研究概要

 私たちは受精、とりわけ体内で起こる受精のメカニズムに興味を持ち、研究を行っています。オスとメスが交尾をした後、精子はどのような旅をして卵子にたどりつき、受精を完了させるのか?私たちが想像する以上の障害が、体内受精には存在しているということが、遺伝子改変動物を用いて解析を行うことで分かりつつあります。オスが自分の子孫をより多く残すための戦略、メスがより良い子孫を得るための戦略、逆に交尾のリスクを回避する戦略?などと想像しながら研究を進めるのは楽しい作業です。

 興味のある方は下の各テーマを開いてみてください。

1.精漿タンパク質SVS2

 多くの動物において、精子は卵に受精するために非常に特化した形態・機能を有しており、精子形成が完了した時点で遺伝子の転写および翻訳は行われていないと考えられています。一方、精子とともに雌生殖器へ運ばれる精漿には、精子の運動能や受精能を制御し、受精効率を高める働きがあると古くから考えられてきましたが、実際に体内で観察を行うのは困難でした。私たちは、精嚢から分泌される精漿タンパク質Seminal Vesicle Secretion 2(SVS2)に着目し、解析を行っています。
 SVS2を欠損したマウスを作製しオスマウスの表現型を調べたところ、精子形成は正常でしたが、メスと交配させると子供を産ませにくい不妊のマウスであることが分かりました(Kawano et al., 2014)。すなわち、SVS2はメスの体内で効率よく受精を成功させるために必須な因子だと言えます。SVS2にはメス体内で精子を生存させる働きがあると考え、現在はより詳細な解析を行っています。
 また、SVS2は齧歯類だけでなく、霊長類にも相同タンパク質(SemgI/II)が見られるタンパク質であることから、マウスの研究からヒトの不妊治療への応用も視野に入れて研究を進めています。

2.SVS2以外の精漿タンパク質

 SVS2は2番染色体に存在する遺伝子ですが、その近傍にはSVS2の重複産物であるSVS3a, SVS3b, SVS4, SVS5, SVS6が存在しています。一般的に、1つの遺伝子を欠損しても重複遺伝子がその機能を補うことが知られていますが、SVS2単独の欠損マウスで不妊となったため、SVS3-6の機能は不明なままです。
 現在、SVSファミリーに属するタンパク質を単独で調べると同時に、SVS2-6の遺伝子領域を欠損させたマウスについても解析しています。

3.子宮の殺精子因子

 SVS2欠損オスマウスの射出精子は、メスの子宮内でほとんど死滅することが分かっています(Kawano et al., 2014)。この結果は、メス子宮内には殺精子因子が存在することを示唆しています。現在はその因子を同定すべく、研究を進めています。

4.卵管の精子活性化因子

 体外で確認されているSVS2の機能の1つに、「精子の受精能を抑制する」があります(Kawano and Yoshida, 2007; Kawano et al., 2008)。これは1950年代から観察されている精漿の受精能破壊(Decapacitation)の作用であり、SVS2はDecapacitation factorの1つだと考えています。この作用がメス生殖器内にも存在するか調べることで、体内での精子の受精能獲得(Capacitation)も分かるかもしれないと期待しています。
 SVS2は腟・子宮には大量に存在していますが、卵管を境に見られなくなります(Kawano and Yoshida, 2007; Araki et al., 2014)。卵管にはSVS2を排除する特別なしくみ/因子が存在すると仮定し、研究を行っています。

5.卵子から放出されるCD9エクソソーム

 受精を最終的に完了させるには、精子と卵子の膜が融合する必要があります。膜融合する細胞は非常に限られており、筋細胞、破骨細胞、胎盤シンシチウム、そして卵子ー精子の4つです。なかでも、異種の細胞同士が融合するイベントは受精だけです。
 私たちは、精子と卵子の膜融合に必須であるテトラスパニンCD9に着目し解析を行っています(Miyado et al., 2000)。特に、卵子から放出される、CD9を含むエクソソームが精子と卵子の膜融合に必要である(Miyado et al., 2008)ことから、エクソソームの機能について色々な角度から解析しています。

6.独特な生殖様式を持つコリドラス

 精子がメスの体内を旅して受精するのは哺乳類に限って見られる現象ではありません。熱帯魚として非常に有名なコリドラスという魚は、メスの消化管を精子が通過して体外受精を行います(kohda et al.,1995)。このような生殖様式の場合、精子はメスから免疫反応以外に消化作用も受けることになり、非常に厳しい旅をしていると考えられます。マウスの結果から連想すると、メス体内で精子を保護しているのはオス精液に秘密があるのではないかと予想しています。精子を光らせたコリドラスを作製し、消化管内での精子と精嚢タンパク質の様子を調べたいと考えています。