step01 情報学の概要と必要性

なぜ、情報を学ぶのに基礎論が必要なのか

情報の基礎なんて要るのか? パソコンだけじゃダメなのか?
私たちは、さまざま種類の情報に取り巻かれて生活している。高度情報化社会がますます進展しているからである。特に若い世代ほど情報感度が高く、さまざまな情報をめざとくキャッチして勉強、仕事、遊びに活かしている。それだけに、情報のことなんか知ってると思い込みがちである。いや自分はよく知らないが、学問の世界ではとっくに解決済みだと……。
ところが全然そうではないのだ。これほど情報というコトバが氾濫しているにもかかわらず、情報とは何かという基本的なことが、学者の間でもまだ分かっていない。そこで、この講座では、【基礎編】【応用編】の2コマ、1年間をかけて、情報の諸側面について、じっくりと考える。皆さんの人生で、そうした機会はたぶん二度とないはずである。
この情報学講座と、大学における他の情報教育科目の関係を図1-1に示す。

図1-1: 情報教育(情報関連科目)の(あるべき)構成
ICT(情報通信技術)の基本スキルを習う、パソコン教室での講座も大事である。ICTを使いこなせば、勉強や仕事に大いに役立つ。それは別に受講してもらいたい。
一方で、情報は実用面で役に立つばかりでなく、私たちの生命や、この世界の森羅万象に深く関わる、さまざまな考察に値する何物かである。
学問的にも結論が出ていないようなものについて、私たちが考えることに意味があるのか?
ある。実技を離れて、情報の本質や、その人間・社会との関わりを深く考えることで、 などの問題について、より高所から俯瞰的に捉えられるようになる。それによって、社会で起こるさまざまな情報現象を正しく理解し、適切な行動を取れるようになるのだ。
この情報学講座のテーマは、以下の3つに集約できる。
  1. 情報とは何か
  2. 情報は人間とどう関わっているのか
  3. 情報は社会とどう関わっているのか
前半(基礎編)では1を、後半(応用編)では2を論じる。

情報とは何か

「情報」という言葉

高度情報化社会といわれて久しい。情報というコトバを聞かない日はない。たとえば事故や災害、テロを巡る報道を思い出してみよう。そこでは、まだ情報がないとか情報が錯綜しているなどの表現が飛び交う。世界中があいまいな情報に踊らさることもある。
このように、普段使う情報は、事実に関する報せを意味することが多い。人の所在や安否、犯人は誰か、テロなのかどうか、など。
《情報》概念※1の誕生と、その変遷を、「情報」という言葉の定義でたどってみよう。

1 以後、この講座では、《~》「~という概念」を表す記号として用いる。「~」はもちろん「~という言葉」だ。

まず、大辞林(第3版)を引いてみる。

じょうほう【情報】
  1. 事物・出来事などの内容・様子。また,その知らせ。 「横綱が引退するという-が入った」 「戦争は既に所々に起つて,飛脚が日ごとに-をもたらした/渋江抽斎 鷗外」
  2. ある特定の目的について,適切な判断を下したり,行動の意思決定をするために役立つ資料や知識。
  3. 機械系や生体系に与えられる指令や信号。例えば,遺伝情報など。
  4. 物質・エネルギーとともに,現代社会を構成する要素の一。
「情報」の語源は、軍事上の情報だとか、雑誌「太陽」の造語など、諸説あるが、こうして並べてみると、この100年間に情報概念が変化し、一般的な概念として根付いていったのがわかる。
つぎに、プログレッシブ英和中辞典(第4版)informationを引いてみる。

in・for・ma・tion
[名](▼4以外では無冠詞単数形. 集合的に用いる)[U]
  1. (…に関する)情報, 報道, 消息, 聞き込み資料, ニュース((about, on, as to ...))
  2. (学問・調査・教授・経験などによる)(…についての)知識, 見聞, 学識, 識見((about, upon ...)). ▼体系的知識を表すknowledgeと異なりinformationは体系化されていないこともある
  3. (知識・情報の)伝達, 通知, 通報, 報道;密告
  4. (駅・ホテル・電話局などの)案内所[係], 受付(係)
  5. [C]《法律》(大陪審の審査なしで提起される)略式起訴(状);(治安判事などに令状を請求するための)告訴(状), 告発(状)
  6. (伝達理論で)情報量;《コンピュータ》情報(略:info);データ
日本語の「情報」と同様、時代による意味の変遷を感じるが、2や5など、やや異なる意味もあるようだ。また、6の伝達理論とは、シャノンの情報通信理論のことだが、そこでは情報情報量とが同じinformationと呼ばれていることも分かる。なぜそれでよいのかは、step04で学ぶ。
また、「情報」は、他の言葉とくっついて複合語を作る。 これらの語からも、一般に考えられている「情報」のイメージを探ることができる。

「情報」以前の表現

「情報」という言葉の登場以前にも、情報にまつわる表現はあった。
たとえば、Aさんしか話していないことを、翌日Bさんも知っていたら、昔の人はAのやつ、Bに話したに違いないとかAのやつ、秘密を漏らしやがった(これはやや現在の《情報》に近い)というだろう。同じことを、現代人は、AからBに情報が伝わったと表現する。
また、生まれた子供が親にそっくりだったら、昔の人は血は争えないというだろうし、現代人なら親から子へ遺伝した(遺伝情報が伝わった)と表現する。
このように《情報》は、伝わってゆくものだと理解されている。本当に人から人に伝わるかどうかは議論がある※2が、こうした現象を見たとき、人々は、人から人へ、親から子へ、何かが伝わっていくと考え、その何かが、長年の間に、《報せ(ニュース)》、さらに《情報》に変化(抽象化)していったのだろう。

2 オートポイエーシス理論の創始者、ウンベルト・マトゥラーナのように、情報は伝わらないと断言している学者もいる。