安倍首相は集団的自衛権行使に舵を切るのか

  西川伸一『もうひとつの世界へ』第10号(2007年8月)8-13頁

 結論を先に述べる。安倍晋三首相が集団的自衛権の行使に踏み切ることはないであろう、というのが私の見方である。だからといって一安心というわけでは到底ない。

 以下、なぜ安倍は集団的自衛権行使に固執しているのか、しかしなぜそれが不可能だと考えられるかを論じていく。

 1 用語の整理

 本テーマを論じる上で欠かせない用語三つをまず整理しておきたい。

@集団的自衛権

 独立国家であれば、当然自衛権をもっている。そして、自衛権は個別的自衛権と集団的自衛権に分けられる。前者は外国からの自国への攻撃に対処する権利をいう。後者は、自国と密接な関係にある国が攻撃を受けた場合、それを自国への攻撃とみなして反撃する権利を指す。自国は攻撃されていない点がポイントである。

 これについて、国連憲章五一条(自衛権)は、次のように規定している。「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」

A内閣法制局

 内閣直属で、政府の法律顧問をもって自任する役所。政府提出法案は必ず内閣法制局の審査を経なければならない。これを審査事務とよぶ。また意見事務といって、行政府内での憲法、法律などの解釈を統一するのも、内閣法制局の重要な役割である。

 たとえば、自衛隊の合憲違憲について、裁判所は高度の政治性を帯びた統治行為だとして、判断を保留している。一方、内閣法制局は「自衛のための必要最小限度の実力」をもつことまでは憲法は禁じていないとして、事実上自衛隊を合憲化してきた。自衛隊員に給与を支払うためにも、少なくとも行政府内の了解として自衛隊は合憲としておかなければならない。

 ちなみに、内閣法制局のトップは長官だが、主任の大臣は首相である。

Bなぜわが国は集団的自衛権を行使できないか

 日本も国連加盟国であるからには、上記の国連憲章を承認している。すなわち、国際法上は集団的自衛権を保有している。しかし、内閣法制局の憲法九条解釈では、その行使は認められないとされてきた。「保有と行使の分離」だとして、後述の佐瀬昌盛元防大教授らが強く批判している解釈である。

 その解釈によれば、憲法九条も国家の自衛権までは否定せず、従って自衛力の保有も「自衛のための必要最小限度の実力」であれば禁じていない。ただ、それが行使できるのは、次の三要件がそろった場合に限られるとしている。

 @わが国に対する急迫不正の侵害がある(違法性の要件)。A国民の生命安全を守るため実力行使以外の手段がない(必要性の要件)。Bその措置が侵害を排除する必要最小限度のもので、つり合いがとれている(均衡性の要件)。

 これらから導き出されるのは、わが国に許されるのは個別的自衛権の行使のみということである。集団的自衛権の行使は、@の要件を満たしていない。

 2 「必要最小限度」であれば集団的自衛権 の行使は許されるのか

 安倍首相はこの解釈を改め、現行憲法下でも集団的自衛権の行使を可能にしたいという。

 すでに一九九九年四月に安倍はこの問題を国会で質している。そこで安倍はいわゆる「保有と行使の分離」を「極めて珍妙な新発明」と揶揄した上で、祖父・岸信介の答弁から、集団的自衛権の行使の「外国まで出かけていってその国を守るという典型的な例」は憲法上禁止されているが、「集団的自衛権というのはそういうものだけではない」という箇所を引いている。

 祖父に仮託して、集団的自衛権の行使にも憲法上認められるものがあることを、安倍は示唆したのである。答弁に立った高村正彦外相は、集団的自衛権は「実力の行使を中核とした概念であることは疑いない」、「我が国の憲法上禁止されている集団的自衛権の行使が我が国による実力の行使を意味することは、政府が一貫して説明してきた」と応じた。

 この高村答弁から安倍は、祖父のいう「典型的な例」を「中核的な概念」と同一視したと思われる。そして、「外国まで出かけて」いかない非「中核的な概念」に含まれる集団的自衛権の行使であれば、憲法上容認されると「解釈」したのではないか。

 当時、安倍はまだ当選二回の「陣笠」議員にすぎなかった。その後、小泉純一郎首相のサプライズ人事で、自民党幹事長に抜擢された安倍は、二〇〇四年一月に秋山收内閣法制局長官に国会論戦を挑む。この場で、安倍はかつての高村答弁を引き合いに出して、こう述べている。

 「高村大臣は、この中核概念であるというふうに述べているわけでありまして、その中核概念とは実力の行使、いわゆる武力行使そのものということを言っているわけであります。ですから、それでなければ、それ以外の行為については集団的自衛権の行使としてもこれは考え得る、行使することを研究し得る可能性はあるのではないか」

 この考え方は、同じ質疑の中で安倍が持ち出す、集団的自衛権の行使は「数量的概念」とする把握と表裏の関係をなしている。すなわち、安倍は「集団的自衛権の行使はわが国を防衛するための必要最小限の範囲を超え、憲法上許されない」という一九八一年の政府答弁書について、次のように内閣法制局長官に尋ねている。

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