イベントレポ―ト

シンポジウム「都市の緑はだれのものか――文理を越えた学問からの問いかけ」(文責:太田和彦)

 2026年9月23日、シンポジウム「都市の緑はだれのものか――文理を越えた学問からの問いかけ」が明治大学駿河台キャンパス・グローバルフロントで開催されました。
 今回、取り上げられたのは、小金井の都市計画道路(池田)、京都府立植物園(鯵坂)、名古屋相生山(太田)、玉川上水(高槻)、そして千葉県流山市の常磐自動車道(吉永)のケースです。道路の問題もあれば、公園や緑地をめぐる問題もあり、それぞれの計画がつくられた時代も、地域の事情も異なります。一見、重なるところがあるようには見えませんが、一日を通して各地の報告を聞いていると、次第に共通するものが見えてきました。

●数十年前の都市計画道路をどのように考えるか:池田喬さん
 冒頭では、司会進行の池田さんから、小金井市の都市計画道路3・4・1号線、3・4・11号線をめぐる問題が紹介されました。建設予定地の周辺には、国分寺崖線の森、野川、草原がつながる環境があり、その一部は東京都の自然再生事業の対象にもなっています。また、長年にわたって写真家や作家を惹きつけてきた場所でもあります。道路問題を通じて問われているのは、生態系や景観、文化、そしてその地域の将来を誰がどう決めるのかという問題です。
 さらに重要なのは、今回扱われた小金井や相生山の都市計画道路は、いずれも五十年以上前に計画されたものだという点です。計画が残っていても、都市を取り巻く条件まで当時のままではありません。人口や交通のあり方は変わり、生物多様性や気候変動への認識も大きく変化しました。その計画が必要だとされた当時の前提は、いまも成り立っているのかという問いは、その後の各地の報告にも通じるものでした。

●「植物園とは何か」から始める:鯵坂学さん
 鯵坂さんは、京都府立植物園とその周辺の再整備計画をめぐる市民運動について報告しました。2020年に示された「北山エリア整備基本計画」には、京都府立大学への大規模アリーナの整備や、植物園周辺をイベントにも活用しやすい空間へ変えていく構想が含まれていました。植物園の垣根を越えて人が行き来しやすくすることや、バラ園周辺をイベントに活用する構想などに対して、市民側が繰り返し掲げたのが、植物園は「生きた植物の博物館」であるという考え方でした。
 植物園は希少植物を保存し、研究や教育を行うため、出入りの管理やバックヤードも必要になります。鯵坂さんは、シカによる食害や植物の盗掘などの例も紹介しながら、植物園を一定程度「囲う」ことにも理由があると説明しました。市民運動では署名活動だけでなく、植物園を歩いて案内するツアー、勉強会、講演会、シンポジウムなどを重ねるものでした。署名は2024年には16万3000筆を超えました。その後、大規模アリーナの整備地は、府立大学から向日市の向日町競輪場へと変更されることとなり、植物園についても当初計画から大きく見直されることになりました。
 鯵坂さんは今回の市民運動の鍵について「学習・宣伝・署名」と表現しました。印象的だったのは、最初から全員が同じ植物園像を共有していたわけではないことです。活動のなかで植物園について学び直すことを通じて、何を守ろうとしているのかは省みられ、具体化されていきました。

●市民に与えられた選択肢を問い直す:太田和彦
 太田は、名古屋市の相生山緑地を横切る都市計画道路・弥富相生山線を取り上げ、市民参加を政策過程全体から考えました。弥富相生山線は1957年に都市計画決定され、工事は2010年に中断。2014年には道路事業を廃止する方針が示されました。その後、名古屋市は、道路に期待されていた交通・防災機能を周辺道路の対策など別の方法で確保できないか検討し、2018年には「人と自然が共生する相生山の森」という基本計画素案も示しました。
 しかし2021年の学術検証懇談会を経て、市は道路整備と自然環境保全を両立させる”折衷案”の検討へ進みます。2023年の市民アンケートでは、未着手区間を「どうつなぐか」という3案について意見が求められ、「道路をつながず、必要な機能を別の方法で確保する」という以前の方向は比較対象に含まれていませんでした。
 太田が強調したのは、市民に意見を聞く場面だけでなく、その前に「行政が何を選択肢として示すのか」がすでに政策形成の重要な一部だという点です。過去の行政資料を時系列でたどれば、以前は存在したはずの選択肢が、後の検討の段階では姿を消していることがあります。市民参加においては、「どの案がよいか」だけでなく、「なぜ選択肢がこれらの案だけなのか」まで遡って検討する必要があります。

●希少種だけを守ればよいわけではない:高槻成紀さん
 高槻さんは、生態学の立場から東京都・玉川上水を取り上げました。印象的だったのは、野草に関心のある周辺の人々と一緒に実際に生き物を調べ、データとして明らかにしてきたことです。約30キロの玉川上水で、それぞれ区間を分担し、毎月、あらかじめ決めた植物が生息しているかどうかを調べます。一人ひとりが歩ける範囲は限られていますが、調査結果をつなぎ合わせると、ある植物が玉川上水のどこに分布し、どのあたりから少なくなるのかが見えてきます。調査結果は季節ごとの「花マップ」としてまとめられてきました。
 鳥類や植物の調査から示されたのは、都市の緑を単純に面積だけで評価することはできない、ということです。小平、三鷹、小金井、杉並などを比べると、樹林の構成によって、シジュウカラのような樹林性の鳥と、スズメやハト、カラスのような都市環境に適応した鳥の割合が異なります。細長い玉川上水も、周辺の緑地と連続することで、生き物が移動し、休息するための「緑の回廊」として機能しているのです。
 さらに小平では、わずか300メートルほどの区間に144か所の調査地点を設け、そこに生育する植物を記録する調査も行われました。そこで見えてきたのが、希少種だけを取り出して守ることの限界です。たとえばキンランなどの林床植物は、周囲にあるコナラやクヌギなどの一見ありふれた樹木が日陰をつくることで生育できます。希少な植物だけを移植しても、それを支えていた林全体の生態系まで移せるわけではありません。

●実現可能な対案をつくり、モニタリングを続ける:吉永明弘さん
 吉永さんは、千葉県流山市・柏市で1970年代から80年代にかけて展開された、常磐自動車道をめぐる住民運動を取り上げました。住宅地のなかを高速道路が通る計画に対して、住民は14年間にわたって運動を続けました。その結果、道路そのものは建設されたものの、当初の計画から半地下構造やふたかけ構造などへ変更され、道路の上部には公園や緑地が整備されました。
 この運動で興味深いのは、住民の要求が途中で変化したことです。当初は道路建設そのものへの反対から始まりましたが、やがて「道路を造るのであれば、公害をできるだけ生じさせない構造にしてほしい」と、地下化を求める具体的な対案へと移っていきました。
 さらに議会に働きかけるだけでなく、運動の側から市議会議員を送り出し、議会を重要な交渉の場として活用しました。また、道路公団側が示す説明をそのまま受け入れるのではなく、自分たちでも資料やデータを集め、道路構造や公害についてニュースレターで情報を共有しました。また、住民のなかにいた技術者や広告、金融などの実務経験者が、それぞれの知識が運動に生かされていました。
 ここから見えてくるのは、市民参加には「すでに用意された選択肢から一つを選ぶ」以上の可能性があるということです。市民自身が学び、データを集め、議会を使い、専門知を持ち寄ることで、それまで存在しなかった選択肢を現実的な案としてつくり出すことができます。しかも、道路完成後も騒音などのモニタリングは続けられました。常磐道をめぐる運動は、「反対運動」という言葉だけでは捉えきれない、住民による政策形成の事例でもありました。  

●都市の緑をめぐる地方自治の行方:大矢野修さん
 4人の報告を受けて、総合討論に先立ち、地方自治論が専門で、編集者としても活動してきた大矢野さんがコメントしました。大矢野さんが紹介したのは、宇沢弘文が1970年代に東八道路をめぐって当時の革新都政を批判した論考です。首長や政権が変わり、市民参加や自治を掲げたとしても、一度決めた計画を変更しにくい行政組織そのものが変わらなければ、「自治体の革新」にはならないという問題です。
 もう一つ紹介されたのが、川原一朗による、河川を軸に都市を捉える議論です。武蔵野台地には、野川や神田川、善福寺川などの中小河川が流れ、それらが植物の葉脈のように地域をつないでいました。しかし、近代以降の都市化のなかで河川の暗渠化やコンクリート化が進み、道路や鉄道を中心とした都市構造へと変わってきました。集中豪雨や内水氾濫が問題となる現在、こうした中小河川や緑のつながりを都市の骨格としてもう一度捉え直す必要があるのではないかと問いかけました。
 さらに近年は、都市開発や公共空間の管理に民間企業やコンサルタントなどさまざまな主体が関わるようになり、「誰が決めているのか」が以前より見えにくくなっています。大矢野さんは、こうした事業主体の複雑化によって、緑地を守ろうとする側にとっても、誰に何を働きかければよいのかが分かりにくくなっていると指摘しました。

●総合討論は、近年の行政の変化の話へ
 総合討論では、「行政権力の暴走」という言葉そのものが問い直されました。東京都との長年のやり取りを経験してきた高槻さんからは、問題は暴走というよりも、社会状況が変わっているのに過去の計画を検証・変更しない、「何もしないという暴力」ではないかという指摘がありました。また会場からは、日比谷公園を例に、行政と現場との距離が広がっていることが指摘されました。
 指定管理者制度などによって公園の管理が外部化されると、行政職員自身が日常的に現場を見る機会が減っていきます。計画づくりもコンサルタントなどに委ねられ、疑問が生じたときにも、職員自身が現場を見ずに報告書だけをみて判断するようになり、現場を知らないからさらに外部に判断を依存し、外部に依存するからますます行政内部に知識や経験が蓄積されなくなる……という悪循環が生じます。こうした状態を「行政の空洞化」と捉える意見も出ました。

●「文理を越えた学問から問いかけ」を通じてできそうなこと
 このような状況に対して研究者の立場からどのような働きかけができるのでしょうか。この問いも総合討論の一つの軸になりました。今回の報告を振り返ると、それぞれの学術分野が異なる仕方で、普段は見えにくいものを可視化していました。研究者には何ができるのか、という話も出ました。生態学や社会学は、現場で様々なデータをとり、様々な人から聞き取りをすることで、いままで十分に注目されてこなかった事柄に目を向けることを促します。哲学や倫理学は、直接的な関わりが見えにくいですが、「共生」「にぎわい」「効率」「躍動」など、一見ポジティブな言葉遣いによって何が議論を逃れているかを確かめることができます。総じて、一度終わったことになった議論であっても、必要ならばもう一度問い直し、蒸し返し、別のあり方を示す役割が、専門家の活動にはあるといえるでしょう。
 また、アンケート結果では、これから建設会社に就職する予定だという大学院生から、開発を外から批判するだけではなく、企業の中に入って、緑を残す視点を持ち込みたいという趣旨の回答もありました。この回答は、今回のシンポジウムの次の展開を考える上で示唆深いものでした。都市の緑には市民と研究者、行政職員、造園や生態系管理の専門家、コンサルタント、建設・不動産事業者など、多くの人が関わっています。それぞれがどのような制約のなかで判断し、どのような別の選択肢がつくることができるのかを議論できれば、また違った景色が見えてくるかもしれません。今回のシンポジウムは、そのための出発点として意義深いものでした。

■もう少し知りたい方へ――関連書籍のご紹介

・太田和彦・吉永明弘編著『都市の緑は誰のものか――人文学から再開発を問う』ヘウレーカ、2024年
今回のシンポジウムの出発点となった一冊。都市の緑と再開発を、倫理学、歴史学、美学、地理学など人文学の側から問い直しました。今回のシンポジウムではさらに社会学、生態学、地方自治論へと視野を広げ、それぞれ具体的な現場に関わってきた研究者の皆様に集まっていただきました。

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・ なからぎの森の会編『こうして京都府立植物園は守られた――市民が開くコモンズの未来』かもがわ出版、2025年 北山エリア整備基本計画をめぐる市民運動を、学習・宣伝・署名の過程から記録した本です。鯵坂学さんは同会の共同代表を務めています。

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・ 高槻成紀『もう木を伐らないで――玉川上水の生物多様性のために』彩流社、2023年 玉川上水の樹木、野草、動物のつながりを生態学の観点から調査し、都市の緑を樹木の本数や面積だけでは捉えられないことを示しています。

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・ 辰巳哲+「常磐自動車道公害反対運動史」編纂会『千葉県流山市 高速道路の上に公園ができた――一九七〇年代 民主主義の原点を照らす 地域住民の実践記録』言叢社、2026年 14年間に及んだ住民運動の一次記録と、その後への影響を収録。吉永明弘さんが編纂会代表を務め、運動の歴史的意義を論じています。

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●高槻先生、シンポジウムの記事をご掲載いただき、ありがとうございます!

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●当日の配布資料はこちらから。

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