1-4 懐疑論争

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 超心理学の歴史は懐疑論争の歴史でもある。その熾烈な戦いは社会学の観点からも意義深い題材となっている。幸いそうした論争の主要部が日本語で読めるかたちに編集されているので,興味のある方は参照されることをお薦めする。

 笠原敏雄編著訳『サイの戦場』(平凡社)

<1> 超心理学者 vs 奇術師

 古くから懐疑論争の主役は奇術師であった。1960年代にラインの統計的ESP実験研究の痛烈な批判を行なったチャールズ・ハンセル,1980年代に自由応答ESP実験の不備を精力的に指摘したレイ・ハイマン,現在活躍中のリチャード・ワイズマンは皆,心理学者でありかつ奇術師である。しかし,良好な批判的態度(6-6)は,総じて研究を推進するのである。統計的分析は批判を浴びるなかで,その正当性の主張を強めてきたし,ESP実験は批判によって,強固なものに洗練されてきた(個々の批判の詳細と超心理学者の対応は,第3章の各実験の記述に添えた)。ハイマンは,超心理学者にとっては些細な事柄に対しても,強く改善を要求した。「汚い試験管」を使っていると,たとえそれが問題でなくとも,実験全体が疑わしくなる,と主張した。超心理学者のホノートンは,ハイマンとの論争の末,結局は両者で「共同コミュニケ」を発表するに至った(3-2)。
 一方でかたくなな批判をする奇術師もいる。プロの奇術師としてメディアでもよく取り上げられるジェームズ・ランディは,超能力者ができることは何でもマジックで実演してみせると,超能力者との対決姿勢をあらわにした。また,奇術師が立ち会わない超心理学実験はすべて無効であるとも主張した。それには一理あるのだが,奇術師が他の奇術師のトリックをすべて見破れるわけではないので,奇術師が立ち会ったところで十分ではないのは明白である(1-5)。ランディは『あなたの潜在ESP能力を測る』という通俗書(邦訳はない)を出版しているが,そこに折り込まれているESPカードは,なんと裏から表の記号が透けて見えるずさんなものである。ESP実験はインチキによって成り立っているという,遠回しの批判なのだろうか。
 懐疑論争に多くの奇術師が加わるのは,奇術師がPSI現象を信じない傾向にあるからだろうか。いやそうではない。バードシェルがカリフォルニアの奇術師を調査したところ,なんと82%がESPを信じており一般大衆の率(1-6)を大きく上回っていた。むしろ,超心理学者にも奇術師が多いのである(1-5)。ことによると,超心理学者は奇術師に,舞台以外の活躍の場を提供しているのかもしれない。

<2> 超心理学者 vs 本流科学

 超心理学の実験が批判に対して強固なものになってくると,懐疑論者は最後の切り札を使う。それは「すべて研究者のでっちあげ」(1-7)である。18世紀に哲学者のヒュームが,『人間本性論』のなかで奇跡について論じているが,「虚偽がその奇跡よりも奇跡的にならない限り,それは奇跡ではない」という判断基準を提示している。懐疑論者はまさにこれを使うのである。超心理学が対象にしていることは「科学」的には起こりえない奇跡なのである。
 超心理学協会(PA)は,1969年に全米科学振興協会(AAAS)に加盟が認められた。これは形式的には,超心理学が正統的な科学として認知されたことを示す。しかしながら,超心理学は実質的な排斥を受けている。AAASが刊行する世界的に名高い科学誌『サイエンス』に,超心理学の論文が投稿されると通常の科学分野では理由にならない理由で拒絶される一方で,「超心理学者はでっちあげをしている」式の懐疑論者の論文が堂々と掲載されているのである。1979年,PAはAAASに正式に抗議するが,物理学者のアーチボルト・ウィーラーによる「擬似科学は排斥すべし」という主張で,退けられるのである。この顛末には前掲の『サイの戦場』の第1, 17, 18章を参照されたい。なお,このウィーラーは観測問題(5-6)の先端的解釈で知られる理論物理学者である。
 また1987年には,国立研究審議会(NRC)によって「超心理学現象は130年間も研究されたが,科学的な正当性は何も得られなかった」と調査報告された。この背後には,超心理学への強硬なバッシングがあった。NRCの調査は,「人間の能力を高める方法」に関する2年間の調査であり,神経言語プログラミング,バイオフィードバック,睡眠学習などの効果が十分に確認されてない方法それぞれについて,その現状査定と将来展望を与えるものであった。ところがそこに,超心理学が入れられたのである。通常の審議会の調査は,中立的な立場の者が委員を務め,かつその分野の複数の専門家に評定報告を依頼するものである。ところが,超心理学分科会の座長は懐疑論者のハイマンとなり,評定報告の依頼先には超心理学者が選ばれず,懐疑論者のオルコックが選ばれたのである。PA(当時の会長はブラウトン)は,超心理学の専門家の意見が反映されないと抗議したものの,聞き入れられなかった。
 ところが,このNRC調査では,ハーバード大学の社会学者であり,メタ分析(2-9)の開祖であるロバート・ローゼンタールが,各方法の研究実績の「品質」を評定することになっていた。彼の厳密な評定によると,超心理学の「品質」がもっとも高く,ガンツフェルト法(3-2)に至っては,他の分野の研究が3〜13と評定されるなかで19であった。委員会の座長のスウェッツは,評定書を読んでローゼンタールに取り下げるように要請した。ローゼンタールは拒絶したが,最終報告書にその評定は引用されず,単なる参考の文書にすぎない扱いとなった。このNRC報告書は後に,スターゲート計画の評価にも使われるのである(3-3)。
 上に述べた超心理学の不当な扱いには,行き過ぎたところが感じられる。科学的手続きにのっとって研究をしているのならば,どんな研究であっても,科学として受け入れられるべきであるとも思われる。だが,本流科学が超心理学を排斥するところに「パラダイムの擁護」があると考えれば,科学論の観点(8-2)から当然起き得る事態と言えるのである。

<3> CSICOP(サイコップ)

 CSICOPは,「超常現象とされるものの科学的研究のための委員会」として1976年に設立された。無神論運動で知られ『ヒューマニスト』の編集長でもある哲学者のポール・カーツ,プロの奇術師ランディ,数学パズルなどの作家で奇術師でもあるマーチン・ガードナー(心理学者であり超心理学者のガードナー・マーフィーと混同しないように注意)が中心になった。CSICOPはその後さらに多くの奇術師(ミルボーン・クリストファーやペルシ・ディアコニスら)と多くの知識人(アイザック・アシモフ,カール・セーガン,フランシス・クリック,マレー・ゲルマン,スティーヴン・グールド,B・F・スキナーら)を会員に加えた。活動的メンバーはほとんど男性で,女性は1割にも満たない。
 CSICOPの初期の活動は,「科学的研究」というよりは,超常現象への信念を嘲笑する活動が主であった。確立された「科学」に対して,超常現象は「危険」だというのだ。超心理学については論文を詳しく読むこともなく,一方的で感情的な批判が相次いだ。超心理学の研究所が閉鎖になると,機関誌に「喜びの声」が載るほどであった。またCSICOPの活動に呼応して,各地に同様な「批判的」小グループが数十の単位で生まれた。
 CSICOPは最初,社会学者マルセロ・トルッツィ(彼も奇術師でもある)を編集長に『ゼテティック』という機関誌を発行していた。ところが,トルッツィは『ゼテティック』が健全な議論の場になってないとCSICOPを早々に去り,1978年に『ゼテティック・スコラー』を発刊して,超心理学者も交えた議論の場を提供した(前掲の『サイの戦場』の第14-16章を参照されたい)。しかし残念なことに,1987年を最後に休刊となっている。
 一方の『ゼテティック』のほうは,『スケプティック・インクワイアラー』と改名し,今日まで3万部を超える出版部数を誇っている。ただし内容のほうは,占星術や民間療法の批判へと重心を移している。

CSICOPのホームページ:http://www.csicop.org/

<4> 懐疑論者の分類

 かつてのCSICOPの主要メンバーの多くは,超心理学に対して生産的な批判を行なってこなかった。彼らは,PSI現象などの超常的な現象は一切存在しないと,固い信念を持っていたからである。ところが,CSICOPに呼応して生まれた「超常現象研究を批判する」グループのなかには,伝統的キリスト教のグループなどが存在した。彼らの主張は,超常現象は「神のわざ」であり,科学的研究の及ばないもであるとのものだった。
 パーマーは,懐疑論者を保守主義者と神秘主義者と科学拡張主義者に分けることが,良好な批判者を探し当てるのに有効だと指摘する。保守主義者は,現在の科学の描く世界観を固く擁護し,それ以外の見方を認めない者たち,神秘主義者は,超常的な現象を認めるが,それが科学的な探究の枠外にあるとする者たち,科学拡張主義者は,科学的な営みでもって真理を究明できるとする者たち,である。保守主義者と神秘主義者は,相手にしても無益な議論になりやすいが,科学拡張主義者とは懐疑論争をする価値があるだろう。なぜなら,超心理学自体も,科学拡張主義に基づいて研究が進められているからである。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるパーマー氏の講演と,講演配布資料であるジョージ・ハンセンのCSICOPに関する論説(JASPR, 1992)に基づいている。また,まえがきに挙げたブラウトンの「文献4」で内容を補っている。
 日本では,懐疑論の立場から超常現象を批判し,合理的な思考の実践を推進する懐疑論者(スケプティックス)の団体として,ジャパン・スケプティックスが知られている。


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