《江戸狂歌選・巻之五》

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(処世術・この頃世に合ふ歌,世に合はぬ歌)

世に合うは左様で御座る御尤も

     これは格別大事無い事 

  

世に合はじさうでござらぬさりながら

     これは御無用先規無い事 (落首・耳袋)

  

(田沼意次政下の悪弊をそしりて)

世の中は左様でござる御尤も

     何と御座るかしかと存ぜぬ

  


 

(処世術・その2)

世の中は 諸事御尤 ありがたい

     御前御機嫌 さておそれいる 

  

世にあはぬ 武芸学問 御番衆の

     只奉公に 律儀なる人 (落首)

  


 

(飯焚女の恋を)

やはらかなとこを旦那に参らせて

     内儀の顔のこはい飯炊き (其柳)

  


 

(述懐)

持たぬ故へらず口とは思へども

     金があるなら人にやりたき (婆阿)

  


 

(松平定信)

白川の 清きながれに 魚すまず

     にごる田沼の 水ぞ恋しき (落首)

  


 

(寛政の改革)

御祭は 目出たいあらの お吸物

     だしばかりにて みどころはなし (落首)

  


 

(寛政の改革)

諸共に あはれとおもへ 諸役人

     定の外に とるものはなし (落首)

         (参考)もろともに あはれと思へ 山桜

                 花よりほかに 知る人もなし (前大僧正行尊)

  


 

(寺炎上で大仏も焼失して)

身の上を何と抜かりて今日はまた

     火宅を出でぬ仏なるらむ (木下勝俊)

  


 

雪降りて雪隠遠く下駄は無し

     心にかかる尻の穴かな 

  


 

(寄申恋)

まざまざと嘘ばつかりを言ひなさる

     尻も結ばぬ君が言の葉 (ひまのないし)

  


 

(七夕)

盆前に誰かは金をかささぎの

     はした銭でもほし合の空 (万載狂歌集・四・秋上)

  


 

(辞世)

みな人は死ぬる死ぬるといひけれど

     暁月坊はいきとまりけり (暁月坊)

  


 

紫の色より深き世の中の

     欲には恥をかきつばたかな (荒木田守武)

  


 

(後朝恋)

夕べには死すとも可なり厭ふまじ

     朝寝し過ごし腎虚し果てて (詠百首誹諧)

        (参考)朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり (論語・仁篇)

  


 

(七十而従心所欲不踰矩)

行く水の心まかせに従へど

     危ふき船ののりは越えまじ (四方赤良)

  


 

(松平定信・寛政の改革を批判して)

曲りても杓子は物をすくふなり

     直ぐなやうでも潰す摺子木 (四方赤良)

  


 

(吉宗の孫松平定信・寛政の改革を批判して)

孫の手のかゆき所へとどきすぎ

     足の裏まで掻きさがすなり (四方赤良)

  


 

誠とは汁掛け飯を食ひさして

     萩箸添へて出すをぞいふ (松屋筆記・八十五)

  


 

まだ青い素人浄瑠璃黒めんと

     赤き顔して黄なる声出す (理斎随筆・四)

  


 

(哀傷・無常:廻文)

また飛びぬ女と男とあはれぬし知らじ

     死ぬれば跡をとめぬ人魂 

  


 

(卯月まだ寒かりければ)

水ごころ無ければ質も流されて

     袷のぬきできるもきられず (手柄岡持)

  


 

(水に戯るる恋)

水むすぶかひも渚のたはれ男と

     誰かはうそを月の夜ごとに (四生歌合・けだ物の歌合)

  


 

実る程稲は伏すなり人はただ

     重くなる程そりかへりける (三省録・四)

  


 

(灌仏)

み仏に産湯かけたかほととぎす

     天上天下たつたひと声 (四方赤良)

  


 

(山の手の首夏)

目に青葉耳に鉄砲時鳥

     松魚はいまだ口へはひらず (四方赤良)

  

        (参考)目には青葉山郭公はつ鰹 (山口素堂)
            時鳥(ほととぎす)・松魚(カツオ)

  


 

(老醜)

目はかすみ耳に蝉鳴き歯は落ちて

     かしらに雪のつもる年かな (海録・二)

  


 

(借債)

もとよりもかりの世なればかるもよし

     夢の世なればねるもまたよし (たはれぐさ・一)

  


 

(武家歳暮)

もののふも臆病風や立ちぬらん

     大つごもりの掛取りの声 (四方赤良)

  


 

(達磨の絵に)

唐土のむさむさ坊主髭入道

     さしたる事は言はじとぞ思ふ (一休)

  


 

(雨の祈りとてたはぶれに人々哥をよむついでに)

夕立や古きためしもありの穴

     堤をくづせ天の川水 (飛塵馬蹄)

  


 

(ある人,品川に遊びて淋病をうれへけるとききて)

行きやらでとまる駅路の鈴口の

     縁にふれてやりんとなるらん (四方赤良)

  


 

(芝浜)

夢にのみ拾ひしうその皮財布

     うき世に返す暁のかね (田畑持麿)

  


 

(酒に寄する恋)

宵の間にちくと来よとのお情けを

     受けて一盃飲むよしもがな (よしたか)

  


 

(鍋尻訓歌)

よきに似よあしきに似なよなべて世の

     人の心は自在鉤なり (松平定信)

  


 

(ある僧が,知人の元に頭巾を忘れて返って後,送り届けられて)

立ち別れいなばやなんど思ひしに

     形見の頭巾今かへり来ぬ (醒酔笑・八)

        (参考)立ち別れいなばの山の峯に生ふる

                まつとし聞かば今帰り来む (在原行平)

  


 

山寺の春の夕食早ければ

     入相の鐘に腹ぞへりける (前大僧正尊応)

         (参考)山寺の春の夕ぐれ来て見れば

                入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

  

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