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総合科目「こころの諸相」  音楽と心
2005年1月24日(月)34限  L101大教室 加藤徹

   音楽を聞くと、楽しくなったり悲しくなったり、なつかしくなるのは何故でしょう?
   音楽を使って心をコントロールすることはできるのでしょうか?

キーワード:音楽療法、発達心理学、身体感覚、エスニシティ、表象芸術、暗黙知、人文



聴覚の特異性
・ヒトの五感は、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。
  最初に発達するのは聴覚、最後に発達するのは視覚。臨終のときは逆に、まず視覚がダメになり、聴覚が最後まで残る。
  ヒトが自分でインプットをコントロールできるのは視覚だけ(目を閉じる、など)。
  雑音や悪臭や不味さや痛みなどの不快な感覚は、自分でコントロールできない。進化の結果そうなった。
・聴覚的情報を、ヒトは脳のどの部位で処理しているか?
  聞く音の種類や、その人の生育環境、後天的な訓練によって、使う脳の部位が変わる。
   cf.絶対音感がある人とない人では、音の情報を処理する脳の部位が違う。
・子宮のなかの胎児はいつから音を聞いているか?
  受精5〜6週ごろ、脳の形成と併せて耳を作る準備開始。20〜21週頃には聴神経と脳が結ばれ、24週ごろ聴覚器官完成。
・胎児の音環境:子宮内血流音、自分と母親の心拍音、母親が話す言葉(母国語)、など。
・乳児は、胎児のときに聞いていた音を記憶している。
  NHK「ためしてガッテン」(2003年8月13日放送)での実験
   新生児は、胎児のときに聞いた絵本の「読み聞かせ」を記憶している。乳幼児は、子宮内血音を再現した音を聞くと泣きやむ。etc.
     参考サイト http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2003q3/20030813.html

他の哺乳類にくらべると、ヒトは視覚・触覚・味覚は発達しているが、聴覚・嗅覚は相対的に劣っている。そのため、音の性質を一義的に形容できる語彙は乏しく、視覚・触覚の表現を転用して比喩的に表現するしかない。
・振動数が少ない音を「低い」、振動数が多い音を「高い」(日本語の場合。古代ギリシャ語はこの逆)
・振幅が広い音を「強い」「大きい」、振幅が狭い音を「弱い」「小さい」
・音色については「乾いた音」「ガサガサした音」「硬い音」など
仮にもし、ヒトが、コウモリやイルカのような聴覚型の動物だったら、今と反対に聴覚の表現を視覚に転用していたことであろう。

音の種類:楽音 雑音 純音 etc.   ヒトの耳が聞き取れる音:16振動から2万振動まで

楽音の性質
  相対的性質:高さ・強さ・長さ
  絶対的性質:音色
音楽とは、音を組み合わせて人間の情感や思考を表現する時間的芸術である。
・空間的芸術 絵画・彫刻・建築など。作品は空間のなかに組み立てられ、時を経ても残る。
・時間的芸術 音楽や演劇など。作品そのものを見たり触ることはできず、創作された瞬間に次々と消えてゆき、作品は残らない。(楽譜やCDは音楽の記録であって、音楽作品そのものではない。絵画や彫刻の写真記録が、絵画や彫刻の作品そのものでないのと同じこと)

音楽の三要素
  リズム(律動) メロディー(旋律) ハーモニー(和声)



リズムと身体感覚
・西南戦争のとき、薩軍と戦った農民兵は、集団移動もできず、行進もできず、駆け足もできず、突撃もできず、方向転換もできず、匍匐前進もできず、つまり戦闘ができず、旧士族の薩軍に対して歯が立たなかった。戦後、明治政府はその対策として、ヨーロッパ式体操と西洋音楽によるリズム教育を義務教育に導入して強兵の策をとり、国民の運動や姿勢をかえ、あげくに、伝統的な舞踊や劇の仕種との断絶を招いた。(小倉朗『日本の耳』33頁)
・日本音楽は本質的に二拍子のリズムに属している。しかし、ヨーロッパの音楽は三拍子系のリズムを持っている。日本の音楽には見られない早いリズムがヨーロッパの音楽にあるということも、彼我の生活から解くことができる。(『日本の耳』38-39頁)

・ウマの歩様(gaits)とリズムの関係  walk <amble <trot <pace <canter <gallop
馬の歩様の名称英語リズム蹄音の擬音語
常歩(なみあし)walk, amble4拍子ポックラ、ポックラ、・・・
速歩(はやあし)trot, pace2拍子トントン、トントン、・・・
駆歩(かけあし)canter3拍子タカタッ、タカタッ、・・・
襲歩(しゅうほ)gallop4拍子タタタタ、・・・

 稲作農耕のリズム=平板四拍子
  > 日本人の身体感覚のリズム
  > 日本音楽、日本語(特に韻文)、日本舞踊、日本人の歩様、・・・・・・

 騎馬の歩様のリズムの影響=強弱・垂直志向系
  > 韓国(朝鮮)人や西洋人など騎馬文化をもつ民族のリズム

民俗音楽のダンスのリズムと馬の歩様の対応
 pace(側対速歩) → 四分の二拍子 ポルカ(polka)など
 canter(緩駆歩) → 四分の三拍子/八分の六拍子 ワルツ(waltz)やジグ(jig)、スライド(slide)など
 gallop(襲歩=競走駆歩) → 四分の四拍子 リール(reel)など

重心の移動アクセント身体感覚
日本の踊り水平志向
(横ノリ系)
平板すり足安定感
アイリッシュ・ダンス垂直志向
(縦ノリ系)
強弱跳躍躍動感

アイリッシュ音楽(ケルト音楽の一種)のリズムの例:
 映画「タイタニック」(1997年アメリカ)三等船室のダンス・パーティーの場面の曲
 (1)ブラーニー・ピルグリム(The Blarney Pilgrim) ジグ=八分の六拍子
 (2)ジョン・ライヤンズ・ポルカ(John Ryan's Polka) ポルカ=四分の二拍子
 (3)ケッシュ・ジグ(The Kesh Jig) ジグ=八分の六拍子
 (4)ドロウズィー・マギー(Drowsy Maggie) リール=四分の四拍子



音階のいろいろ
十二音音階bレbミファ#ファbラbシ
長音階ファ
ヨナヌキ長音階
自然的短音階ファ
ヨナヌキ短音階ファ
商調式音階ファ
沖縄音階ファ
わらべ歌音階bミファbシ
律音階ファ
都音階bレファbラ

音階・和音が心理に与える影響
例1 長調と短調
  ドミソ=Cメジャーコード:明るい 楽しい 軽やか
  ラドミ=Aマイナーコード:暗い 悲しい 重い
例2 旋法とエスニシティ
  ラドレミソラ(わらべ歌音階) → 日本本土のわらべ歌など
  ドミファソシド(沖縄音階) → 沖縄の民謡など
  レミファソラシドレ(商調式音階/ドリア旋法) → イギリス民謡など
 参考:鍵盤楽器の裏技:黒鍵だけを弾くと「五音階」音楽になる。
      「アメイジング・グレイス」(白い巨塔)、「男はつらいよ」、「笑点」のテーマ、など。

例3 旋律線
  アイリッシュ・ダンスの曲: 垂直志向 跳躍進行 天へ天へとのぼる {参考サイト}
  日本の踊りの曲: 水平志向 順次進行 横へ横へと進む

参考:西洋音楽の教会旋法
 イオニア、ドリア、フリギア、リディア、ミクソリディア、エオリア、ロクリア
 十七世紀ごろから、西洋音楽はイオニア・モード(長音階)とエオリア・モード(短音階)の二つに整理され、今日に至る。


参考図書:音楽と潜在意識の関係について→青木孝夫編『演劇と映画』所収の拙論「宗教から初期演劇へ」
     「暗黙知」他について→加藤徹著『漢文力』(中央公論新社)

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