遠藤周作『万華鏡』(朝日新聞社、1993)「人生の再構成」p.156より引用
敬愛するわがデーケン神父さんはある時、こんな人生再構成の話をしてくださった。癌で死を前にした一人の母親が、子供たちのために、彼女にとって生涯の思い出だった色々な歌をテープに吹き込み、そして死んでいったという。 そのテープによって子供たちは母が自分たちのために歌ってくれた幼い頃の童謡、家族のみんなで歌った色々な歌、そして母の好きだった歌をそのままの肉声できくことができた。 何という美しい、素晴らしい人生の再構成であろう。何という愛情のこもった形見だろう。 私自身も亡母と亡兄の声のこもったテープを持っている。亡母は今の芸大(当時の上野音楽学校)の卒業生だったので、彼女の歌ったグレゴリアンの古いレコードが残っていて、そのレコードをテープに再生することで私は忘れがたい母の肉声をまだ聴くことができるのだ。 たった一人の兄弟だった亡兄の声も彼の対談がテープ化されていたお蔭で一人でそっと耳にする夜がある。 私の経験では実際の声は遺書や写真よりもずっとあざやかに故人を身近に感じさせる。だから自分の歌声を残してくれた末期癌の母親のやさしい心情を子供たちはどんなに感謝しているであろう。母親はそれによって、自分の人生が何であったかを子供たちに再構成してみせたのだ。 |