I.イントロダクション

 情報技術における革命は,社会を根本的に変化させてきたし,また,おそらく,近い将来においても,そうであり続けるだろう。多くの仕事がより扱いやすいものとなった。当初は,社会のごく僅かの特定の分野においてのみ,情報技術の助けを借りて,その業務の合理化がなされてきた。しかし,現在の社会では,情報技術の影響が及んでいない分野などほとんどない。情報技術は,人間の活動のほぼ全ての場面において,何らかのあり方で浸透している。

 情報技術の目立った特徴として,情報技術が過去において持っており,未来においても持つであろう,通信技術の発達への影響がある。肉声の伝送を含め,古典的な電話通信は,声,テキスト,音楽,静止画及び動画等からなる膨大な量のデータ交換に乗り越えられてしまっている。このようなデータ交換は,もはや人間と人間の間だけではなく,人間とコンピュータの間,そして,コンピュータとコンピュータの間でも起こっている。回路交換接続は,パケット交換ネットワークにとって代わられた。直接的な接続を構築できるかどうかは,もはや無関係である。つまり,データが,受信地のアドレスと共にネットワークに入れられるか,又は,アクセスを望む者のために入手可能になっていれば,それで十分なのである。

 電子メールの広範な利用及びインターネットを通じてなされる無数のWebサイトへのアクセスは,このような発達の例として挙げられる。それらは,我々の社会を大きく変化させている。

 コンピュータ・システム内にある情報へのアクセスや検索が容易であることは,その交換や配布が地理的な距離に関わらず事実上無制限であることとあいまって,入手可能な情報の量及びその情報から引き出される知識の量を爆発的に増加させることとなった。

 このような発達は,前例のない経済的,社会的変化を引き起こしているが,暗い面も併せ持っている。つまり,新たなタイプの犯罪が出現するのと同時に,新たな技術によって在来型の犯罪が実行されるようになったのだ。更に,犯罪的な行動からもたらされる結果は,地理的な限界や国境によっては制限されることがないので,以前にもまして広範に影響を及ぼしうる。近時における有害なコンピュータ・ウイルスの世界的な広がりは,この現実を証明するものである。犯罪行為を防止し抑制するために,法的手段と同時に,コンピュータ・システムを保護するための技術的な手段を導入する必要がある。

 新たな技術は,既存の法概念に難題をつきつけている。情報や通信は,より簡単に世界中を流れる。国境は,もはやこの流れを遮る境界線とはなりえない。犯罪者達は,その犯罪行為の影響が現れる場所以外のところにいることが多くなった。しかしながら,国内法の適用範囲は,一般に,ある特定の地域に限定されている。従って,提起されている問題の解決は,国際法によって対処されるべきであり,適切な国際的文書の採択が必要である。本条約は,新たな情報社会における人権を十分に尊重しつつ,この変化に対応することを狙いとしている。

II. 準備作業

 決定CDPC/103/211196によって,欧州犯罪問題委員会(CDPC)は,1996年11月,サイバー犯罪を取り扱う専門委員会を設置した。CDPCの決定の論拠は,次のとおりである。

「情報技術分野における急速な発達は,現代社会の全ての分野に直接的な関係を持っている。通信システムと情報システムの統合は,距離に関係なく,あらゆる種類の通信の蓄積と伝達を可能にし,新たな可能性の扉を一杯に開いている。このような発達は,インターネットを含む情報スーパー・ハイウェイ及び情報ネットワークの出現によって促進された。それを通じて,事実上,誰でも,世界のどこにいようともおかまいなしに,どんな電子情報サービスにでもアクセスできるようになるだろう。通信サービス及び情報サービスに接続することによって,利用者は,『サイバー・スペース』と呼ばれる一種の共同空間を造り出している。それは,適法な目的のために使われてはいるが,濫用の対象ともなりうる。かかる『サイバー・スペース犯罪』とは,コンピュータ・システム及び通信ネットワークの完全性,可用性並びに機密性に対して実行される犯罪行為であると同時に,在来型の犯罪行為を実行するための手段として彼らの通信ネットワークの利用が構成要素となっている犯罪行為である。例えば,インターネットを通じて犯罪が実行される場合のように,このような犯罪行為の越境的な性格は,国内の法執行機関の権限が領土内に限られていることと矛盾する。
 従って,サイバー・スペース用の機器を濫用するための,又は,適法な利益に対して損害をもたらすための非常に巧緻な機会を提供する技術の発達に対して,刑法は,先んじずとも遅れぬ必要がある。情報ネットワークの越境的な性質を考慮すると,このような濫用に対処するためには,一致団結した国際努力が必要である。勧告No.(89)9は,国々でまちまちとなっているコンピュータ濫用の一定の形態に関する概念を近似させる結果となったが,これらの新たな現象に対する闘いにおいて必要な有効性を確保できるのは,拘束力を持つ国際的文書のみである。このような国際的文書という枠組みの中では,国際協力という手段に加え,実体法上の問題及び手続法上の問題と同時に,情報技術の利用と密接に関連する事柄が取り扱われるべきである。」

 加えて,CDPCは,その要請に応じてH.W.K.Kaspersen教授が作成した報告書を考慮に入れた。その報告書は,「…例えば,条約のような,勧告よりも拘束力の強い別の法律文書を根拠とすべきである。その条約は,刑事実体法上の事柄だけではなく,刑事手続上の問題並びに国際刑法上の手続及び合意も取り扱うべきである」(1)と結論付けている。同様の結論は,実体法との関連では,勧告N° R (89) 9 (2)に添付された報告書から,情報技術に関連する手続法上の諸問題に関する勧告N° R (95) 13 (3)から,既に導き出されている。

 新委員会の特定の調査事項は,以下のとおりである。

i. 「コンピュータ関連犯罪に関する勧告No R (89) 9及び情報技術に関連する刑事手続法上の諸問題に関する勧告No R (95) 13に鑑み,特に次の各課題について検討すべし。

ii. サイバー・スペース犯罪,特にインターネットのような通信ネットワーク利用を通じて行なわれる犯罪,例えば,通貨の違法な交換,違法なサービスの提供,著作権の侵害,並びに,人間の尊厳及び未成年者の保護に対する侵害,

iii. 国際協力のために共通のアプローチが必要となると思われる他の刑法上の事項,例えば,インターネット・サービス・プロバイダを含むサイバー・スペース上の行為者の定義,制裁,責任,

iv. 国境を越えた行使の可能性を含め,技術環境における強制力の使用及び適用可能性,例えば,通信の傍受と(例えば,インターネットを介してなされる)情報ネットワークの電子的監視,インターネット・サイトを含む情報処理システムの捜査及び押収,更に,違法なマテリアルにアクセスできないようにすること,サービス・プロバイダに対して特別の義務に服するよう要求すること,暗号のような特別の情報セキュリティ手段によって引き起こされた諸問題を考慮に入れること,

v. 情報技術犯罪に関連する裁判管轄権の問題,例えば,複数の国に裁判管轄権がある場合の二重処罰の禁止(ne bis idem)の問題も含め,犯罪行為地の確定(locus delicti)及び適用されるべき法律の確定,積極的裁判管轄権の抵触の解決法,並びに消極的裁判管轄権の抵触の回避策,

vi. 刑事分野における欧州条約の運用に関する専門家委員会 (PC-OC)と密接に協力しながらなされるサイバー・スペース犯罪の捜査における国際協力の問題。

 本委員会は,国際的な問題に特に重点を置き,それが適切であれば,特定の事項に関して付帯的な勧告を追加しながら,iないしvの各条項について可能な限り広く拘束力を持つ法律文書を起草しなければならない。本委員会は,技術上の発展に鑑みて,それ以外の事項に関して,示唆することもできる。」

 CDPCの決定を更に押し進め,閣僚委員会は,第583回目の閣僚代表者会合(1997年2月4日開催)で採択された決定n° CM/Del/Dec(97)583により,「サイバー・スペースにおける犯罪に関する専門家委員会(PC-CY)」と呼ばれる新たな委員会を設置した。PC-CY委員会は1997年に作業を開始し,サイバー犯罪に関する国際条約草案について折衝を行った。その当初の調査期限によれば,委員会は,1999年12月31日までにその作業を終えるべきであった。しかし,条約草案中のある問題について,その期限までに折衝を完全に置けることができなかったため,閣僚代表者会議の決定n° CM/Del/Dec(99)679により,その調査期限が2000年12月31日まで延長されることになった。欧州各国の司法相は,その折衝について,2度にわたって支持を表明した。一方は,第21回会議(プラハ,1997年6月)で採択された決議No.1によってである。それは,閣僚委員会に対し,各国の国内刑法上の条項を相互により近いものとし,かかる犯罪に関して効果的な捜査手段の利用を可能にするために,サイバー犯罪に関してCDPCが行っている作業を支持するよう勧告した。他方は,第23回欧州司法閣僚会議(ロンドン,2000年6月)において採択された決議No.3である。それは,可能な限り多数の国家が条約加盟国になることができるよう適切な解決策を見出すために,折衝当事国が努力を尽くすよう促し,そして,サイバー犯罪に対する闘いについての特定の要件を然るべく考慮に入れた迅速かつ効率的な国際協力システムの必要性を認めた。欧州連合(EU)の構成国は,1999年5月に採択された共同見解を通じて,PC-CYの作業に対する支持を表明した。

 1997年4月から2000年12月までの間に,PC-CY委員会は,本会合を10回開催し,オープン・エンド型の草案グループ会合を15回開催した。延長された調査期限の終了に伴い,会合に参加した専門家達は,議員会議の意見を考慮に入れた上で説明用覚書草案を確定し,そして,条約草案の見直しをはかるため,CDPCの後援を受けて,更に [2回][3回]会合を開催した。総会は,2000年10月,閣僚委員会から条約草案について意見を提出するよう要請を受け,2001年4月に開催された本会議の第2部において条約草案を採択した。

 改訂され確定された条約草案及び説明用覚書草案は,2001年6月の第50回CDPC本会議において,その承認を求めるべく提出された。その後,条約草案のテキストは,採択及び署名のために開放されるべく,閣僚委員会に提出された。

III. 条約

 条約は,(1)各国の刑事実体法上の犯罪構成要件とサイバー犯罪領域における関連条項とを調和させること,(2)サイバー犯罪その他のコンピュータ・システムという手段でなされ又はその犯罪と関連する証拠が電子的な形式で存在する犯罪について,捜査及び刑事訴追ができるようにするために必要な刑事手続法上の権限を提供すること,(3)迅速で効果的な国際協力体制を構築することを主な狙いとしている。 

 条約は,順に,次の4つの章を含んでいる。即ち,(I)用語の使用,(II)国内レベルで採られるべき措置─実体法及び手続法,(III)国際協力,(IV)最終条項である。

 第1章(実体法上の諸問題)は,コンピュータ犯罪又はコンピュータ関連犯罪の分野における犯罪行為化条項及び他の関連条項を扱う。最初に,4つのカテゴリーに分類された9つの犯罪行為について定義付けをし,付加的な責任及び制裁を扱う。本条約において定義されるのは次の犯罪行為である。即ち,違法アクセス,違法傍受,データ妨害,システム妨害,機器の濫用,コンピュータ関連偽造,コンピュータ関連詐欺,児童ポルノグラフィに関連する犯罪行為,そして,著作権及び著作隣接権に関連する犯罪行為である。

 第2章(手続法上の諸問題)は,最初に,本章における一切の手続法上の権限が適用される一般的な条件及び保障を規定する(その適用範囲は,コンピュータ・システムという手段を用いて実行さえた全ての犯罪行為又はその証拠が電子的な形式である全ての犯罪行為に適用されるので,第2章中で定義される犯罪行為を超えるものとなる。)。続いて,以下に挙げる手続法上の権限について扱う。即ち,記憶されたデータの応急保全,トラフィック・データの応急保全及び部分開示,提出命令,コンピュータ・データの捜索及び押収,トラフィック・データのリアルタイム収集,コンテント・データの傍受である。第2章は,管轄権条項で締めくくっている。

 第3章は,在来型の共助及びコンピュータ犯罪に関連する共助並びに引渡命令に関する条項を含んでいる。それは,2つの状況における在来型の共助をカバーしている。即ち,法的根拠(協定,互恵的な法律等)が加盟国間に存在しない場合(この場合,本章の条項が適用される。),そして,そのような法的根拠が存在する場合(この場合,既存の協定もまた本条約に基づく援助に適用される。)である。コンピュータ犯罪又はコンピュータ関連犯罪における特定の援助は,どちらの状況にも適用され,そして,特別の条件に従い,第2章中で定義されるのと同じ範囲での手続法上の権限をカバーしている。加えて,第3章には,共助を必要とせず(同意に基づいて入手し又は公然と入手することのできる)記憶されたコンピュータ・データに対する特定のタイプの国境を越えたアクセスに関する条項,そして,加盟国間のスピーディな援助を確保するための24/7ネットワークの設置に関する条項がある。

 最後に,第4章には,最終条項がある。それは,一定の例外はあるものの,欧州評議会条約の標準規定を繰り返している。


脚注

(1) コンピュータ関連犯罪に関する勧告No.R(89)9 の施行,H.W.K.Kaspersen教授作成の報告書(doc.CDPC(97)5及びPC-CY(97)5,p.106)

(2) コンピュータ関連犯罪,欧州犯罪問題委員会報告書p.86参照

(3) 情報技術に関連する刑事手続法上の諸問題,勧告No.R (95) 13, 原則No.17参照


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Published on the Web : May/01/2001

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