7-1 偶発的PSI事例の研究

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,偶発事例に関する2つのPSI研究を中心に述べる。この他に,PSIであるか否かを問題にせず,PSI的体験の頻度を文化比較(6-1)する研究もあり得る(例えば,シャウテンの研究)。

<1> ルイザのコレクション

 量的に最も大きい偶発事例のコレクションは,ジョセフ・ラインの妻であるルイザ・ラインのものであり,1950年頃から70年頃までにかけて蓄積され,総計約15000事例に及ぶ。ルイザは,自分から報告を求めるのではなしに,ラインの知名度をもとに送られてきた事例報告を収集・分類した。その一端をメディアで紹介するとまた,さらに新たな事例が多数集まってきたのである。偶発事例の研究は,まさに彼女のライフワークとなっていた(1983年に逝去)。
 ルイザはその中から,正常な人物が誠実に報告している(と思われる)PSI現象体験を選び出し,研究対象とした。そして,PSIの種類(予知,透視,テレパシー,PK,サバイバル),体験の起き方(直観,幻覚,現実的夢,象徴的夢),体験者のPSIであるとの確信度合い,人に起きる出来事を知った場合には,その人との関連度(自分自身,友人や家族,知人,見知らぬ他人),出来事の種類(事故,病気,死など)および重要さ,その人が知らせようと意図していたか,などといった観点から分類した。
 分類の結果,例えば次のような事項が判明した。体験の起き方は現実的夢が最も多く,全体の44%にのぼった。ESPで知り得た「自分自身」に関する出来事は,些細なことが多く,死などの重大なことは極めて少なかった。「友人や家族」に関する出来事は,死などの重大なことが「予知」されることが多く,小さな病気や事故は,現時点の出来事が「透視(またはテレパシー)」されることが多かった。「知人」に関する出来事においては,この「予知」と「透視」の違いが見られなかった。体験者がPSIと確信した事例には,はっきりとしない体験が多く,体験者がPSIと確信しなかった事例には,明瞭な体験が多かった。
 ルイザは,些細な出来事(15%)が,知人や他人に起きている場合にも偶発PSIが多く(27%)報告されているのは,「PSIが無駄に発揮されて」いるように思えると,考察した。こうした事例の分析から,ルイザはPSIの2段階モデルを信じるに至る。その第1段階では,かなり完全で正確なPSI情報がやってきて,それらの重要性を判断する働きが意識下で起きる。そして第2段階では,様々な変更,省略,検閲,象徴化がなされて意識へと昇る,とされる。このモデルは,無意識のPSIの実験的研究とも整合的である(4-8)。

<2> ルイザの研究の問題点

 懐疑論者から見れば,ルイザの研究には大きな問題がある。事例報告の信憑性が裏づけられていないので「作り話」かも知れないし,本当であったとしても,人々が偶然の一致をPSIであると見なす,誤信念のパターンを分析しているに過ぎないとなる(6-6)。これに対してルイザは,偶発事例研究は,PSIの特性を把握して実験研究の指針を得ることを目指しているのであり,最終的な成果は必ず実験研究で確かめられねばならない,と言っている。
 さらに,こうした自発的な報告に頼る事例研究の場合,事例報告として信憑性があり,かつPSIであると証拠づけられたとしても,「報告されないこと」による分析結果の歪曲にも注意が必要である。例えば,自分自身の死の予知はなかなか報告されない理由は,PSIの2段階モデルで説明できる。つまり,自分の死は第1段階で感知され,無意識のうちに自分の行動を変えて死を回避するので,第2段階に至らずに予知として自覚されない,と見なせる。ところが単純に,予知が当たったので報告者が死亡して報告されないのかも知れないのだ。また,体験者がPSIと確信した事例には,はっきりとしない体験が多いのも,よく考えると,偶発的PSIの性質とは断定できない。というのは,もともと「PSIと確信すること」と「明瞭な体験をすること」が少なく,どちらか一方を満足すると報告されやすいが,両方満足されない場合(PSIと確信しないはっきりしない体験の場合)は,それがPSIであっても報告されない可能性が高いからである。

<3> ヴァージニア大学の研究

 19世紀末には,イギリスの心霊研究協会で偶発事例の研究プロジェクトが行なわれ,1886年にはガーニーらによって研究報告が発刊された。こちらの研究はルイザのものと異なり,偶発事例におけるPSIの発揮を,その報告によって証明しようという動機があった。質問紙調査で体験者を探し出し,面談で信憑性を確認し,PSIの証拠を得ようとしたのである。
 この研究法を引き継いだのは,ヴァージニア大学のイアン・スティーヴンソンであった。彼は,「虫の知らせ」と言えるようなテレパシーが働いたと見える偶発事例に注目した。その観点から,それまでの事例報告を整理分類し,また自らも信憑性の高い事例を調査分析,比較したのである。この彼の著作は邦訳されているので,詳しくはそちらを参照されたい(笠原敏雄訳『虫の知らせの科学』叢文社)。しかし,テレパシーの偶発事例は,記憶による証言に頼るところが大きく,なかなか信憑性が高まらない。彼は,客観的な証拠が伴う「生まれ変わり事例の研究」を重視して行くのである(7-3)。
 スティーヴンソンのもとで長年偶発事例調査を行なってきた,エミリー・ウィリアムズによれば,最近の手順は次の3ステップとなっているそうだ。偶発的PSIを体験したとされる人物に長い質問票を送る。その中には,体験の状況や事実関係に加えて,4つの性格検査(没頭性,神秘性,創造性,空想性)が含まれている。質問票が返送されて来た後に,電子メールで体験の内容を具体的に聞く。そして最後に,出掛けて行って実地調査・面談を行ない,証拠固めをする。最後のステップは渡航費がかさむので,オーストラリアの事例などでは行なえてないのが現状のようだ。体験者は普通,自分の体験を公表するのを恐れているので,面談でこうした現象が一般的であることを示して安心させると,進んで話し始める例が多いという。
 今注目している種類の事例は,臨終時の体験だそうだ。死にいく人が見る特別なESP的ビジョンや,家族が体験する特異現象の事例が集まっている。特異現象には,死にいく人が身近にいるという存在感(香水などの匂いなど)を感じる,死にいく人が出てきて(ヘソクリの在りかなどを)語る夢を見る,絵が落ちたり窓が開閉したりするPKが起きる,などが報告されているという。

<4> 偶発事例報告の信憑性の評価

 スティーヴンソンらは1977年,偶発事例報告の信憑性評価基準を提案した。それによると事例報告は,次の5項目の総合得点で評価されている(正確な評価文面を知るにはJASPRを参照せよ)。なお,この評価は,あくまでも報告の「信憑性」の評価であり,それがPSIでありそうな「証拠性」の評価ではないし,各報告の内容の「詳細性」なども評価に含まれないので,注意されたい。
(1) 体験の目撃され度合い:出来事が知られる前の体験内容報告について,それが事前に記録されてその証人もいる(4点)から,それは事前に別の人に話されたがその人は概要しか覚えていない(1点)まで,度合いに応じて1〜4点を加点。証人がさらにいる場合は,詳細に記憶している証人1人につき4人まで各2点を,概要だけを覚えている証人1人につき6人まで各1点を,体験時の新たな事実を報告している証人1人につき6人まで各1点を加点。体験者の報告以外に体験内容の報告がないときは,4点減点。
(2) 出来事の目撃され度合い:体験内容に関係する出来事について,その体験者とは無関係な第三者,報道機関などによって記録報告されている(4点)から,体験者とは無関係らしい目撃者が証言している(1点)まで,度合いに応じて1〜4点を加点。目撃証人がさらにいる場合は,証人1人につき5人まで各1点を加点。体験者以外から出来事の目撃報告がないときは,4点減点。
(3) 事例の記録時期:体験内容と出来事の記録が,それぞれ発生から2日以内に記録されている(6点)から,1か月以内(5点),1年以内(3点),10年以内に記録されている(1点)まで,度合いに応じて1〜6点を加点。ただし,目撃証人などの傍証の報告が遅れて記録されているときは,1点減点。
(4) 事例の研究時期:事例報告が研究者によって記録された時期が,出来事より以前に体験報告が研究者になされており出来事自体も研究者によって確認された場合(5点)から,出来事が起きて1年以内(3点),10年以内(1点)まで,度合いに応じて1〜5点を加点。
(5) 研究者による面談:体験者を面談した結果の信憑性判断について,5点までの範囲で加点または減点する。主要目撃証人を面談した結果の信憑性判断について,3点までの範囲で加点または減点する。他の目撃証人を面談した結果の信憑性判断について,3人まで,各1点の範囲で加点または減点する。
 以上の評価点を合計し,信憑性が高いと評価された事例について,その報告内容に基づいてそれがPSIであるかどうかの検討や,PSIの性質の考察を行なう。信憑性が低い事例についても,信憑性の高い事例と同様な統計的傾向が得られる場合は,検討に値するという考え方もある(例えば,ハートの1956年の研究報告)。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるサリー・フェザー氏の講演,RRCの研究ミーティングにおけるエミリー・ウィリアムズ・ケリー氏の講演がもとになっている。サリーはライン夫妻の娘で,臨床心理学の博士号を持ち,現在のRRCの所長である。エミリーは,エジンバラで博士号を取った後,ヴァージニア大学で偶発事例の研究を続けている。後に出てくるエドワード・ケリー氏の妻でもある(8-1)。
ファザー氏サリー・フェザーRRC所長


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