1.はじめに ― 司法書士は労働問題にも関わっている―


 司法書士とは、登記や裁判などをその業務とする法律の専門職である。(http://www.shiho-shoshi.or.jp/consulting/business.html)労働問題については、例えば、未払い賃金の支払を事業主に求める場合、労働者から相談を受け、労働者を代理して訴えの提起をしたり、または、代理ではなく労働者の代わりに訴状や準備書面等の裁判の書類を作成して支援したりしている。

2.司法書士会における労働教育の取り組みについて


 個々の司法書士は必ず全国各地にある司法書士会(http://www.shiho-shoshi.or.jp/association/shiho_shoshi_list.php)に所属しており、そして各地の司法書士会は、社会活動の一環として「法教育」に取り組んでいる。

法教育とは、「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身につけるための教育」のことと定義づけられる。司法書士会における、法教育に関する実際の取り組みのメインは、学校や地域で出張法律教室を行うことである。

出張法律教室で扱うテーマは多様であるが、近年は労働問題を扱うことが増えている。とくに高校から、アルバイト対策や、すぐ就職する生徒に最低限の労働法の知識を身に付けてもらいたいということで、労働に関する法律教室を行いたいというリクエストが増えている。

3.G高校と東京司法書士会とのコラボのきっかけ


G高校のある東京には「東京司法書士会」が存在する(http://www.tokyokai.jp/public/legal_class.html)。そして、東京司法書士会では、年間を通じて無料で出張法律教室の申し込みを受け付けている。もし近くの司法書士会における法教育の取り組みが不明である場合は、各地の司法書士会の連合組織である日本司法書士会連合会(http://www.shiho-shoshi.or.jp/activity/contribute/education.html)に問い合わせをすれば、各地の司法書士会へ連携をしてくれる。

G高校の社会科のP先生と私(司法書士)とは、P先生の前任校で既に法律教室を行った縁で既知であり、P先生から私に、G高校でも法律教室を行いたいとのお話があったのは、とても嬉しいことであった。ただ、東京司法書士会で実際に法律教室を行うためには、司法書士一個人に話をいただくだけでなく、正式に学校から申し込みをしていただく必要がある(東京司法書士会の予算で行う事業であり、内部手続きとして担当する法教育委員会に法律教室の準備をするよう回付するため)。そこで、東京司法書士会のホームページからダウンロードした申込用紙に記入して提出するか、Webから直接お申込みフォームに入力して送信してくださるよう、お願いをした。【担当したP教員の実践報告はこちら】

4.労働の法律教室開催への準備プロセス
(1)マンモス校ゆえ…まずは社会科の先生方への説明会


G高校は三部制の定時制高校で生徒数が多く、地歴・公民科の先生(専任)も8名と多い。そこで、P先生の要請により、まずは地歴・公民科の先生方向けの法律教室の説明会を行った。説明会では、東京司法書士会でこれまで行ってきた法律教室の実績や内容のほかに、司法書士がこのような取り組みをすることの目的などについて次のような話をした。そして、この説明会により、先生方におおよその理解をいただけたと思う。

  • ・生徒さんに、生きていくために必要な最低限の法律知識を身につけてもらい、トラブルを予防できるようになってほしい。
  • ・そうは言っても、一度法律教室で聞いただけでは、知識そのものはおそらく覚えていないだろう。だから、せめて、何かあった時に、これっておかしいのではないかとピンくるように、根本的な法的なものの考え方を伝えたい。例えば、なぜ労働法があるのか、その存在意義を理解できれば、労働者が保護されなければならない場面で、ピンとくることができるのではないだろうか。
  • ・どうしても避けがたいトラブルに遭遇してしまうこともある。そのような場合は、適時に適切なところに相談に行くことができるようになってほしい。いわゆる「相談力」を身につけてほしい。そしてトラブルを最小限に食い止められるようになってほしい。

(2)担当の先生方との授業準備――率直な話し合いとプロ同士の学び


実際に労働の法律教室をやることが決まった後は、具体的な授業案を作るための打ち合せをする。

まずは、授業の形態(体育館などに生徒が集合する中でやるのか、クラスごとに行うのか、座学か、ゼミ形式などアクティブ・ラーニングにするかなど)、授業内容の希望、生徒さんの特徴など、担当の先生からヒアリングをする。このヒアリングを踏まえて、具体的な授業を組み立てるとともに、司法書士会から派遣する講師の調整をする。

G高校では、1年生全8クラスが対象で、クラスごとに授業を行うとのことであった。また、生徒さんの特徴としては、日本語支援の必要な外国につながる生徒さんが多く在籍していること、アルバイトをやっている生徒さんが多いこと、経済的・家庭的にしんどい生徒さんも一定数いること、勉強はあまり得意でない生徒さんも多いことなどがあり、学校が把握している、生徒さんが抱える問題や悩みについても、詳細にヒアリングした。これを踏まえて、何を優先的に伝えるか、どのような授業展開とするかなど、具体的な内容を検討した。

なお、前記の説明会のとき、地歴・公民科の主任教諭のQ先生から「相談力、というのはいいね。大事だね。」と言っていただいた。そしてこの言葉が、2016年度の授業で、相談のロールプレイをやるきっかけとなった。外部の人間としては、学校現場の先生から、こういう内容をやりたい、とか、今回の授業ではこの点に力を置きたい、というものが具体的に出れば出るほど、たいへん参考になりありがたい。日々生徒さんと接している先生は、さまざまな問題意識をおもちのはずで、それを解決するための一助として我々外部の人間とともに(おそらく面倒な)コラボ授業を行おうとしているのであろうから、その問題意識について話をしていただきたいのである。話をしていただければ、我々司法書士も、よりその問題意識に沿った内容の事例や法的な話ができる。

司法書士は授業のプロではない。私も、法律教室をするようになって初めて「机間指導」ないし「机間巡視」という言葉を知った。そのくらい、先生方には当たり前の初歩的な授業方法でも我々は知らない。より生徒さんに響く、効果的な授業をするためには、ぜひとも先生の力が必要である。「このクラスの生徒は積極的に発言するので質問を投げかけてもらってもまったく問題ない」とか、「座学で一方的に話をするのではウチの生徒は15分が限界」とか、打ち合わせ段階でいろいろ教えてほしい。また、座席表があればいただけると、生徒の名前を呼ぶことができるので嬉しい。

G高校では、授業づくりを、先生と司法書士が集まって打ち合せをしたり、メーリングリストの中でやり取りしたりと、一緒にやった。すべての学校で授業作りから一緒にやることはなかなか難しく、先生からのヒアリングに基づき司法書士が授業づくりをすることが多いが、G高校では一緒にやることができた。これは、P先生と司法書士との間で、P先生の前任校からつながる関係ができていたから、ここまでやれたのかもしれない。

指導案


5.授業の様子
自己満足を「封印」したら・・・


G高校での1年目の実践であった2015年度の授業は、内容を盛りだくさんにし過ぎたこと、教材の内容に改善点があったこと、生徒さん同士の相談タイムをとった方がよかったこと、講師が比較的早口だったことなど、反省点がいっぱいあった。この授業には、労働教育研究会の方や新聞記者の方といった外部の方々が参観してくださっていて、貴重かつ辛口なコメントをいただいた。この反省点とコメントを踏まえ、2016年度の授業までに改善点の手直しをした。この手直しが効いて、2016年度の授業は2015年度よりうまくいった。2015年度の授業での反省点や辛口コメントには、あれだけ準備したのに、と少し落ち込みもしたが、自己満足ではダメだと思い直し改善できたことが2016年度で効を奏したので、とても嬉しかった。やはり生徒さんに伝わってこその授業である。

二字熟語をかみ砕く

司法書士特有の反省点は、難しい言葉を無意識に使ってしまうことである。普段の業務では大人ばかり相手にしているからかもしれない。ただでさえG高校の場合は日本語支援が必要な生徒さんがいるのに…。難しい法律用語、難しい日本語、二字熟語をかみ砕く準備が必要である。例えば、こんなやりとりがあった。

 「労働条件のこれはダメポイント」に、「給料は振込みとします。振込手数料は差し引きます」とあるくだりで、日本語支援の必要な生徒さんが、「振込手数料はサシヒキます」ってナニ?と質問。

 うーん…。給料から引きます(←ほぼ同じ)、給料から控除します(←もっと難しい)、給料からさっぴきます(←やっぱり同じ)…「例えばね、お店(バイト先)がバイトの給料をみんなの銀行口座に振り込んでくれる時に、銀行で振込手数料100円かかっちゃうとするでしょ、その100円をお給料から引く、つまりマイナスしてしまうとどうなる?その分お給料が少なくなっちゃうよね。でも、お店はそうするよっていうこと。」「あ、分かった!(^o^)」…結局、うまく言い換えができず説明してしまった(汗)。

6.今後のこと――コラボで授業をしませんか


G高校の場合、P先生の尽力もあり、2年連続で労働の法律教室を開催することができた。このように毎年実施できるケースは少ない。しかし、毎年実施することで、前年の教材と反省点を生かせるのと、教師と司法書士とのコミュニケーションが密になるのとで、省エネルギーでより良い授業にブラッシュアップできる、というメリットがあり、これはかなり意味があることではないだろうか。
 司法書士として、先生にお願いしたいことが2つある。

1つは、司法書士を学校に呼ぶ理由や、司法書士に望むことを、もっと率直に話して欲しいということである。例えば呼ぶ理由が、空いた時間の消化のためだったり、上から何かやれと言われたことの消化のためだったり、そういうことであったとしても、できれば話をして欲しい。それはそれとして、そのニーズの中で最大限、生徒のためになる授業ができればと我々は考えている。また例えば、先生方から司法書士に臨むこととして、自分たちでは経験できない、実際の生の実例の話をして欲しいという話を最近よくいただく。そのように話をいただければ、我々はそのような授業の準備をし、先生に提案ができる。

もう1つは、できれば完全にお任せではなく、一緒にコラボして授業しませんか、ということである。先に書いたが、司法書士は授業のプロではない。生徒さんについても、ヒアリングでつかんだ情報くらいしかなく、しかも初対面であるので、よく分からない。これまでの経験からいっても、司法書士に完全にお任せよりも、先生が上手くからみ、そしてフォローして下さった方が、生徒さんの反応は断然よい。「このクラスは元気がいいので発言も多いけれど、このクラスは大人しい」といった情報もいただけるのとそうでないのとでは、まったく違う。

 G高校においては、先生から司法書士に望むことについてしっかりお話があり、そしてコラボで授業の展開ができた。そうであったからこそ、生徒さんへのアンケートで、楽しい授業であったという感想が多く得られたのではないかと思う。

指導案と生徒配付資料・講師用解説

(タイトルをクリックしするとPDFをダウンロードできます)
指導案
パワーポイント配布用
労働契約書(配布用問題)
労働契約書(配布用解答)
労働契約書(講師用解説)
高校生アルバイター山田くんの1日の動き事例(配布用)
高校生アルバイター山田くんの1日の動き事例(講師用解説)
相談事例(配布用)