《江戸狂歌選・巻之六》

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世の中に書くべきものは書かずして

     事をかくなり恥をかくなり (蜷川新右衛門親当)

  


 

(人生)

世の中は食うて はこして寝て起きて

     さてその後は死ぬるなりけり (一休)

         (参考)はこ:脱糞

  


 

臨終をしたで御寺は喜べど

     生き返っては坊主殺しめ (甲子夜話・続三十六)

  


 

我が軒に人の割木があらばこそ

     人の割木は我が割木なり (多聞院日記)

        (参考)わがよきに人の悪きがあらばこそ

                人の悪きはわが悪きなり

  


 

竜宮で忌むべき魚のなきがらを

     取りかはす世ぞめでたかりける (恋川春町)

  


 

(くささは)

よるごとに式部がそそや洗ふらん

     むすぶ泉の水のくささや (雄長老)

  


 

(辞世・輪廻転生)

われ死なば備前伊部の土となり

     徳利となりて酒を入れたい (爺)

  

我死なば備前伊部の土となり

     尿瓶となりてちんぽ入れたい (婆)

  


 

(滄浪の水)

世は澄めりわれひとりこそ濁り酒

     酔はば寝るにてさうらうの水 (表具屋太兵衛)

  


 

世の中に地頭盗人なかりせば

     人の心はのどけからまし (文覚上人)

  


 

世の中に思ふ事こそ二つあれ

     いる時金と時分には飯 (狂歌旅枕・下)

        (参考)世の中に思ふ事こそ二つあれ

                花散らす風月隠す雲

  


 

世にくへぬ身はどんぐりのくりくりと

     くりめきわたるこの身なりけり (津田休甫)

  

  


 

世わたりに春の野に出て若菜つむ

     わが衣手の雪も恥ずかし (鯛屋貞柳)

         (参考)君がため春の野に出でて若菜摘む

                わが衣手に雪は降りつつ (光孝天皇)

  

  


 

年のうちに春はくれども掛乞の

     せがむ限りはあらじとぞ思ふ (朱楽管江)

         (参考)年のうちに春は来にけりひととせを

                こぞとやいはむことしとやいはむ  (在原元方)

             春きぬと人はいへどもうぐひすの

                鳴かぬ限りはあらじとぞ思ふ  (壬生忠岑)

  

  


 

わが宿は御堂の辰巳しかも角

     よう売れますと人はいふなり (鯛屋貞柳)

         (参考)わが宿は都のたつみしかぞ住む

                世を宇治山と人はいふなり (喜撰法 師)

  

  


 

(旅)

富士の山夢に見るこそ果報なれ

     路銀もいらずくたびれもせず (鯛屋貞柳)

  


 

(人生)

生まるるも死ぬるも人は同じ事

     腹より出でて野原へぞいる (貞徳)

  


 

菜もなき膳にあはれは知られけり

     しぎ焼き茄子の秋の夕暮 (唐衣橘州)

  


 

(正月)

御祝ひに よりき家の子集まりて

     つくやくふなりどさくさの餅 (生白堂行風)

  


 

(老の身を思ひて)

世の事を聞かじ聞かじとせし耳も

     遠うなれとは祈らざりしを (横井也有)

  


 

(松平定信の寛政の改革をそしりて)

世の中にかほどうるさき物は無し

     ぶんぶというて身を責めるなり (四方赤良)

  


 

(酒を)

世の中に酒といふもの無かりせば

     何に左の手をつかふべき (宿屋飯盛)

  


 

世の中はいつも月夜に米の飯

     さてまた申しかねの欲しさよ (四方赤良)

  


 

(役人処世)

世の中は諸事お前様有難い

     恐れ入るとは御尤もなり 

  

世の中は諸事御尤も有難い

     御前御機嫌さて恐れ入る (耳袋・一)

  


 

(流行風邪)

これやこの行くも帰るも引き風に

     しるも知らぬも大方はせき (我衣・一)

        (参考)これやこの行くも帰るも別れては

                知るも知らぬも逢坂の関 (蝉丸)

  


 

世の人を屎の如くに見くだして

     屁放り儒者と身はなりにけり (四方赤良)

  


 

論語読みの論語読まずと言はば言へ

     死すとも蚊也ふすべ散らさん (貞柳)

  


 

(禁酒の願掛け)

わが願酒破れ衣となりにけり

     さすもさされずつぐもつがれず (四方赤良)

  


 

(借金)

わが恋は深草ならぬ浅草へ

     通ひつめたる少々の金 (寝ものがたり)

  


 

わが恋は柳の糸の乱れ髪

     とくもとかれずいふもいはれず (夢窓国師)

  


 

(遺言)

我がために弔ひ連歌召さるなよ

     そなたの口は輪廻めきたに (木食楚仙)

  


 

(因果応報)

我が耳の遠くなりしは年をへて

     きかぬ薬を盛りし報か (老医師)

  

我が耳の遠くなりしは年をへて

     聞えぬ歌をよみし報か (狂歌師)

  


 

わくらばに問ふ虫あらば須磨の浦

     藻汐垂れつつ虻と答へよ (新旧狂歌誹諧聞書)

        (参考)わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に

                藻汐垂れつつ侘ぶと答へよ (在原行平)

  


 

(河豚汁)

われがちに争うて食ふふぐと汁

     盛り替へのある命ならねど (山手白人)

  


 

(辞世)

わんざくれふんぞるべいか今日ばかり

     明日は烏がかつ齧るべい (山中源左衛門)

  


 

(第一人者)

詩は詩仏 書は米庵に 狂歌おれ

     芸者小万に 料理八百善  (大田南畝)

  


 

(猿引)

それそこで お染といはゞ たつ田山

     つらは紅葉に まさる目出度さ (上田秋成)

  


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