高度情報化社会と訴訟法の対応

by 夏 井 高 人


初出:法学セミナー1999年7月号35頁


1 はじめに

 高度情報化社会が到来し,社会生活の様々な部面においてコンピュータをはじめとする電子技術や情報ネットワーク技術がごく普通に用いられるようになった[1]。その結果,社会内で日々発生する法的トラブルについてもまた電子技術や情報ネットワーク技術に関連するものが増加しているし[2],情報ネットワークそれ自体が国境のないグローバルな存在であることから国際的トラブルの日常化という現象も発生している[3]。もちろん,そうした法的トラブルの中には電子技術に関する知識・理解なしでも容易に対応可能なものも少なくない。しかし,これらに関する正しい認識・理解を獲得しない限り,問題の本質をきちんと洞察し,それを迅速・的確に解決することができないというようなものもまた決して珍しくはない[4]

 本稿では,裁判の現場がかかえている高度情報化社会特有の法的論点のうち主要なものについて,その問題の所在を指摘するとともに,基本的な視点やヒント等を提供してみたい。

2 通信傍受,電子データの捜索差押とその限界

 情報化社会における基本的なコミュニケーション手段は,情報通信システムである。これには,携帯電話,ファクシミリ,電子メール,テレビ電話など現在一般的に利用されているもののほぼ全部が含まれる。これらの電子的な手段は,普通の市民にとって非常に便利な道具であると同時に,犯罪者にとってもまた好都合な手段である。たとえば,著作権侵害となる複製コンテンツがインターネット上で配布されたり,脅迫状や誹謗中傷文書が電子メールによって送付されたり,あるいは,電子的な手段によって工場や発電所等のシステム破壊がなされる場合(サイバー・テロ)などのネットワーク犯罪がその代表例である。そのため,先進各国の捜査機関は,インターネットを含む通信ネットワーク上での捜査権限を強め,その捜査能力を高めようとしている。

 ところで,犯罪捜査の目的で郵便物を押収・開披するためには,検閲の禁止及び通信の秘密(憲法212項)を保障するため,法律によって定められた手続によらなければならない(憲法351項)。このことは,電話による会話や情報ネットワークに流れているデジタル通信の傍受ないし捜索・押収でも基本原理は同じはずである[5]。そして,日本国憲法制定当時コンピュータを含む電子的な通信技術の存在が一般の法律家には知られていなかったのであるから,立法者意思及び憲法の条文の文言に忠実に解釈をする限り,日本国憲法は,有体物としての証拠についての捜索・差押を許容する条項しか持ち合わせていないことになる。しかし,この点について,通説は,憲法35条に定める捜索・押収は「有体物」以外のものに対する場合を含むと解してきた[6]。そして,同様の理解を前提に,裁判所も捜索・差押としての通信(電話)の傍受が適法であるとしてきた[7]。実例は公刊されていないが,おそらく,情報ネットワーク上のデジタル通信パケットの傍受について捜索・差押令状が求められれば,現在の普通の裁判官は,何らの疑問もなく,捜査機関から求められた令状を発令するであろう[8]。しかも,包括的にである[9]。このことは,この問題に関するアメリカ合衆国をはじめとする諸外国における議論と比較すると非常に興味深い[10]

 かような裁判実務の動向については批判も少なくない。他方で,現行の刑事訴訟法の規定は情報社会の到来を予定して作られていないので,とりわけ捜査機関からは,情報ネットワーク上のデータの捜索・押収に関する明確な法的根拠を新設することへの需要も大きい。このため,刑事訴訟法等の改正によって情報ネットワーク上の通信傍受の根拠規定を設けようとの立法活動がなされている。だが,ネットワーク犯罪を含む情報犯罪捜査の目的と市民のプライバシー保護の要請との間の調整は必ずしも容易なことではなく,しかも,この分野ではとりわけ捜査権限が濫用される危険性が大いに懸念されるため,様々な議論を呼んでいる[11]

 今後の課題としては,単に感情論的ないし政治的な議論だけではなく,捜索・押収された電子データの法的性質(供述証拠か,非供述証拠か?)の法的分析も含め,その証拠能力や許容性についての十分な検討と議論がなされるべきであろう。また,そうした緻密な議論を踏まえて,刑事訴訟において真に論点となるべき事項を見つけだす英知が求められている。

3 21世紀の法的紛争処理システム

 21世紀の法的紛争処理システムは,2つの方向で考えることができる。一方は高度情報社会の訴訟に耐えることのできる裁判所を再編成するための司法改革であり,他方は裁判所外の紛争解決システム(ADR)のネットワーク上での構築である。

 まず,裁判所の再構築については,様々な検討がなされているが[12],とりわけ本稿との関連では情報技術の更なる活用を考えなければならない。

 新民事訴訟法は,遠隔地にある証人の尋問等のためにテレビ会議システム[13]の利用に関する規定(民訴法204条)を新設し,電話会議システムによる争点整理手続(同法176条)を導入し,また,電磁的証拠に関する条項(同法231条)を追加したほか,督促手続の電子的処理による処理に関連する諸条項(同法397条)を整備した。これらは,時間と距離の制約を一部解消し,審理の促進に役立つであろう。しかし,インターネットを含むネットワーク上の紛争[14]やその他の現代的な法的紛争を的確に認識・理解するためには,司法システム自身が情報ネットワーク・システムを普段から十分に活用して運営されているものである必要がある。これは,対象となる事実の認識のために必要であるというだけではない[15]。たとえば,準備手続を電子メールやメーリング・リストによって実施すれば,裁判官と当事者や代理人との間のやりとりについて,裁判官や書記官がいちいち記録をとり,調書を作成したりしなくても自動的に通信ログが生成される。構造化された記述言語(XMLなど)を用いて電子メールを発信すれば,自動的に電子的な裁判記録や証拠データベースを生成することも可能である。このような電子的に検索可能な記録が同時かつ自動的に作成されるものとして準備手続がなされれば,単に時間の節約になるというだけではなく,事件そのもののより慎重な検討にも寄与するところ大であろう。その他裁判における情報機器の利用に関しては様々なことが考えられるが[16],国民の法情報へのアクセスという観点からは,判決等のデータベース化とそれへの自由なアクセスの保障がより強く求められるようになっている[17]。また,経済・社会のグローバル化は,法的紛争のグローバル化をも帰結している。ところが,個々の事件に関する国際的裁判管轄権及び準拠法の確定は,必ずしも簡単な作業ではなく[18],そもそもその作業に必要な法情報を得ることそれ自体が現時点では極めて困難である。さらに,紙ベースでの仕事のみを考える限りは,より円滑で合理的な国際的司法共助を望むこともできないのであるから,この部面でも情報ネットワーク技術の導入が必須の検討課題とならざるを得ないであろう。

 他方,ADRに関しては,これまでも様々な検討がなされてきた[19]ADRと言っても,それが紛争解決機関でなければならないとする以上,その判断や裁定に従うことを当事者が承認する(承認せざるを得ない)ようなシステムとして構築されなければならない。その構築は現実世界においても容易なことではないが,それでもなお,国境を超越したサイバー空間における法的紛争のより効果的な解決のためにネットワーク上のADRを構築する作業も真剣に検討されなければならない[20]

 したがって,これらすべての要素を充足するための最重要なインフラとして,総合的な法情報データベースの開発・運用と情報ネットワークによる訴訟関係人等間の司法コミュニケーション・システムの確立こそが21世紀初頭における日本の司法の緊急課題となるであろう[21]

4 まとめ

 以上の諸問題に関する国内法は,裁判所法,民事訴訟法及び刑事訴訟法である。しかし,これら現行法は,明らかに,高度情報化社会そして来るべきネットワーク社会に十分に対応したものではない。しかし,それを補うために実務の場面における運用だけに頼ることは,市民の基本的人権の保障の観点からすると非常に危険なことである。それゆえ,これらの法律について,絶え間なく再検討がなされるべきであり,そして,それに基づく法改正作業が積み重ねられなければならないであろう。


<FOOTNOTES>

[1] ネットワーク社会に固有の法律問題の特質については,拙著『ネットワーク社会の文化と法』(日本評論社,1997)で詳しく論じた。

[2] IPA<http://www.ipa.go.jp/SECURITY/index-j.html>の調査結果によれば,無権限アクセスやコンピュータ・ウイルスなどによるシステム被害が年々増加していることが分かる。このほか,インターネットがらみのトラブルについては,アクトンファイル制作委員会編『アクトンファイル99』(サイビズ,1999)が詳しい。

[3] 従来,情報化と国際化とが切り離されて議論されることもないではないが,インターネットは,その両者が同一の現象の異なる側面であるのに過ぎないことを証明している。なお,犯罪の国際化とその対応については,酒巻匡「犯罪の国際化と刑事法」法教20040頁,宇藤崇「国際的人権保障と刑事手続」ジュリ1148204頁。

[4] ネットワーク犯罪の特質とそのにおける捜査の困難性等については,指宿信「インターネットを使った犯罪と刑事手続」法律時報69710頁,露木康浩「コンピュータ犯罪等の現状と法制度上の課題」ジュリ1117104頁,北野彰「銀行のオンラインシステムを悪用した電子計算機使用詐欺事件」捜査研究54819頁が参考になる。なお,警察サイドとしてのセキュリティ対策基準については,露木康浩「情報システム安全対策指針の制定について」捜査研究55335頁を参照されたい。この情報システム安全対策指針は,「不正アクセス対策法」を含む警察庁のネットワーク犯罪に対する態度を理解する上で重要な資料である。

[5] Steve Jackson Games Inc. et al. v. United States Secret Service, 816 F. Supp. 432 (W.D.Tex., 1993)は,サーバ内のデータについては通信の秘密の保護(盗聴の禁止)の問題ではなく合衆国憲法修正4条による不合理な捜索・差押の禁止による保護の問題だとしている。なお,電気通信事業法3条は「電気通信事業者の取扱中に係る通信は,検閲してはならない」,同法41項は「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は,侵してはならない」と規定し,通信の秘密に関する基本権の保障を私人間にまで拡張している。

[6] 井上正仁『捜査手段としての通信・会話の傍受』(有斐閣,199714頁,長沼範良「ネットワーク犯罪への手続的対応」ジュリ1148212

[7] 東京高判平成41015日・高刑集45385

[8] この点に関連する資料として,最高裁事務総局刑事局監修『証拠能力に関する刑事裁判例集−非典型的証拠の証拠能力について−』(法曹会,1991),同『カード犯罪コンピュータ犯罪裁判例集』(法曹会,1998)がある。

[9] 対象を限定せずに発布された令状を違法とする準抗告審決定例もあるが(東京地裁平成10227日刑事第3部決定・判時1637152頁),一般に,特定性の乏しい捜索・差押令状が発布されることも少なくないと言われている。しかし,とりわけインターネットのプロバイダ等にあっては,ディスク装置のまるごと押収は死活問題である。このため,任意捜査として捜査協力が求められると,通信の秘密と矛盾してもなお関連データの任意提出に応ぜざるを得ないという現実があるという。要するに,裁判所によって無限定な令状発布がなされると,捜査令状なしの捜査協力強要行為がまかり通ってしまうのである。なお,FD等の電子記憶媒体に対する差押えの際の内容確認の程度については別の考慮が必要となり得る。この点に関しては,最高裁平成1051日決定<http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/juris/sc2d-h10-5-1.htm>があり,同決定についての池田修「フロッピーディスク等につき内容を確認せずに差し押さえることが許されるとされた事例」ジュリ114293頁が参考になる。

[10] 指宿信「ネットワーク盗聴と暗号問題」法セ518127頁,Privacy of E-Mail in the USA by Ronald B. Standler<http://www.rbs2.com/email.htm>,Computer Crime and Intellectual Property Section (CCIPS) of U.S. DOJ <http://www.usdoj.gov/criminal/cybercrime/index.html>などが参考になる。

[11] Report to the Director General for Research of the European Parliament 'Interception Capabilities 2000 ' <http://www.iptvreports.mcmail.com/interception_capabilities_2000.htm>,PRIVACY INTERNATIONAL <http://www.privacyinternational.org/>などが参考になる。なお,前掲『ネットワーク社会の文化と法』228頁以下でも問題点の本質を指摘した。

[12] 日弁連も司法改革ビジョンを発表している。<http://www.nichibenren.or.jp/981101.htm>

[13] 森義之・中山直子・徳丸哲夫・山田千可「テレビ会議システムによる証人等の尋問」判タ986111頁,京都シミュレーション新民事訴訟研究会「尋問に代わる書面の提出(書面尋問),弁論準備手続の結果の陳述,テレビ会議システムを利用した尋問」判タ98723

[14] 町村泰貴「インターネット上の紛争とその解決」法時69714

[15] 拙稿「ネットワーク関連訴訟事件の審理における問題点について」明治大学法律論叢704237

[16] 拙著『裁判実務とコンピュータ』(日本評論社,1993)で詳しく論じた。

[17] 岡村久道「情報化社会における法律事務所」自由と正義491162

[18] 高橋和之・松井茂記編『インターネットと法』(有斐閣,1999195頁,道垣内正人「サイバースペースと国際私法」ジュリ111760

[19] 「座談会・ADRの諸問題」法の支配10952頁,11043

[20] ネットワーク上のADRによる裁定等との抵触も問題となるであろうが,長期的視野にたてば,いずれ日本を含む世界各国法固有の法の部分が徐々に減衰・消滅し,世界標準としての一定のルールに基づいて法的紛争の処理がなされる時代が到来するであろう。

[21] XML及びSGMLをベースとする新たな法情報データベースの開発計画については,「社会・人間・情報プラットフォーム・プロジェクト」<http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/legalinfo/doc/SHIP-proj.htm>


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Last Modified : Mar/21/2000