『大辞林』第三版の解説 でんとう【伝統】 ある集団・社会において、歴史的に形成・蓄積され、世代をこえて受け継がれた精神的・文化的遺産や慣習。 「民族の−」 「 −を守る」 |
【書評】 藤井青銅『「日本の伝統」という幻想』(柏書房、2018年) ISBN-13: 978-4760150502 以下の記事は、2019/02/03付読売新聞の書評欄(こちらも参照)に加藤が寄稿したもの。 誰が、なんのために? 評・加藤 徹 中国文化学者・明治大教授 痛快な本だ。著者は作家で、数年前から落語家の柳家花緑(かろく)氏に新作落語を提供している。落語界のしきたりを少し知っているだけで企業から一目おかれる、という経験もした。そんな著者が、現代日本の「伝統」の正体と日本人の精神構造を、軽妙洒脱しゃだつな筆致で斬りまくる。 著者が示す「伝統ビジネス」のノウハウは、日本文化論としても秀逸である。 日本人は「旧国名」に弱い。「讃岐うどん」も「伊勢うどん」も、実は戦後に誕生した名称だ。これがもし「香川うどん」や「三重うどん」だったら? 「江戸」マジックや「京都ブランド」の威力も絶大だ。近現代に誕生した新しい事物も「京都」に事寄せると、伝統感を出せる。明治に誕生した「都をどり」も「平安神宮」もしかり。日本人は「京都に騙(だま)されたい」と思い、京都も街ぐるみで「上手に騙してあげよう」と応える。「おこしやす」と京都弁で客を迎える店のバイトが九州出身だったり、舞妓(まいこ)さんの出身地は全国各地だったりする。 日本古来の伝統なのだから変えるな、従え、絶やすな、古来のしきたりを守れ、という主張もよく耳にする。伝統の権威をかさにきて自分の言うことを相手にきかせることを、著者は「伝統マウンティング」と呼ぶ。 「相撲は国技」なので「土俵上は女人禁制」と主張する人もいる。実は、相撲の「国技」化は20世紀からだ。女性が土俵にのぼる女相撲の興行も昭和30年代まで続いた。近年、海洋散骨や、貸金庫のような納骨堂が増えている。「先祖代々之墓」を守れという声もある。実は、庶民の先祖代々の墓の伝統は百年ていどだ。 「古来の伝統」は変えてもいい。事実を知った上で、楽しめばいい。「日本はすごい」と自己アピールする風潮が強い昨今、本書のように「その伝統は、誰が、なんのために、どういうスタンスで主張しているのか?」と裏を読む「伝統リテラシー」をもつことは大事であろう。 |