《江戸狂歌選・巻之参》

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ひとつとり ふたつとりては 焼いて食ふ

     鶉なくなる 深草の里 (蜀山人)

  


 

いつ来ても 夜ふけて四方の 長ばなし

     赤良さまにも 申されもせず (奉公人)

  


 

雑巾も 当て字で書けば 蔵と金

     あちらふくふく こちらふくふく (蜀山人)

  


 

神ならば 出雲の国へ 行くべきに

     目白で開帳 谷保の天神 (蜀山人)

  


 

永代と 言われし橋が 落ちにけり

     今日の祭礼 明日の葬礼 (蜀山人)

  


 

(怠け者の貧乏をかこちて)

神々は出雲の国へ寄ると聞く

     貧乏神ばか何故ここにをる

(貧乏神の答へて)

酒は飲む博奕はこくし朝寝する

     仕方なければ定宿にする

  


 

(蚤)

盃へ飛びこむ蚤も呑み仲間

     つぶされもせず押さへられもせず (内山椿軒)

  

あたまからおさへられてはたまらない

     のみ逃げはせじ晩に来てさす  (蜀山人)

  


 

虱ほど世にへつらはぬものはなし

     貧なる者になほも近づく (新撰狂歌集・下)

  


 

釈迦といふいたずらものが世に出でて

     多くの者を迷はするかな (一休)

  


 

即身の成仏ならば重ねては

     坊主頼まじお布施どうなに (狂歌旅枕・下)

  


 

極楽や地獄のあると誰か知る

     今まで便りある沙汰もなし (狂歌旅枕・下)

  


 

いにしへの仏もうそをつきぬると

     思ふ証拠も少しあるなり (狂歌旅枕・下)

  


 

(論語洒落)

大学が孟子わけなき火を出して

     論語同断珍事中庸 

大学が孟子ひらきを四書こなひ

     論語ないのがまるで中庸  (甲子夜話)

  


 

立って居てはなすこうしの日く

     待つよ来いしも楽しからずや (四方赤良)

  


 

(七賢人)

竹林は薮蚊の多き所とも

     知らでうかうか遊ぶ生酔 (四方赤良)

  


 

(辞世)

この年ではじめてお目にかかるとは

     弥陀に向かいて申訳なし (慶紀逸)

  


 

(辞世)

死んで行く所はをかし仏護寺の

     犬の小便する垣のもと (芥川貞佐)

  


 

(辞世)

宗鑑はいづくへ行くと人問はば

     ちとようありてあの世へと言へ (山崎宗鑑)

  


 

(辞世)

善もせず悪も作らず死ぬる身は

     地蔵もほめず閻魔叱らず (式亭三馬)

  


 

死にたきといふは浮世の捨言葉

     まことの時は願はざりけり (寒川入道)

  


 

(無常)

つひに行く道とはかねてなり平の

     なり平のとて今日も暮らしつ (由縁斎貞柳)

  

         (参考)つひに行く道とはかねて聞きしかど

                昨日今日とは思はざ りしを  (在原業平)

  


 

(老醜)

皺がよる黒子ができる背がかがむ

     頭は禿げる毛は白くなる

手はふるふ足はひょろつく歯はぬける

     耳はきこえず目はうとくなる

くどくなる気短になる愚痴になる

     思ひつくこと皆古くなる

又しても同じ咄に孫ほめる

     達者自慢に人をあなどる (居行子新話・二)

  


 

偽りを恥とも知らで売る牛の

     皮より厚き面の皮かな (狂哥咄・五)

  


 

(立春)

棹姫の裳裾吹き返しやはらかな

     けしきをそそと見する春風 (貞徳)

  


 

(ばいあぐら)

まろとても老いはつる身にあらざれば

     握りさへすりゃすぐに立ちます (近衛基前)

  


 

来ぬ人をまつ井の浦の夕飯に

     焼き塩鯛の身を焦がしつつ (細川幽斎)

来ぬ人を松野がかたの夕めしに

     焼くやも魚の身もこがれつつ (細川幽斎)

        (参考)来ぬ人をまつほの浦の夕凪に

                焼くや藻塩の身もこがれつつ  (藤原定家)

  


 

御前の前いかにも致せ制すまじ

     こなたのしじもしどけなければ (沙石集・五・末)

  


 

(東西南北・己心弥陀唯心浄土)

極楽は西にもあれば東にも

     きた道さがせみな身にもあり (理斎)

  


 

極楽は眉毛の上の吊し物

     あまり近さに見付ざりけり (道元和尚)

  


 

心こそ心迷はすこころなれ

     心にこころ心許すな (百物語・上)

  


 

(夫の「絹十匹,綿百把参らする.ただし偽りなり」の文を見て)

こころざしある方よりの偽りは

     世の真より嬉しかりけり (妻)

  


 

(虫歌合)

心には針持ちながら逢う時は

     口に蜜ある君ぞわびしき (木下長嘯子)

         (参考)口に密有り,腹に剣有り  (世人が李林甫を評して)

  


 

事足らぬ世をな嘆きそ鴫の脚

     短くてこそ浮かぶ瀬もあれ (月庵酔醒記・中)

  


 

子どもをば鮨になるほど持ちたけれど

     いひが無ければひぼしにぞする (新撰狂歌集・上・述懐)

  


 

小鳥ども嗤はば嗤へ大かたの

     浮世の事は聞かぬみみづく (四方赤良)

  


 

碁なりせば劫を棄てても生くべきに

     死ぬる道には手一つも無し (美濃の国の野瀬)

  


 

この海老の腰のなりまで生きにけり

     食も控へず独り寝もせず (小川喜内)

  


 

(謡曲『高砂』)

  高声や この屋根舟に 水入りて,

  遠く鳴く程 隠岐過ぎて,

  波のあはれの 石垣や,

  はや闇の夜に なりにけり

    (舟が転覆して寄合戸川隠岐守の妻子が溺死して)

  


 

(鷺・鳰・花鳥・鴛鴦・鳩・雁・百舌・駒鳥・雀・鶴)

咲きにほふ花をし見ばと狩衣

     裾の尾かけて駒進めつる (霊元法皇)

  


 

(雁・朱鷺・山雀・鶴・鳩・雉子・鷺・烏)

狩の時山からつどひいづる身は

     研ぎし矢先の危ふからずや (笹麿)

  


 

(大つごもりに 家なししそん)

酒飲まず餅をも搗かぬ我が宿に

     年の一つも御免あれかし (新撰狂歌集・上・述懐)

  


 

五月待つ橘色を飲むときは

     むかしの人の酒の香ぞする

        (参考)さつき待つ花橘の香をかげば

                昔の人の袖の香ぞする  (伊勢物語)

  


 

侍のかがみと人のいふなれば

     われも裏屋にかがみてぞ住む (長々浪人)

  


 

(寄櫛恋)

下紐も初めて人に解き櫛の

     はもじに思ふけさのきぬぎぬ (方碩)

  


 

世の中にひとりとどまる者あらば

     もし我かはと頼みもやせん (寒川入道)

  


 

死にて後問はん万部の経よりも

     命のうちに壱歩たまはれ (酒粕)

  


 

詩は知らず歌はもとより知らぬ火の

     つくすたはけも戯作者の徳 (式亭三馬)

  


 

霜も無く又雪も無く火事も無く

     銭さへあればよい年の暮 (我衣・七)

  


 

(山中隠家・盆と正月のかけとり)

借銭の山に住む身の静けさは

     二季よりほかに訪ふ人も無し (大根ふとき)

  


 

上手とは外をそしらず自慢せず

     身の及ばぬを恥づる人なり (武備和訓)

  


 

雀どのお宿はどこか知らねども

     ちっちょとござれささの相手に (四方赤良)

  


 

雀らが酒盛る中へ心無や

     もちくへと出す鳥さしの竿 (三駄)

  


 

(阿弥陀絵を無理に押し付けられて壁に掛け)

狭けれど宿を貸すぞや阿弥陀どの

     後生たのむと思し召すなよ (乞食桃水)

  


 

焚き立つる旅籠の飯やあつ盛を

     手に掛けて食ふ熊谷の宿 (新撰狂歌集・上・羇旅)

  


 

今よりはぬか取りあへず手水にも

     紅葉つかはん朝の間に間に (方重)

  

         (参考)このたびは幣もとりあへずたむけ山

                紅葉の錦神のまにま に  (菅家)

 


 

月々に月見る月は多けれど

     月見る月はこの月の月 (夏山雑談・三)

  


 

継ぎやあらぬ春や昔のやれ小袖

     わが身ひとつは元の身にして (中川喜雲の父)

        (参考)月やあらぬ春や昔の春ならぬ

                わが身一つは元の身にして  (在原業平)

  


 

月ゆゑにいとどこの世に居たきかな

     土の中では見えじと思へば (松永貞徳)

  


 

風流と見せて身過ぎのうその川

     たのむ渡りよ板橋の宿 (曳尾庵)

  


 

(寄茶摘恋)

つつめどもいつ顔色に出でぬるは

     あだし茶摘みの極そそりかな (智恵内子)

  


 

織田がつき 羽柴がこねし 天下餅

     座りしままに 食うが徳川 (落首)

  


 

(島原の乱)

有馬山 すそ野の桜 さき乱れ

     軍 (いくさ)は花を ちらす古城  (落首)

  


 

(明暦大火)

なやきそと いへども焼きし 武蔵野は

     人もこまれり 我もこまれり (落首)

         (参考)むさし野は けふはなやきそ 若草の

                妻もこもれり 我もこ もれり  (伊勢物語)

  


 

(明暦大火)

おごりたる 罪のむくいや 猶如(なお)火宅

     三界無庵 旗本の衆 (落首)

  


 

(赤穂義士)

智惠は浅野 内匠としたが 気違か

     ゑぼしあたまを きられ上野 (落首)

  


 

(吉良上野介)

疵をいたみ つら打つ恥の 己のみ

     きられて物を 思ふ上野 (落首)

         (参考)風を痛み 岩うつ波の おのれのみ

                 くだけて物を 思ふころかな (源 重之)

  


 

(大石内蔵助)

大石は 酢 (すし)のおもしに なるやらん

     赤穂の米を 喰つぶしけり (落首)

  


 

(忠臣蔵)

今までは あさい内匠と 思ひしに

     ふかひたくみに きられ上野 (落首)

  


 

(忠義)

たのもしや 内匠の家に 内蔵ありて

     武士の鏡を とり出しにけり (落首)

  


 

(生類憐みの令廃止)

心よき 身にもあはれは しられけり

     犬医者どもの あとの夕ぐれ (落首)

         (参考)心なき 身にもあはれは 知られけり

                 鴫たつ沢の 秋の夕暮 (西行)

  


 

(生類憐みの令廃止)

見渡せば 犬も病馬も なかりけり

     御徒目付 (おかちめつけ)の あとの夕ぐれ (落首)

         (参考)見渡せば 花も紅葉も なかりけり

                 浦の苫屋の 秋の夕暮れ (藤原定家)

  


 

(享保の改革・尚武倹約)

お世話紗綾 (さや) 緞子 (どんす)な事を お紗綸子 (しゃりんす)

     縮緬 (ちりめん)どうな 絹がよいよい (落首)

  


 

(田沼意次)

田も沼も 水野もやけて 酒井なく

     加納まいぞや いかが将監 (落首)

         (参考)老中:田沼意次 若年寄:水野忠友・水野忠見・
             酒井忠休・加納久堅 老中:松平右近将監武元

  


 

(文化文政米価低落)

千早振 米屋もきかず 払米

     ただ商ひに 皆こまるとは (落首)

         (参考)ちはやぶる 神世も聞かず 竜田川

                 からくれなゐに 水くくるとは (在原業平藤原定家)

  


 

(金欠)

お祭りへ 行くにゆかれぬ からっけつ

     壱文なしは 家内あんぜん (落首)

  


 

(水野忠邦)

人のため 国の病に すへる灸

     しばしこらへよ やがて直るぞ (落首)

  


 

(貧窮旗本)

御旗本 次第にこまる へぼ将棋

     みな歩ばかりで 金銀はなし (落首)

  


 

(ペリー来航)

具足より 利息にこまる 裸武者

     すね当てよりも お手当てがいい (落首)

  


 

(蒙古来襲・ペリー来航)

古への 蒙古の時と 阿部こべに

     ちっとも吹かぬ 伊勢のかみ風 (落首)

  


 

(将軍家慶死去)

壱万里 来たアメリカが こわいとて

     十万億土 にぐる大将 (落首)

  


 

(桜田門外の変)

桜田に 胴と首との 雪血がい

     井伊馬鹿ものと 人はいふなり (落首)

  


 

(桜田門外の変)

三月は 雛の祭りか 血祭りか

     あけに染めたる 桜田の雪 (落首)

  


 

(幕府崩壊直前・武士の日和見)

諸大名 今は桑名の 渡し船

     京へつかうか 江戸へかうか (落首)

  


 

(幕府瓦解)

士農かの どうしやうのふ 工商と

     いふ分別も つかぬ世の中 (落首)

  


 

十三でぱっかりはれし空割れに

     月の障りの雲もかからず (四方赤良)

  

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