裁及び措置

 本条は,第2条ないし第11条と密接に関連している。これらの条項では,刑法に基づいて処罰されるべき様々なコンピュータ犯罪又はコンピュータ関連犯罪を定義している。これらの条項によって課される義務に従い,本条項は,加盟国に対し,「効果的で均衡し,かつ,抑止効果のある」刑事制裁を準備することによって,これらの犯罪行為の悪質さに相応する責任を負わせ,かつ,自然人の場合には,拘禁刑を採り入れることを求めている。

 第12条に従って設けられるべき責任を負う法人は,「効果的で均衡し,かつ,抑止効果のある」制裁に服さなければならない。この制裁は,その性質上,刑事制裁,行政上の制裁又は民事上の制裁のいずれであってもよい。加盟国は,第2項の規定に基づき,法人に対しは,金銭的制裁を課すことができるよう準備することが要求されている。

 本条は,犯罪行為の悪質性の程度に応じて他の制裁を課すことができる余地を残している。例えば,措置は,差止命令や没収を含むことができる。加盟国は,刑事犯罪及び制裁のシステムを,既存の国内法システムと互換性がとれるように形成する裁量権を許されている。


脚注

(4) 本章の注釈は,特定の定義を含むと含まざるに関わらず,条約の確定条文に依拠する。


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Published on the Web : May/01/2001

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